【1-5】花使いたちの自己紹介
ステラが見た先にあったのは、一つの机の周りに装飾が施された椅子であった。
これまでの道中よりも、もう一段階高価そうなものがそこら中にある。
更には壁際には本棚や棚やらがあり、景観が意識されている。
「わぁ……!」
ステラはこんな貴族らしい家具は見たことがなかった。
見たことがある中で一番高そうだと思っていたのが図書館の本棚くらいだと思っていたくらいに。
ステラが図書館で読み漁った本の中での物語にでも出てきそうなくらいに、ステラとここは世界が違って見えた。
その内装に目を奪われて、そこに人間がいることなど目にも入らなかった。
「……あ、ルルアじゃない!今日はどうしたの?」
突然聞こえた女性の声で、ステラは気を取り直す。
ふと声のした方を見ると、そこにはルルアと瓜二つの顔をした女性がいた。
しかし、その口元には黒子があり、ルルアと口調も仕草も何処か違う。
どちらがどちらだと見分けるのは、難なく出来る程度だった。
「今日は騎士団の派遣でも無かったわよね?」
「……ええと。今日はその用事じゃないの」
「?そうなの?」
そうして女性は、ルルアの後ろにいたステラを覗き見ると、興味深そうに「……そちらが?」とルルアに尋ねる。
「えぇ。こちらが、新しい花使い、第六芽の席に着いた、ステラ・メイフィア様――」
「……本当!?」
ルルアが紹介し終える前に、その女性はステラの傍に近付くと、ステラの手を取る。
「貴方が、ステラ……?」
「え、えっと……。そ、そうです……」
(げ、元気だな……)
急に近寄られたので、ぎこちなくなってしまった。
けれど、それを気にすることなく、女性は自身に手を向けると、口を開く。
「わたくし、ウィリア・フォマリアと言います!……ステラって呼んでも良いですか?!」
「ど、どうぞ……」
(呼び捨てくらいなら……)
ステラが頷くと、ウィリアは更に前へ前へとステラへ近寄る。
それを見ていたルルアは、ウィリアに手を伸ばして制止する。
「ほら、ウィリア。ステラ様が困っておりますよ」
「お姉様、良いではないですか。花使いという同等の立場ですから」
ウィリアが言うと、ルルアはしばらく黙り込むと、呆れたように「まぁ、いいわ」と呟く。
その会話の後で、ルルアはウィリアの他にいた人物たちを見て、それぞれに頭を下げる。
「――ただ今、花使い第六芽、ステラ・メイフィアをお連れ致しました」
「フォマリア殿。御足労お掛けしてしまったこと、お詫び申し上げます」
ウィリアの席の隣にいた若い男性が立ち上がってルルアに頭を下げる。
その間に、ウィリアは机の周りにあった椅子のうちの、空いていた椅子に、「さぁさぁ」とステラを座らせる。
(ここに座ればいいのかな?)
明らかにステラに似合わない椅子に腰掛けると、向かい側にいた、焦げ茶の髪を編み上げた女性が初めにステラに声を掛ける。
「ステラちゃん、初めましてね。急にここまで来てくれてありがとう」
見た目は二十代後半程で大人びていたが、それに比べると声はそれに見合わない程に高い方だった。
「い、いえ!全然平気です!」
「でも、今日ルルアちゃ……フォマリア様に連れてこられたのでしょう?大丈夫だったかしら……」
「そ、それはお構いなく!」
(紋様について調べてただけだから……。むしろ良かったっていうか……)
連れてこられたことは驚いたが、それよりもステラの手の甲に浮かび上がった紋様について、説明して貰えたこと、花使いになれたことは大きな出来事だ。
手を振ると、焦げ茶髪の女性は心配そうにしながらも、続ける。
「なら、いいのだけど……」
そうしてステラを何回か見ると、何かを思い出したかのように手をポン、と叩く。
「それよりも、まだ自己紹介がまだだったわね!」
自己紹介。初対面には必ず行わなければならない儀式と言っても過言ではない恒例行事。
それを忘れていたことに酷く衝撃を受けた焦げ茶髪の女性は、数秒そのまま硬直する。
それを横目に、女性の右側に座っていた若い黒髪の男性が、こちらを一切見ずに呟く。
「……まとめ役なのに何してんだか」
「あら、貴方に言われたくはないわ?」
