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第07話:堕天使かも

その後、片づけをして、いよいよフィアの家の中に入ることになった。

「ホイッ、肩に足のせな」

フィアはしゃがんで言う。

「え!? 女の子を踏むなんてそんな……」

「うるせぇ~~! メガナはこの高さ登れないでしょー? 言うこと聞け~~」

た……確かに……


「じゃ……じゃあ、ちょっと失礼して……おっとっと……」

フィアの盛り上がる僧帽筋が急角度過ぎて、足がイマイチ安定しない。

足首をガシッと掴むと、フィアは立ち上がる。身長が270cmくらいあるから、俺は上方のツリーハウスの穴に手が届く。

「じゃあ床に手をやっててな。押しこむよ」

言うや俺の足をグイッと押し、俺はフィアの家の中に入ることができた。


「す……凄い」

思わず呟く俺。

なんというか……整っているのだ。

豪快な口調に似合わず几帳面なのか、すべてが整理整頓されている。薪もあるし、食器もある。ナイフも五本ほど綺麗に並んでるし、布団も畳んで端っこにあった。

山の一人暮らし。


「何が凄いって?」

フィアも中に入る。

「いや……完璧な暮らしをしてるんだなぁって……」

「ジロジロ見るなって!」

怒られる。

ちょっとデリカシーが無かったか。

実は友人の家というものに行った経験が俺にはなかった。今のフィアが友人と呼べる関係かは疑問だけど、異世界に来て、生まれて初めて他人の家に入ったのだ。


「ご……ごめん、人の家、あんまり入ったことなくて……つい」

「フフン……まぁ良いよ。まーまーの家だろ? コツコツ改造して、やっと完成したんだ」

腰に手をやって、自慢げに胸を張るフィア。

「たまにさ……メガナも知ってるブルーデーモンってやつ。あいつらをやっつけて魔導石にして、それを村で売ってさ。そっから生活用品とか壁に使う木とかを買って……」

なるほど、だから道具が揃ってるのか。ついでに彼女も生死を賭けて戦うのに、なんのためらいもないこともわかった。


ミリアも魔導石を集めたがっていた。

換金して必要な物を買うことができるのだから、ミリアの作戦もあながち間違ってはいなかったな……もっともフィアのように気軽に村に行けるか? という問題はあったけど。


ん? もしかして……

村に入れない彼女たちの代わりに、俺が村に行って換金して物資を調達する……そんな役目があったんじゃないか?

俺は全然この世界じゃ取るに足らない人間だと思ってた。思ってたんだが、実は役に立てたんじゃないか?

チキショウ、命の恩人に恩を返せたのに……後悔の念に駆られる。ミリア、マドリーナ……大丈夫かな……?

フィアが道具の片づけをしているのを見ながら、そんなことを考えていた。


「さて……もう暗くなってきたな」

フィアの言うとおり、日が落ち始めている。

日本では暗くなれば灯りをつける。だけど、ここでの生活は、そんなものはない。暗くなったら寝る。原始的だけど、健康的な生活なのかもしれない。

フィアは綺麗に畳んであった布団を広げる。彼女の身体に合った……俺にとっては特大の布団。


ん?

そうか……フィアは一人暮らし。

布団もひとつ……俺のうろたえをよそに、敷布団と掛け布団をセットして、布団に潜り込む。

「夜冷えるよ……来なよ」

来なよ!?

「え? ……だって、そんな……」

「嫌ならいいけどさ、そのまま寝たら寒くて風邪ひくよ? 明日、人捜しするんだろ?」

う……確かに。


ここ一週間、俺はミリアに抱っこされて寝ていた。人肌でなんとか寒さを凌ぐ毎日。 今着ているジャンパーのみだったら寒くて寝てられないだろう。

でも……なんかこう、浮気というか何というか……。さっきフィアに問い詰められて、ミリアへの気持ちを自分でも確認できた。


なんかウジウジ悩んでる俺を放置して、フィアはちょっとだけ端に寄り、寝始める。

ミリアみたいな強引さは一切ない。来たけりゃ来いって感じだ。

あっという間に寝息を立てるフィア。

これなら……色恋沙汰にはならない……か。

意を決して、そっと布団に入る。


これも魔法の素材なんだろうか?

