【1-1】本が好きな少女
春の終わり、空が茜色に染まる夕暮れ時のこと。
ウェルディア王国王都にある国立図書館の魔術棟に、山積みになった大量の本を両手に抱えている少女の姿があった。
やたら機嫌良さそうに軽やかに足を動かしながら、少女は満面の笑みを浮かべている。
少女は肩の下まである焦げ茶の髪をリボンで一纏めにしていて、瞳の色は右目は青っぽい茶色、左目は若干それより色が薄くなっている。
身長や見た目を考慮すると、年齢は十四、五歳辺りだろうか。
(ここ一ヶ月くらい無かったけど、偶々あって良かった!)
どうやら、この本の山の中に、この少女が読みたかった本があるらしい。
「ふんふふふーん」
何処かで聴いた、曲名の分からない曲を口ずさみながら、少女は楽しげに本棚と本棚の間の僅かな隙間を歩いていく。
そして、山積みの本を更に大量の本が広げられている机の端の方に重そうに置いた。
「……持ってきすぎちゃったかな?」
そう呟く少女の名は、ステラ・メイフィアという。
ステラが持ってきた本には、〈魔術〉、〈魔法〉、〈魔力〉…というワードが豊富に使われている。
ステラは机にびっしりと並べられた本を一瞥すると、腕を組んで誇ったように独り言を呟きながら、うんうん、と頷く。
「でも、全部読みたいやつだし、読めればいいよね!なら大丈夫大丈夫!」
「そう言っていつも後回しだろうが、いい加減気付け」
後方からツッコんだのは、この国立図書館の司書の一人、ヴェルト・ヘクトルだった。
「あ、ヴェルトさん」
「『あ』、じゃねぇんだよ、入り浸り娘」
国立図書館の司書でも一番に若く、司書の白い刺繍が入った紺色の正装がよく目立つ。
それに加え、ヴェルトはそれなりに口が悪いので、ステラはすぐに分かった。
「お前が片付けなかった日は、俺が就業時間から一時間掛けて戻してんだぞ?」
「そ、そうなんですねー……」
こんなに気軽に話し掛けられるのも、きっかけがあった。
(長い間通ってるけど、初耳……)
ヴェルトは、ステラが初めてここに来た頃からの知り合いである。
その出会いというのも、壮絶で散々なものであったのだが。
なんでも、ある日、図書館に来てみれば、そこら中に、開かれた本が山積みの状態。
さっさと犯人を見つけてとっ捕まえようと探してみると、その犯人は、館内を走り回ってガサガサと本を次々に取り出しては落とし、取り出しては落とし、を繰り返していた。
その犯人こそが、ステラである。
初めて出会った時、ヴェルトは司書になりたてだったで苦労した。
それと比べれば、今の状況はまだマシに感じる。
ヴェルトはステラの周りにある本を見ると、眉根を寄せる。
「いい加減閉館時間まで入り浸って、いちいち俺に片付けさせるの辞めるよう努力しろ」
「えぇー……」
「えぇー、じゃない。毎度毎度、元に戻すのが大変なんだよ」
ステラが手に取った本を取り上げると、厳しい口調で訓戒する。
「でもぉー」
「でもー、じゃない。大体、魔力も持ってない葉者のお前が魔術書なんか読んで、何の意味がある?」
――魔力。それは、魔術という術を扱うに必須な力である。
しかし、その魔力は、全ての民が持っているものでは無い。
この世界に生を受けた時、王都にある城の頂上にある、魔造花庭園と呼ばれる花園の蕾を一輪咲かせること。それが、魔力を持っているか否かの証明。
つまりは、花園の蕾を咲かせた者のみ、魔力を持つのである。
その仕組みのおかげか、魔力による魔術の技術は一瀉千里に進歩していき、この国の主要武力となった。
そんな魔力や魔術に興味を示すステラだが、生憎、その花を咲かせていない一般人なので、魔力が無い。
魔力がなければ魔術も扱えるわけが無い。
だから、ステラが魔術書を読む意味は、全くと言っていいほど無いのだ。
ヴェルトの言い分に、ステラはムッとして言い返す。
「……だって、面白いし、もしかしたらいつか突然花が咲いて、魔術を使えるようになるかもしれないじゃん!夢がないなぁ」
そう言うと、ヴェルトを煌びやかに輝かせた目で見る。
……と言っても、ステラが言ったことはほぼ不可能である。
まず、これまでに前例が無い。
魔力を持つ者が多い家系があるとは聞くが、ステラはそれらに関する家系の出身でも無い。
「希望は持つなとは言わないが、高望みは程々にな」
「高望みじゃないですー」
「じゃ妄想か」
「違いますー」
ステラが頬を膨らませると、窓の外を見たヴェルトは呟く。
