第08話:迷い
これまで語った経歴と釣り合わない困り顔のフィア。
「……だからさ。メガナが思ってるほど、あたいは良いコじゃないよ。今は足を洗ってるけどさ、昔は暗殺なんてよくしてたんだ……」
現役ではないと聞いて、ちょっとだけホッとする。
それと同時に、フィアと初めて出会った時のことを思い出す。
ガサガサっと音を立てて現れたイノシシに対し、フィアは全く気配を感じさせないまま、急に現れた。
暗殺者としての何かそういった技も習得しているのだろう。
ただ……ただ、これまでのフィアとの付き合いで、このコが本当に芯から悪人とは思えない。
何かの事情があった……そう思いたい。
「あたいにビビった? もっと話しても良いよ」
「うん……話してよ」
正直ちょっとビビったのはある。
あるけど、フィアの事をもっと知りたいという思いが勝ち、続きを聞くことにした。
フィアはシャインビリッジという南西の村に住んでいて、そこに本拠地をひとつだけ持つグッドリブ構成員だったこと。
相手のマウスマウンは巨大組織であり、シャインビリッジに支部を構えていたこと。
フィアたちグッドリブは抗争でマウスマウン支部を壊滅させたこと。
しかしマウスマウンの反撃により、一年前にグッドリブは壊滅。
生き残ったフィアは北に逃れ、山で一人生活することを選んだ。
「まぁのんびり暮らすのも良いかなって思ってさ。あんまり村に居続けると、そこかしこにマウスマウンの連中がいるからさ。抗争は終わったとはいえ、あいつらに襲われるかも……って思って」
隠居して、スローライフってやつか。
「今は……普通なんだよね?」
「過去は消せねーけどな。さて、そろそろ寝るかっ! 明日もたっぷり歩くことになるからな」
この日の夜は変な意地を張らず、俺はフィアと同じ布団に入った。
隣に暗殺者がいる。
昨日のテンションとは明らかに違った。
……緊張してきて、なかなか眠れない。
「眠れないの?」
不意にフィアが聞いてくる。
「とって食べたりしないっての……手ぇ出さないから安心しろって……ふわぁ…………」
眠そうにモニョモニョ呟き、そしてフィアは寝息を立て始めた。
そうだよな……俺、信じるよ。
翌朝。
朝食を取り、同じく初めて出会った場所に着き、そこから別の急坂を登ることにした俺たち。
フィアに教えてもらったとおり、歩幅に気をつけ、体力を温存しながら歩く。
「ち……この辺も川はなさそうだな……」
フィアが呟く。
散策すること、1時間40分。
「そうなの?」
「あたい、目も耳もデキが良いほうなんだ。川の音も聞こえねーし、視界にもない」
ざっくり計算で1時間、時速10kmでブルーデーモンから逃げたと仮定すると、転がった斜面の位置から10km先。
フィアが見積もったとおりの長期戦。簡単には見つけられそうにない。
「まぁ、じっくり行こう。今日はここまでだな」
「う……うん」
「だーいじょーぶだって。会えるまで付き合ってやっから……」
ニカッと笑う。
何度も見たフィアの表情。
「ありがとう……」
「でもさー。ちょっと肉を調達しないとダメだから、明日は猟に行くよ」
「もちろん。フィアの生活の邪魔をする気はないし」
「わりーなー」
山の生活は甘くはない。肉が無くなれば、調達する必要がある。ミリアたちを探す時間を全てあてられるわけがない。
「明日は猟かぁ……」
昼食、そして野菜やら燃料やらを確保して夕食。
夜になり、布団に入りながら俺は呟く。
「まぁ油断してっと、やられるからな。あたいがいるとは言え、気をつけるんだよ」
「……うん」
ミリアたちはうまくやってるんだろうか?