敷布団は弾力があり、掛布団は軽い。それでいて、中の謎の素材はとても暖かく、下手をすると日本にいた時よりも良い布団だ。朝から命懸けのブルーデーモンとの鬼ごっこで疲れがドッと出た俺は、心地好い温もりに包まれて、あっという間に寝てしまった。


次の朝、俺は香ばしい匂いに包まれて起きる。

この家は、中央部に地上と出入りできる穴というか玄関? があり、その穴を通じて匂いがする。

フィアはすでに起きており、下で調理をしているようだ。朝ごはんを作ってくれてるんだ……


ただ、どうやって下に降りるかは問題ありだ。高さは4mくらいある。昨日フィアは飛び降りてたけど、俺が真似したら絶対に足を折る。

「おはよう」

穴から下をのぞきながら、フィアに挨拶。

「おー、おはよー。ちょっと待ってな……」

ちょうど調理を終えて盛り付けていたところだ。イノシシの肉と何やら野菜を一緒に炒めたもの。


「ちょっと、どいてて」

フィアに言われるがまま、穴から離れる。すると数秒後には、穴からシュッと現れる。

「ちょうどできたとこだ。下で食べよう」

エプロン姿のフィア。

俺には歳が離れた姉がいた。中学校くらいの時、姉は母の手伝いで朝食をよく作っていた。

それをフト思い出す。


フィアはエプロンを外し、トレーナーのような服を着ている。そして、しゃがんで腕を広げる。

ん?

「何してんの? 来なよ」

ハグ?

まっすぐこっちを見て、言ってくる。

キラキラした青い目、外の明るさに反射する金髪。女神みたいな容姿で、そんなこと言われたら……


「じゃあ、メガナ……飛び降りてみる?」

俺が戸惑っている時間がまどろっこしかったのか、スッとこっちに向けていた腕を引っ込める。

「い……いや。無理だから……」

昨日の布団の件もそうだが、フィアは一応、選択肢をこっちに与えてくる。


結局、言うとおりにしなきゃいけないんだが、そういったやり取りが姉を思い出させる。下に降りるには……結局フィアに頼らなきゃいけないのが現状だ。

ムギュ。

か……顔が近いし、フィアの巨大な胸が思い切り俺の体に接触する。俺の顔が真っ赤になるのが、自分でもわかった。


そんな俺を意に介さず、フィアは飛び降りる。

フワッとした浮遊感、そして衝撃ゼロの着地。

「ハイッ! 到着」


サイズ感としては幼稚園児と大人くらいの差。

まさにお母さんが子供を抱っこから降ろす感じで、俺を下に降ろした。

「ホラ、早く食べないと冷めちゃうだろ?」

言われることもお母さんって感じだ。

俺は視界に迫ったフィアの唇の映像と胸の感触がまだ残ってる。思わずボーっとしてしまったが我に返る。


朝ごはんも美味しく頂く。

料理上手だ。

栄養バランスも考えられている。フィアはニコニコしながら食べている。いきなり訪れた新婚生活のような雰囲気。


ミリアへの罪悪感に襲われる。いやいや……何もかもがおかしいって。

ミリアと会ってから一週間。別に恋人じゃない。

あとフィアに至っては昨日会ったばかりで、友人と呼ぶのも図々しい。

なんだが、家に入り込む、一緒の布団で寝る、朝っぱらからギュウっと抱かれる……そしてフィアの可愛らしさと美しさが同居した容姿。それが俺をおかしくしていた。


「よっしゃ! じゃあ捜そうかねぇ……」

出発だ。

まっすぐ、何の迷いもなく歩く。

「ここらへんなら、あたいの庭みたいなもんだから……」

俺には景色の違いなんて、ほぼわからない。だけど、このワイルドな山女にとっては楽勝。


15分ほど歩いただろうか?

「ココ、覚えてる?」

「え、えーっと……」

「ここがメガナとあたいが出会った場所だよ」

よく見ると一か所地面が変色している。イノシシの血が飛び散った場所か?


