第05話:天国から地獄へ
「目……目がしばしばしてきたー!」
ミリアも大騒ぎだ。
さっきまであんだけ恐ろしい戦闘をしてきたコとは思えない。大騒ぎする彼女たちを見て、俺は可愛らしく思えてきた。まぁ生まれて初めて副流煙を吸ったんだから、そうなるか。
このリアクションじゃあ二本目吸いますとか言えたもんじゃない。
禁煙かな。
俺は苦笑いしながら一服を終えた。
夕方。
火を使うための枯れ木や、食べられそうな植物や木の実を集め、夕飯に備える。
「ミリアに頼りっぱなし」とはマドリーナの先の言だが、確かにその通り。的確に食用の植物の位置を把握し、収穫する。なんやかんやで山の生活に俺たちは適応し始めていた。
山にも慣れてきて草木の香りが心地好く感じる。
「マドリーナもさ……強いんだね」
身長は5cmくらいマドリーナのほうが低いんだが、横幅というか筋肉量というか……体積でみるとミリアより一回り小さい。それでも、ブルーデーモンを殴って粉々にしていた。
殴って粉々?
もう日本に住んでたら絶対目にしない字面だ。
「フフフ……ワタクシ実はそんなに強くはなかったのですわ」
「そ、そうなの?」
「正確には強いと思い込んで慢心してましたの。それを見透かされたのか……お父様が連れてきたのがミリアですわ」
「アタシはさぁ……ただの村人だったんだけど、突然ロノスト城に招かれてさ……」
「最初は取っ組み合いの大喧嘩でしたわね。気持ち良く負けましたわ」
そんな出会いだったのか。
「そこからワタクシは改心して、鍛錬に励むようになり……」
「アタシは特に何かしてるつもりはなかったけど、ものすごーく感謝されてボディガードに抜擢……」
「凄いね。ただの村人から大出世ってわけか……」
なんとなく二人の間に主従関係はあるけれど、どこか友人のような距離感でもあった。その理由が「殴り合った末に芽生えた友情」とは夢にも思わなかったけど。
「でも良いことばかりじゃなかったの……」
急に寂しそうな表情になるミリア。
「ある時さ……晩餐会が開かれて、アタシの両親も招かれた……アタシ一人娘でさ、両親に寂しい思いをさせたけど……出世した姿を見せられて嬉しかった」
ん?
ミリア、大丈夫か?
何かちょっと涙目になってるけど……
「いーっぱい……村じゃお目にかかれないご馳走で……アタシは両親にいっぱい食べて欲しくて……」
涙の粒が光を弾くように揺れる。
「あの時は本当に災難でしたわね……」
遠い目のマドリーナ。
「その夜……アタシは苦しくなって……そして両親は死んじゃった。食事の何かに当たったの……」
サルモネラ菌とかその手の類か? 日本でも食中毒による死者はゼロじゃない……ありえない話じゃないか。
「アタシがいっぱい食べさせたせいなんだ……」
ポロッとこぼれる涙。
「あ……ゴメンゴメン……こんな話、するつもりはなかったのに……」
「俺たちみんな……親無しだね……」
こんなの何の慰めにもならない。
けど、俺とこの二人で共通の痛みを抱えてることだけはわかった。不謹慎だけど、心がより繋がった……そんな気がした。
ねぐら生活から五日が経つ。
境遇の近さからくる共感、敵意が無い感じ、接しやすさ、これらが相まって俺にとっては彼女たちが「友人」と言える距離感になっている。
楽しい。
こんなに見える世界って変わるものなのか。
心底感謝したい。
ミリアはご主人のマドリーナが両親を亡くしたばかりなので、三人でいる時はさすがに自重しているが、俺と二人だけで行動している時はかなり明るい。
日本で当たり前だったスマートフォンやコンビニの話をすると、彼女からしたら面白いのか、キャッキャ言って喜ぶ。
箸が転んでもおかしい年頃ってか?
