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第41話:インフレに抗う

ミリアとパトリシアが危ないって?


これまでもかなり芯を食った発言が多いフィア。

ライジングサン号のリアの扉を開けておき、俺たちは左右に散る。


戻ってきた彼女たちの目は……なんかイっちゃってる。ゆっくりと中に入っていくが……

「ねぇ……フィア……ミリアたち、どうしちゃったの?」


「極限で戦ってるからな……あいつら……戦闘モードが抜けるまで、待ってて……」

あれか? ……試合直後のボクサーが殺気立ってるってやつ。


「極限って……快勝だったじゃないか」

俺は見たままを言う。


「マドリーナはさ……何か知らんけど、やたら硬くて……攻撃喰らっても致命傷にはならねぇ……だけど、あいつらは違う」


フィア曰く、一発貰ったらアウト。近くにニーナがいない以上、脚なんかを切られたらこっちに戻って来れないし、そこで終わり……とのこと。


「そ……そんなに!?」

「見てるのと現場の印象は随分違うもんだな……二人ともメチャクチャ集中してたぜ」


生きるか死ぬか……極限状態での特訓。

「まぁちょっと……パトリシアくらいは声かけてみっか……ミリアにちょっかい出したら、ぶん殴られそうだ」


肩をすくめて、フィアは単独でフロント部屋に行く。

「なんや……思ってたより体張ってるんやなぁ……」

「む……」

サクの感想に、ゴールも唸るだけだった。


一時間くらいした段階で、フィアとパトリシアが出てくる。

パトリシアはいつもの表情で、笑顔を見せている。

「なぁマドリーナさんよ……ミリアの傍に行ってやってくれ……あいつ、なかなか落ち着かねぇんだ……」

「わかりましたわ。明日からはワタクシが看病することにします」


まぁそういうもんか。

目の前に包丁持った頭のオカシイ奴がいたとして、そいつとしばらく戦ったとしたら。


生か死かの世界を最大限の集中力で戦い抜いて、その後、普通でいられるかといえば、そうじゃないんだろうな。

結局ミリアもマドリーナが行ってから10分程度でいつもの状態に戻った。


特訓二日目。

朝からパトリシアの様子はおかしい。

極端に緊張しているのが俺でもわかった。


試合直前の格闘家がナーバスになっている……そんな感じ。心なしか食も細めだ。

一方、フィアとマドリーナは比較的リラックスしている。

ミリアは口数少なめ。俺のイメージだと戦闘大好きっ娘だったのに。


「じゃ……ちょっくら行ってきますかね……」

フィアだけが俺たちに声をかけ、出発していく。

「あいつら……大丈夫か?」

ゴールが呟く。


出番を奪われて、どっちかというと腹を立てていた側だったのに今日は心配する。

観戦二日目。

数は25体と昨日より少ない。


俺たちの知らない裏側を知った状態での観戦。

パッと見はそれほど昨日との差は変わってないように見えるが……


「少しパトリシアの動きが固いか……?」

「せやな……昨日より慎重やな」

拳士の二人が言う。


彼らのほうが専門家なので、おそらく正しいのだろう。

初日は相手の力量がわからない状態で臨んだ。なので、割と思い切っていけた。


だが、パトリシア的には昨日、相手の攻撃に脅威を感じたんだろう。

絶対に一発も貰わない。喰らったら詰む。


それがわかっていると心理的にはストレスがかかる。

その恐怖が姿勢にも現れていた。


背中が昨日と比べて丸まっている。無意識に防御姿勢を取っていた。

バックステップで距離をとる動作も増えている。


そりゃあ危険な相手にインファイトなんて、普通の神経じゃできないよな。

それが原因かはわからないけど……今日は雄たけびが聞こえる。意味はわからない発声……野獣というか猛獣が叫んでいる感じ。

自らを鼓舞している。


「はーい……今日も急患だよ~」

戦い終えると、フィアはマドリーナを素早く連れてくる。

出血は昨日よりは少ない。


やってることは昨日のリプレイ……みたいなもんなんだが。

ミリアとパトリシアは息が荒い。目はギラついて……とてもじゃないが、声はかけられない。


その日の夕食だ。

「もっと……もっと頑張らないと……踏み込みが足りない……」

ブツブツ言ってるのはパトリシアだ。

「ねぇ……大丈夫?」

「え?……ええ……壊す数も足りない……」

俺の声掛けと噛み合わない。


ヤバイ……頭の中は、戦闘のことでいっぱいだ。

「なぁ……今は大丈夫だ。ちょっと落ち着いて……メシでも食べよう」