「あ、そういや」
ステラが首を傾げると、ヴェルトは外の景色を指を差す。
「今日は花使いの選ばれる日だったな。道理で星が多い」
「花使い……って?」
なんだそれ、と言わんばかりにヴェルトを見つめるステラに、ヴェルトは呆れたように机に手をつく。
「お前、魔力や魔術には興味津々な癖に、こういう仕組みは知らないよな」
溜息を着くと、ヴェルトは丁寧に説明を始めた。
――花使いとは、王都にある魔庭園を管理する者を指す呼び名である。
魔術を専門に活動する魔術団、剣術を専門に活動する騎士団、それらを統率する博識の五色に並ぶ、国の戦力のうちの一つ。
普段は五人体制で管理し、その五人が持つ〈百花繚乱〉と呼ばれる魔術で、時折、魔造花に被害を齎す恐れのある魔物や竜が現れれば、街に出向いて退治する。
だが、その花使いは数年に一度代替わりをする。
そして今日、魔力を持つ者、つまりは新たな花使いが選ばれるのだ。
「――っつうことだ。偉大なる司書の特別指導、分かったか?」
図書館の司書たる者、長い説明は大得意である、と自負していた、が。
「……?……多分、分かった!」
答えるまでの間的と反応的に分かっていない。いや、聞いていない。
(こんっの入り浸り娘が……っ)
ヴェルトは既に憤りを覚えていたが、それを抑えて拳を握り締め、続ける。
「お前の理解の無さにもっと叱ってやりたいが……。とりあえず、もう閉める時間だから帰れ」
(閉める時間……って)
「えぇ、もうそんな時間ですか?」
「そうだ。時計をちゃんと見ろ」
壁に掛けてある時計を見ると、本当に閉館時間に近づいていた。
慌てて椅子を仕舞うと、いそいそと準備をする。
「すみません!今日も片付けお願いします、ヴェルトさん!」
「ち、ちょ、おい!」
止める間もなく、ステラは出入り口へと消えていった。
その一連の出来事に、ヴェルトは呆然と立ち尽くす。
「お、おい……」
そして、ヴェルトは机に山積みになったままの魔術書を見回すと、大きめに舌打ちをした。
* * *
ステラが図書館から出ると、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
何気なく空を見上げてみると、大小様々な星々が夜空を彩っているのが見えた。
「……最近はあんまり星って出てなかったよね」
足を止めて夜風に吹かれる。
最近は時期が時期なこともあり、曇りや小雨が多く、月も太陽すら見えていない日が多かった。が、今夜はそれを感じさせないほどに星が瞬いている。
(やっぱり……)
様々な大きさの星々を見上げながら、ステラは小さく息を吐く。
毎度、空に浮かぶ星々を見れば、極めて広大な空と比べれば、自分はこんなにも小さいのか、と痛感させられるようだ。
だが、今はその感覚に浸っている場合ではない。
「……って、いけない!帰らないと!」
ぼんやりとする頭を叩き起して、ステラは足早に歩き出した。
図書館の道を抜けると、王都の城下街に出た。
常時ワイワイと大騒ぎしているのは見慣れた景色だが、今日は一段と煩い。
それに随分と明かりが多い気がする。
「今日は確か、花使いの選ばれる日……だったよね。だからかな?」
ヴェルトの説明を思い返しながら、賑やかな方面とは逆向きに歩き出す。
ステラが街道を下っていく途中、街道の道の端には、普段見ない屋台やら露店やらが並んでいた。
花の形に成形されたワッフル。
こんがり焼かれたナッツ。
物珍しい商品が置かれた雑貨店。
明かりに照らされ光るアクセサリー店。
他にも様々な屋台がズラリと並んでいるが、どれだけ見ても、その中に、ステラに唆るものは見当たらない。
ステラは横目で見る程度にして、街道を降りる。
(魔術書か魔導書か歴史書か、何かあればいいのにな……。出来れば複合式についての……)
当然、そんなことはありえない。
ステラは一番下まで降りたところで、木が生い茂っている林の方に曲がる。
入ると途端、辺りは一気に静寂に包まれる。
「やっぱり、図書館に近くて人通りが少ないところに家があるって最高だね!」
(それに、集中出来るし……)
「……よし、早く帰ろっと」
ステラは呟くと、更に林の奥の方に走っていった。
それから少し経つと、奥の方に街道のものとは違う明かりが見えてきた。
やがて歩き続けると、その明かりの正体が顕になる。
(我が家に帰ってきた……!)
