第35話:入団試験
フィア提案の買い出しだ。
時刻は7:00。
敵襲からまだ三時間しか経っていない。
シャインビリッジは朝市があり、魔導石を買い取る商人もいる。
即換金。
コレがいずれは魔王の元に戻ると思うと複雑だが、まずは準備が大切だ。
次にフィアが用意したメモに沿って、刃物以外の道具やら塩やらを揃えていく。
商人たちは、まずミリアの大きさに面食らう。商売人なので、さすがに邪険にしないものの俺の身長の1.5倍以上、体積にしたら八倍くらいあるミリア相手にひきつった笑いで対応している。
大きい袋に大量の物資を突っ込む。
まぁ彼女にしたら軽すぎるのか、軽々と持ち運ぶ。俺は楽ちんだ。
最後に行くのは、アイラの家だ。
場所はわかっているので、俺の案内にしたがって目指す。
「ねぇ……フィアには……ナイショだよ。アレ……だよね?」
急に歩みのスピードを落とし、指をさす。
「…………。ああ……あそこだ」
人だかりができている。
仮設住宅だった場所。今は火災現場。
「二手に分かれよう」
俺は提案し、ミリアは俺たちの宿泊していた仮設住宅の側を、俺はそこから離れるようにして歩く。
俺の顔は十分すぎるほど知られている。
火災の状況について、詳しく事情を聞かれることは予想できた。ここで足止めをくらうわけにはいかなかった。
一方のミリアは人だかりの方面へ。
突然現れた270cm超の女巨人。
ざわつき、「でけー!」だの「なんだ、あのバケモノ」だの、さっきの商人とは違い、利害関係のない野次馬は辛辣な感想を述べている。
あっという間に人の塊は左右に分かれ、ミリアは何の支障もなく歩く。俺はチラチラ彼女を見るが、あくまでも無表情を貫いている。
だけど……彼女の拳はギュッと握りしめられていて、震えているようにも見える。火災の犠牲者の遺体が並べられている場所をちょっとだけゆっくり歩き、そして通過する。
何事もなかったかのように。
そして、アイラの家に着く。
「なんだ?……アキラとミリア……こんな朝っぱらから……」
「アイラ……ナイフとノコギリ、もう作ってるよな? 何も言わず、ありったけ売ってくれ」
「おいおい……どうした突然……ま……何かあった……んだよな? これから刃物ギルドに加盟して商売始めようと思ってたんだが……」
これは昔、フィアの言っていた、刃物ギルドを通さない闇ルートってやつか。
今回は相場より高値で買い取る。闇ギルドにバレても睨まれることはない……と踏んだ。
急いでいるのを察したのか、それ以上の会話はせず、袋の中に刃物を突っ込み始めるアイラ。
彼との付き合いは三か月でまだまだ短いのだが、阿吽の呼吸ってやつか。
「今度こそ……じゃあな」
「おう」
言葉少なく、アイラと別れる。これで……彼は当分金には困らないだろう。
金銭的にはゼイル旅団からアイラへの援助であり、そして物資的にはアイラからゼイル旅団への援助となった。
買い物の帰り道。
静かになっているミリアの顔を見上げると、大粒の涙が零れている。
「メルビンは……いた?」
「うん……」
シャインビリッジの村を出て、ライジングサン号まで少しと言うところで、ミリアはしゃがみ込んでしまう、
顔を手で覆い、泣きじゃくる。
俺は彼女の肩に手を置いて……ただただ黙っていた。彼女の震えが伝わってくる。
どのくらいだろう。ずいぶん長い時間、泣いていた。
「……あのさ……村の人たちの反応……普通……ああなんだよね……」
少し落ち着いたミリアは真っ赤な目で俺を見る。
商人たちの引きつった顔、あとは火災現場にいた人たちのストレートな感想。
本人の前じゃ言えないが、俺だって日本でミリアを見たら同じ反応したかもしれない。
「でもさ……メルビン君……最初からアタシに普通に喋ってくれて……とっても嬉しかった」
オシャレに興味のあるミリアとゼイル旅団の服係メルビン。楽しそうに喋っていた。
お互いにかなりの好意を抱いていることは、俺にもわかった。
「滅多にいないのよ……二人目……かな」
ん?
二人目?
