【1-3】目覚めて見えたものは
「あっ……」
ステラが反応する間も、驚く間もなくバランスが崩れ、体が後方に傾く。
それに反応して右腕を伸ばすが、前に居た人物はステラを傍観している。
そればかりか、口元だけを見せて小さく呟いた。
「……少しばかり、失礼します」
そう言ったのが聞こえた後、頭に衝撃が走ったことにより、ステラは抗うことも出来ずに気を失った。
――「……っ!?」
気が付くと、白くて何もない場所に立っていた。
「ど、何処?ここ……」
上を見上げても、横を見ても、壁も天井も、何も見当たらない。
何度見てみても真っ白いだけで、他には何もない。
(どうしたら……)
下を向いて俯くと、何処からか穏やかなリズムと音楽が聞こえてきた。
面を上げると、辺りはすっかり打って変わって、真っ白な場所ではなくとある建物の前に立っていた。
図書館ではないが、どことなく見覚えがある。
人影も無く、唯ポツン、とその建物は立っている。
ステラは少し戸惑ったが、ゆっくりと足を動かし、その建物へ向かう。
近付くと、更に建物の色合いや施しが目に写る。
扉はステラの見慣れたドアノブではなく、二枚の引き戸であった。
全体的に白く見えていたが、近付くと様々なディテールが、その建物を特別なものにした。
ステラが扉に向かうと守りの騎士も使用人らしき人物はいないのに、自然と扉が開く。
(とりあえず、入ってみよう……)
ステラは緊張しながらも、中へ入る。
すると、すぐに辺りの内装に驚かされた。
「これ……、温室?」
外装を見た時は考えられなかった、一面硝子張りの部屋だった。
加え、普段ステラが見ないような造りをした内装だったので、更にステラは目を丸くする。
ふと足元を見ていると、そこには数え切れないほどの花々が並んでいた。
日に照らされ映える赤色の花、それとは反対に落ち着いた青色の花、恐らく現実では存在しないであろう緑色の花、それらにステラは目を奪われる。
どの方向からも日の光が差し込んでいる為、温室の効果もあり、部屋の中が暖かい。
(……あったかいなぁ)
ステラが内装に感動していると、何処からか歌声が聞こえる。
「――」
澄んだ声で歌う歌は、どこか神聖さを感じさせる。
(あれ、これって……)
少し聞いたところで、思わず首を傾げる。
ステラはこの歌に聞き覚えがあった。
しかし、それなのに何処で聞いたのかも、何故聞いたのかも覚えていない。
(……綺麗)
目を閉じると、油断して聴き入っていってしまいそうな声だった。
歌声を辿り、歌声が聞こえる方へ歩いていくと、青色一色の花々の中に、その人物はいた。
日に照らされた長い白髪が淡く光を放ち、その身を神々しくさせている。
しかし、その人物は、一切こちらを振り向く様子はない。が、こちらの気配を感じ取ったのか、ステラが現れると、自然と歌うのを辞めた。
そして、その人物はそのまま口を開く。
「――花は静かに咲き誇り、やがて人々の記憶に残ることなく枯れていく。……あの子はどうかしら」
それだけ言うと、その人物はクスッ、と笑みを零すと、やっと振り返ってこちらを向く。
(ど、どういうこと……かな?)
疑問に思ったステラは、一歩一歩近寄り、その人物に問おうと試みる。
問いかけることは出来なくても、せめて顔を確認しようと試みた。
けれど、部屋が硝子張りのおかげで光が逆光になり、はっきりとは見えなくなる。
「あ、貴方は……?」
我慢出来なくなり、思わず尋ねたが、あちらにはステラの声は聞こえていないようで、違和感に感じるほど間を置くと、言葉を続ける。
「……今から楽しみだわ」
「ま、待って下さい……――!」
その言葉を最後に、急な目眩によってステラは気を失った。
――次にステラが気が付いたときには、自身はベッドに寝かされていた。
「……ん」
仰向けにされていたようで、目を開けると天井の豪華なシャンデリアが目に映る。
天井からして、先程見たところとは違うことが分かった。
そしてもうひとつ。それが夢だった、ということも。
シャンデリアを見てもステラの家ではないことは明らかだったが、ステラが寝かされているベッドからも、自分の私物ではない、とすぐに分かった。
何故なら、信じられないくらいに素材が滑らかで、まるで新品のよう。
加えて、動いた時に生じる軋む音もなく、清潔であったからだった。
それを知ってから、ステラは思う。
(ま、まさか……)
ここで完全に理解した。
ここはステラの家ではない、ということを。
夢ではない、ということを。
(じ、じゃあ、ここは何処……?)
