【1-4】……っべし!
花使いとは、魔造花という魔力の結晶で作られた花が咲く、魔造花庭園という場所を守り、国民を導く義務がある。
魔造花には、そのひとつひとつに五つの力が兼ね備えている。
知力、体力、精神力、能力、生命力、そして魔力。
魔術師にはこれらの力が与えられており、それが魔造花に含まれている。
だが、魔術師の持つそれに加えてもう一つ、魔術師の特別な役割である、花使いには使命がある。
知力を操る第一芽、体力を操る第二芽、精神力を操る第三芽、能力を操る第四芽、生命力を操る第五芽、そして、魔力を操る第六芽。
――それぞれが庭園を守り、それぞれが有する力を操る力こそを〈百花繚乱〉と呼ばれている――。
「――ということ。それで貴方の役割は第六花。花使いの中では最も強い力を持っている魔術師ですわ」
ルルアはステラの手の甲に浮かんでいる紋様を指しながら、カップを口にする。
(それじゃあ、あの時の力が……?)
心当たりのあった出来事を確かめる為に、ステラは恐る恐る尋ねる。
「それで、それぞれが有する力を操る力……とは何ですか……?」
ルルアはこくりと頷くと、指を人差し指から順番に立てて説明する。
「第六輪神の力。言わば水霊神ティフィート、風霊神アウロスタ、火霊神フェスリアルトート、雷霊神ウェスリーブ、土霊神レートルディ、星霊神ミスタルバ、各々の神の幻獣を身に降ろすことで加護が得られる、ということ」
(それなら……)
「……蔓が伸びたりする、っていうのは、その……。誰とかあるんですか……?」
昨日の出来事。
部屋中が蔓まみれになっていたことについて、何か分かるかもしれない。
ステラの質問に、ルルアははてさて、と首を傾げる。
そして何かを思い付くと、ポンと手を叩く。
「魔術師なら、蔓魔術をいくらか使ったことあるでしょう?知って当然では?」
「ま、まぁ、そう、ですよね……」
やはり、魔術師にとっては当たり前なのだ。
けれど、ここで肯定してしまえば、色々と今後に支障が出かねない。
ステラが無言で俯くと、ルルアは様子を見ながら続ける。
「……強いって言えば、材質や量など場合にもよりますけれど……。星霊神ミスタルバが有力……ですわね。ステラ様が加護を受ける対象でもありますし……」
頬に手を当てながら、あれこれ試行錯誤する。」
「す、すみません……」
「……もしかすると」
ルルアが呟いたのを聞いて、ステラは口を開く。
「え?」
「いえ、大丈夫ですわ」
口元を抑えながらそう言うと、ルルアはステラのカップに目をやる。
「あら、紅茶が無くなってしまったわね。どうしましょう……。ラーウェリーはまだ来ないのに……」
突然立ち上がると、「どうしましょう……」とルルアはあちこちを歩き回る。
そんなルルアを見て、ジッと座ることが出来なかったステラは、立ち上がって扉を目指す。
「あ、あのっ!私、帰りますので――」
「帰る?何処に?まさか、あの物置小屋にとでも言いませんよね?――嘘は良くないですわよ?」
(いっ……)
ルルアの声で、体中に圧がかかったように重さが乗る。
息を呑むと、ステラは目を震わす。
言い出そうにも言葉が詰まる。
不思議な気分だ。
(な、なんで私の家を知ってるの……?……と、とりあえず話を合わせて……)
「い、いえ……。やっぱり、だ、大丈夫です……。あはは……」
「そうですわよね!あぁ、良かった。神に選ばれし者があんな所になど……」
そう言いかけた後、ルルアはハッとする。
まるで、自分の発言に驚いているように。
ルルアは咳払いをして喉の辺りを触る。
(どうしたのかな?)
「――大丈夫よ」
ステラが手を伸ばしかけると、ルルアは静かに呼び止める。
「……すみません」
「……あぁ。こんなところで気を荒らげてなんて。お恥ずかしいところをお見せしました……」
無理やり笑みを浮かべると、ルルアは額に汗を滲ませながら深呼吸をする。
一、二回繰り返すと、ステラに向き直って話を続ける。
「それにしても、ラーウェリーは遅いですね。……少し探しに出ますわ――」
立ち上がって、部屋から出ようとした時、部屋の外から二つの足音が聞こえる。
「――ただ今戻りました。ご主人様」
「……あぁ、リヴェル!今日は遅かったわね?」
男性の声が聞こえると、ルルアは早足で部屋の外に出る。
「街の人々に呼び止められまして。対応しているうちに長引いてしまいました。申し訳ありません」
「まぁ、いいわ。……それより、彼女に挨拶をお願いするわ」
ルルアの隣には、中性的な見た目をした青年がいた。
こちらに向かってきた男性がこちらを見たので、すぐさまステラは自己紹介をする。
「あっ……。ステラ・メイフィア、です……!」
「リヴェルと申します。普段は〈博識の五色〉の側近従者として行動しております」
「博識の五色は、必ず精霊と契約を交わすの。リヴェルはその精霊ということ」
ルルアはステラとリヴェルを交互に見ると、それぞれに仲介してお互いを紹介をする。
「彼が貴方をここに連れてきたの」
「そ、そうなんですか……」
「『花使いの反応があるから、見つけ次第連れてきて頂戴ね〜』とのことだったので、担いでいきました」
(か、担いで……?)