フィアは優しくパトリシアの肩を抱く。

「ああ……ゴメンなさい……なかなか気が散ってしまって……」

そう返すものの、心ここにあらずといった様子。


「ねぇパトリシア……なんでそこまで……」

ニーナも声をかける。

「恩を返すため……です。どうしようもない状態だった私を……ゼイルさんは拾ってくれました」

「そうですか……」

ニーナはフッと口元を緩める。

この一言に、ゴールもサクも意外だったらしく口を開けていたのが印象的だった。


この夜、フロント部屋ではパトリシアの話題で持ちきりだ。

「あいつがあんなこと考えてたとはな……」

ゴールが感想を言う。

口下手なコだ。

邪険にされていたこともあり、ほとんど話す機会などなかったんだろう。


「頭おかしくならんかったら、ええけどな……」

「あのコ……そもそも木こりだったんだよね……ミリアより修羅場はくぐってない」

俺も思ったことを口にする。


ただの木こりから戦闘職に就いて、そこから半年ちょっとだ。

「そういや、そうか……バケモノだったから気が付かなったぜ……」

「パトリシアはんでもああなるっちゅうことは、オレンジデーモンはホンマにエグイ相手やなぁ……」


俺の腕時計は、9月26日を示している。

特訓三日目だ。

極限状態の特訓の効果なのかはわからないが、昨日よりはパトリシアの動きが良い。


「結局、実戦の数がものを言うんだよなぁ……」

「せやけど大した成長やで……戦闘センスも、俺らとはモノが違うんやろなぁ……」

初日よりさらに多い40体程のオレンジデーモンを蹴り倒していく。


彼らの感想のどおり、今日は動きが軽やかにみえる。

加えて……空振りが出始める。イエローデーモン相手の特訓時に見せていた動きだ。


あれは今にして思うと、30cmほど背が高いオレンジデーモン対策だったんだ。

そして今、放っているオレンジデーモンに対する空振りは……レッドデーモン対策。


戦いが終わり、余裕が出たと見た俺は、パトリシアの帰り際に声をかける。

「ずいぶん動きが良くなったよ」

はっきりと言ったつもりだったが……


「もっと……もっと蹴り殺さないと……足りない……」

焦点の合わない目で、危険なセリフをブツブツ言っている……なんかもう……戦闘に取り憑かれているな……

特訓は相変わらず、午前中限定。


オレンジデーモンが相手になってからというもの、食材はフィアが一人で集めてくる。

山女の本領を発揮して、食べられる山菜を摘み、鹿なんかも仕留めてくる。


フィア曰く「もー余計な事は考えなくて良いから、あたいにまかせな」と。

夜になれば夕食をテキパキと作る。フィアの主婦力は頭抜けてるな。


「さて……今の段階で、ワタクシが考えていることをお伝えしますわ」

対レッドデーモン……ひいては魔王対策だ。


魔王は均等にレッドデーモンを配置している。

こちらの戦力も均等にしてレッドデーモンを削っていくと、削り切る前に魔王本体の魔法が飛んできてやられる……それがマドリーナの読みだ。


それに対抗する措置としては、右翼にマドリーナが一人で囮となり、右翼側のレッドデーモンは削るのをあきらめる。

そして左翼にミリア、パトリシア、フィアを配置し、ひたすらゴリゴリとレッドデーモンの数を削る。


首尾よく隙間を開けることができたら、パトリシアが高速で移動し、魔王ロキの首を取る。

そんな作戦だった。


この夜のフロント部屋は、当たり前のようにゴールが荒れる。

作戦時点でゴールも……ニーナもサクも数に入っていないからだ。


「俺たちの五年間……なんだったんだよ……」

気持ちはわかる。最終目的を果たすその時に出番がないのだから。

マドリーナの作戦は、成功率は半分くらいだろうか……少なくとも突然魔王ロキが出てきたあの時よりは勝てそうだ。


「俺も……特訓してぇなぁ……」

「オレンジデーモンで?」

「いや……さすがにイエローデーモンさ」

「死ぬかも知れへんで?」

「パトリシアも死線をかいくぐって成長してる……俺だって……」

ゴールはまだ、あきらめてはいなかった。


オレンジデーモン相手の特訓を開始してから、六日が経った。

イエローデーモンの時は五日と最初に期限を決めていたが、こちらの期限は特に決めていない。

成果自体は出ている。


その中でも露骨に出ているのはマドリーナ。

オレンジデーモン相手にタコ殴りにされているのだが、ほぼ無傷で戻ってきている。この前、彼女の体に触れた時、岩みたいな印象を受けたが、今や鋼鉄並なんだろうな……と予想する。


