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【1-6】図書館の司書の弟子

 ステラは目を疑った。

 場所が場所であったからだ。

 呆然と立ち尽くすと、のちにステラは心の中で思った。

(なんで、図書館にいるの……?)

 その通り、国立図書館の前にいた。

 戸惑うステラとは対称に、当然のように中に入ろうとするルルアを引き留める。

「あ、あのっ」

「あら、どうしたの?」

「どうしてここに来たんですか……?」

 頭に?を浮かべるルルアだったが、人差し指を頬に当てて当たり前のように言う。

「言ったじゃない。『寄っていかなければならない場所がある』って」

「それはそうですけど……」

 何も図書館とは聞いていない。

 それに、なんの準備もなしに向かうとも思っていなかった。

(見つかったらどんなことをされるか……)


――「はっ。魔力も持たないアンタが、花使いに?……こりゃ、明日隕石でも降るか!」――


(うん、絶対にヤダ)

 もどかしい気持ちがあったが、ルルアはそれを気にしていない様子で図書館を振り返る。

「早く行っちゃいましょ!」

「ちょっ……?!」

(ヴェルトに知られちゃうよぉ……?!)

 引かれるがまま、ステラは中に入っていった。


「あら、司書さんと館長さんは何処にいらっしゃるのかしら?」

 入って早々、ルルアが困り果てた様子で館内案内地図を眺める。

 現在地から指で目的の館長室までを差すが、方角がいまいちよく分かっていない様子でグルグルと開店する。

 余計な口を出さないように、ステラはおとなしくルルアの後を歩く。

(とにかく、時間を稼がなくちゃ)

 会うことは避けられなくとも、会うまでの時間は延ばすことが出来る。

 密かに心に決めると、ステラは終わりまで黙っていようと、口を閉じた。

「……リヴェルを連れてくるべきでしたか。……歩いてみれば分かるかしら?」

「た、試してみるのはどうでしょう……?」

 ステラが提案すると、ルルアは再び地図を指すと、迷いなく行動に移す。

「なら、早速歩きましょう!ステラ様!」

 そう言って目的地と反対方向に向かって歩くルルアを見て、ステラはポツリと呟き、歩き始めた。

「……まぁ、遅らせられるならいいかな?」

 ――そうして歩いていくと、いつの間にかステラとルルアは、どんよりとした暗い間を歩いていた。

「……合ってるわよね?こっちの道で……」

 ルルアの問いにステラは息を呑んで答える。

「何とも言えないですね……」

 ――しまった。

 ステラは心の中で思った。

 ルルアという人物は絶望的な方向音痴だったらしいこと。

 加えて、危機察知が皆無だということを知った。

 知ったからといって、別に道を教えなかったことについての後悔は無いが、一つだけ言わせてほしい。

(……明らかに怪しいよね?!ここ?!なんで気付かなかったの?!)

 道中、不自然なところはあった。

 ルルアは何故か暗いところに進もうとするし、ボロボロになった扉を通るし。

「地図は魔写帳に撮ってきたのだけれど……」

 手を開くと、魔力の跡で書かれた地図が空中に映し出される。

(地図があるなら、多少は……)

 兆しが見えたことに胸をなで下ろすと、急に背筋が凍るのが感じられた。

「なっ……?!」

 声を出して振り返ると、そこには漆黒の鱗板を持った大蛇が待ち受けていた。

 目を黄色に光らせ、舌を出してこちらに徐々に近寄ってきている。

 大きさとその正体に慄然としたステラは、声も出せずその場に立ち止まる。

(る、ルルア様は……っ?)

「ひっ……?!」

 あんなに凛々しかったルルアの面影はそこにはなく、蛇に恐怖する女性の姿があった。

 どちらも何もすることが出来ず、恐れ慄くことしかできない。

(もう、駄目っ!)

