【3-1】見た事のない魔法陣
ステラが次に目を覚ました時、体に妙な違和感を感じた。
違和感といっても、そんなに深刻なものではなく、内側から何かが体を伝って伸びていくような感覚。
(……なんだろ?)
少し待ってみるが、特に問題は無さそうなのでゆっくりと肩の力を抜く。
その流れで天井を見ると、ステラはふと思った。
(大丈夫だったのかな)
天井を見る限り、ここは室内だと完璧に分かった。
何故なら、先程までステラの目線に入っていた木々達も、竜が現れ、おどろおどろしく見えた空も無かったからだ。
しかし、だからといって安心することも危ないことだろう。
最後に見た爆発によってあの場所が焼け野原に――なんて事もない訳では無いのだ。
それに、ステラ以外の誰かが危険な状態なのかも分からない今、下手に安心するのも気が引ける。
(……それでも)
ステラは記憶の最後に残っている言葉を思い出す。
――「――ステラ、避けて……っ!」
ウィリアがステラに言い放った言葉だ。
あの時、ステラはウィリアの忠告を耳に入れることなく、ブレットに竜が居ることを伝えようとした。
(多分、ウィリアさんは何も知らないブレットさんがパニックになると思って、言わせないようにしてたんだよね)
例え国立図書館の見習い弟子と言えど、突然自分が凶悪な竜が居る場所にいるなどと伝えれば、どう思うのか。
一般人からすれば、想像もしなかった出来事だろう。静かに聞き入れ、簡単に納得する訳がない。
……たった一人、ステラを除いて。
そうすれば、ウィリアが拒否していたことにも納得がいく。
(ウィリアさんに会ったら、謝っておこう)
一度、ブレットに真実を伝えようとしたことは明らかだ。それを消すことはできない。
その分、ウィリアにもこちら側の非を伝えなければならない。
ステラがふぅ、と溜息をつくと、丁度何処からか扉の開く音がして、足音が一つこちらに近付いてくるのが分かった。
「……あ」
起き上がると、部屋の内装が目に入るのと同時に、部屋に入ってきた人物と目が合った。
「あ、アリスさ――」
「調子はどうかしら?」
ステラが口にする前に、アリスは遮るように口を開く。その様子が、何処か、わざとらしく感じた。
けれど、ステラはそれを伝えずに続ける。
「アリスさんこそ……。そ、その……、怪我、だ、大丈夫ですか?」
ステラはアリスの身体中見回せるだけ見回して、恐る恐る尋ねる。
額の上に被さる焦げ茶髪の下には包帯が巻かれ、左腕は骨折したのか、ギプスを着用している。
終いには、あちらこちらにテープが貼られている。
ステラが気を失っている間に、アリスが大怪我をしたのが丸わかりだった。
(じゃあ、ここ……)
そこで、ここが病院かそれに代わる関係のある場所だということが分かった。
何故なら、そうでなければこのような丁寧な施しを受けることは早々出来ないからだ。
(それなら、ここは個室かな?)
辺りを見回すも、人の姿が無い。
それどころか、簡素な棚と机と椅子ぐらいしかその部屋には無かったのだ。
ステラが思い描く病院というものは、集団で面倒が見られる場所だ。
だが、今はそうではない。
……となれば、アリスの怪我も含め、何か事情があるのだろうか。
「あの……」
ステラがアリスの容態に気を使っているのを勘づいたのか、アリスは目を細めながらも右手で払い除けるようにする。
「……私のことは気にしないでちょうだい。少ししくじっただけよ、慣れてるから」
「そうですか……?」
ステラが呟くと、アリスは静かに笑みを浮かべる。
その通り、見た目に対して、アリスは痛がっている様子もない。
アリスは、まるで痛みを感じていないように振舞っているように見えた。
それも慣れのひとつか、とステラはあまり気にせずにアリスに向き直る。
「それよりステラちゃん。貴方の方が重症なのよ?自分を大事にしなきゃ」
(重症?)
