第40話:インフレが起きる
やや涼しくなった夕方。俺は目を覚ます。
マドリーナは俺が起きるより早く起きていて、買った服を着ていた。
紺色を基調として白いラインが入っている。
大きい襟にリボン。スカートは膝くらいまできている。
セーラー服っぽいな。
「似合うかしら?」
「ああ、とてもよく似合っているよ」
お世辞じゃなく本音。
スーツっぽい服の時も似合っていたが、ピチピチに若いマドリーナにはこういうほうが背伸びしてなくて良いと思った。
うつむいて何やらモジモジしているマドリーナ。
俺はその間、出発準備を整える。
マドリーナの脱ぎ捨ててあったピンクパジャマを畳んで、大きな袋に入れる。
「何やってんの? もう出発するんだろ?」
「……うるさいですわ……わかってます……」
固まっていたマドリーナは上目づかいでボソッと言う。
普段の凛とした声は、どっかに行ってしまっていた。
準備を終えて、宿の主人に礼を言ってから外に出ると、夕日が見える。
屈伸運動をして、アキレス腱を伸ばして……準備運動するマドリーナ。
「さ……良いですわよ」
俺は片手は服入りの袋を持ち、もう片方の手で彼女の首に抱きつく。
行きは魔導石、帰りは服で結局片手状態だ。
タタタっと走り出す。
走り出して10分もしないうちに、正面にグリーンデーモンが出てくる。
「相手が少ないのは助かりますわ……」
5体だ。
シップビリッジ方面に来る個体は基本的には少ない。
とは言え、一斉にこちらに向かってくる。
マドリーナは立ち止まると5体を一か所に集め、そして大きく迂回する。
そこからダッシュ。
ラグビーでタックルを避ける要領だ。
「無駄な戦いは避ける……か」
「当たり前ですわ……アナタと服の両方は守れませんから」
「そりゃそうだ」
「パトリシアなら高速フェイント……フィアなら頭上を飛び越えられますのに……ワタクシ……ドンくさいですわね……」
自虐しながら、グリーンデーモンに差をつけて行く。
夜になってくると、カラーデーモンは寝ているが、今度は視界が悪くなってくる。
俺は火龍波で明かりの代わりとするが……体力が……なんて燃費の悪い明かりだ。
五分おき程度に明かりをつけ、街道上を走っているのを確認しつつ進む。
途中、道を何度か外れ、修正して道に戻る。
「ちょっと誤算でしたわ……このままだと……夜が明ける」
「真っ暗だから、しょうがないよ……」
西の山道の出口地点に近づいてくるが、そうなってくるとカラーデーモンという障害物が増えてくる。
50cmくらい低く、質量にしたら1/4くらいか。
暗い道で、俺の「ヘッドライト」も照らし続けているわけではない。
何体か撥ね飛ばすことに。
ダンプカーに轢かれたんじゃないかってくらいに吹っ飛び、後ろを振り返ると魔導石になっている。
一般的には巨漢の部類のグリーンデーモンですら、走ってるマドリーナにぶつかると、こんなことになるのか。
恐ろしや。
「全く……邪魔ですわ。ペースが乱されるのも癪ね……」
言わばマラソンをしてる状態なので、ペースを維持するのも大事なのだろう。
帰りが思ったより、キツイことがわかった。
そして、ついに西の山道の出口地点に来たものの、夜が明けてしまった。
「マズいですわね……ここからは隠れながら行きましょう」
焦るマドリーナ。これだけの強者でも隠れるしかないってのは、なかなか歯がゆい。
俺と……あと服さえなければ、正面突破できるのに。
「ごめん……俺のせいだよね」
「いいえ……連れてきたのはワタクシなのですから……それと……不思議と誇らしい気持ちですわ……あんなに弱かったアナタがここまで成長するなんて」
「ハハッ……」
褒めてくれるが照れくさい。
ここからはメインの道を外れ、イエローデーモンをやり過ごし、いなくなった隙を突いてメインの道をダッシュ……を繰り返す。
結局、夕方になり、ライジングサン号に無事帰還した。
「ワタクシたちは、まぁ順調でしたが……そちらはどうでした?」
夕食を食べながら、マドリーナが聞く。
イエローデーモンを相手に戦っていたはずだが。
「あ……ああ……」
ゴールの返事は鈍い。
聞くところによると、かなり苦戦したらしい。
最前線をフィア、左翼をミリア、右翼をパトリシア。
ニーナが真ん中で後ろをゴール、サクという布陣。
最初は15体程度を相手にしたが、回り込んできた2体に対し、ゴールが危うく殺られるところだったそうだ。
次に、25体程度の相手を視認。
これは敵わないと早々に判断して、ニーナとゴールとサクは引っ込み、撃退。
コレは……普通の体格の人間は手に負えない。
ど安定の前衛マドリーナが不在だったので、ニーナたちの撤退は良い判断だったと思う。
翌日、俺とマドリーナが合流したところで、再びイエローデーモンに挑む。
戦いには勝つ。
勝つには勝ったが、今度はミリア、パトリシア、フィアから不満の声が上がる。
