第39話:私人
名家の大人気のお嬢様。
思わぬ歓迎と対応に時間を取られ、遅くなってしまい、服までは入手できなかった。
そして宿を一部屋取る。
「マ……マドリーナ!? 二部屋じゃなくて……?」
「何のためにアナタを連れてきたと思っているのです?」
「男女で同じ部屋に一泊ってマズいんじゃ……」
「シモベのくせにごちゃごちゃ言わないでくださる? ラウル家と闇ギルドは腕利きの魔導士を抱えているのです。それともアナタ、ワタクシを守ってくださらないの?」
「う……わかったよ」
女の子と同じ部屋で一泊?
ミリアやパトリシアに知られたら殺されてしまうかも……別の心配事が発生してドキドキしながら、俺とマドリーナは部屋に入る。
「ちょっと狭いですわね……」
「ま……そうだね。ハハハ……俺の住んでた日本もさ『団地サイズ』なんてものがあって、標準より小さいのがあったりして……」
「まぁ……嬉しいことを言ってくださいますのね」
それを聞くとニッコリ笑う。
「遠慮せずに言っても構いませんのに……『お前がデカすぎるだけ』って……」
「そんなこと言ったら『シモベのくせに生意気だ』って言うだろ?」
「あら……わかってますのね……ではシモベさん……食事の用意をしてくださいませ」
部屋には料理が運ばれてきており、食器に盛るだけなのだが……
「盛るだけだから、自分でできるだろ?」
「あー……ワタクシ疲れましたわー……へとへとで指一本動かせませんわ……」
「さっきグリーンデーモンを粉々にしてなかったか?」
「あれで最後の体力を使い果たしたのですわ……」
ジーッとこっちを見ながら、こちらが手を動かすのを促す。
「わかった、わかった」
俺はしぶしぶ、主食のイモとおかず類をマドリーナの食器に盛り付けていく。
「アキラが盛り付けると美味しいのですわ……お城の料理よりも……」
あれ?
なんだろう……マドリーナってこんな感じだったけ……
「へとへとで指一本動かせないんじゃなかったのかよ……」
「今、回復したのですわ」
「全く……調子いいな……こんな甘えん坊だったっけ?」
「さっきの村の人たち……御覧になったでしょう? ワタクシの周りの人は、ああいう人たちばかりですわ……アナタくらいにしか甘えられないのですわ。ミリアにだって、こんな姿見せたことない……」
ロノスト王国の貴族……フェルナンド家のお嬢様で次期大将候補。
この世界の人たちからすると、とんでもなく偉い人。
「日本から来た俺には、マドリーナがどんだけ偉いかよくわかってない。それが良いのか?」
「それもそうですし……何もかも失った後、ワタクシの目の前に現れた初めての支持者……それがアナタですわ」
普段はヤヤつり目の彼女だけど目じりが下がって、心なしか目を潤ませるように見える。さっきの甘えっぷりと言い、ふにゃふにゃな今は「私人マドリーナ」だ。
「俺は別に何にもしちゃいないけど……」
「それでも十分心の支えになりましたの。ありがとう」
「良いのか? シモベに『ありがとう』なんて言っちゃって……」
俺がそう言った途端、眉間にシワが寄る。
「さっさとお食べなさい! もう……」
怒られながら、俺は夕食を食べ終わった。
「では……ワタクシは今から寝ますので、アナタはしばらく起きていてください」
「ああ……うん」
布団を二セット用意するものの……普通のサイズなので、マドリーナは二つ占拠する状態に。長時間の移動で疲れていたのか、マドリーナは即眠りに落ちる。
はぁ……俺も結構、疲れているんだが……
最後の踏ん張り時か。外が暗くなると、部屋も真っ暗になる。日本と違って常夜灯もない。
くそー……なんとか起きなきゃ……小さい火龍波を発動させ、辺りを照らし、この世界のモノを見物して気を紛らわせる。
机は木でできている。
シップビリッジの特産品は木だからそうなのか……コップや食器……も木か。
シャインビリッジは土から錬成した感じだったな……暇つぶしにキョロキョロしていると、フト、マドリーナの寝顔も視界に入る。
すうすうと規則的な寝息を立てている。そういえば彼女の寝顔をまともに見るのは、五か月ぶりか。
あらためてマジマジと見ると、正統派美少女だな。
あの時よりずっと柔らかい雰囲気だ。俺も家族を失ってから同じくらい経つ。
今でも寂しさはあるけど、時が癒してくれていた。日本では孤独だったけど、今は仲間がいる……俺の場合はそれも影響してるだろう。