あちこちに包帯が巻かれたアリスより重症ともなれば、それは体を動かす度々に身体中に痛みが走るようなものだろう。
けれど、今現在、ステラは何事もなく体を起こして話を聞けている。
「私の方が重症……?どういうことですか?」
疑問に思いながらステラが尋ねると、アリスは目を丸くしながら戸惑った様子で言う。
「痛みは無いの?」
「はい……。全く痛みが無くて、身体の不調も感じられなくて……」
「……まずいわね」
「はい?」
ステラが聞き返したのにも構わず、アリスはステラの右手を掴んで自身に寄せる。
見ると、ステラの右手には包帯が巻かれていて、腕は完全に覆い隠されていた。
「気を失ってた時間が長かったのかもしれないわ。……一度、全て取ってしまうから、今だけは勘弁してちょうだい」
「それは大丈夫ですけど……」
(結構長い間寝てたような気がするけど……。時間と何か関係があるのかな?)
アリスが急いでステラに施されていた包帯を取ると、ステラの右手に浮かぶ、花使いの証である紋様に目を向ける。
(……紋様?)
つられて紋様を見るが、以前見た時と比べ、大して特に変わった様子は無いように思える。
が、アリスはステラの紋様を目に入れると、すぐさま顔を青ざめ、入ってきた扉の方へ駆け出す。
「あ、アリスさん?」
「ステラちゃん、そのまま安静にしていて。後で事情は話すから」
それだけ言うと、アリスは大きく足音を立てながら通路を走っていった。
徐々に足音が小さくなると、ステラは扉の方から自分の手に目を移す。
改めて紋様を見てみるが、やはり、アリスが慌てていた意味が分からなかった。
大きさも変わった様子もないし、色だって特に……。
(変わってないと思うんだけどな?)
そう思った時だった。
「……うわっ?!」
一瞬で以前のように紋様が光ったかと思うと、紋様から水色に光った太い蔓が一斉に伸び上がった。
それと同じく、ステラの右腕には凄まじい痛みが走る。
紋様を右手に受けたよりも遥かな痛みだった。
「……っ」
歯を食いしばりながら俯きがちになると、先程より速い足音二つと共に、勢いよく扉が開く音がした。
「――ステラちゃん!」
「アリス……さん?」
ゆっくりアリスの方へ向くと、アリスは駆け寄ってステラの手を握る。
すると、アリスの横からもう一人こちらに向かってくると、しゃがみ込んでステラの手の甲に手をかざし、何かを呟く。
(詠唱っぽいけど、魔術じゃない?)
戦闘系や基本的な魔術なら、特別なものでない限りステラが知らないはずがない。
最近ではステラの知らない魔術が多くて難儀しているのだが……。
やがて、詠唱が終わると、自然と伸び上がっていた蔓は大人しくなり、スルスルとステラの手の甲の紋様の中へ戻っていく。
「……これで、大丈夫なんですか?」
いつの間に痛みも無くなり、体の調子が戻ると、ステラはしかと詠唱をしていた人物を見る。
随分と肌触りの良さそうな布の服を着た、高年の男性だった。
けれど、服装とは裏腹に髭は手入れされておらず、伸びっぱなしだ。
それでも、恐らく、服装からするに高貴な身分なのだろう。
男性はステラが尋ねると、立ち上がってステラの周辺を歩き回りながら言う。
「あくまで一時的に暴走を抑える魔術を使っただけだ。実際は大丈夫じゃない」
「そ、そうなんですか」
(そんな魔術があるんだ……)
花使いの暴走を抑える魔術、となれば花使いにのみ使える魔術と言い換えられる。
それを聞いたステラの頭には、興味しか湧かなかった。
ステラが俯くと、男性は小さく詠唱を何度かして続ける。
「……それにしてもだ。アンタ、新入りかい?見ない顔だが」
「あぁ、ゲラルト。説明してなかったわね。その子はステラちゃん。新しい花使いよ」
「……そういうことか」
眉を傾げると、ゲラルトはまたブツブツと呟くように詠唱を始める。
「ステラちゃん、この人はゲラルト・ベルノルト。被魔術科の医師よ」
「被魔術科、ですか!」
被魔術科といえば、この国に二十人も居ない特別な科だ。
担当するものも、魔術によった怪我や呪い、術にも対応している。
「今は個人で診察はしてないんだが、昔の好で数人には診察を設けてる」
「へ、へぇ……?」
「それより、嬢ちゃん。何処も痛くないんだな?」
「そ、そうです」
(やっぱり、専門の人が見てもそう思うんだ……)
そう考えると、流石に自分の方が異常なのかと心配になる。
ステラが答えると、ゲラルトは髭を扱きながら目を丸くする。
「そりゃビックリだ。左脚打撲にあちこちに切り傷と掠り傷。右胸に魔術痕……これで痛みが無いってのも初耳だぞ」
「百花繚乱の影響もあるのかしら?……でも今日はステラちゃん使ってなかったわよね?」
頬に手を当てて首を傾げるアリスを横目に、ゲラルトはもう一度詠唱をする。
すると、詠唱をしていたところのあちこちから眩い光が放たれたかと思うと、精密な魔術式の編まれた魔法陣が展開する。
「感覚が麻痺してるだけだと思うが、一応早めに治るようにしておくぞ?」
「ありがとう、ゲラルト」
アリスが言うと、ゲラルトはさっさと入ってきた扉へ向かう。
(この魔法陣が、回復魔術みたいな役割をしてるのかな?)
