【1-2】不思議な力
光が収まると、ステラはゆっくり目を開けた。
目の前に岩か何かがあると確信していたが、ステラのいる付近は岩どころか、何かが降ってきた形跡も見つからない。
光っただけで、何も起きていないように見えた。
(今の、何だったのかな……?)
体をあちこち触ったり動かしたりして、自分の無事を確かめる。
事実、彗星が落ちてきたはずだが、別に体は痛くないし、辺りにそれらしいものは見つからない。
気のせいだったのだろうか。
(まぁ、いいか……)
疑問を抱きながらも、木の影の下から起き上がろうと地に手を着く。
手に力を入れると、右手に強い痛みが走った。
(痛っ……!)
花火や星空に見惚れているうちに、気付かず怪我をしてしまったのだろうか。
手のひらが上からも下からも圧迫されているような痛みで、思わず地から手を離す。
特に思うこともなく、そのまま右手を確認しようと目を向けた。
「――え?」
目を疑った。
右の手の甲に、今まで無かった青色に光る紋様が浮かんでいたからだ。
ステラは左手で右手の甲を触る。
しかし、先程のような痛みは全く無い。
異変といえば、唯一、紋様が浮かんでいることだけだ。
「正常……、じゃないよね。これ」
冷や汗をかきながら、紋様を観察する。
紋様を何かに例えるのは難しいが、どことなく花の形に近い形をしている。
「ど、どうしよう……?」
左手で右手を掴んだまま、辺りを見回す。
すると、徐々に街道の方から人々の声が近付いてくるのが感じられた。
――「今、あっちの方が光ったぞ!」
――「大丈夫か?!」
(これ、逃げた方がいい?)
声と同じく、足音も近付いてきていた。
本能的に、ステラは急いで立ち上がると、恐る恐る後退りする。
そして光が見えた時、ステラは方向転換して、足元を見ることなく小屋のある方に走っていった。
ステラの歩いた足跡には、微かに色とりどりの花が芽吹いていた。
* * *
「ハァッ、ハアッ……っ」
息も絶え絶えに、ステラの出せる全力で小屋まで走ってくると、速度を落とさずそのまま梯子を登り、扉を開く。
ステラが入ると、その勢いのままドアノブを握り、ドンッと音を立てながら閉め、鍵を掛ける。
しばらくドアノブを握ったままだったが、気が抜けるとゆっくりと手を離す。
息切れを起こしながらベッドに直行すると、気絶したように、ベッド仰向けに倒れ込む。
(怖かった……)
深呼吸をして、慣れない走りで速まった鼓動を落ち着かせる。
ステラにしては今の走った距離と時間は長過ぎた。
普段運動なら図書館まで歩くまでのステラにとって、ここまでの長さを走るなんて言語両断。
最後に走ったのはいつだろうか、とステラは深呼吸を続ける。
「ん……」
それまでの動きでふと右手の甲が視野に入った。
まだ紋様が残ってるのか、と思ったが今度は先程とは異なり、すっかり紋様は消えていた。
驚いたステラは自身の手をあちこちから眺める。
手の甲と手のひら。どちらを確認しても紋様は確認出来ない。
(……なんで?)
本当に、彗星に当たったときは紋様が浮かんでいた。自分で確認したので、それは確かだ。
けれど、今は跡形もなく消え去っている。
ついでにステラが触ったり押したりしても、触れられていること以外何も感覚がない。
もしかしたら、特別な状況下で浮かび上がるものなのかもしれない。
紋様があった部分を見続けたまま、ふと思う。
(……消えちゃうなら、私、逃げてきちゃって良かったのかな?)