「相手が脆いわ」
「相手が脆すぎます」
「相手が脆いな」
三人同時に声をあげる。
それを聞くと、マドリーナはため息まじりにニーナへお願いする。
「ニーナさん……申し訳ないですが、ワタクシたちにオレンジデーモン……狩らせて頂けませんか?」
ニーナとゴールは黙り込む。長い沈黙。
これに耐えかねたのか、サクが返事をする。
「俺らの目的は……魔王や。それにはレッドデーモンを何とかせなあかん。ヤツらを倒す前に、オレンジデーモンも相手にせなあかん。俺らは……お荷物や。マドリーナはんたちに任せるしかないんちゃうか?」
「……ああ」
ゴールは力なく返事をする。
「な……なぁ、俺は参戦しちゃダメか?」
俺は一人参戦を希望してみる。
魔王ロキと邂逅した時、俺の火龍波はオレンジデーモンに大ダメージを与えていた。戦力にはなるハズだ。
「ダメよ」
ミリアがハッキリと即答。
「なぁ、メガナ……戦いてぇのか?」
それに対しフィアが聞いてくる。
うなずく俺。
「やらせてみりゃ良いじゃねぇか」
「アンタねぇ……アキラ君を殺す気!?」
フィアは俺の気持ちを尊重、ミリアは俺の命を最優先……互いに主張する。
「そう半人前扱いするなって……メガナにも死ぬ覚悟くらい……あるだろ? 男の心意気を無駄にすんなって……」
「見通しが甘いのよ……そりゃマドリーナがかばう余裕があれば、大丈夫かもしれないけど……」
「アキラ……今回は引っ込みなさい。ワタクシも特訓の続きがありますわ」
そこへマドリーナが議論を終わらせる一言。彼女は毅然とした態度。
この前「アナタを将来、挑む戦場に出すのは考え物ですわね」とか言ってたから、そりゃそうか。
でも……
「えっと……パトリシアはどう思う?」
一応、彼女にもふってみる。フィアと合わせて二票入れば、五分なのだが。
「えっと……アキラさん……私、特訓したいんです。……そのジャ……いえ……気が散……いえ……えっと……」
口下手な彼女。
しどろもどろになる
「邪魔」で「気が散る」んだろうな……トホホ。
「こーなっちまったら、しゃあねぇ……ワリーけど留守番……頼むわ」
フィアは肩をすくめて、俺に言う。
こうして、俺とニーナ、ゴール、サクの普通の人間は、ライジングサン号に居残りとなった。
夜になると、ライジングサン号をやや北西に移動させる。オレンジデーモン地帯に近づくためだ。
ニーナとゴールは俯いている。
ゲームとか漫画とか……相手の強さのインフレってあって……そして「その他大勢」に該当するキャラはインフレに置いていかれ、戦力外となる。以降は陽の目を見ない。
それを実際にやられている気持ちだ。
彼らは五年間、魔王を倒すためだけに頑張ってきた。
それが後から入って来たメンバーに、戦力外だから引っ込んでろと言われたわけだから。
よくサクは、ミリアたちに譲ったなと思う。
リア部屋の空気は重い。
「ゴールはん……しゃあないって……あいつらはホンマモンのバケモンや。普通の人間やあらへん。魔王なんちゅうバケモンの相手できるのは、バケモンだけや」
「はぁ……レッドデーモンまでは……な。魔王は……元人間……俺らと変わらない体格だ」
「狙っとるんか?」
「当たり前だろ? このまま、ずっと引っ込んでたんじゃあゼイルさんに合わせる顔がねぇぜ」
「せやなぁ……」
「昔は良かった……」
思わず呟くゴール。
ミリアとマドリーナが入って、イエローデーモンにリベンジを挑む前に同じこと言ってたな。
「良くも悪くも……アキラ、お前が変えたよな」
「え? 俺が?」
いきなりの流れ弾に俺は驚く。
「大したことないお前が、結果として大したことをやってるよ」
「ホンマやで。バカデカい筋肉女を集めるのも特殊な才能やな」
パトリシアはともかく、言われてみればそうか。
ミリアとマドリーナは俺が推薦し、そして二人を入れたことで、王国の特殊部隊を撃退して、フィアが入った。
どこまでが俺の貢献かはわからないけど、何かの歯車が変わって、チームとしては強くなった。
戦いのステージとしては、俺がゼイル旅団に入った当初より上がっている。目的には近づいているけれど、そこに俺たちは……同じ舞台に上がれない。
人間、強欲なもんだな。
しばらく愚痴をこぼした二人は、やがて眠りについた。
翌日、朝食を済ませた俺たち普通の人間組は、ライジングサン号の屋根の上にいる。
オレンジデーモン相手の初特訓となる。数は30体程度か。
「フィア……あいつどうなんだろうな」
「俺らと一緒に戦った時は、全然、適正に合ってへん前衛やったし……」
ゴールとサクが話す。
今回の注目の的は、なんと言ってもフィア。
前回の特訓時、彼女のみ夜中に抜け出して単独行動をしていた。
俺もわかってないから、楽しみといえば楽しみだ。
オレンジデーモン……こいつはミリアたち四人全員の中で、最も背が高いパトリシアよりもさらに高い。
285cmくらいか?