女性が言うと、男性は手をフラフラと揺らして挑発的に言う。
「はいはい。大人しくしてますよーっと」
「最年少なら最年少なりに、もっと明るく振舞ったらどう?」
「こっちの方が性に合ってるんですー。最年長はまとめ役の務めを果たしてくださいー」
ステラからしても、これまでの会話でこの二人は普段からこうして馴れ合ってるのが分かった。
(仲、良いんだな……)
ステラはそう思ったが、男性の発言に思うことがあったのか、女性は拳を握りしめると、俯きがちに深呼吸をする。
「……」
そしてしばらく経つと、女性は手を合わせて、先程と同様に明るく振る舞う。
「では早速、自己紹介をしましょうか。……まず、私はアリス・ライリーと申します」
落ち着いた様子で話す姿は、何処か気品を感じさせるようだ。
そう考えると、アリスの生まれは貴族だろうか。
ウェルディア王国では、国民のうち、貴族が三割を占めるほど貴族生まれの率が高い、と本で読んだことがある。
それを考慮すれば、何らおかしいことはないだろうが、ステラにとっては新鮮だった。
何せ、僅か一日でお嬢様口調の人物と三人出会っているのだから。
(ふ、普通にしておけば大丈夫……だよね?)
背筋を伸ばすと、次に、アリスの右側にいた高身長の黒髪の男性が、アリスに促され気だるげに立ち上がる。
そしてステラを一度見ると、ポツリと名前を吐き捨てるように言う。
「……エディ・ジスラン」
低い声でそれだけ言うと、エディは髪型を気にすることなく頭を搔く。
こちらは田舎の生まれだろうか。
遥か西側にある街では王都の者が行き交いにくく、標準語が馴染みにくかった、と聞く。
決めつけてはいけないことは分かるが、それにしてもヴェルトと何処か似ている。
先程のアリスに対しても、口調が荒かった。
(は、花使いって、こんなに怖いものなの……?!)
ステラの想像していた花使いというものは、どちらかと言えばアリスやルルアのような人だという認識だ。
ステラは口調の荒いエディに身震いすると、身を縮こませる。
一方で、自己紹介を適当に済ませるそんなエディを横目にしながら、アリスの左側に座っていた、穏やかそうな垂れ目の女性が、落ち着いた声で名乗る。
「リリー・エイリーン。よろしくねぇ」
そう言うリリーの穏やかさの裏には、貫禄があるのを感じる。
けれど、それもアリスとは何か違うような気がする。
ステラがリリーに向けて頭を下げると、リリーは小さく「あらあら」と微笑む。
(落ち着いた人だな……?)
ふと、リリーの顔を覗き込んだが、その表情は終わることはない。
恐らく、元からの性格なのだろう。
ステラが目を離したところで、リリーがふぅ、と息を着く。
すると、それを見計らっていたかのように、その隣にいた、濃い金髪の無気力そうな男性が呟くように名を口にする。
「イアン・ジェフリーだ。……特に言うことはない」
イアンはステラを一度見るが、特に何も言わないで俯く。
金髪の髪の持ち主ということもあるだろうが、それなりに顔形は整っている。が、その顔に気力が宿っていないので、印象を変える。
(……こ、怖そう)
ステラはイアンの視線を浴びると、硬直する。
一周回ってくると、ウィリアが笑顔で再び自身を名乗る。
「ウィリア・フォマリア!改めて、よろしくね、ステラ!」
「よろしくお願いします……、皆さん」
絶対に離すまいとステラの手を握るウィリアに、ステラは微笑むと、振り返って他のメンバーにも頭を下げる。
ステラは五人それぞれに目を向けると、頭を下げる。
(個性的な人が、多いんだな……)
ずっと元気な人、真面目そうな人、荒っぽい人、穏やかそうな人、無気力そうな人。
六人全員の面子で考えれば、個性的であることは確かである。
それを考えると、ここに馴染めるだろうか、とステラの新たな悩みが増える。
「短い間ですが、仲良くできたらな、と思っておりますわ」
「短い……間」
花使いの代替わりは数年に一度起こる、とは言われているが、正確には何年かとは言われていない。
その中で『短い間』というのは違和感がある。
(……でも、皆気にして無さそうだから、気にしなくていいのかな?)