 目を瞑ると同時に、目の前に影が覆い被さる。

「ステラ様っ!起き上がってくださいませっ……!」

 先程まで大蛇に恐れていたルルアだった。

 膝を震わせながら、大蛇と対峙していた。

「わたくしが引き受けますので、ステラ様はここの館長を探してきてくださいませ!」

「……っ」

 出来ることなら力になりたいが、今のステラに出来ることは無い。

 自分でもそう思うと、ステラはすくんだ足で後ろ向きで下がる。

「ぐっ……」

 焦っていたせいか、何かの拍子に何かに引っ掛かり、転んでしまった。

 尻もちをつくと、ルルアが魔術を使うのが目に映る。

「――導け」

 詠唱をしては攻撃し、詠唱をしては攻撃し、詠唱をしては攻撃し、詠唱をしては攻撃し、詠唱をしては攻撃し……。

 光の矢を打っては新たに生成し、大蛇が火を吐けば結界を展開し、水の弾幕を打っては移動して回り、大蛇が攻撃を食らえばその隙に攻撃を叩き込んだ。

 ステラは魔術書を読んだことはあるが、実践したことは無い。

 魔力の扱い方を知らなければ、詠唱や魔術式を知っているだけで、魔術を発動することもできない。

 昨日まで魔力の無い一般人だったステラにとっては、衝撃的な魔術師の一面だった。

 何とかしたいが、自分には何もできない。

 することはない――。

「……っぐ」

 その時、大蛇の放った紫の炎を腕に受けたルルアが、抱え込むようにしながら後ろに倒れるのが見えた。

「ルルア様……?!」

 約束も忘れ、ルルアの名前を呼ぶが、気を失っていて反応がない。

 遂には頼みも忘れ、ルルアの元に走る。

 ルルアの様子を見てから、上を見上げると目の前には大蛇の顔があった。

「……っ!」

 全てを諦めた時、右手の手の甲に痛みが走った。

 紋様が出現したときと同じ痛みだったが、なんだか今は気を保っていられない。

 気を抜けば気を失いそうだった。

 そんな時は諦めないというのが本来するべきことだということは分かっていたが、どうしても、ステラは意識を保っていることはできなかった。

「……うっ、あぁっ」

 抑えきれなくなったステラは気を失う。

 すると、ステラが気を失うのと同時に、紋様が光を放った。

 続けて、メキメキと音を立てながら床下、壁の間、天井、全てから水色に光った蔓が伸びる。

 蔓は煌めきを纏い、手加減することもなく大蛇を包み込む。

 細い蔓だったが、締め付ける力は強かったようで、大蛇は体制を保てなくなる。

 やがて、蔓は静止するとそれを待っていたかのように、倒れていたステラの体は、一人でにフラフラとよろけながら立ち上がる。

 ステラの体は、そのまま大蛇の目の先に移動するとようやく立ち止まる。

そして、ゆっくりと大蛇の目を捉えると、操られたように片手を前に振り上げる。

 ステラの左目の辺りには、右手の手の甲に浮かんでいるものと同じような紋様が浮かんでいる。

 しかし、その目には光は無い。

 ステラの体がそっと振り上げた手を下ろすと、大蛇を拘束していた蔓が動き、大蛇を床に叩きつける。

 その身に扱えるはずがないくらいに膨大な魔術を、ステラの体は慣れた手つきで容易く操る。

 続けて何かを詠唱をすると、締め上げた大蛇に向けて星屑の矢を放つ。

 魔術を使ったことの無いステラには有り得ない量の矢を、その体は生成しては放ち、生成しては放つを繰り返す。

 その量と拘束で、大蛇は威嚇することも虚しく、尽く無数の星屑の矢に当たって消失した。

 大蛇が消失するのを確認すると、拘束していた蔓は魔力の塵となり、ステラの体は役目を終えたように力無く壁に倒れる。

 その時には紋様も消え失せていて、すぅすぅ、と寝息を立てながら、眠りについた。

「――大丈夫か?!」

 音を聞いた司書のうちの一人が来た頃には、二人ともぐっすりと気持ちよさそうに寝ていたそうだ。


 * * *


「……起きましたか?」

 若い女性の声で、ステラは目覚める。

(あれ、私寝てた……?)

 どうやら、いつの間に気を失っていたようだ。

 ステラが瞬きを何回かすると、何処からか声が聞こえた。

「大丈夫ですか?」

 銀髪の深い青色の目をした女性が、ステラに声を掛けていた。

 チラリと見えた服装は、司書の正装ではなかったので、司書ではないことは分かった。

 声で、ステラは体を起こすと、目を擦る。

(ここって……)

 その場所は、ステラには随分と見慣れた景色であった。

 ……ということは。

(図書館内に、いるっていうこと?!)