そこには、大木に掛かった梯子と、その上に木と木で上手く浮かんだ木の小屋があった。
梯子には蔓が絡み、小屋は年季が入っている為に歩くとミシミシと音が鳴る。
俄に信じ難いが、ここがステラの家である。
先程の明かりは、その小屋の入口に付けておいた、魔術師から買った、近寄れば自動で明かりが付く仕様のランタンだった。
ドアノブを回して扉を開け、小屋に入ると、天井に手を伸ばし照明をつける。
「ただいま」
小屋の中はベッドと机と椅子、クローゼットのみがあり、梟が一匹の姿が窓側にあった。
明らかに部屋の中に居るので、ほぼほぼステラが飼っているようなものだが、面倒くさいので特に名前は付けていない。
この梟は、ステラがここに来た時からずっといる、ステラにとても謎な存在である。
「……あれ」
いつもならステラに声を掛けてくるのだが、今日はそれが無い。
「どうしたの?」
「……あぁ、ステラやっと来たんだ。遅かったから草臥れちゃって」
「そ、そっか」
(……今日、いつもより遅くなったかな?)
いつもと同じペースで帰ってきたつもりだったが、この梟にとっては遅かったらしい。
着ていたローブを脱ぐと、ステラはベッドに寝っ転がり、ローブを胸に抱く。
「ローブなんか着て、魔術師に間違えられたりしないの?」
「それが、しないんだよね」
ステラが着ているローブは、魔術師に憧れて着始めたものだ。
ステラが唯一魔術師に近付ける行為なのだ。
「そんなの着たって魔術師はなれないのに、なんで着てるの?」
「気分だけでも、魔術師だって思えるでしょ?それだけでも嬉しいからさ」
「……へぇ?」
「ま、そうだよね」
ベッドから起き上がって大きく伸びをすると、ステラは梟がいる方の窓を開ける。
「……っていうか、何処から入ってきたの?窓と出入り口の扉は閉めてたはずだけど」
ステラの問いかけに、梟は目を泳がせる。
あ、これ、怒んなきゃいけないやつだ、と思ったステラは、足早に梟に顔を近付ける。
「正直に言ってくれれば、特別に明日のおやつ無しだけで許してあげるよ?」
ステラの交渉に、梟は身震いする。
(さて、どうかな……?)