部屋の内装も、窓の位置も、広さも、何もかもが高価なものに見える。
ベッドや内装でこれならば、恐らくここは貴族や魔術師の家……。
(いやいや、そんなことあったら……)
そんなことあるわけない、と首を横に振って、自身の頬を叩く。
そして、その調子で部屋の辺りにあった家具や物を諸々見渡す。
(部屋を調べてみたら、分かるかも……?……なら)
連れ去られた手掛かりか、この家に関する物を探す他ない。
部屋の様子を見ながら体を起こすと、ベッドから降りる。
それから、再び辺りを念入りに見回し、自由に動けることを確認すると、ステラは心の中で決めた。
(探索するしか、ない……!)
ステラの探究心と好奇心が燃え上がる。
(よし……!)
腕を捲ると、ステラは大きく胸を張った。
ステラは元々、物事を考えるのが好きな性格である。
魔術書においても、日常においても。
であるが為に、こんなにも知識欲と探究心が育ってしまったわけなのだが。
目を輝かせたステラは、決心すると、すぐさま一番近くにあった胸の高さ辺りまである、木造りの棚の引き出しの引き出しに手をかける。
引き出しなら、鍵か書類やら何かしら入っていると思ったが、意外に何も入っていなかった。
日用していない、元々別に用意している場所であれば、ステラが探しているような物が出てくるのも時間の問題だ。
(……ここには、ないか)
中身を隅々まで確認し、手がかりになるようなものが何も無いことを確認すると、手あたり次第に他の引き出しに手をかける。
だが、十数個あった全部の引き出しを開けても、生活必需品の小物があるだけで、それらしきものは無かった。
「ここにはない……。……じゃあ次!」
次が本命だ、と言わんばかりに、ステラは部屋の端にあった本棚に食い気味に目を移す。
ステラが見た本棚には、ステラが未だ見たことの無い、多種多様な題の本が多々あった。
どれも、ステラの好きな部類である。
(ここから、興味深い本を少しくすねて……。……いやいや、ここの手がかりを見つけて……)
とんでもない考えが見られた気がしたが、無かったことにするように大きめに咳払いをすると、改めて本棚に向かう。
「さてと」
(それじゃあ、早速……)
間を置くと、ステラはポーズを決めて言った。
「始めよう、読書会を……!」
ガッツポーズをすると、ステラは目を輝かせながら、本棚に手を伸ばす。
記念すべき読書会の一冊目の本を手に取った時だった。
コンコンッ、と、この部屋の出入り口の扉を叩く音がした。
その音に激しく反応したステラは、ビクッ、と飛び上がったが、その後は音も立てずに、こっそりと抜き足差し足でベッドへ戻った。
その時、入れ替わりで、静かに扉が開く。
そっと、ステラは頭まで被ったブランケットから片目を覗かせる。
メイド服――恐らくこの屋敷の使用人だろう。
その使用人はステラの元へ歩み寄ると、覗き込むようにして尋ねる。
「お目覚めになられましたか?」
「……えっと」
ステラは顔にかかったブランケットを取ると、ゆっくりと体を起こす。
改めて使用人の姿を見ると、ステラは体を縮こまらせる。
茶髪に、メイド服。加えていかにもなメイドらしい佇まいだった。
その使用人はステラの顔色を窺うと、慌てて頭を下げる。
「自己紹介が出来ていませんのに……。申し訳ありません。……私は使用人のラーウェリーと申します」
「わ、私は大丈夫です……!」
ワタワタと手を振ると、使用人――ラーウェリーはしばらくして顔を上げる。
そしてステラをもう一度見ると、慌てた様子で申し訳なさそうに続ける。
「謝罪してもし切れないほどでございます……。我がウェルディア王国の新しき花使いに失礼を申したこと、不敬をお詫び致します」
「い、いえ……」
そう言って、もう一度深々と頭を下げるラーウェリーを宥める。
そこで――宥めていて気付いた。
(……え?)
「新しき花使い?私が……?」
(魔力を持っていない私が……?)