 驚いたステラは一度きり、ビクッと震える。

 それを見た女性は、慌てながらも落ち着いた様子でステラに話し掛ける。

「体に、異常はありませんか?関節が痛い、ヒリヒリする箇所がある、頭が痛い……など、遠慮なさらず言ってくださいね」

「は、はい……っ」

 ステラは言われてすぐ体を動かす。

(関節、頭、腕と足……)

 順番に見ていくが、何処も痛くはない。

 一応もう一回見てみたが、痛くも痒くもない。

「今のところは、大丈夫です……!」

 ステラが言うと、女性は微笑みを浮かべる。

「禁書庫の目の前で倒れていたらしく……。状況を見ていた者はいませんでしたが、現場の跡から魔力消費が激しく、倒れてしまったのではないか……と」

「魔力不足……?」

(全然、何処も異常は無いけど……)

 実は、花使いの選ばれる彗星が落ちたその日から、本来であれば、魔力は体に存在するはず……だと思うのだが、どうにも今までの自分と変わらないように感じていた。

 つまりは、ずっと魔力の存在も、消費もステラには一切感じ取れていない。

 ……まず、花を咲かせていないステラが花使いになること自体おかしなことなのだが。

 それを見ていて、ステラは思わず女性の容姿を注視する。

(銀髪って、珍しいな……)

 興味深く髪を眺めていると、隣から声がする。

「ルルア様、ステラ様が起きたようですよ」

「本当?!」

 地を駆ける音が聞こえると、その後にステラに抱きつく感覚がする。

 ルルアだ、ということはすぐに分かった。

 ルルアはステラの両肩を掴み、俯く。

「……ごめんなさい」

「え?」

「……本当に、博識の五色の身として、貴方を守れなかったこと、申し訳なく思っているわ」

 ルルアが言っているのは、大蛇の件のことだろう。

 別に気にしていなかったが、ルルアの表情を見ると、ステラは言葉を詰まらせる。

(……悔しがってる)

 想像を遥かに超えた、自分への後悔を胸にしている目をしていた。

 だからだろう。

 ルルアはステラに目を向けようとしない。

(なら……。言わなきゃいけないよね)

「ルルア様」

「……いかが致しましたか。気分を損ねてしまいましたか……?それなら……」

「私は、怒ってないです」

 ルルアの目をしっかり捉えて、ステラは言う。

「……正直言うと、ルルアの謝罪よりも、私は何故ここに来たのかが知りたいです」

 本当は、こんな風に話を変えるのは好きではない。

 ――……よりも、……。

 それを言っている口が、どうしても相手を嫌っているようにしか、思えないからだ。

 けれど、ルルアはなって間もないステラを、花使いと同様にして慕っているのだ……と思う。

 それならば、少しは気持ちが和らぐ。

 ステラが顔を上げて再びルルアの顔を見る。

(……うん)

 ――表情が。目が。和らいでいた。

 ステラはそんなルルアを見ると、ほっと一息着く。

(大丈夫そう、……かな)

 もう、ルルアは自責の念は抱いていないようだ。

 ――「そんな顔をするなっ!こっちまで気が散るっ!」

 ――「黙ってろっ!」

 ルルアの表情を見ていると、嫌な記憶が蘇った。

 もう、思い出したくもない記憶である。

 それらを振り払って、ステラはルルアを見つめる。

 ルルアの表情を見て、ステラは少し心が楽になった気がした。

(……良かった)

 ステラが微笑みを浮かべている。

 すると、気まずそうにしながら、ルルアがステラに声を掛ける。

「……ステラ様」

「な、なんですか……?」

「後になって悪いと思っているのですが……。実は、図書館の館長に話をしていたんです」

 銀髪の女性が居なくなると、ルルアはこっそり耳打ちをする。

「そうなんですね……」

(それが、用事っていうやつだったのかな?)