逃げてきたということは、何か問題が起きかねない。
それこそ、勘違いを起こしたり冤罪を被られる可能性も、無くはない。
これが正しい行動なのかは分からない。
「ど、どうしよう……」
ステラに当たった彗星に関しても、手の甲に現れた紋様についても、全てが謎めいている。
早く、この紋様について解明しなければ。
そう思ったステラは、力を引き絞って体を起こそうと試みる。
が、突如の衝撃と運動のせいか、その前に強烈な眠気がステラを襲う。
こんなにも眠気があるのもいつぶりだろうか。
「……明日でいいかな」
そう呟くと、抵抗することもなくステラは眠りについた。
――目の前に、魔術書の山があった。
それも、昨日図書館から取り出した量とは比べ物にならないほどの。
言うなれば、天井から床まで積み上げられた本が部屋を埋め尽くしている、と言うべきだろうか。
「……ここは?」
積み上がっている本を見上げると、ステラは小さく呟く。
本来ならばステラにとって、とんでもないほどの量だが、今はそんな状況に驚いている。
しかし、そんな状態も長くはなく、ステラは体を縮こまらせる。
そして、嬉々とした様子で、ウズウズと体をくねらせた。
「これ全部魔術書?!」
近付いて読み漁ろうか、それとも家に持ち帰ろうか。
そんなことを考えながら、魔術書の山を見るなり、違和感に気付かず、ステラはそこに飛び込んだ。
(これが、魔術書パーティ……!)
「――ステラは……、寝坊助!」
「んー。じゃあ、寝坊助といったらステラ!」
「おい、それ戻ってるぞ?」
拍手と誰かの声で、ステラは目覚めた。
最初は起きたばかりでぼんやりとしていたが、辺りを見渡しても、あったはずの魔術書の山が何処にも無い。
――本が、無い。
(……もしかして、夢?……いいや、寝ぼけてるだけかもしれないし起きてみないと)
目をかいてベッドから起き上がるも、またしても魔術書の山は見当たらない。
(夢、だった……)
その事実に絶望したステラは、ベッドに力なく倒れる。
「う、嘘っ。嘘って言って……」
「……どんな夢見てたんだ?」
目覚めた時と同じ声がすると、ステラはベッドから飛び起きる。
まさか、誰かに聞かれていたのだろうか。
声のした方を向くと、見覚えのある姿が目に入った。
「……あれ?昨日お説教したばっかりだけどー?」
そこにいたのは、昨日の梟とその仲間たちだった。
梟たちはステラの問いかけに身を震わせながら、続けて口にする。
「そ、それは別としてさ。部屋、凄いことになってるから見てみてよ」
「部屋?」
何かをした覚えはなかったが、言われた通りに目を凝らす。
その時、冷や汗が頬を伝った。
「何、これ……?」
一言で言い表せば、『部屋の中が蔓だらけだった』。
充分に言い表すならば……。
「ここ、森だったっけ……?」
何処もかしこも蔓まみれで、森と化している状態だった。
昨日座った椅子には床から這い上がった蔓が巻き付き、クローゼットには取っ手の部分は勿論のこと、それがクローゼットなのか否か、という惨状であった。
(わ、私の家……)
またも新事実に絶望すると、唯一無事なベッドに倒れ込む。
今までは、こういうことは無かった。
いや、あってたまるか。
今まで、ステラは共にここで寝食をしてきた。
が、このたった一夜で、心身を共にしてきた家がまみれになってしまったのだ。
「……もう、無理」
「と、とりあえず大丈夫だってよ!今、皆で頑張って取ってるからさ!」
「皆……?」
「おう!」
活きのいい返事の後ろを見ると、切磋琢磨して嘴や前足で蔓を取ろうとしている動物たちの姿があった。
どうやら、この梟の知り合いたちらしい。
それなら望みも叶うのではないか、と淡い期待を胸にした。
しかし、様子を見るに、全員がどれだけ頑張っていても一向に取れない。
動物たちがそれぞれで爪を立ててみても同じことだった。
「それで駄目ならっ」
それを見ていられなかったステラは、動物たちの集まっているところに向かいしゃがみ込む。
(見た目は普通の蔓っぽいけど……)
「待ってて。私が取ってみる」
動物たちを退かせ、蔓を触る。
唯、その蔓の感触や太さを確認する為に触ったつもりだった。
ステラが蔓の一部を掴んで見ていると、そのステラが触れた部分から、段々と瑞々しい蔓が茶色っぽく変色して、腐り、朽ちていた。
別の蔓の部分に注目していたステラは、動物たちに遅れてその状況を目にする。
(どういうこと?)