思わず、ラーウェリーが言っていたことを復唱した。
「……え、……あ」
驚いているステラの様子を見たラーウェリーが目を泳がせると、ステラはすぐさまラーウェリーの手を掴み、引き寄せる。
「本当ですか!?私、魔術師になったんですか!?」
「え、えっと……?」
興奮気味にステラが尋ねると、ラーウェリーは一歩一歩後退りする。
当然だろう。
今日初めて顔を合わせた相手に詰め寄られるなど簡単に耐えられるわけない。
そうしてステラの猛攻に耐えるラーウェリーという絵面が完成した時、またしても扉を叩く音がした。
「ラーウェリー?遅いじゃない。その子が起きていたら声を掛けてって言ったじゃな――」
「……あ」
部屋に入って来たのは、淡い金髪の女性。
何処か気が強そうで、それでいて優しそうな雰囲気を纏っている。
女性はこちらを見るなり、無言のままで目をパチパチと二回瞬きし、その場に留まる。
(えっと……?)
ステラがラーウェリーとその女性を交互に見ると、女性は開いていた口を閉じ、すぐに笑みを作る。
「おはようございます……、ステラ様」
「お、おはようございます……」
(ど、どうしよう……)
とにかく何か話さなければ、と思ったステラは、完全に動揺して口を滑らす。
「は、花使い……って、ど、どういうこと……、ですか……?」
その場が凍りつき、更にお互い気まずくなると、女性はラーウェリーにそっと近付き、こっそり耳打ちをする。
「ち、ちょっとラーウェリー。あのこと、言わないで、って言ったじゃない……!?」
「そ、それは申し訳ありません、ルルア様……!」
二人の会話ははっきりと聞こえていたが、聞いていない振りをしよう、とステラは表情を顔に出さないように抑える。
その間、二人は続けて長々と話を済ませると、最後に女性の方が肩を竦めて言う。
「――今度から、気を付けて頂戴ね……」
「承知致しました……」
そうして二人の会話が終わると、女性はふと部屋の惨状に目をやる。
続けて、女性は目を丸くして呟いた。
「これ、ど、どういうことかしら……?」
* * *
その後、簡単に自己紹介を済ませると、ステラはゲストルームに通された。
紅茶を準備してもらっている中、ステラはソファに腰掛け、背筋を無理に伸ばしていた。
(な、なんか……。ここ、とても普通の家とは……)
この豪邸に驚いていたのだ。
自己紹介をしてもらった時、女性の名とこの場所について教えてもらった。
――淡い金髪の女性の名はルルア・フォマリアと言うらしい。
そして、ここはルルアの邸宅であり、その使用人がラーウェリーだという。
(それにしても……)
「……す、凄い」
シャンデリア、花瓶に入った花々、汚れが一切無いふわふわな絨毯、ふかふかのソファ、その他諸々。
見たことの無い物が沢山あったので、ステラはそれらに圧倒される。
やがてラーウェリーが紅茶を持ってくると、ステラは小さく会釈する。
紅茶なんて、いつぶりだろうか。
家では金銭面のこともあり、必要最低限の食料しか買わない。
特に飲み物などは、林の中にある湧水で確保しているので、最近は水しか飲まない。
水面に顔を映しながら、紅茶の入ったカップを見つめる。
しばらくすると、部屋にルルアが入ってきて、ステラと向かい合うようにソファに腰掛ける。
「……緊張していられますか?」
「あぅ、……そうですね。こういうところ、あんまり慣れてなくて……」
(魔術師……になれたことは嬉しいんだけど、でも、今の状態は……)
「そうなんですか?」
驚きながらも、ルルアは自分用に用意されていた紅茶のカップに、用意されていた氷砂糖をいくつか放り込む。
(魔力について聞くのは怖いから……)
ステラが元々魔力を持っていない一般人だった、と言うのは、とても言う気が湧かない。
「……あの」
膝の上で手を握ると、ステラが尋ねる。
「なんでしょう?」
黙々と氷砂糖を入れていた手を止めると、ルルアはステラに目線を移す。
ルルアの視線に緊張しながら、手を小刻みに震わせ、質問を口にする。
喉が締め付けられるように感じたが、すぐさま思っていたことを尋ねる。
「えっと、なんで私が花使いって……」
「あぁ……!そういえば話していませんでしたわ。それを話さなければなりませんでしたのに……。やはり自分で連れてくるべきでしたか……」
「……?私をここに連れてきたのは、ルルア様……じゃないんですか?」
確かに、ステラが最後に聞いた声はルルアのような高い声ではなかった。
どちらかと言えば、男性の声のような低い声だった気がする。
「そうですね。貴方をここに連れてきたのは私では無いのですわ。今は所用で席を外していますけれど……」
そう言うと、ルルアはラーウェリーに何かを耳打ちする。
ラーウェリーは耳打ちされた内容について、迷わず頷くと、部屋を出ていく。
「長くなるかもしれないけど、待っていて頂戴ね。今、貴方をここに連れてきた者を呼ぶから」
「は、はい……っ。色々とすみません……」
(所用があるって言ってたけど、大丈夫なのかな……?)
