第06話:舞い降りた天使
う……イテテテ……
気を失っていたようだ。
俺は山の急斜面を転がり、身体のそこかしこが打ち身になったものの、幸いにして命に別状はなく意識が戻った。
逃げ方も良くなかったな。
逃げている時は、逃げることに集中すべきだったのだ。余計な事を考えるから、足元がお留守になっていたんだ。
まぁ反省は後からでもできる。
脳裏にブンブン手を振る笑顔のミリアが浮かぶ。何とかして彼女たちに合流しなきゃ……
キョロキョロと周りを見渡す。逃走中、前半は見覚えのある場所だったが、後半は初めての道だった。そこからすっ転んで気を失い、転がっていた。
うん。
ここはどこだ?
ブルーデーモンに捕まったらヤバイのはもちろんだが、今の完全なる迷子状態もヤバイ。
腕時計を見て確認すると、時間は15:00。
ミリアたちがブルーデーモン狩りに行ったのは、確か9:30くらいだった。もう戻ってる頃だろう。心配かけちゃってるな……
闇雲に歩き出す俺。
どこに向かえば良いのかさえ、わからない。でも何か……例えばミリアたちと暮らし始めて二日目……鹿を仕留めたけど、川があった。川を見つけられれば、その川沿いに辿って行けば……知恵を必死に絞って、しばし歩く。
ガサガサッ!
と、そこへ物音がする。
そっちのほうへ視線を送ると、そこには丸々と太った四つ足の動物!
イノシシだ! 牙がある。
都会育ちの俺は、日本で野生のイノシシなんかに出会ったことが無い。思わずタブーを犯してしまった。
「うわあぁぁ!」
叫び声を出す俺。
これが良くなかった。
相手を刺激してしまい、突進してくる!
あまりの恐怖に腰を抜かしてしまい、身体は言う事をきかない。
と、そのときだ。
ドーーーン!!
何かが上空から落ちてきた。
俺を襲ってきたイノシシの頭が、二本の脚の下に潰されている。
なんだなんだ!?
これは巨大な……人間の脚!?
ミリア?
いや、水色パジャマじゃない。
日焼けしてる生足。そしてパンパンに筋肉で盛り上がってる。俺の胴体の二倍以上の太さを持つ逞しい脚。
視線を上にあげていくと白いパンツが見え、紺色のスカート……さらに上に行くと白いブラウス。
状況的にパンツが見えてラッキーなんて感情は全く湧かない。さらに上方では褐色肌に金髪ロング、青い目の女の顔が見える。
ミリアと背丈が一緒だった。
「オメー何してんだ?」
首をかしげて聞いてくる巨大女。
いや……この島の住人というほうが正しいか。この世界の標準では、どっちかというと俺が小さいんだ……
あらためて足元へ視線を移すと、哀れイノシシの頭はペチャンコ。血で地面が染まっている。
「ありがとう! 助かったよ……死ぬかと思った」
この惨劇を引き起こしたのは目の前のデカ女で、もし初めてこの手の生き物を見たら恐怖で気絶してただろう。
だけど、俺はミリアとマドリーナのおかげで、この世界にすっかり馴染んでいた。
「え!?」
礼を言われた女は、ちょっと驚いた様子。
だが、我に返って踏んづけていた足を外し、仕留めたイノシシをヒョイっと担ぐ。
「迷子なの?」
丸々と発達した肩に200kgくらいあるであろう物体を乗せて、聞いてくる。
ジロジロ見てる。
俺が「小人」だから、物珍しいのだろうか?