ちなみに、幅と厚みは……正直、彼女たちのほうが倍くらいある。「バケモンの相手できるのはバケモンだけ」というサクの言葉が染みる。
マドリーナは相変わらずど真ん中に居て、そして今回もヤツらに囲まれて、爪で切られている。
「マドリーナの特訓とは……なんなんでしょう?」
「彼女は……傷つけられて……そっから回復すると、体の硬度が増すんだ。……俺、確かめたよ」
ニーナの疑問に答える俺。
「確かに……イエローデーモン相手の特訓の時、日を追うごとに傷が浅くなっていました。……彼女は彼女で、アレが前衛拳士の特訓なんですね」
「傷が浅い……か。やってらんねぇな……みんな……あいつに切り裂かれたってのによ……」
ゴールは悔しそうに言う。
カトラン、レオ、メアリー、マルガリータと四人連続で無残に切り裂かれた光景は、俺も忘れない。
一方、ミリアとパトリシアは、イエローデーモン相手の時とほぼ変わらなかった。
強いて挙げるならば……パトリシアのハイキックか?
イエローデーモンは遠くに頭が飛んで行っていたが、オレンジデーモンはあり得ない方向に曲がっている。それくらいだ。
一撃で沈めているという意味では変わっていない。
ミリアの相手はパンチを食らった頭がスイカ割りのスイカみたいに弾け飛んでるが、こちらはこれまでもずっと見ている光景だ。
さて、今回の目玉……フィア。
彼女は空高く舞い……そして両膝でオレンジデーモンの頭を挟んでいた。そして半回転。
「ホンマにエグイな、フィアはんも……」
「ああ……」
サクの感想に、ゴールはうなずくしかない。
「余力あるやんけ……」
多分……というか絶対そうなのだが、フィアの技は相手の頭を挟んで180度回転……首をへし折るという技だ。
なのだが、オレンジデーモンは頭を回転させる途中で縦方向にプレスされて潰れていた。
綺麗に技が決まる前に、ヤツの頭蓋骨がフィアの力に耐えられていない。
そして、マドリーナがかつて言っていたことも起きている。
上空に跳んだフィアを追いかけて、顔を素直に上に向けるヤツ。
そういうのは、ミリアとパトリシアの良い的だ。
隙を見せたヤツは、あっという間に魔導石化してしまう。
快勝。
オレンジデーモン相手にだ。
こちら側はもう呆れるしかない。
そんな中、フィアがマドリーナを背負って跳んでくる。
「急患、急患!」
至る所から出血しているマドリーナ。
やはり、特訓初日はボロボロにされるのか。
ニーナのほうは戦いを見ていたので完全に予期しており、担ぎ込まれたマドリーナを素早く癒す。
「ありがとう。毎回助かりますわ……」
礼を言いつつ、俺の方をまっすぐ見てくる。
気が抜けた笑みというか……フニャフニャの笑みというか……
イエローデーモンとの特訓直後、俺に対して笑顔を見せたけど、あの時と同じ顔だよな?
俺からすると「不敵な笑み」という印象だったんだが。
こうも印象って変わるもんなのか……
その理由は、俺が一番わかってる。
服の買い出しの時、彼女は側近のミリアにも見せたことない甘ったれた姿を、俺にだけ見せた。あの姿が重なって、今の俺には、戦いから帰って安心しきった顔に見えている。
俺、マドリーナも意識し始めてるな。
ミリアとパトリシアは、マドリーナの治療直後あたりに戻ってくる。
二人とも汗だく。
快勝だったけど、激しい戦いだったのは間違いない。
ミリアは濡れた黒髪を豪快に振り払う。褐色の肌で弾ける汗の飛沫が散らばる。
パトリシアのうなじには、湿った黒髪が絡みついている。額に張り付いた前髪の隙間に、彼女のたれ目が見える。
「皆……あいつらには近づくな。危ねーぞ……」
フィアが警告する。
なんのこっちゃ?