寝顔を見ながら頑張って起きていること二時間。
マドリーナは目を覚ます。寝顔を見ていたので、バッチリ目が合ってしまう。
「ずっと見てましたの?」
唇を少し開け、その瞬間、彼女が少しだけ気恥ずかしそうに首を傾げる。
「あ……いや……そんなんじゃなくたまたま……」
結構な時間見てたけど、変質者過ぎるので俺はごまかす。
「そうですの……」
なぜか残念そうに返す。
「じゃあ俺も寝て良いか?」
「もう眠いのですね?」
「そりゃそうさ」
「じゃあ……一言だけ言わせてくださいまし……」
マドリーナは起き上がり、正座になる。
「何を?」
「あの時はごめんなさい」
三指ついて、思いっきり頭を下げる格式高い謝罪だ。
「え?」
何を言ってるんだか……謝られるようなことされたっけ? 名家の令嬢式の謝罪に戸惑う。
「憶えていますか? 出会って数日後のこと」
「いや……全然」
「アナタにイジワルして……苦痛を与えてしまったこと……」
「ああ……あれね」
なんかヤキモチやかれて、上に乗っかられたことがあったっけ。
「『あれね』じゃありませんわ! まったく……」
「気にしてないよ。結果的には無事だったんだし」
「ワタクシは……ずっと気にしていたのに、もうアナタったら……。あの日、謝りそびれて次の日にでも謝罪しようと思っていましたの。でもアナタはいなくなってしまった……」
「あれは、俺の甘い考えが原因だった……こっちこそゴメン」
ブルーデーモン一体に追っかけまわされたクソザコ時代を思い出す。
「アナタは謝らなくて良いのです。こっちが今、謝っているのですわ。その……もっと慎重に扱うべきだったのに……ミリアと同じ感覚で接してしまいましたの……」
ははぁ、あれは普通に加減をミスったのか。
状況はちょっと違うけど、パトリシアに殺されかけたことを思い出す。
ちょっと力加減を間違えただけで、一般人は即刻あの世行きだもんな。
「ま、俺は大丈夫だったからさ……今後は他の人に気をつけてもらえれば……」
いたって普通に返す。
返したつもりだったが……マドリーナはご不満なのか、口を尖らせている。
「…………アナタ以外に……」
ポソポソと言って、肝心なところが聞き取れない。
「…………。アキラ、寝なさい。夜はワタクシが見張っていますわ」
結局モゴモゴ言ってた部分はわからなかったけど、最後は寝るように促してくる。
さて、敵襲は果たしてくるのか?
いつラウルの手の者が襲ってくるか、わからない。
そんな中で寝れるわけが……火龍波を無駄に使っていた俺は、あっという間に寝てしまった。
朝、食事を運んできた宿屋の店員の声に起こされる。
「おはようございます。お食事をお持ちしました」
「あら、ありがとう」
遠くでそんな声がする。
「ふわぁ……よく寝た……」
「フフッ……疲れてましたのね。さぁ食事の後は服を買いに行きますわよ」
朝食を平らげると、即刻、服を買いに行く。
魔法ってのはホントに便利なモノで、特注品のハズなのにピッタリサイズのものがあっという間にできてしまう。
服屋の主人もフェルナンド派だったらしく、値札の値段どおりに金を受け取ったものの、「シャインビリッジ産の土」を使用する。かつてメルビンが高級品と教えてくれた土だ。
「あら……サービスですの? 赤字になりますわよ」
「ええ、ただ……うちの服、絶対着てくださいよ。宣伝費の見込みでサービスしてますんで……」
ちゃっかりしてる。商売人だ。
日本でも有名人が特定のブランド物を使うと爆売れすることがある……それと同じか。
マドリーナは一気に10着を購入する。サイズこそ違えど、この店の入り口付近に展示しているのと同じデザインだ。さては看板商品ってやつだな。
特訓でボロボロになっても、スペアがあれば安心だ。大きな袋に10着の特注服を詰め込み、宿に戻る。
「これで、後は帰るだけだね」
「ええ……そうですわ……」
部屋に戻ると何気ない会話……なのだが……
「おいっ! マドリーナ!? 何を……」
後から入った俺が部屋の扉を閉めるなり……一糸まとわぬ姿になるマドリーナ。
「着替えですわ」
「いや……いきなり全部脱ぐな! この前『あまり見ないでくださる?』とか言ってたじゃないか!」
「アキラは良いのですわ。服を取ってくださる?」