「いやー、こりゃー、すぐにはミリアって人には会えないだろうね……どの方向から歩いてきたか、わかる?」

「わからない」

「だよなー。まぁ、あたいに任せてくれる?」

日に照らされて映える褐色肌……マジで頼もしい。


しばらくフィアの家とは反対の方向に歩を進める。

「この傾斜かな? ちょっと転がるには緩いか?」

俺は急坂を転がった。それがヒント。

俺とフィアは坂を登ってみる。


だが、さっそく俺の息が切れる。フィアのほうは軽やかに坂を登っている。俺が息を切らすのとは対照的に、彼女の歩き方からは力強さと柔軟性を感じた。

「まだ山に慣れてないんだろ? 歩幅はちょっと狭くしたほうが良いよ」

そんな山女のアドバイスを受けながら、斜面を登り、平地になった所でしばらくまた歩く。俺が川が近くにあったことを伝え、フィアもそれを頼りに捜索する。


フィアの家を出てから1時間30分ほど経過したところで、フィアが切り出す。

「戻るか……」

「え? ちょっと早くない?」

「んー……メガナは山を歩くのに慣れてないし、それに長期戦だろ? 明日も明後日も体力残しとかなきゃな」

「長期戦?」

「一日でうまく見つかるワケないじゃん……山を舐めるなって……」


そりゃそうなんだけど……

「もしかして……明日も捜してくれるの?」

「ん? 嫌なのかい?」

「っていうか……こんな見ず知らずの人間のために……申し訳ないっていうか……」

「じゃあ捜すのやめる?」

綺麗な青い瞳で真っすぐ見てくる。


「……さ……捜したい。ミリアに会いたいから……」

「うん。遠慮すんなって。じゃあ今日は引き返すか」

「なんで……なんで、そこまでしてくれるの?」

「だって、メガナ困ってんだろ?」

「フィアは……凄く良い人なんだね……」


それを聞くとフィアは目を見開き、口をぽかんと開けている。

俺の言葉に嘘偽りはない。ここまでしてくれる人なんて、そうそういない。

フィアの「俺好感ポイント」はストップ高状態だ。

「あたいが闇ギルドの人間なのに……かい?」

困り眉になって、フィアは自嘲的に言う。


闇ギルド? なんだそれ。「闇」という言葉からは、なんだかヤバそうな雰囲気は感じるが……

「……と……とにかく、今日はフィアの言うとおりにするよ。キミの言うこと……だいたい正解だし」

今日捜し続けても、おそらく川は見つからない。そして、歩き回ったら、たぶん疲労で次の日は動けないだろう。しばらくすれば、捜索できる時間も長くなり、結局、川を見つけるための近道は「いったん退く」なんだろう。


来た道を戻ること1時間30分。

合計3時間でフィアの家に戻って来る。


午後は食料探し。

日本にいればスーパーで晩御飯の材料を買ってくる……30分もすれば終わることだ。

なのだが、この世界での山中の暮らしはそうはいかない。燃料となる木や食べられる山菜、肉はイノシシの肉が残ってるから良いとしても、少なくなったら、また狩猟が必要だ。


俺が疲れているからと、フィアは留守番を勧めてきたが、留守番したせいでブルーデーモンに追っかけられることになった俺は、すっかりトラウマを抱えていた。めちゃ強の筋肉女の傍を離れるほうが、よほど危険だ。


フィアは本来、山を駆け回る能力が高いんだろう。だけどお荷物の俺を連れることになって、ペースが遅くなる。留守番せずについてくる俺なんて邪魔でしかなかったと思うが、そこには一切触れなかった。

歳の離れた俺の姉を思い出す。

決して俺を邪険にしなかった姉を。


夕飯の時刻が訪れる。それなりに収穫はあり、今日も食べるものは十分だ。

「で…………あ……あのさ…………『闇ギルド』ってなんなの?」

午前中に聞いた不穏な響きのある単語。

俺は恐る恐る聞いてみる。


「あー……そうねぇ……いろんなことを暴力で解決する集団……かな……」

恐らく専門用語がいろいろあるんだろうけど、この世界の初心者の俺にもわかるよう、言葉を選んで説明してくれる。


「例えばさ、このナイフあるじゃん。これって市民魔法使いが土から作ってさ、街とか村で売ってんだ」

材料は違えど、そういう生産業があるのは同じだ。

「で、いくらで売るかって話なんだけど、同業者で刃物ギルドってのを組んで、なんとなく生活できる状態にしてんだよ」

なるほど。

価格をコントロールしてんのか……思ったより社会的な活動が日本に近いのは驚きだ。


「なんだけどさ、刃物ギルドに入らず、安く売りさばくとか、そういうヤツがいたりすんだよね」

闇ルートってやつ?

刃物ギルドにとっては厄介者ってことか。

「で、そういうのに対して……なんだ……その……うーん……」

「脅しをかけたりするってこと?」

「そう。場合によっては暗殺したりね。そういうことするのが闇ギルド」

必要悪とかいう類のヤツ?


「あとさー……メガナは知らないかもしれないけど、麦とかブドウの絞り汁とかからさ……飲むと気持ちよーっくなる飲み物ができるんだ」

「それってお酒?」

「お!? なんだ知ってんのか。そうそう。酒ってのは禁じられてんだけど、こっそり作る市民魔法使いがいてさ。それをあたいたち闇ギルドの人間が売りさばいて金を稼ぐ……」

こっちで言うところの暴力団みたいな組織ってことか。


「あたいはさー……ちょっとだけ酒を飲んでみたことあるんだけど、これがまたうめーんだ。あたいはコレを売る自信がなくてさー」

手元にあると飲んじゃうからか……

「結局、人殺しとか……あとはあたいは『グッドリブ』っていうとこにいたんだけど……闇ギルドはひとつじゃなくてさ。抗争相手の『マウスマウン』ってところと戦ってた」

なんかとんでもない経歴の人と知り合ってしまった。

日本人の常識でいったら関わるとヤバイ反社組織の人間。

急にドキドキしてきた。


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