ややわかりにくい成果は、ミリアとパトリシア。

戦う前……かなりリラックスするようになった。あとは戦った後、比較的短い時間で落ち着くようになった。


「なぁ……もう良いだろ? そろそろ俺たちにも特訓させてくれよ」

ついにゴールがマドリーナに切り出す。

「特訓?」

「俺とサクを前に出させてくれ……イエローデーモン相手に」

もう合計11日は、ミリアたちの特訓に費やしている。


「わかりましたわ。ある程度ワタクシたちも目途が立ちましたので……」

チームとしては、マズイ。


そう思ったのか、マドリーナもさすがに了承する。

彼女の提案でゴールとマドリーナが左の前衛、ミリア、サク、パトリシアの並びで右の前衛。

真ん中に俺とニーナ。

後ろはフィアが守るという布陣になる。


今回の戦闘は完全に今までと一線を画していた。

フィアが言ってた「持っときゃ何かの役には立つ」鉄のナイフ。


これをゴール、サク、ニーナが持っている。

戦闘準備の時点で、ミリアが口をはさんできた。

「カラーデーモンには拳士の『氣』のほうがよっぽど有効よ?」

「ミリア、好きなようにやらせてやれよ。あたいたちの特訓に、向こうは口出してこなかっただろ?」

個人自由主義のラケニア人の性格を色濃く出すフィア。


「でも、戦力になってくれないと……」

あくまでも対カラーデーモンの戦力としての成長を期待するミリア。

彼女は拳士としての矜持をのぞかせる。


「いえ、彼らには彼らの考え方がありますわ。余計な口出しは無用です」

こちらは何かを見透かしたような口調のマドリーナ。

一悶着はあったものの、この装備での戦いとなった。


戦いは結構な「接待プレイ」ってやつになる。

マドリーナはしきりにゴールを気にして、危なくなったらすぐガード。

特訓の成果で彼女の身体は鋼鉄の域に達してるのか、腕でヤツらの爪攻撃をガードしても無傷だ。

一方、サクは『捌き』も披露するが、これまた複数体を相手に危なくなったら、ミリアのジャブとパトリシアの牽制のキックが飛ぶ。


守りの面はこんな感じだったが、攻撃方面でいうと……

ゴールもサクも鉄のナイフを存分に生かした……体当たりっぽく相手を刺すっていうのを何度も行う。

相手のイエローデーモンはタフなのか、それとも『氣』が付与していない武器の攻撃に強いのか、数発刺した程度では倒れない。


武器を実戦で扱うのは初めての彼ら。なかなか相手が倒れない事が幸いして、反復練習ができている。

驚いたのはニーナ。


彼女も鉄のナイフで後方から走り込んで一刺し。そして一撃離脱。

これにはミリアやパトリシアが面食らうが、ニーナの安全は冷静沈着なマドリーナが手広くフォローする。


昨今の戦いで勘違いしがちだが、カトランにシルビアやティルといった猛者がいる状態で惨敗した相手が、イエローデーモンだ。

強敵相手でかつ、単純な攻撃力だけでいうと、こちらは極端に低下しているので、長期戦となる。


一方、後衛の俺は集中して火龍波の命中精度を上げることに注力した。

俺の背中はフィアが守ってくれている。絶対的な安心感。


もちろん守りを固めるのは彼女の本職ではないが、ヒートアップしたミリアの一撃を喰らって気絶で済んでる耐久力はお墨付き。前の敵に集中できるってもんだ。


集中のかいもあり、ピンポイントにヘッドショットを決める俺。