「ああ……あの、ブルーデーモン? ってヤツに追っかけられてさ、逃げてる途中で転んで……斜面を転がって……」
説明下手かもしれないと思いながらも、ありのままを伝える。
「へぇ……そりゃ大変だな……」
腰が抜けている俺を見下ろしながら呟く。
そして手を差し出してくる。俺も反応して手を差し出して握ると、彼女が引き上げる。手の平はガッチリした骨格を感じさせる……デカい。
ブラウス越しでもわかる筋骨隆々の上半身。重力など無かったかのようにスーッと引き上げられ、俺は立ち上がる。
「あの! お願いします。俺を助けてください!!」
出会ったばかりの見ず知らずの人間に言うセリフじゃないのはわかってる。わかってるが、ここで「じゃあ気をつけてね」くらいの感じで別れられれば、もう野垂れ死に確定だ。深々と必死に頭を下げる。
沈黙。
その後、グゥーーーっと、この場に似合わない音が鳴る。
朝食以来、何も食べてない俺の腹の虫は空気を読まずに音を立てていた。
「アハハハッ! オメー腹ヘってんのか? わかったよ、あたいの家に来な。食わせてやっから」
ニカっと笑う女。
綺麗に揃った白い歯が見える。
心底、俺は安堵した。この世界の住人、本当に良い人だらけだな……
「歩ける? 担いでやろうか?」
さっき腰が抜けていたのは、精神的なショックによるもの。目の前の相手に安心し、一気に心の安定を取り戻していた。
「大丈夫。ゴメン。こんなことお願いして」
「まぁ気にすんな。ついて来な」
言葉遣いは結構荒い。だけど声自体はカワイイ寄りなので、アンバランスな印象を受けた。
「名前は?」
「俺は女鹿名晶……」
「メガナ・アキラ? ずいぶん変わった名前だな……」
歩きながら、彼女は率直な感想を言う。
まぁそりゃそうだろう。こんな日本名……もっとも、俺の苗字は日本でも珍しい。
「じゃあメガナ……あたいはフィア。よろしくー。日も落ちてきたからさ、泊まっていきなよ」
無防備というか何というか……シレッと凄いことまで言ってきた。いや……俺にはミリアが……いや暗くなったら、どうしようもないし……
グルグルと頭の中でミリア、マドリーナ、フィアが回っている。
「ここ、あたいの家なんだ」
俺がバカな考え事をしていること十数分か、デカい木の下で止まるフィア。
親指でクイっと上方を指す。
大きな木が高さ4m程で枝分かれして、その枝分かれの根元には床らしきもの、壁で覆われているハコのようなものが見える。ツリーハウスってやつか? ただしハシゴらしきものはなく、どうやって登るのか見当もつかない。
「ちょっと待ってて。道具取ってくっから」
イノシシを置いてから軽い口調で言う。その直後、スルスルっと驚くほどの身の軽さで木を登るフィア。
魔法でも見てるのか?
ボルダリングみたいなんだが……指を引っ掛けるトコも無いので、それ以上に不思議な光景だ。あっという間に上の「家」につき、しばらくすると落下してくる。
トンッ!
猫が高所から華麗に着地するかのごとく、道具を抱えたフィアが舞い降りる。
「な……なんだ!? 重力が無いのか!?」
思わず叫ぶ。
「ジュウリョク? アハハハッ! なにそれー?」
あまりに釣り合わない巨体と身のこなし。フィア自身は「なんか変なことでも起きた?」と言いたげな様子だ。
ミリアやマドリーナは、こんな動きを見せたことが無い。
直感的には、ミリアの「ヒートアップ」やマドリーナの「かばう」みたいな「魔法じゃない何か」の能力だと思った。
こっちの驚きをよそに、フィアはテキパキと準備を始める。
家から持ってきた薪、着火道具、それに鉄ではないが鉄板のような物に、食器。
周りを見渡すと生活感がある。過去、何度もこの場所で煮炊きしているように見える。おまけに井戸らしきものまであるじゃないか。
フィアは薪を組み合わせると、着火道具で火起こしを始める。日本にいた時、理科の面白実験系の記事で見るやつだ。木の棒の下に板があって、摩擦で火を起こすアレ。
「ちょっと時間かかるんだよね……」
「フィア、俺に任せてくれないか?」
イノシシから助けてもらって、しかも今日の寝る場所まで提供してくれるんだ。少しは役に立たないといけない。
薪が組み合わさってる所へ、ポケットからライターを取り出した俺はシュボッと着火。
「えーーー!? メガナ! 何したーー!?」
うーん……気持ちイイ。
日本で身投げする直前、俺はコンビニで新品のライターを買った。いつかは無くなるとはいえ、ガスもまだ十分ある。この世界であと何回かはこのリアクションを見ることができる。
「俺……もともと違う世界にいたんだ。なぜかはわからないけど、今はこの世界にいる」
「どーやって来たんだよ……」
まぁ当然の疑問だ。
「は……話せば長くなるかな? あと信じてもらえないかも……」
「ま、イイや。火はついたから肉の解体するよ。ハラヘリちゃんなんだよな?」
明らかに金属製ではないナイフを取り出し、慎重にイノシシの肉を捌いていく。
「力加減間違えるとすーっぐダメになっちゃうんだよねぇ……」
ミリアが教えてくれた、この世界の特産品である魔法で土から作ったナイフ。
「ダメになったら、いらナイフ……なんてなー……アハハハッ!」
ブツブツと小ボケを言いながらも、綺麗に解体していく。おもしれー女……の類か?