「……っ」
驚いたのも束の間、どういう訳か昨晩と同じように手には激痛が走る。
右手の甲を見ると、案の定紋様が青色に光っていた。
ステラが激痛を感じた時に蔓から手を離してしまっていたようで、見ると腐朽は止まっていた。
慌ててもう一度手の甲を見るが、またいつの間にか消えている。
(訳が分からない……)
「一体、どうしたら……」
蔓が生えてきた現象と、触れた部分からこの蔓が消える現象。
紋様の謎に加えて、また新たに謎が増えた。
ステラが頭を抱えると、傍にいた梟が何か閃いたように呟く。
「それならさ、今日も図書館に行ってみたら?」
「図書館……。あ、図書館!」
(図書館なら、手がかりになるものもあるかもしれない!)
梟の一言で希望を見出したステラは、クローゼットに手を伸ばす。
けれども、先程言ったようにクローゼットは蔓が塗れている為、開けられない。
不思議な力も、どんなものなのかはっきりとはしていないので、無闇に使うのは良くない……と思ったので使うのを辞めた。
その代わりに、唯一ベッドの上にあった、無事なローブを着る。
「じゃあ、私、行ってくるね!」
「え、あ、ちょっと?!」
あまりにも急だったので驚いたが、動物たちは顔を引き攣らせながら各々で返事をした。
ステラが小屋を出ると、ガチャリ、と鍵を閉める音がする。
その音を聞いた動物たちは、待ってましたと言わんばかりにドタバタと走り回る。
「……じゃあ」
蔓に塗れた机の上に乗った梟は、片羽を天井に翳す。
「さっきの続きを始めるぞ!」
「――何?」
号令の後に、背後から低めの声が聞こえる。
梟は、その声に体を小刻みに震わせると背後で窓から顔を出したステラを見るなり、絶叫した。
「で、出たーー?!」
「誰が霊だって……?……というかさっきの件、気付いてないとでも思った?」
ステラが笑顔でツッコむと、動物たちはステラの圧のある笑顔によって、その場に倒れた。
動物たちへの説教を終えたステラは、右手を隠しながら街道を歩いていた。
まだ日も昇り切っていないので、昨日は活気のあった街も沈黙に包まれている。
屋台も露店も跡形もなく片付けられていて、最早昨日までの面影が無い。
ステラが居た場所も見ていくが、人影は無く、跡もない。
「昨日の件……。あの後は特に捜索とかしなかったのかな」
片付けまでしているので、そんなに遅くまでは屋台も露店も出していなかったのだろう。
胸を撫で下ろしながら、街道の道沿いにある、比較的細めの分かれ道――図書館への道を歩く。
(とにかく、この紋様を隠しながら……)
いつ、誰に見られるか分からない。
それで捕まったとしたら、魔術書読み漁りライフが終わってしまうかもしれない。
ステラはローブの長い裾で手の甲を隠しながら、歩き続ける。
それからしばらく歩くと、開けた土地に堂々と聳え立つ図書館が見えた。
ステラにとっては随分と見慣れた景色だが、今日は良く日に照らされ一際浮いて見える。
(……っていうことは)
「今日、早く来ちゃった?」
背筋がゾッとして、ステラは青ざめる。
いつもなら大丈夫なことが、今となっては恐ろしい。
確かに、道中は右手を隠すことに夢中で、街道にある時計塔を見ていなかった。
加えて残念なことに、ステラは時計を持ち合わせていない。
(時間間違えてたら、どれくらい待つことに……?)