とんでもないことを聞いてしまったのではないか、とステラは身震いする。
けれども、それから十秒も経たずに、ラーウェリーと入れ替わりで、部屋の外から、また新たに声と足音がした。
低さ的に男性の声だったので、より一層ステラは背筋を伸ばす。
(噛まないように、間違えないようにぃ……)
ヴェルトとは何の問題もなく話せていたが、それは長年の中だからこそのものだ。
いざ顔も知らぬ男と話すとなると、ステラも緊張する。
頭の中で繰り返して緊張を誤魔化すが、どうでも緊張して鼓動が速まる。
ステラは面立ちをそのままにしつつ、紅茶の入ったカップを口に近付ける。
ステラが紅茶を口に入れると同時に、部屋に男性が入ってきた。
焦げ茶の短髪で、比較的大柄で若く見える。
男性はこちらを見ると、部屋によく響く声で言った。
「ただ今、戻りました――!」
その時、ステラは丁度紅茶を口に含んでいたので、案の定驚いて、盛大に吹き出した。
「ダストル!今はお客様がいらっしゃるのだから静かに……!」
ルルアの言葉に、男性は声の大きさを抑えて、再び言った。
「ただ今、戻りました……!」
「それでいいわ……」
ルルアがふぅ、と一息着くと、男性はステラの顔を覗き込むようにしながら尋ねる。
「……ところで、その方はどうしたんですか?」
「色々と話すことがあったのよ。……ダストル、自己紹介して頂戴」
「了解です!」
男性はステラの横に歩いてくると、胸に手を当てて自己紹介を始める。
「俺はダストル・ユーフリスト。騎士団東部魔物討伐隊の隊員で、今は報告に来ようとしていたところで」
「……騎士団?」
「そうです。俺たちの附属している東部魔物討伐隊は仕事が多くって。だから〈博識の五色〉、水玉の魔女、ルルア・フォマリア……様に報告をしようと」
ステラは男性――ダストルの説明に背筋が冷えた。
「……博識の五色?」
(ヴェルトが言ってた、国の頂点で一番の戦力っていう……?)
確か、ヴェルトの説明だと凄く凄い人だったような……気がする。
体をカタカタと震わせながらルルアを見ると、ルルアは立ち上がって笑みを零す。
「そういえば、話していなかったわね」
「私は〈博識の五色〉、水玉の魔女、ルルア・フォマリア。改めて、よろしくね」
「よ、よろしく……お願いします」
一度お辞儀をすると、ルルアは再びソファに座る。
それを聞いたあと、ダストルは一言ルルアに「出直しますね」とだけ言うと、部屋から出る。
確認したルルアは、カップを揺らしながら話を続ける。
「……それにしても、ラーウェリー遅いわね。……待っている間に、本題を話していましょうか」
その声で、辺りの空気が変わるのを感じる。
ステラが頷くと、ルルアは微笑みながら話し出す。
「そうですね……。……まずは昨日の晩のこと。次代〈花使い〉が生まれる夜に、空に祝いの星々の中、〈花使い〉に力を授ける彗星が、一つ落ちたのです」
ステラは昨日のことを思い出す。
(力を授ける彗星って……、まさかあの時の……?)
昨日の晩、ステラに向かってきた、一筋の彗星。
あれが、その〈花使い〉の選ばれる彗星だったのだ。
「そして、ステラ・メイフィア、貴方に落ちた。だから、貴方が花使いに選ばれた」
「そう、なんですね」
「あら、知らなかったの?〈花使い〉のことを知ってるから、てっきり彗星のことも知っているものだと。それに、右手の紋様を隠しているようでしたから。ごめんなさいね」
「い、いえ……」
(あの彗星が……)
ステラは彗星が落ちた時のことを、何度も思い返す。
話を聞くに、本当にステラは花使いになって、魔術師になったのだろう。
「……諸事情で紋様は常に浮かぶようにしたから、色々気をつけなきゃいけないこともあるけど」
ルルアはステラを見ると様子を窺いながら、手を組み合わせる。
「……でも、それならより詳しく説明しなければならないわね」
ルルアは間を置くと、はっきりとそれを口にした。
「――花使いそのものについてを」