日本にいた時、スーパーでよく見る「豚バラブロックがパックに入ってラップされてるやつ」みたいな形になっていく。
「よーっし……焼くぞ~~」
ご機嫌のフィアは茶色のプレートに肉を乗せて焼き、塩で味をつけ、俺の食器に載せてくれる。
もぐもぐ……
美味い。
ハラヘリだから何食べても美味いとは思うけど……格別だ。
日本の食通どもは何か言うかもしれない。肉を熟成させないとうま味のイノシン酸が不十分とか、肉がまだ硬いとかなんとか……
いやいや、うるせぇ!
「どーだ?」
「美味い!」
ニカッと笑いながら聞いてきたフィアに即答で返す。
「遠慮せず、ジャンジャン食べな。足りなかったら、もうちょい解体すっから」
面倒見の良い姉御肌……そんな言葉がよく似合う。
フィアと俺はうまいうまい言いながら、肉を食べ……やがて満腹になった。
「クハーッ! 食った食ったぁ……ほんでメガナ……こっちにどーやって来たって?」
腹が満たされ、最初の疑問を口にしてきた。
「俺さ……家族を事故で突然失っちまったんだ……親戚も友人も全然いなくてさ……生きる気力を失って飛び降り自殺した」
「……な……なんだよ……ワリー…………そんなつもりじゃなかった……」
フィアは青い瞳を左右に揺らして動揺している。俺も悪いなと思いながらも言葉を続ける。
「一回死んで生き返ったのか、それとも死ぬ直前でこっちに来たのかも、俺にはわからない」
「ウソをつけぇ! ……って……言いたいトコなんだけどさ、さっきメガナが持ってた火起こし機……あれ見ちゃうとなぁ……」
「気がついたら、草原で大の字になってたんだ」
「ほーん……」
フィアは口をあんぐり開けて、俺の話を聞いている。
その後、パープルデーモンに襲われたこと、それをミリアとマドリーナが救ってくれたことも話す。一週間ほどその二人と生活していたが、ブルーデーモンに襲われて今に至る。
ここまで話して、ふと急にミリアの顔が浮かぶ。この世界に来てから過ごした日数がそのままイコール、ミリアと一緒にいた時間。当たり前だった人が突然いなくなった。
「で……要は友達がいたんだな?」
「一週間しか一緒にいなかったけど……」
「会いたいの?」
「会いたいよ」
肉を食べた時と同じ速度で即答。これってもう本能的ってことなんだろうか?
「今日は遅いからさ、明日その人たちを一緒に捜してやろうか?」
「ホントに!? ……ありがとう……こんな俺のために……」
フィア……ホントに良いコだ。
出会ったばかりだけど「俺好感ポイント」加算だ。
「んで、好きなの?」
「え……?」
「たまたま会って、一週間暮らしただけなんでしょ? 別にさ……あたいとしばらく一緒に暮らしても良いワケじゃん」
「何言って……」
「だから好きなの? って聞いてんの! ミリアだかマドリーナだか知らないけどさ……」
「あの……俺、たぶんミリアの事……気になっててさ……」
まだ一週間しか経っていない。
俺は友人なんてものと縁遠く、ましてや恋人なんていたこともない。人付き合いに慣れてないから、他人との距離のつめかたがおかしいのかも。ちょっと優しくされただけなのに心奪われた。
チョロイってやつか。
「正直でよろしい。それならそれで……それで良いや」
フッと口元を緩めるフィア。
なんだ?
何が言いたかったんだろう?
ニカッと笑う彼女が見せた、それとは違う表情。
意味ありげだな。