後衛アタッカーとしては、可もなく不可もなく……そんな感じだ。


戦いが長引くにつれ、サクの代わりに攻撃を受けているミリアとパトリシアは負傷しはじめる。

彼女たちは本来「殺られる前に殺れ」というタイプの前衛。


今回はそれをやってしまうとサクの特訓にならないため、普通にイエローデーモンの爪攻撃でケガをしてしまう。

なのだが、ニーナは瞬時に治療。

ナイフ攻撃をしながらなので、非常に器用な立ち回りだ。


チクチクとナイフ攻撃、そして俺の火龍波による削り。

長い長い戦いの末、最終的には相手を削り切って俺たちの勝利となる。


夕食の時間。

最初のほうにイエローデーモンの特訓してたときの役割に戻り、食材は巨人娘四人で集めてくる。


フィアとパトリシアは仲良く肉をゲット。

ミリアとマドリーナも野菜類を摘んできた。


「長期戦で疲れただろ? たくさん食べな~」

フィアは気さくにゴールやサクをねぎらう。


「本日は~ノビルが~おススメですよ~!」

「なによ、その声。気持ちワルッ!」

フィアはキャピキャピの店員声を披露し、即座にミリアがツッコむ。

「かわいいだろーがよ!」

彼女は笑顔を絶やさず、場の雰囲気を和ませていた。


「きのこ類と肉を合わせて煮込むと柔らかくなるんだよな~」

「そうなんですか? だから柔らかいんですね」

「あとね~、キノコ類は複数種類を突っ込むと、味の相乗効果ってあるんだよなぁ……」

他愛もない会話が続く。


「……でさ……すまねぇけど明日は午前中、移動させてくんねーかな。パトリシアの奴が肉を捌いてる時に、ナイフを二本連続でダメにしちまいやがった……」

ダメにしたのは、土製のナイフ。


今日の戦闘を見て、フィアは鉄ナイフには使わないようにしてたのか。

「ごめんなさい……」

「引いて切れつってのに……バカ力で叩き切るからさぁ……」

「移動って何するの?」

話がナイフにいってしまったので、本筋に戻す俺。


「ああ……シャインビリッジで、ちょっくら物資の補給をさ……今回はあたいが行くから大丈夫だ。いい加減、信用してくれよな」


ラウル家から狙われているミリアとマドリーナ、そしてマウスマウンから狙われているパトリシア。


そもそも王国特殊部隊を二人逃がしているが、その時点でフィアはミリアにやられてダウンした。その意味では彼らにとって「裏切り者」扱いにはなっていない。

適任といえば適任だ。


また、西の山道の出口付近では、イエローデーモンが出てくる。その辺りまで移動するとフィアは告げた。


9月の最終日、9月30日。

この日、フィアの提案に乗った俺たちは、いったん本拠地をシャインビリッジ寄りに移す。

フィアは脚を鍛えたいからとライジングサン号を引き、パトリシアが中にいる状態だ。


山を下っていき、順風満帆……午後にはゴール、サク、ニーナの鉄ナイフ、そして俺の特訓か……などと考えていた。


しかし……あとちょっとと言うところで、ライジングサン号が急停止する。

「おい! ミリア、マドリーナ、パトリシア……聞こえるか!? 戦闘準備だ!」

「なによ急に……」

「オレンジデーモンだ!」

「そんなのいないじゃない」

「あたいの目はデキが良いんだよ……信じろって」


コレは……まさか…………?


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