 話を聞きながら、色々とルルアの言っていたことを思い返していると、改めて見直したルルアは通った声で話を続ける。

「それでなんですけれど」

 淡い期待を持っていたステラは、ルルアに熱視線を浴びせる。

 図書館に来るくらいなら、とステラはいくつもの可能性を頭に浮かべる。

 ――花使いになられた記念で、図書館を丸々貸し切りにしました――。

 ――ここにある魔術書、好きなだけ持って行って良いですよ――。

 しかし、ステラの耳に入ってきたのは、別の言葉だった。

「――しばらくは、図書館司書の弟子として過ごしてはいかがでしょうか、と提案したくて」

「……弟子?」

 ステラがポカン、と口を開きながら呟くと、それにルルアは頷く。

「そうです。ステラ様は学校にも通っていない魔術師なので、基本的な義務教育を行ってもらおうと思いまして。……花使いとの両立は確実には測れませんが、それでも一度、なってみてしまうのも手かと」

 そう言うと、ルルアは自身の頬に手を当てて、残念そうに語る。

 ルルアの言うことは確かだ。

 いくらステラが一般人から花使いになったとしても、十分な知識や技術を持っている訳ではない。

「初めはわたくし自身の手で育てたい、と申し出たところ、国王には、『忙しく荒っぽい貴方には任せられない』、と言われてしまいまして……」

「へ、へぇ……」

 図書館の司書の弟子。

 それは、魔力を持つ子供たちが一人前になるまで、一人一人の個性を見て育成する為に、図書館へ通う者のことだ。

 司書の弟子になる、という言葉通り、学校で習うものとは全く異なる別物を習うことが多い。

 司書の中には魔術師の者もいる為、実践の技術までも学ぶことができるのである。

 ほぼ毎日図書館に通っていたステラは、その弟子たちが司書たちから学んでいるところを見たことはあった。

 そんなステラが弟子に憧れていなかった、と言えば嘘になる。

 けれど、自分が通う、ということとは何か違う気がした。

 それなりにメリットがあるし、通わない理由はないのだが……。

(……どうしよう)