俺は今、あったかい布団でぬくぬくと眠ることができてるが……
「二人とも無事かなぁ……」
思わず声に出してしまう。明日の猟の話をしてたのに、ミリアのことを呟いてしまい、自分でも驚く。
「ん? あー……一緒にいたヤツのこと?」
「今、俺はおかげさまで、あったかい布団で眠ることができるけど……二人ともパジャマだし……寒いだろうなぁ……」
「パジャマ?」
「そう。俺が出会った時、二人は襲撃にあって……着の身着のまま逃げたんだって……」
「襲撃たぁ……物騒だなー。そんなことある?」
「ラウル家にやられたって……そう言ってた」
「おい!」
これから眠りに落ちるとこだったが、一気に声が大きくなる。
「え!?」
「ミリアとマドリーナっつってたよな? マドリーナって、もしかして、フェルナンド・マドリーナ!?」
「あ……そうだよ……」
フェルナンド家のお嬢様と言っていた。
「なんだよ、とんでもねーヤツと知り合いだな……」
日本から来た俺は全然ピンとこない。なんだけど……たぶん反応を見るにつけ「総理大臣とこの前カラオケ行ったんだ~」くらいの情報なのかもしれない。
「誰だか知ってんの? ……って聞くだけ無駄か。フェルナンド家のマドリーナつったら、将来のロノスト王国軍の大将候補だぜ?」
「え~~!?」
そんな大物だったのか。
いきなり「シモベにしてさしあげますわー」とか言われた記憶が蘇る。そりゃー見た目の若さのわりに、声に威厳もあるよな。
一友人というか知り合いというか……いきなり家族全員を失った境遇が俺に似てたから、それなりに親しみは持ってたけど。
「あー……あたいも興味出てきたねぇ。ぜひ会いてぇもんだ。つか、ぜってぇ会うぞ!」
暗くてよく顔が見えないけど、声からしてワクワクが伝わって来る。
「となると、グズグズしてらんないや……肉、さっさと確保するぞ~」
そう決意して、この日は眠った。
山の生活。
なかなか思い通りにはいかない。とっとと肉を確保~とか言ったけど、都合良くは手に入らない。日本のスーパーってホントに優秀なんだなぁ……欲しいものは金さえあれば、すぐ手に入る。
それと比べてどうだ?
「くっそー……全然見つからねぇなぁ……さすがに二日あれば余裕だと思ってたんだが……」
イノシシの肉は完全になくなった。本日の朝食からは肉が消えることとなる。
実はここ二日、何回かイノシシに遭遇して、チャンスはあった。
だが、相手の正面で鉢合わせになり、ヒグマ級にデカいフィアを見て、一目散に逃げていった。動物でも本能的に勝てないとわかるんだろう。
「あのさー、俺が囮になって、前を歩くってのはどう?」
猟から三日目。
早くミリアたちを捜したい俺は、焦りからか思わず大胆な案を出す。
「はぁ? ダメダメ……万が一、ケガしたらどーすんだよ」
強い口調で即刻却下。
やっぱりフィアは優しい。前職がおっかないこと以外は完璧な女だ。
もちろん「俺好感ポイント」も加算だ。
ブルーデーモンを狩った時、フェルナンドのマドリーナお嬢様は、俺を囮にするような戦法をとっていた。あれとは大違いだ。
思い出して苦笑を浮かべる。
「お!?」
囮作戦を却下された直後、フィアが思わず声を出す。
「どうしたの?」
「近くにいるよ……これ、足跡だ」
パッと見は俺には全然わからない。だが、フィア曰くイノシシだという。
「静かにしてろよ……今度こそ仕留めてやるぜ……」
舌なめずりするフィア。
いわゆるベビーフェイスで大きい目なのだが、その目に殺気が宿る。
巨体に似合わず、完全に気配を消し……物音をほとんど立てずに移動し始める。
俺は邪魔にならないよう、ゆっくりと後を追うが……当然フィアのほうが移動速度が速い。かなり距離が離れる。
遠目に見えるフィア。
次の瞬間、ジャンプすると、高い木の上に飛び移る。