「でもよ、アリスさんよ」
「何かしら、エディ」
「アイツの時はこんな皆集めてまで自己紹介しなかっただろ?なんで今回は――」
「――そ、それはどうでもいいじゃない?」
瞳孔を揺らしながらも、アリスはエディに向かって誤魔化すように茶化す。
「えっと……?」
(『アイツ』って……?)
ステラの前に居た花使いの誰かだろうか。
疑問に思いながらアリスの顔色を窺う。
アリスは慌てた様子だったが、ステラを見ると、すぐさま表情を戻す。
「ステラちゃんは気にしなくていいのよ。前のことだから」
「そうですか……?」
(でも、そう言われたら……)
「……腑に落ちねぇな」
エディが呆れたように言うと、無言で座っていたイアンが呟く。
「もう居ない奴なんて気にしなくていいのに」
「あ゛ぁ?」
ドスの効いた声で唸ると、イアンはそのまま続ける。
「未練タラタラの男は、これからもモテないと思うぞ?」
「お前こそ、女誑しは一生良い婚約者に恵まれねぇよ」
「女誑しなんて失礼な。僕は女なんて興味無いよ」
「それなら勝手にそう言ってろっての」
エディはそう言ってイアンを睨みつけると、そっぽを向く。
「二人とも、落ち着いてくださいな。ステラちゃんが怖がっちゃうじゃないの」
「そうよ。関係の無い喧嘩は他所でやってちょうだい」
(慣れてるなぁ……)
リリーとウィリアの口ぶりからするに、手馴れているように思えた。
そんな二人によって口論は収まったが、エディは気に食わないのか大きく舌打ちをする。
「チッ」
そんなことを思いながら顔を上げると、ステラの椅子の後方にいたルルアが「では」と続ける。
「わたくしとリヴェルは戻っていますので、ステラ様にここの紹介、頼んでもよろしいですこと?」
「承知しました」
アリスが言うと、淡々と椅子から立ち上がる。
それを、ステラが引き止める。
「あ、あのっ。紹介って……?」
「ステラ様、こちらに来るのは初めてでしょう?それに、これからもこちらに出向くことは少なかれあるので、ご紹介を承ろうと思いまして」
ルルアの説明に、ステラは大人しく頷く。
そうだ。ステラがここに来るのは初めてなのだ。
「……わたくしが居ては仲良くなれることでもなれませんかもしれません。紹介が終わり次第、また戻ってきますわ」
「わ、分かりました……っ」
「ステラちゃん、準備はよろしいですこと?」
「大丈夫ですっ!」
できるだけ前向きに答えると、アリスはステラの様子を見て微笑む。
「ふふっ。じゃあ、行きましょうか」
そう言って出入り口の方を改めて向くと、ステラは辺りを見回す。
(ついて行けばいいのかな?)
ステラが戸惑っていると、先に行っていたウィリアがこちらに戻ってきて、隣に着く。
「わたくしも案内してあげる!何かあったら言ってね!」
「は、はいっ」
(ウィリアさんが居れば、大丈夫かな……?)
ステラが詰まらせながら答えると、ウィリアは笑顔で笑ってみせた。
* * *
華の間、と呼ばれる館を歩いていると、ステラはふと先程の自己紹介を思い返す。
(皆、同じケープを着けてたな……)
全員白色のケープで統一されているが、施されている刺繍は、一人一人で異なっていて、緑色と桃色、青色、黄色、紫色などの様々な色で刺繍されている。
アリスは紫色、ウィリアが黄色、というように役割で色分けされているようだ。
そして大体の部屋の紹介が終わると、階段を降りる。
「次は、私たちの管理する庭園、魔造花庭園に行くわよ」
「……分かりました」
ステラが答えると、隣を歩いていたウィリアがこっそり耳打ちをする。
「気を付けてね、ステラ」
「ど、どういうことですか……?」
「そのままの意味よ。これから色々することがあるし!」
「そうなんですか……?」
詳細を教えてくれないので、なんとなく気を引きしめる位で臨んだ。
やがて立派な門のような扉が目に入ると、アリスは足を止める。
「開けるから、下がってて頂戴」
「はい……」
(下がってて、ってどういう……?)