「魔法でもないのに光が出るって不思議~。それに夜でもお店が開いてるなんて……すっごーい!」
「電気っていうのがあって……俺の世界では普通のエネルギーだ」
「信じらんなーい! あと……ねーねー……それ、気になったんだ……良く見せてよ」
好奇心旺盛で俺が着ているジャンパーの金属ですら珍しいのか、何度も服が閉じるチャックの仕掛けをみていた。
ミリアの様子を見てるだけでも癒し効果がある。
一方、マドリーナも日が経つにつれて、笑顔を見せるようになっている。
俺もそうだから、家族のことを忘れてるって絶対に無い。けど、時が俺と彼女の心を癒している。
彼女の笑顔も良い。
最初は二人の体格に圧倒されたけど、可愛くて性格も良く、そして山に適応する賢さまで併せ持っている。
この世界の人間って凄いんだな……
そして日本だったら絶対に俺と釣り合わないハズの人たちと交流が持てていることに今更ながら驚く。
4月7日。
もう六日目か。
この日の午前中は、ミリアが単独で狩猟に向かい、マドリーナと二人きりだった。
「ふぅ……シェフの料理がさすがに恋しくなってきましたわ……」
愚痴をこぼす。舌の肥えてるお嬢様と考えれば五日は我慢した……と言えるか?
「しょうがないって……ガマンしろよ」
俺も普段通りに返すが……
それを聞いたマドリーナはニッコリ笑う。
そして顔を近づけてくる。
「全くいい度胸ですわ。なんですの? その口のきき方は。『もうしばしご辛抱くださいませ、ご主人様』……でしょ?」
明らかに冗談めかしていて、咎める感じはないけどギョッとする。
「えっと……何て言うか……」
「教育しないとダメなのかしら……」
そう言いながら、俺を押し倒してきた。
お嬢様とはいえ、訓練された拳士。力もケタ違いに強いので、あっというまに組み伏せられ、全く抵抗できない。
「そういう態度はミリアにしか許してませんの……立場と言うものをわからせてさしあげますわ」
口調からは冗談だとはわかるものの、上に乗っかられて完全に動けなくなってる。見た目以上に体重が重い。
ミリアの腹筋から察するに、こっちもほぼ筋肉か……
「アナタはシモベ、ワタクシは主……主の言うことは絶対なのですわ……」
そう言いながら、ちょっとだけ体重をかけてくる。
「重いって! やめ……内臓破裂する……」
100kgじゃすまないぞ、コレ。
これまで体感したことがなさすぎて計測不能だ。
「あら失礼……どちらが上か、わかりましたか?」
俺はすぐ解放されるが、命に関わるって。
「わ……わかりました……お嬢様」
これで良いのか?
「アナタ全然ダメですわ~! 『エラそうなこと言うな、おまえはもう一般人』……でしょ?」
「何言ってんだ?」
ワケがわからん……乙女心はわからないというけど、もはや二重人格の領域じゃないか。
「そうそう、その調子。……主人命令です。今後もずっと同じ態度でいること」
「じゃあ、最初の『ガマンしろよ』は合ってたじゃないか」
「バッチリ合ってますわ。ただアナタに理不尽な言いがかりをつけたかっただけですの……」
「何なんだよ……面倒くさい……」
「だって……」
そう言うと、ちょっと上目遣いになる。
「ミリアとアナタは、いつも二人で楽しそうなんですもの……ちょっとイジワルしたかっただけですの」
ヤキモチを焼いてただけか……
「キミは不幸に遭ったばっかりだったから、俺もミリアも気を使って……三人の時は大人しくしてただけさ」
それを聞くと目を丸くする。
ビックリしてんのか?