凄い跳躍力だ。
しばらくジッとしていたフィアは、また奥の木に飛び移る。そして、フッと姿を消すと、次の瞬間には「フゴフゴ!!」とイノシシの鳴き声らしきものが聞こえた。
やったか。
俺は変に動かないほうが良いと判断し、その場に居続ける。
すると案の定、イノシシを抱えたフィアが現れた。
イノシシの首付近は異常に細くなっている。フィアの剛腕で首を絞められ、へし折られた……というか、潰されたんだろう。
桁違いのパワーだ。
この世界の巨人の強さを、あらためて認識する。
「やっぱ強いな、フィアは……俺がいた世界で、そんなことできる人なんていないよ……」
「まぁちょっとグッドリブで戦闘訓練を受けたよ。ちっとは役に立ってるかな……」
フフフンっと笑って、力こぶを見せる。
俺の頭より全然デカい……血管の太さもすげぇ……つか、この血管からわかることは、皮下脂肪も全然ないってことだ。
「ハハハ……」
凄すぎて、乾いた笑いが出る。
「闇ギルドも戦闘多かったからなー。弱いと、あっちゅう間にやられるんだよ」
獲物をついにゲットし、軽い雑談しながら、家に帰る俺たち。
「闇ギルドの人たちも強いんだ?」
「まぁ基本的に暴力で解決だからな……依頼されて、誰かに戦闘ふっかけることもある」
それを聞いて、フト思い立つ。
「ねぇ……フェルナンド家って……ひょっとしてさ……」
「ん? そうねぇ……普通に考えるとさ、国のお抱えの軍隊がどっちかの貴族様に肩入れするってのは考えにくいから……たぶん、フェルナンド家をやったのは闇ギルドのマウスマウンだな……」
そんなに強いんか。ミリアもマドリーナもべらぼうに強かったけど……
巨人の世界だから皆、これくらいなのか。
「はぇえええ……」
異次元の戦いを思い描き、俺はマヌケな声で返事をしてしまった。
昼食。
待望の肉だ。鼻歌まじりにイノシシを捌き、綺麗に精肉していくフィア。
「これでまた、ちょっとの間、捜索できるな」
肉を焼きながら、ご機嫌だ。
「ありがとう。山にも慣れてきたから、川を見つけられる日も近いよ」
希望を口にする。
ちょっとだけ問題があるとすれば、ミリアとマドリーナが移動している可能性があるということだ。
そうこうしてるうちに肉が焼け、食べる。
「なんかさー……肉って、最初のほうがあんまり美味くないんだよなー……気のせいかなぁ……」
「それは熟成されてないからだよ」
「熟成?」
「ちょっと置いとくと、うま味成分が出てきて……俺のいた世界じゃ、肉はワザと低温でしばらく保存しておくんだ」
ちょっとしたウンチクを披露する。
筋力で圧倒的に負けてる分、ちょっとは知識で対抗しないとな。
「へええ! 意外と物知りじゃん……」
肉を頬張りながら、感心してくれる。
「なーんか……あたいの知らないこと、いっぱい知ってそうだなー」
「そうだと良いけど」
「おもしれーじゃん……」
なんかこう……話してて気楽というか、楽しいというか。
素直な反応、わかりやすくコロコロ変わる表情、俺という人間を認めてくれてる感じ。
この世界に来て、初めて会った人間がフィアだったら……何か展開が変わっていたのかも。
一通り話した。
日本ではイノシシに似たブタという生き物がいて、飼育して数を増やして……
そして、屠殺したら精肉する専門家がいて……
スーパーという食べ物の材料が売ってる場所があって……
俺がいた世界の当たり前をざっくりとね。
フィアも気持ち良くこっちの話に相槌を打つ。
彼女は聞き上手だ。
楽しくお喋りしたのち、食事を終えて家に戻る。
フィアに乗せられて、調子に乗って喋りすぎた。
「ねぇ……今度はフィアの話も聞かせてよ」
「ん? あたいの話?」
今はあぐらをかいて向き合っている。
やっぱりどうしても引っかかる事があった。