あまりにも堂々と言ってくるマドリーナ。
俺は顔を真っ赤にして下を向きながら……服をブンブン振る。
「何を照れてますの? ワタクシはこっちですわ……もう少し近づきなさいな」
服をブンブン振りながらジリジリ近づいていくと、ようやく受け取る。
「ワタクシの身体……見てくださる?」
「せめて下着をつけてくれ!」
「全く……シモベのくせに注文が多いですわね。ホラ……下着はつけましたから、顔をお上げなさい」
顔を上げると、身長差があるので、彼女の腹筋が目の前に。
溝が深くて、指挟んだら潰されそうだ。
「よく御覧になって……」
色白のマドリーナ……メチャクチャ鍛え込まれた逆三角形の体は……
「傷……?」
「ええ」
「これ、イエローデーモンにやられた傷か?」
「いいえ、ニーナの回復魔法は完璧でしたわ。……ワタクシが女王になった暁にはぜひ傍に置きたいくらいの使い手です」
「じゃあ……なんなの? 古傷?」
お嬢様にしては、体中に古傷が。
「ワタクシは特異体質……ですの。傷つけられて、そして回復するとどんどん硬くなっていくのですわ……」
すっと下着姿のまま、しゃがんで俺に視線を合わせるマドリーナ。
「昔、子供の頃に身体中を怪我したことがあって……おつきの人に治して頂いたことがありました」
貴族時代……か。
「すると傷があった場所が以前より丈夫になっているのに気づいたのですわ」
空手家のすねがメチャクチャ硬くなるって言うあの原理が、より超人的になった感じか。
「ワタクシには、ちょっとイジワルな兄がおりまして……『お前を強くしてやる』などとおっしゃいまして……トゲ付きのムチで、しこたま打たれましたの……」
「それが……この傷?」
「そうですわ……実はワタクシは、家族で一人だけ身体が極端に大きく、異端児扱いされてましてね……ケガをしても大事にはならなかったのですわ」
「ひでぇな……」
実の妹をそこまでやるか、普通。
「まぁおかげさまで、だいぶ強くなりましたが、ワザと身体に傷をつけるなんてこと……その時の記憶が蘇って、全くやってませんでした」
「!? ……この前までやってたイエローデーモン相手の特訓って……」
「ご明察ですわ。相手が相手ですからね……嫌な思い出はありましたけど……久々にやりました」
スッと俺の手を取るマドリーナは、そのまま胸に誘導する。
「おい! ちょっと……待っ……」
俺の三倍以上ある剛腕には、全然逆らえない。
無理やり胸の上部を触らせられる……
「どうかしら?」
「なんか……岩みたいに……」
「でしょう?」
微笑むマドリーナ。
「嫌というほど、イエローデーモンに切られましたから」
「なんでソコまで……昨日は迷ってるみたいな話もしてたじゃないか……」
「多少迷いがあっても勝つためには何でもやる……それが拳士ですわ」
日本の一流アスリートでも、さすがに毎回血だるまになる特訓はやるまい。狂気にも似た覚悟を見た。
「さて……ワタクシは寝ますわ。……アキラ……出発は夕方です。さすがに白昼堂々、襲撃はないでしょうから……アナタも休んでなさい」
「夕方に出るの? ……なんで?」
「行きはカラーデーモンが進行方向を向いていましたが……今回の帰り道は、ヤツらは真正面を向いてますわ。なので戦闘を回避して、なるべく夜のうちに移動する必要がありましてよ」
そうか……帰り道は下手すると、まともに戦闘になるのか……イエローデーモンに遭わなきゃ良いが……
不安になってきた俺を他所に、マドリーナは下着姿のままゴロンと布団に横になる。
足を揃えて、少し胸を突き出している。
「いや……服! 服を俺、渡しただろ!?」
「ふふっ……服は着ようと思いましたが……アナタのそうやって慌てる顔が見たいのでこのまま寝ることにしますわ。暑いですしね」
横向き寝で、こっちを見る。
「来たかったら、いらっしゃいな……」
さっきの岩になった身体でギューッとやられたら、ペシャンコだ。
「暑いから無理だって……」
冷静をよそおって返すが、背中には嫌な汗が。
「ま、今日のところは許して差し上げますわ」
力じゃ全然敵わないから、これを聞いて安堵する。
俺はため息をつき、ちょっと離れて横になる。
「……」
う……もうマドリーナは寝たのか……
こんなところを宿の従業員に見られたら大変だ……
俺は薄がけをマドリーナにそっとかけ、そして眠りについた。