触れてみれば、外から認識できる以上の緻密な魔術式が確かめられるだろう。
(私の知らなかった魔術……!それに被魔術科の!クック……これはチャンス!)
興味を持ったステラは、嬉々として、それでいて落ち着いて魔法陣に手を伸ばす。
「――触るなよ、嬢ちゃん」
「ハフッ?!」
直前で、いつの間にか戻ってきたゲラルトに手を掴まれた。
「す、すみませんっ」
「これは一般魔術師には見せられない代物だ。見たきゃ医師になることだな」
「じゃあ、この魔術の名前位は教えて貰えないですか?」
「何のために?嬢ちゃん、まだ見習いだろ?今覚えても何の役にも立たないのにどうしてだ?」
「それは……」
『被魔術科の魔術を教えてください』と言われれば、誰もが、まだ未熟な見習い弟子であるステラになど、教える必要性は無いと思うだろう。
だが、それに答えられるほどの答えは、ステラには持ち合わせていない。
(……唯々知りたいだなんて言われても、変に思われそうだし……)
「でも嘘は付きたくないしまた話してもらえる機会が無くなっちゃうかもだしそうしたらせっかくの話が出来なくなっちゃうかもだし……でもまた怪我して運ばれればいいのかな……」
ゲラルトを横目にブツブツと独り言を呟くステラは、隣で声を掛け続けるアリスに気付くことは無い。
「……ステラちゃんー」
「私が回復魔術を使えるって示せば見せてもらえるのかな?でも私はまだ回復魔術は十分に使える訳じゃないし……」
「ステラちゃんー」
「もういっそ覚えてる回復魔術、使ってみた方がいいのかな?でも見習い弟子が使える範囲の魔術はそんなに幅広くないし……」
「ス、テ、ラちゃーんー」
「それならどうやって証明するのかも考えなきゃいけないし……」
「ダメね、これは。剣術の舞台を見た後の熱の篭ったダストルみたいだわ。もうこうなっちゃあ止められないわよ」
半分諦めた様子のアリスが、ステラを見つめたままゲラルトに言うと、ゲラルトは指で自身の腕をつつきながら溜息をつく。
「ハァ……」
(やっぱり、魔術に自身の人生を捧げる魔術師ってのは怖いもんだな)
そう思いつつ、独り言を言い続けるステラに目をやる。
「うーんっ。でも諦められないなぁっ……被魔術科の魔術なんて、図書館でも見た事ないし!」
やたらと嬉しそうに続けるステラに、ゲラルトは間を置いて呟く。
「……被魔術科の魔術って、そんなに悩むもんなのか?」
魔術に携わる医師が、ましてや被魔術科の医師の『何故知りたいのか?』という質問に対して、こんなにも答えるのに迷う見習い弟子は、まず居ないだろう。
「い、いえ、そんなに悩むものではないと思うのだけど……?」
アリスも答え方に迷ったのか、言葉に迷いながらもゲラルトに返す。
「……俺の聞き方が悪かったか?」
「……どうかしらね」
――部屋を出るのも忘れたゲラルトと引き気味になるアリスの二人。
その二人の前であっても、ステラは辞めず、十分の間饒舌に独り言を呟き続けたという。