「もし良かったらさ……聞かせてよ。何で闇ギルドに入ったのか」
話せば話すほど、一緒にいればいるほど良いコ要素しかない。どうしても事情があったとしか思えなかった。
「あれは……五年前かなぁ……あたいはシャインビリッジで食堂の店員やってたんだ」
「へー……」
へーっと言ったものの、やっぱり普通の職業に就いていたんだ。
「あたいは魔法が使えないからさ。そういう仕事しかできないんだ。でもね……」
悪戯っぽく笑って……
「いらっしゃいませー! 今日のおススメはビーンズペーストサンドですよー」
声色が一気に変わる。
萌え声というかアニメ声というか……
「こんな感じさ。メガナも気をつけなよ。女って簡単に化けるからさっ」
「そんな声なら人気だったんじゃない?」
「え……うーん……まぁそこまで人気じゃなかったけど……一人いたんだ。常連さんがね。あたいでもわかった。好意を持ってくれてるって……」
ちょっと遠い目になるフィア。
仕事をなんとかこなし、給料も貰い、懇意にしてる人もいた。弟も一人いて順調に成長し、平々凡々と過ごす……そんな日常。
「でもさ……とある満月の翌日……悲劇が起きた……」
「悲劇?」
「メガナはブルーデーモンに襲われたって言ったっけ? あれのもうちょっと強いやつ……グリーンデーモンが大量に現れたんだ……」
この島では語り草になっているとのこと。
これまでもシャインビリッジにはグリーンデーモンがちょくちょく出ていたんだそうだ。だけど数はそれほどでも無く、人々は撃退していた。
だが、「シャインビリッジの悲劇」と名がついたこの日は、なぜか大量のグリーンデーモンが現れ、人々は虐殺されたんだそうだ。
「さっき言った常連さんは、あたいの家にすぐ来てくれてさ。一緒に戦ってくれた。でもダメだった……その人も……あたいの両親も弟も……みんな死んじゃった……」
ぐっと拳を握りしめる。
「最終的には撃退したよ……でもシャインビリッジは半壊して……あたいも全部を失って……一通り、村の立て直しの目処が立った頃……あたいはグッドリブに入った」
「なんで……」
「食堂の店員やってた時さ、マウスマウンの連中とグッドリブの連中のケンカがあって……それを仲裁したことがあって……そのとき度胸を認められてたのか知らないけど、グッドリブの人から声がかかってね」
「……だからって……」
「そう。わざわざ悪の道に行かなくたってね……でもその時のあたいはどうしようもなかった。自暴自棄ってやつ。あとは全てをぶっ壊してやりてぇ……ってね」
「そんなのダメだよ。家族を失って絶望して身を投げた俺が言うこっちゃないけど、他人に迷惑かけるのはダメだ」
それを聞くとフィアの目から涙がポロポロ零れる。
「…………ありがと。あたいにそうやって注意してくれる人……家族以外だとメガナが初めてだよ」
「え……あ……えーっと……」
まさか泣かれるとは思わなかった俺は動揺する。
「メガナがもっと早くあたいのとこにいたら、きっと違った未来だったよ……グッドリブに入ってからは、この前、話したとおりさ」
ライバルのマウスマウンとの抗争……そして、結果として敗れて、山の一人暮らし。
フィアの半生を聞いたその夜、俺の心はザワついた。
横で寝てるフィア。
彼女は俺に絶対、手を出してこない。
初っ端にミリアが好きなことを伝えたからだと思う。
俺の気持ちを尊重してるんだろう。
確かにミリアのことは好きだ。
だけど……同じくらいの時間をフィアと過ごして、フィアのことも好きになりつつある。
生前、仲の良かった姉に重なるのも気持ちを加速させている。
俺は「初めて会った人間がフィアだったら、何かが変わった」と思った。
奇しくも彼女も、もっと早く近くにいたら、きっと違った未来だと語った。
これはすでに、お互い友人以上の特別な思い……だよな。




