第09話:恐怖の再会
こんな浮気性の男は最低だ。
理性でなんとか抑えようとするが、冷酷な事実がフィアへの思いを巨大化させている。
それは「ミリアが俺のことをどう思ってるかがわからない」ということだ。
嫌われてはいない。
それは間違いない。
だけど、ミリアは誰にでも気さくに話すタイプ……すなわち俺以外にも優しいタイプにも見える。
学校のクラスでいうと、人気者でカーストの最上位にいる感じ。
そして、フィアは友人が少ないけど、関係が近い人には面倒見が良い不良娘っていうイメージ。
いやぁ……ダメだダメだ。
やっぱりフィアのほうが好きだなんて言い出したら、間違いなくフィアからは軽蔑される。
異世界に来て初めて、俺は異性の悩みを抱えることになった。
※※※
なんだかんだで二週間が経つ。
ド安定の生活だ。
朝起きれば、それより早く起きて食事の支度を済ませているフィア。
家事全般が得意なのかテキパキと行動して、俺が手伝うスキも見せない。
水回りもフィアが掘った井戸があり、これまた不便な思いはしない。
「見ろよーコレッ!」
両手で自分の髪の毛を掴んでツインテール状態にするフィア。
「かわいくね?」
「いや……キッツ!」
「かわいいだろーがよ!どこがカマキリの前脚じゃい!」
「そこまで言ってないっ!」
くだらないことを言って笑い合う。
ボケたがりのフィア。
正確には俺のツッコミを誘っている、おもしろおねーさんだ。いつの間にか彼女との言葉のラリーも極上の娯楽になっていた。
「俺好感ポイント」は当たり前のように加算されていく。
今日は水浴びをする俺。
日本の暖かいシャワーが懐かしい。こればっかりは日本の生活が良かったなと思う。
水浴び中、フィアはツリーハウスのほうにいる。何かあったら呼ぶようにとは言われているが、これまでフィアを呼んだことは一度もない。
だが……初春の寒さもやわらぎ、山の生命活動は活発になっていたようだ。
「ぎゃあああああ!」
俺は突然、情けないことに叫び声を上げてしまった。
ちょっと大きめのムカデが足の甲に上って来たからだ。
「なんだ!? ……大丈夫か!? メガナ!!」
速攻でフィアがツリーハウスから降りてくる。
「あ……ご……ゴメン、虫……だよ……」
都会育ちの俺は、この手の虫に耐性がない。全然たいしたことないのに大声上げて情けない。
っていうか、もっと情けないことも起きている。
水浴び中の俺。
裸だ。
「なっ! …………わ……ワリー……」
一通り、俺の姿を視認して顔を真っ赤にした後、クルッと背を向けるフィア。
いや……完全に悪いのはこっちだ。あんなに叫んだら、誰でも様子を見に来る。
ヒョロヒョロのもやしボディを晒してしまった……最悪。
フィアはとっとと戻るかと思いきや、その場に立ち止まっている。
手を握りしめ、力を入れてるのか、フルフル震えている。
「カァーーー! ……初めて……いやなんでもねぇ……」
ブツクサなにやら呟いているが、よく聞こえない。
だけど、最後の言葉だけはバッチリ聞こえた。
「ったく……誘惑すんじゃないよ」
その捨て台詞と共にツリーハウスへ見事な体術で戻っていった。
この日、二人でいつもの日課をこなしたが、フィアとは全然目が合わなかった。
その翌日からはこれまでと変わらない態度に戻っていた。
※※※
運命の日。
フィアと出会ってから、29日経った。
俺の腕時計は日付もわかる。
ミリアたちに初めて会ったのは4月1日。
フィアとの出会いは4月8日。
そして今日は5月7日を示していた。
肌寒さは和らぎ、完全に春だ。
今日も今日とてフィアは張り切っている。
「メガナ……今日こそ見つけるぞ、フェルナンドの女をな」
フィアはマドリーナのことを伝えて以来、絶対に会うと決めている。
有名人に会ってみたい。
ただそれだけらしいが、強いて言うならば有名に加えて、次期ロノスト王国の軍大将候補で将来有望という要素もあるようだ。
どれほどの人物か興味がある……ってことだ。
いつものようにフィアに初めて出会った場所に行き、そこから斜面を選択する。急坂を登り、そして登り切った地点から適当に道を歩く。歩くのだが……俺はついに「当たり」を引く。
川ではない。
川を発見し、その川を下って行けば、いつぞやミリアが鹿を仕留めた場所にたどり着く……の理論なのだが、今回見つけたのは「岩」だ。
ブルーデーモンに追い掛け回され、息が切れ、そしてこの岩の陰に隠れていればやり過ごせるかも……と誘惑されたあの岩に似ている。
確実にそうとは言い切れない。
だけど確度が高いと直感した。
「どーした?」
「なんでもないよ」
反射的にフィアへ返したのはとんでもない返事だった。
不誠実極まりない。
彼女は俺がミリアとマドリーナを探しているのを手伝ってくれているのだ。
だけど……見つかった瞬間、「達者でなー」とフィアは別れを切り出してくると思った。
フィアとの別れ……これが急に怖くなってしまった。
ミリアに会いたい気持ちとフィアと別れたくない気持ちがバチバチにやり合っている。
そこに追い打ちをかける存在が……
「ん……あれは……」
フィアが指をさす。
「ブルーデーモン……」
これ……もしかして俺を追いかけてたやつか?
フィアは特に恐れることも無く、迎え撃つ姿勢だ。
なんせ、一体。
こっちを捕捉すると早歩きで近づいてくる。
ブルーデーモンを視認し、フィアを見る。
フィアを見る??
ん?
いない。
ちょっと視線を外した一瞬で、フィアが消える。
その間にもブルーデーモンは近づいてくる。
んな……ヤバイ!
逃げなきゃ……
と、その時だ。
はるか上空からの巨大物体。
ドーン!
フライングボディプレス。
大地が揺れ、小さな地震が起きたんじゃないかと錯覚する。
体格が俺より一回り大きいはずのブルーデーモンは全く見えなくなっている。
今見えているのは、うつ伏せ状態の……フィアだけだ。
「まーざっとこんなもんよ」
パンパンと土を払いながら、起き上がるフィア。
陽光を浴びて輝く健康的な褐色肌……ついでに金髪も輝く。
ペシャンコにされたであろうヤツは、すでに魔導石と化していた。
「あれ? メガナ……顔色悪いな。今日の捜索はこれくらいにしとくか?」
原因はみっつほどあった。
ひとつはトラウマのブルーデーモンに出会ったこと。
多分フィアはこれが原因だと思ってることだろう。
もうひとつはちょっと核心に近づいてしまった事だ。
岩のあの形といい、あのブルーデーモンといい……本当にミリアたちのねぐらに近いと俺は思った。
フィアとの別れが現実味を帯びてきた……それが原因のふたつ目。
さらにオマケの出来事がもうひとつ。
フィアの身体の破壊力だ。
いつも夜は隣で寝ているフィア。
彼女が寝返りを打って、俺が下敷きになったら、このブルーデーモンと同じ末路を辿る。
これが原因のみっつ目。
この日の夜はさすがに自己嫌悪に悩まされる。
「あのさ……フィア……」
「ん? どーした?」
一緒の布団に入りながら俺が切り出す。
「もう探すのあきらめる?」
俺の心を見透かしたかのように言ってくる。