リヴェルは明らかに細身である。
自分の体重を支えられる筋肉らしきものは見当たらなかったが……。
精霊というものはそういうものだろうか?
見た目から想像が出来なかったが、ステラは顔に出さないようにして笑みを作る。
「あらあら、私はそんなこと言ってないわよ」
「嘘はご無用です、ご主人様。丁度図書館に転がっていた本の中に入っていた録音栞という魔術でできた栞があったので、録音はございます」
「……どうして?」
その前で起こっていたことを、唯呆然と見ていた。
気を付けてはいたが、気まずい、というのが顔に出てしまっていたのか、ステラを見るなり、ルルアは両手を合わせてパチン、と鳴らす。
「それじゃあ、そろそろ外に出ましょうか。……ステラ様。どうぞ、こちらへ」
部屋の出入り口を指すと、言われるがままに、ステラは人形のようにして外へ踏み出したのだった。
外に出ると、綺麗に細かく整備された庭が姿を現した。
豪華な煉瓦の道を歩く中で、低木や低めの柵で道が作られている。
これといって目立つものは無かったが、それがどことなく良く感じる。
ここが幻想の世界だと言われても相違ない程に、その庭は美しかった。
「……ステラ様」
唐突に声を掛けられて戸惑ったが、ステラなるべく声を震わせないようにしながら答える。
「どうしましたか……?」
「僭越ながら、飛行魔術は心得ておりますでしょうか……?」
(飛行、魔術……)
ステラは言葉を詰まらせた。
自分は、今まで魔術師ではなかった。
魔術を使ったことはなかった。
図書館で魔術書を読み漁ったことで、飛行魔術の魔術式は心得ている。
それを、今ルルアに伝えるべきであろうか。
しかし、ルルアはステラが魔術師でなかったことは知らないはず。
言ってしまったら、何を言われるか分からない。
ステラは隣を歩くルルアと、ルルアの後ろに控えているリヴェルを一瞥する。
どちらも、こちらを見ている。
(もう、決心するしかない……)
思い悩んだ末に、ステラは目を引き締めて、伝えるべきことを伝えた。
「使ったことが、ないのですが……」
「使ったことがない……」
数秒の間、沈黙が流れる中で、ルルアは二度瞼を開閉させると、再び笑みを浮かべる。
「そうですわよね。何処にも所属していらっしゃらないようですから、遠くへ速く移動することもないのですし」
所属していない――というのは、恐らく学園など学び舎に通っていない、ということだろう。
ルルアの返事に安堵したステラは、一息着く。
「では、私がお連れ致しましょう」
「……へ?」
「生憎、リヴェルは水精霊なので、風魔術で無理やり飛ばすことは出来ないのです」
「あ、あぁ……」
ステラはそう言うと、前を向き直す。
「では、詠唱致しますね」
ルルアは手のひらを前に向け、詠唱を始める。
魔術はそこまで長い詠唱はしなくていい。
だが、その代わりに、複雑な魔術式を編まなければならない。
「――浮き上がれ」
その言葉を最後にして、ステラとルルア、リヴェルは描かれた魔法陣の上で、徐々に空中へと浮かぶ。
足が地から離れることを考えると、ステラは思わず目を瞑った。
(……っ)
どんな感覚がするのだろうか、と考えていたが、いつまで経っても地から離れる気がしない。
「……あれ?」
目を開けてみると、もう既に建物一つ程上に浮いていた。
ステラが左右を見ていると、リヴェルがステラに近寄る。
「初めてなのにお上手ですね」
「そうですか……?」
全く違和感を感じないまま、身を任せていると、飛行魔術を操作していたルルアが「そうそう」とステラに声をかける。
「バランス崩さないようにね。落ちちゃうから」
「お、落ちちゃうって?」
「その通りの意味よ?地上に向けて、真っ逆さまに落ちてくっていう意味」
それを聞いたステラは、足が竦むのを感じた。
フルフルと腕が震え始める。
(怖い、怖いっ……?!)