さすがに気を使うって。
数秒後、俺たちの気持ちがわかってくれたのか、微笑む。
「もう良いのですわ。亡くなった家族は生き返れませんもの……泣いてばっかりいられませんわ」
「イジワルするのは良いけどさ、俺、さっきペシャンコにになるトコだったんだぞ……」
それを言うとマドリーナの目がもう一回見開く。
しばしの沈黙。
「……ワタクシ、ずっと大人に囲まれて……勉強も先生、鍛錬も先生、お食事会も名士の方ばかり……」
「でも……キミにはミリアがいるだろ?」
「お嬢様と言うものは……欲張りで強欲なのですわ……ミリア以外にも……普通に話せる相手がもっともっと欲しかった」
口を尖らせながら……言い訳じみたことを言う。
まぁ、マドリーナも孤独だったんだな。そんで、俺にチョッカイかけたかったってことか。
噂をすればなんとやら。
ちょうど話が一区切りついたところで、ミリアが鹿を仕留めて帰って来た。
「ミリア、ご苦労ですわ。ホラ、アキラ……もうすぐお昼。火の準備をお願いしますわ~」
翌日。
生活に慣れてきて保存食も確保し、食料が採れなかったとしても二日は持つ……そんな余力ができてきた。
「んーー……今日はいっちょ、魔導石狩りに行こっか!」
「30個じゃ話にならないから、運動がてら行くのも良いですわね」
「やっぱ動物狩るのとは違うんだよねー。命のやりとりの戦闘は生きてるって感じがするわ」
おっかないことを言い始める二人。
また、ブルーデーモンと戦闘する気か?
殺し合いを「運動がてら」と表現するこの二人には、まだついていけてないところがある。
うっ!
あの光景……ブルーデーモンの振りかぶった手がフラッシュバックする……
「あ……あのさ、俺、留守番で……」
「ここも危ないってば」
間髪容れずにズイッと顔を近づけて言うミリア。
やはり俺を連れて行く気だ。
だが、ここに来てから一週間。
ねぐらではブルーデーモンの姿は一度も見ていない。
「ヤツらさ……街道に現れて、歩きやすいトコにしかいないんじゃないか? だからさ……ここは大丈夫だよ」
根拠は無い。
無いんだが、1%でも死ぬ確率のある賭けってやりたいか?
そういう感覚だ。
「戦いのエキスパートの意見、聞きなさいよ。この前、ボディガードなーんて言ったけど、アタシはフェルナンド家の近衛隊の隊長だったのよ」
ミリアは俺の楽観的な意見をズバっと切る。こと戦いに関しては、本職のミリアは譲らない。
俺は、ターゲットを切り替えることにする。
「マドリーナがミスることもあるだろ? さんざん俺を囮にしてたけど……」
「う……うーん……」
ちょっとだけ囮にしてた自覚はあるのか、マドリーナは苦笑いする。
「ここ一週間で全く出会ってないブルーデーモンに遭遇する確率と、マドリーナが俺をかばい損ねて俺が死ぬ確率、どっちが高いかって話だよ」
「……そんなに嫌ですの?」
必死に訴える俺に対して、マドリーナは聞いてくる。こっちは俺の話を切り捨てない……聞く耳を持ってそうだ。
こうなれば、もうひと押しだ。
「そりゃマドリーナはさ……一発、二発引っ掻かれても死なないかもしれないけど、俺なんて、すぐ死んじまうよ……」
俺は巨人の世界に足を踏み入れてしまった一般人。
「そう言われると、そうかも知れませんわ」
コレ、説得の常套手段だ。上司から落とせば……部下は言う事を聞くしかないハズ。
戦いに関してのみいえば、ミリアは職人肌で頑固者。マドリーナはちょっとこっちの気持ちに寄り添ってくれる。
「ミリア、アキラは置いていきましょう。戦い慣れていない者の恐怖……ワタクシたちの常識は当てはまりませんわ」
「うーん……まぁそっか……全っ然違うトコからキミは来たんだもんね……それに拳士でもないし、ゴメンゴメン……」
お互いの常識は非常識ってことで。
作戦通り、上司を落としてなんとか押し切った。
「いってらっしゃい」
「うん。行ってくるねー」
笑顔でこっちを見て、ブンブン手を振るミリア。
今回、俺の作戦が当たり、留守番を勝ち取った。
ミリアの傍に長くいたい気持ちは、確かにある。あるにはあるが、平和主義の日本人的に、戦場となればさすがに回避だ。
彼女たちを見送り、腕時計を見る。
前回の「狩り」は、三、四時間くらいかかったか。
変な話だが、腕時計をした状態で、身を投げて本当に良かった。ソーラー電池の時計だから、電池交換も必要ない。永遠ってわけじゃないけど、つけてきて良かった……
時間がわかるだけでも全然違う。
彼女たちの戻って来る時間の予想もついてるので、ちょっとゴロ寝して、昼寝する。
羽伸ばして、やりたい放題だな……俺。
一人の時間となり、改めて思う。
ミリアは俺のことどう思ってるのか?