 ここの司書にはヴェルトもいる。

 受け答えてしまえば、更なる知識も得られるだろう。

 俯いて考え込んでいると、ルルアは言うのに迷いながらも口を開く。

「……急に言われて迷っていると思いますので、また図書館に来て見学、という形にしましょうか」

「す、すみません……」

「謝ることはありませんよ」

 そうして二人は立ち上がると、ステラに声を掛けていた銀髪の女性に声を掛ける。

「失礼ですが、本日は、これでお暇させていただきます」

「いいですよ。お大事になさってくださいね」

 こちらに気付いた女性は、包帯などを入れた救急箱を漁ると、こちらに向けて会釈をした。


 * * *


「……あの」

 図書館の外に出ると、ステラはおもむろに口を開く。

「どうしたの?迎えなら、リヴェルが迎えに来るまでもう少し掛かるから、待っていて頂戴」

 ルルアが振り向くと、ステラは俯いたまま小さく口にする。

「……なんで、私の為にそこまでしてくれるんですか?」

 花使いの話も、元々の花使いへの自己紹介をしに行ったことも、図書館の司書の弟子の話も。

 何をしたらいいか分からないステラにとっては有難いことなのだが。

 そこまでしてくれるとは、逆に迷惑なのではないか。

 そう、ステラは思ってしまった。

 ステラの問いかけに、ルルアは背を向けると、そのままで口を開く。

「……そうね。なんでかしら」

「貴方のことなんて、花使いになる前のことなんか何も知らない。経歴も、育ちも。抱えていることも、何も知らないわ」

 夕暮れに吹く風が、ルルアの髪を靡かせる。

「だけどね、ステラ様」

 靡いた髪を耳にかけ、ルルアは顔を半分だけ見せるようにして振り向く。

「自分の慕っていた人の意志を継ぐことは、当然だと思わないかしら」

「ルルア……の慕っていた人?」

 聞き返すと、ルルアはどこか苦しげな表情をしながら空を仰ぐ。

「少し、昔の話をしてもいいかしら?」


――五年ほど前。

 私、ルルア・フォマリアが〈博識の五色〉に任命された後の時期だった。

 前代〈花使い〉の一人が代替わりをして、新しい〈花使い〉が選ばれた、と噂で聞いた。

 特に興味はなかったが、仕事の事情でお互いに会うことになった。

 いざ会ってみて、私は目を剥いた。

 ――白髪の、私と同い年の娘だった。

 聞くところによると、魔造花を咲かせた、魔力を持つ者だと聞いたが、体が弱く、しょっちゅう病に伏せっていたという。

 だからといって特別な感情か何かが芽生えることはなく、結局私はすぐに仕事を終わらせた。

 話も、必要最低限した程度だった。

 けれど、その夜。

 泊まり先の屋敷に、魔物よりも更に強力な力を持つ、魔獣が侵入したと報告を受けた。

 当然、名誉ある博識の五色に選ばれた私は、重い瞼をもこじ開けて、最前線で魔獣と戦っていた。

 最初こそ、まともに戦えていた。

 けれど、後からの魔力消費が激しく、致命的な攻撃も出来ていないまま、意識を朦朧とさせていた。

 ――「もう、魔力がっ……!」

 残り僅かの魔力を振り絞って、魔術を発動しかけた時、目の前に音もなく、静かに誰かが立ち塞がった。

 邪魔をするな、と声を上げそうになったが、私はその人物の姿を見ると、声を上げるのを辞めた。

 ――次代〈花使い〉の一人、ララ・グレンダだった。

 彼女はあっという間に〈百花繚乱〉を使って魔獣を倒した。

 私はその美しさに圧倒されながら、唯ララの魔術を見ていた。

 ――「……大丈夫?」

 酷く感動したその後から、私は仕事でララと会う度、ことあるごとに話をした――。


「そのララに、ついこの間、言われたのよ」

 不自然に間をおくと、ルルアは唇を噛み締めながら口を開いた。

「……『次代〈花使い〉が生まれたら、貴方に任せる』って」

「そ、それは……。なんで……?」

 ステラが尋ねるが、ルルアは横に首を振る。

「あれ以来、ララとは会ってないわ。けれどその直後、急に代替わりの話が来て、後から知らされたの」

「〈花使い〉の代替わりが選ばれる前と後は、初代からずっと変わらない」

 ルルアはじっとステラを見つめながら、覚悟した目で言う。

「先代は例外なく、突然、前触れもなく失踪するのよ」

「……っ」

 背筋が凍って、ステラは息を呑む。

(失踪って……)

 なんて酷いことなのだろう、とステラは思った。

 何故なら、誰にも見つけてもらえず、何かを縋る相手もいないということと同じだから。

 ステラは、その経験が痛いほどよく分かった。

 今まで、そのような経験しかしてこなかったといっても過言ではないから。

 一人暮らしも、……いつかのことも。

 ステラが胸の辺りを掴んで俯くと、ルルアは目を閉じて続ける。

「だから、私は言われた通りのことをするしかないの……っていうのが理由って言えるのかしら」

 寂しそうに言うと、ルルアはステラの表情を伺う。

 そして、察すると作り笑顔で振り返る。

「……って言われても困るわよね」

「そうじゃ――」

「……実はね。私、ステラ様が気絶してた時よ(・)り(・)前(・)、目を覚ましてたの」

 ステラは目を見開く。

「えっ……?」

 ルルアは頷くと、ステラに近寄りながら続きを口にする。

「その反応じゃあ、覚えていないのね」

「ど、どういうこと……ですか」

「……貴方が気を失っている間、貴方自身の体が魔術を使っていたわ」

「……?!」

 思わず、手のひらと手の甲を交互見る。

 気を失っている間。

 その間の出来事は、ステラは一切覚えていない。

「何が、起きてたんですか?」

「……端的に言えば、『操られていたみたいだった』ね。……それ以上は口では説明出来ないわ」

「……それって」

 ステラは、先程のルルアの話を思い出す。

 ――前触れもなく失踪するのよ。

「ララの件と関係ないとは言いきれない。だからこそ、今言ったの」

 もし、その『操られてたみたい』ということが『前触れなく失踪すること』に繋がることもあるかもしれない。

「……そうですね」

 ステラも、否定できる根拠がない。

 今の状況では、有り得るとも、有り得ないとも言えない。

 もどかしい気持ちを抱えていると、ルルアは空を再び仰いでから、ステラに声を掛ける。

「貴方が気にする事はないですわ。それで苦しくなるのでしたら、忘れてもいいくらいです。……今日のうちにこんなにも話をしてしまって、本当に申し訳ないです……」

「あっ、いえ……」

「……さて、丁度リヴェルも来たことだし、行きましょ」

「……はい」

 もどかしさを堪えながら、小さく返事をする。

(なんで、私は……)

 それだけしか言えなかったことに、ステラは酷く後悔した。

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