ステラは、高所恐怖症であるのだ。
つまりはバランスを崩す、崩さない、の問題ではないのである。
「まぁ、魔術師なのだから慣れてるでしょうけどね!」
ルルアが言うと同時に、ステラは身震いする。
(な、なるべくっ、下をっ、み、見ないようにぃ……っ)
鼓動が鳴り響くのを我慢しながら、ステラは目的地に着くまで心を無にしたのだった。
「……っべし!」
女性の低めの声で、ステラは無の状態から意識を取り戻した。
辺りを見回すと、自分は空中ではなく地に足を着けていた。
(良かったぁ……)
安心して胸を撫で下ろすと、ステラはとあるものを見つける。
「……ルルア様、どうしましたか?」
目の前にあったのは、地に土まみれでうつ伏せで倒れた状態のルルアであった。
ステラはそれを見て誠かと目を丸くしたが、とりあえず尋ねてみた。
すると、意外とすぐに返事は返ってきた。
「だ、大丈夫っ、よ……っ。……ふぐぅ」
先程までの偉大さとお淑やかさは何処へ行ったのだろうか。
返事はしたものの、ルルアは一向に起き上がらない。
「あの……」
リヴェルが隣にいたので、声を掛けると、無表情ながらも、さも当たり前のように呆れた様子で口を開く。
「……あの人、格好付けてましたけど、飛行魔術、大の苦手なんで。着地の時降りるのが下手くそでずっ転びました」
「は、はぁ……」
もう一度ルルアに目線を移すと、その時にはルルアは自身で体を起き上がらせていた。
しかし、服は土だらけ、艶のあった髪も乱れている。
「リヴェル、手伝ってくれないかしら」
ルルアが俯きながら言うと、リヴェルはスタスタと一直線にルルアの方に向かい、ステラを見ながら呟いた。
「……という感じで、大体飛行魔術を使用された後は、家の使用人の代わりの雑用係になっている次第です」
「へ、へぇ……」
「な、なんてことを言うの、リヴェル。そんなことないじゃない」
土を払うと、ルルアはボロボロの姿でステラに言った。
「リヴェルが言うことは嘘ですわ。耳を貸さないようにして頂戴」
「え、えっと……」
オロオロと何も出来ないでいると、すぐさまリヴェルがルルアの髪を水で流しながら、さらっと言う。
「事実ですから素直に受け止めてください、ご主人様。案外図太い性格をしていらっしゃいますね」
「そ、そんな訳っ?!」
そんなルルアの様子を見たステラの心は、既に無になっていた。
(大丈夫かな、この人に任せて)
* * *
土だらけの姿から元のルルアの姿に戻ると、髪を靡かせる。
「これで、大丈夫だわ」
(……やっと)
一息ついたステラは、ついでにその場所にあった時計を見る。
あれから一時間弱経っている。
まずはそれについて聞きたかったが、それより先にルルアがこちらを向く。
「そうでしたわ。まだ、ステラ様に何しに行くのか言っておりませんでしたわね」
「あ……」
そう言えば、そうだった。
ステラはルルアに言われて気付くと、無言でルルアを見つめる。
それに気付かず、ルルアは手を合わせて後ろを向くと、手のひらで目の前にあった建物を指す。
「今から、ここの華の間に、新花使い挨拶に行きたいと思っているんですが……!」
「あ、挨拶?」
「そうですわ!彗星が降ってから、皆さん慌てていらっしゃったので、挨拶をしに行こうと思いまして!」
ステラは改めて建物を見る。
白い壁に、城のような存在感と見た目。
こんなところに足を踏み入れる、ということにステラは緊張した。
「い、行く必要、あるんですか……?」
「はい!……というか、いずれ行かなければならないのですから、今のうちに行った方が良いでしょう?」
(そうだけど、そうじゃない……)
ステラは苦笑いを浮かべると、自身の身なりを一通り見る。
明らかにこんな綺麗な場所に入れる服装ではない。
魔術師に憧れた簡素なローブに、使い古してボロボロになった靴。
それらを見て、どうしたものか、と頭を悩ませている暇もなく、ルルアがステラの手首を掴む。
「さぁさぁ、早く行きましょう!私が案内致しますから!」
「あ、え、……え?」
やけに機嫌が良いルルアに、ステラは抵抗することも出来ずに中に入る。
門番らしき騎士が扉を開けると、カーペットの道を通り、階段を登る。
その途中途中には、ルルアの屋敷にもあったような豪華なシャンデリアや、著名な絵描きが描いたような絵画が飾られている。
(この中だと、私、場違いじゃない……?)
目に映るシャンデリアや絵画を見て、ステラは思う。
誰がどう見ても、貴族の豪邸に入り込んだ庶民に見えるだろう。
ステラはなるべく顔を上げないようにしながら、着くまで俯いていた。
――しばらくして、前を歩いていたルルアの足音が無くなると、ステラも足を止める。
「ステラ様、行きますよ」
一声掛けられると、ステラは全力で背筋を伸ばす。
(せ、せめて振る舞いだけでも……っ)
ステラが頷くのを見ると、ルルアは微笑んで扉を開けた。