そんなこと、簡単に想像出来ない。
それに、いつ右手に紋様が浮かぶのかも、何が起こるのかも分からない。
今になって、ステラは時計を見なかったことを後悔する。
(それまで隠し通せるかな……)
身震いしながら、ステラは図書館の入口前で足を止める。
身長より遥かに大きい扉を前にして、ステラは大きく深呼吸をする。
そして右手を伸ばし、扉に手を掛けた時だった。
「――あ、ステラか」
「……へ?」
後ろを振り向くと、そこには司書正装ではなく、普段のヴェルトからは考えられない、ゆったりとした私服を着ているヴェルトがいた。
「どうした?図書館ならもう開いてるぞ?」
ヴェルトが言うと、ステラは俯きながら少しずつヴェルトに歩み寄る。
「本当に?」
ステラに不穏なオーラを纏っていたように見えたので、ヴェルトは引き気味に答える。
「えっ……。……あぁ。開いてるぞ」
「本当に、本当ですか?!」
顔を上げたステラは上目遣いで、ヴェルトの服の裾を引っ張る。
それを見たヴェルトは抵抗することを諦め、小さく溜息を着くと、図書館を指差す。
「だからそう言ってるだろ。ほら、明かりも灯り始めたぞ」
「神ぃ……」
「あぁ……?」
ステラが見上げたまま表情が綻ぶのを見ると、ヴェルトはステラの肩を掴んで軽く突き放す。
「とりあえず、中に入ったらどうだ。お前はどうせ、図書館が目当てなんだろ?」
促すと、ステラはこくりと頷き、図書館へ飛んでいった。
「あれ、何だったんだ?」
一連の出来事に、空いた口が塞がらない。
しばらくして頭を搔くと、ヴェルトも図書館の出入り口へ向かい、手を掛ける。
(……だが、なんだかな)
図書館の扉を開けようとしていたステラの右手の甲に描かれていた紋様。
それに、ヴェルトは見覚えがあった。
扉を開ける直前に、ヴェルトはポツリと呟いた。
「ま、んな訳無いよな」
* * *
ステラは図書館の中に入ると、出入り口付近にある螺旋階段を登る。
(確か、ここから行った方が速かった……と思う)
記憶が正しければ、螺旋階段から行くと、ステラの探している紋様に関する本がある棚に、一番速く辿り着くことが出来るのだ。
(魔法陣の紋様についての本、読んでおいて良かった……)
このまま行けば、さっさと読んで帰ることも可能かもしれない。
(出来れば、家にあった蔓についても分かる本があれば良いんだけど……)
緊張と期待を胸に、ステラは歩みを速めた。
ステラの記憶通りの場所に出ると、右手を隠し続けながら、駆け足で目当ての本棚へ向かう。
「ここは……」
一冊一冊、本の背を指でなぞり、それらしき題名のものを探す。
けれど、それらしいものは見つからない。
(ううん、違う。……ここは伝統の紋様について。次は……。あっちかな)
次に、ステラが見ていた本棚の向かい側にあった本棚を追う。
同じように本の背を指でなぞっていると、ある題名に目を奪われた。
「『歴史からの魔術式紋様の移り変わり』……!」
好奇心で思わず手を伸ばしてしまったが、指先が僅かに触れたところで手を引く。
(違う違う、今日は手に浮かんでた紋様について調べるんだから我慢……。でもっ)
再び来て探すのは、他の誰かに借りられてしまう可能性もある。
(それなら……)
内容でも覚えておこう、と指を入れると、片手で持っていたので、不意に床に落としてしまった。
ゴトッ、と静かな館内に本が床に叩きつけられる音が鳴り響くと、すぐさまステラはその本を拾い上げる。
表紙を見て更にそそられたが、自身の危機感によって惜しげに棚に戻す。
(また、今度読みに来ればいいし……)
肩を落としながら、本探しを続行する。
本探しに戻ってすぐ、肘に硬い物体が当たるのが分かる。
その直後、先程聞いたドゴッ、という音がまたしても聞こえた。
「わっ……?!」
(また落としちゃった?!)
ステラが命と同等に扱う本がまた落ちる。
それを許せなかったステラは、振り返って本を拾おうと手を伸ばす。
すると、視野の外側から自分ではない誰かの腕が本に伸びる。
その人物はそっと本を掬うと、持ち上げてステラの方に差し出す。
「す、すみませんっ……」
頭を下げて、拾ってもらった本を貰おうと手を差し出す。
「ありがとうございま――」
拾ってくれた人物に、感謝を伝えようと顔を上げた。
(ちゃんと顔を見て……)
ステラが目線を本を拾った人物に向ける直前、その人物はステラの額を指で弾いた。