疑問にも思ったが、それはすぐに解消された。
アリスが扉の中心部の鍵の辺りに、紋様が浮かんでいる手のひらを当てるように触れる。
すると、音を立てながら鍵の部分から蔓が勢い良く伸び、扉を包む。
その後、蔓は燃えた後のように灰と化し、瞬く間に扉は姿を消す。
扉のあった場所から先にあった景色に、ステラは驚愕した。
(あれ、ここって――)
「――夢で見た、場所?」
目の前にあったのは、硝子張りの部屋。
だが、内装は夢で見たものとは少し違い、何倍も広く感じる。
日の入り方も多少違う。
ステラが唖然としていると、ウィリアが目の前で手を振る。
「ステラ、大丈夫かしら?」
反応が無いステラに、不安げに尋ねると、先を歩いていたアリスが冷静に歩きながら答える。
「大丈夫でしょう。いずれ気が付くわ。……とりあえず連れてきて頂戴」
「……はい」
しばらく手を引いて歩いていくと、ステラはやっと気が付く。
「起きました?」
「す、すみません……」
「大丈夫なら、良いですわ」
アリスとの会話で、ステラは怖気付いたがすぐに自身の足で歩む。
その調子で辺りを見ると、夢で見たような様々な色の花々が一面に咲いていた。
「人によって、花の色や特性は異なって区分分けされているけれど、大体は六人全員で管理するから、特に一人に任せることは無いわ」
「そうなんですね……」
「それと、もう一つ。確認したいことがあるわ」
アリスは庭園の中心に立つと、ステラに向けて手招きをする。
不思議に思いながらも危険を察することなく、ステラはアリスの方へ向かう。
ウィリアを振り返って見るが、ウィリアはこちらを見ると目を逸らす。
「え?」
嫌な予感がしたのも束の間、ステラの手を掴まれるのが分かった。
ステラが前を見ると、真剣な目つきのアリスが、ステラの手を掴んでいるのが見えた。
「ステラ。手の甲を見せてもらってもいい?」
「はい……」
「ありがとう」
ステラが手を差し出すと、アリスはすぐに顔を近付けて紋様を観察する。
「……間違いないわね」
呟くと、全く見せていなかった笑みを浮かべる。
「これから、よろしくね。ステラ」
「は、はいっ……」
自己紹介から二回目のよろしくを言われたステラは困惑しながらも答える。
すると、突然アリスは口を噤むと、ステラの身を自身に寄せる。
「……っ!」
声にならない声を出しながらステラを抱きしめると、アリスは頬を染めながらステラの目を見る。
「貴方、まだ十五歳ですって……?そんな若いのに花使いの使命を背負ってなんて……。どれだけ世界は無慈悲なのかしらっ!」
「あー。また始まった」
「え、……え?」
ウィリアの居る方を見ると、予想通り冷ややかな目線でアリスを見ていた。
事情が分からず慌てるステラに、ウィリアは説明を始める。
「アリスはね……。なんていうか……。子供が好きな大人……ロリコン?ってやつらしい」
「失礼ね、ウィリア。私はロリコンなんかじゃないわ」
「二十五歳でその言い訳は無理でしょ」
「そんなわけないわ」
速攻で否定するアリスに、ステラは苦笑いを浮かべる。
そもそも、私は子供なのだろうか。
疑問が頭を過ぎる。
(私って……、子供?)
あれこれ考えているステラと、それを抱きしめるアリス。
カオスな状況に、ウィリアは一人呟いた。
「このままで、大丈夫かな?」
こうして館の紹介が終わると、ステラは迎えに来ていたルルアの元に戻る。
「花使いたちはどうだったかしら?」
(どうだった……。……どう)
――「どれだけ世界は無慈悲なのかしらっ!」
――「あー。また始まった」
一連の出来事を思い返すと、自然と笑みが零れる。
(嫌では、なかったかな)
質問されてからかなりの時間が過ぎると、ステラは微妙に答える。
「……面白い人たちでした」
「そう」
短く答えると、ルルアはステラに見られないように歯を食いしばる。
その直後、「そうそう」と橙色に光る夕日に当たりながら、ルルアはいたずらにウインクをして見せた。
「ステラ様、もう少し、付き合ってもらってもいいかしら?もう一つ、寄っていかなければならない場所があるの」
「……はい!」
ステラは前よりも意思のある返事を返した。