確実に嫌ってはいない。でも……たまにいるんだよな。誰にでも優しいフレンドリーな女の子。彼女はそれに該当している気がしてならない。
俺はといえば、完全にミリアを意識し始めている。
一方、マドリーナは不器用というか、性格がややこしいというか。出会った直後のあのキツさは、完全に無くなってる。部下のミリアがいる状態だと俺に普通に接してるんだが、昨日の「口のきき方講座」から察するに、俺にちょっと好意を持ってるような気がする。こっちは誰にでも優しいというより、俺を特別扱いしてる感じがするというか。
先の留守番のやりとりでも俺の味方をしてくれたりして……「俺好感ポイント」を稼いでいる。
あれ? ミリアとマドリーナ……俺が本当に好きなのは、どっちなんだ?
勝手に気分が盛り上がり、そして混乱する。
日本では友人すら全くいなかったので、こんなことは一度も経験が無い。そうだ……久々に一服しよう。
もの凄く嫌がってたから、禁煙状態だった。
小枝と葉っぱを重ねた簡易ベッド付近で吸うと匂いがつく。そう思った俺は、ちょっと離れた場所で吸うことにした。
フゥーーーっと煙を吸い、そして吐き出す。
あー、久々に吸う一服はキクゥ! 天国だぁ……などと思っていると、そこから一気に地獄に突き落とされる。
遠目に青い人影が目に入ったからだ。
なんてこった!
10秒前は幸せなバカ面だった俺は、即刻逃げ出す。
正直、ブルーデーモンとの戦いは、俺の財産になった。もしあれを経験していなければ、「大丈夫かもしれない」とか「話せばわかる」など、ミリアの言う「頭の中身、お花畑」のままだったハズだ。日本人の持つ正常性バイアス……これが危険だと、この地で学んでいる。
必死で逃げる俺。
日本で身を投げた時、フォーマルな革靴じゃなくてスニーカーを履いていて、本当に良かった。
走る走る。
ちょっと振り返ると、遠目にまだヤツの姿が見える。これ、つまりヤツに捕捉された上、近づいているという事だ。やつらの移動は早歩き程度、こっちはそれなりにダッシュ。
ハァハァ……息が切れる。
いかん、タバコのせいで肺機能が低下してんのか……わかった上だけど喫煙は碌なもんじゃないな。
疲れがたまってくると誘惑が来る。
ひょっとして、この岩の陰に隠れていれば、やり過ごせるのでは……と。
だが、そこは誘惑に勝って走り続ける。
ヤツらが嗅覚を頼りにこっちに来ていた場合、発見されてしまう。相手の習性がわからないのに決めつけるのは危険だ。
もう一回振り返る。
ヤツは見えなくなっている。
だけど油断大敵だ。
走り続ける。
後悔も襲ってくる。
この状況は俺の判断ミスだ。
戦場が嫌で、安易にヤツらが来ないと思い込もうとしていた。ミリアの忠告を聞いて、一緒に行動しておけば……
今更そんなことを思っても仕方ない。
次から戦いのプロの意見には従おう。
そんなことを考えていた。
が、次の瞬間、木の根っこだか、石の出っ張りに足を引っかけ、俺は急斜面側に倒れる。ゴロゴロっと斜面を転がり、視界が滅茶苦茶になる。
そして、どっかに頭をぶつけたのか、ぐちゃぐちゃに見えた風景はブラックアウトした。