それから少し待ってみると、梟が静かにこちらに歩み寄り、ステラの膝に乗る。
(……これは)
これは確実に、上目遣いで謝ってくるやつだ。
ここに来てからの長年の経験がそう言っている。
そう確信したステラは、あえてとびきりのニッコニコの笑顔で梟を撫でる。
「何か、言うことある?」
「許して……欲しいな☆」
案の定上目遣いをしてきたので、笑みを浮かべながら、ステラは密かに仕舞ってあった本を取り出し、思いっきり頭に向けて叩いた。
それを最後に、小屋からは打音と悲鳴と羽音が鳴り響いた。
「――つまり、泥棒みたいにこっそり家の端に抜け穴を作って、中で私の本を読み漁って遊んでた、ってこと?」
「はい、そうです」
床に座らせて、説教をした。
といっても、動物に『座らせた』、という表現を使うが正しいのか分からないが。
案外素直に反省したことに思わず吹き出しそうになったが、顔に出ないように深呼吸をする。
思っていたより素直に大人しくなった梟に、ステラは驚きつつも、コホン、と咳払いをする。
「……今日は許すからね。……けど、穴を塞ぐのは君にお願いするから」
「……は、はい」
返事をすると、梟は窓から外へ飛んでいき、ステラの言う通りに小屋の隅の方に作られた穴の方へ向かっていった。
これら一式の出来事は、いつも動物たちがしていることなので、別にこれといって珍しくは無い。
なので、もうこの状態には慣れてしまった、というのが現状である。
梟を横目に、一息着いたステラは再びベッドへ倒れ込む。
「疲れた……。今日はもう、寝ちゃおうか……」
(特にやることも無いし)
普段は本を読むのやら、魔術式を覚えるのやら考えていることが多いが、今日は何もやることは無い。
「……うーん。でも眠くないし……」
普通、今ならベッドに潜って即寝るだろうが、今日は残念なことに、全く眠気が無い。
(今日は、急いでて本も借りれなかったし)
普段ならば注意しながら時計を見て、ギリギリで本を借りて帰るところだが、今日はそんな時間が無かった。
本を読むどころか、貸し出し記録を記すことすら出来なかった。
ステラは部屋を一周すると、何となく目を瞑る。
ベッドに大の字で倒れて転がっていると、窓を開けていたせいか、外から騒ぎ声が聞こえる。
(どうしたのかな?)
ここは街道から結構な距離を離れた林の中であるので、滅多に城下街の街道からの騒ぎ声は聞こえない。
不思議に思ったステラは、扉を開け、梯子を降り、街道の方へと向かう。
(花使いの選ばれる日だけで、そんなに燥ぐ必要、あるの?)
そんなことを思いながら、街道の方へと歩く。
そして、街道に差し掛かる手前で、覗き込んだその時だった。
「ひゃっ?!」
何かの破裂音と共に、人々が騒ぎ立てる声がした。
思わず見上げると、空には花火が浮かんでいた。
小さいが、驚いて声を上げてしまったことに恥ずかしくなったステラは、顔を真っ赤に染めながら、木の影に身を寄せる。
その後ろでは、次々に祝いの花火が打ち上がる。
その度、破裂音と人々の歓声が耳に入る。
「花火……!」
眉間に皺を寄せながら、つられるようにして空を見上げる。
赤、黄、緑、青……等々、様々な色の花火が空を彩る。
それらは止むことを知らず、次々に打ち上がる。
破裂音を聴きながら、ステラは空を見上げる。
空には変わらずの星々が浮かんでいる。
「……でも」
本でも星にまつわる本なら、今までで何度も読んだことがある。
星空に目を輝かせながら、微笑みを浮かべた、その瞬間。
「ねーね、おかーさん!お空、光ってる!」
ステラはその声を聞くと、街道を覗き込む。
街道を歩いていた子供が、覚束無い足取りで数歩歩くと、空を指差す。
それを耳にしたステラは、子供の母親と同様に、空をもう一度見上げる。
星が空一面を埋め尽くす中、それらを圧倒するように、空には一つの大きな彗星が空を横切っていた。
彗星が見えた直後、空には流れ星が降り始める。
ステラはその素晴らしい光景に頬を染め上げ、見惚れていた。
「……案外、悪くないかもなぁ」
毎日毎日、図書館に入り浸っては魔術書を読み漁り、閉館時間まで図書館に居座る生活。
特に何も思うこともなく過ごしていた毎日に、新しい光が入った日に思える。
何気にステラが呟いた時、先程まで空を渡っていた彗星が、まるで自分の方に向かっているように見えた。
(え?)
明らかに、彗星の軌道が自分の方に向いている。
(嘘でしょ……?!)
そう思ったが、決して間違いではなかった。
やがて、彗星が自分の頭上に来た時、メリアは目を見開いて、体を縮める。
「何?!」
何が起こっているのか理解できない。
(こっちに来て……?)
しかし、彗星は刻一刻と速度を落とすことなくステラに向かっていく。
ステラが声を上げたのを最後に、周りは一瞬で激しい閃光に包まれた。