「ねぇ……キミは……いなくなったりしないよね?」
ミリアと初めて言葉をかわした時、俺が普通に礼を言ったら、ちょっと驚いた様子だった。
あれは今にして思えば、「普通に話してくれるの!?」っていうリアクションだったんだ。
俺の知らないところで、彼女の心には刺さっていた。
だからこそ、ラウル家に襲われて予断を許さない状況でも俺を助けてくれたんだ。
「俺は……特別な人間じゃない……弱いから。これからのヤバイ戦い……生き残れるかな……」
ホントはアイラみたいに離脱するのが賢いんだよな。
そもそも俺は、魔王にもカラーデーモンにも直接的な恨みなんてないから、戦う動機が弱い。
オレンジデーモンやレッドデーモン……一瞬なにかを間違えた瞬間に、たぶんエイトのように真っ二つにされる。
それは自分でもわかってる。
俺は日本では凡庸な人間だった。
世界を変えてやろうなんて野心は1ミリもなかった。なかったけど……
ひょっとしたら、この世界にもの凄いインパクトを与えることができるのではないかと思い始めている。
凡庸な人間が……だ。
急に「魔王を倒して世界を変える」という機会が転がって来ていて、「じゃ……じゃあ、やってみようかな」って思わず手を伸ばしている……それが今の俺。
弱気な俺のセリフを聞いたミリアは、ゴシゴシと目を拭う。
「絶対……アタシがアキラ君を守るよ……それと絶対、魔王は倒すよ。不幸をバラまくやつは……ほっとけないから!」
キリッとした表情に切り替え、俺を見る。
「アハハ……時間取らせちゃってゴメンね……情に流されちゃったよ。行こう!」
買い込んだ物資を積み込み、ライジングサン号は出発する。
ロノスト王国の特殊部隊より迅速に行動した結果、敵襲も無かった。
部屋の中はだいぶ綺麗になっている。
俺とミリアがいない間、きっとフィアが整理整頓してくれていたんだろう。移動しながら、買い出しの大きな袋の中身を取り出し始める。
あらためて、せっせと片づけをしているメンバーを見渡す。
ゼイル旅団の団長ニーナ、ゴールとサクは、普通に手を動かしてくれている。
マドリーナお嬢様は……やっぱりこういうのは苦手で、手際が極めて悪い。そしてミリアとパトリシアも……だ。
と、ここであらためて小窓の外を見る。
景色は動いている……ということは、ライジングサン号は動いている。
当たり前なんだけど……当たり前じゃない。
なぜなら部屋の中にパトリシアがいるからだ。
「え……パトリシア? ……なんで……」
「フィアさんが『ちょっと試しに引かせてくれ』って言うから……」
「フン……全く、おっそいわねぇ……パトリシアに任せりゃ良いのよ」
フィアへの憎まれ口は欠かさないミリア。
彼女もこの巨大馬車を引けるのか……まぁ、あの筋肉を持ってすれば可能か。
しばらくすると、ライジングサン号は停車する。
馬8頭引きが標準だから、そりゃフィアも疲れるか。
などと思って外を見てみると、緑色のヤツが10体ほどいるじゃないか。
「グリーンデーモン……戦闘準備に取り掛かってください」
ニーナが号令をかける。
「待って……フィアがどれほどのモンか……アタシは見たい」
ミリアがそれに待ったをかける。
「でも彼女はライジングサン号を引いて、疲れてるのでは?」
「これくらいで戦力になんないようじゃ、お荷物確定よ。フィア! 聞こえる? あいつら殺っちゃって!」
そんな無茶な。二人の相性が悪いのか、ミリアはフィアに当たりが強い。
「入団実技試験ってか? あたいに任せな」
フィアは承諾して、戦闘に巻き込まないように、ライジングサン号から離れていく。
「大丈夫かしら……10体もいたら囲まれますわ……パトリシアなら高速移動で囲まれないように戦えますが……」
マドリーナは心配する。
他のメンバーも同感だったらしく、外の様子を固唾をのんで見守っている。
さて、戦闘だ。
軽い足取りでグリーンデーモンの塊に近づいていくと、間合いをはかって大ジャンプ。
「うそ……何あの跳躍力……」
ミリアが驚愕する。
身長も体重もほぼ一緒に見える両者。自分の跳躍を把握しているからこそ、はるか上空を跳んだフィアに対して驚きの声をあげたのだろう。
自由落下したフィアはグリーンデーモンの脳天に着地。
グシャ!
頭は当たり前のように潰され、全身が縦方向に縮む。
すさまじい質量攻撃だ。さらに……踏みつぶした瞬間、次の跳躍で真上に跳ぶフィア。
俺は日本にいた時にやっていた格闘ゲームを思い出す。
ピョンピョン跳んでるのだが、そういう相手にはゲームだと「対空技」なんてものがあり、それで迎撃する。
だが、現実の世界でここまで上空から攻撃できる人間などそうはいない。
攻撃してくる者がいないわけだから、その対抗手段の「対空技」なんてものも会得してないわけで……よしんば迎え撃ったところで、落下のパワーってのは質量と重力加速度の掛け算であり、フィアも体積にしたら俺の八倍くらいあるから抵抗は無理。
「アイツ……ホントに人間か?」
ゴールが呆れて感想を述べる。
「これじゃあ囲まれる心配もないですわね……」
マドリーナは感心した様子で呟く。
はるか上空からの踏みつぶし。それを実行すること10回。
グリーンデーモンたちはフィアを視認して、彼女を攻撃しようと見上げるものの……なす術がなく、魔導石と化していた。
「まー……今はこんなモンだな……」
戦闘を終わらせたフィアは魔導石を10個拾い集めると御者席に戻り、フロントの窓越しに言う。
旅団メンバーの反応も様々だ。
「凄い……フィアさん凄いっ!」
パトリシアは純粋に感動し、拍手を送る。
ニーナ、ゴール、サクの「普通の人間勢」は度肝を抜かれて呆然としている。
ミリアは苦虫を噛み潰したような顔をしていて、マドリーナは口元に笑みを浮かべている。
俺はそもそもフィアの空中殺法の事は知ってたし、イノシシやらブルーデーモンやらの末路もこの目で見てきたので、何の感想も抱かない。強いて言えば、「多少疲れてても全然関係なかったな」くらいだ。
フィアはリア側に回ると、ドアを開けて入ってくる。
「換金することはしばらくないかも知んねーけどな……あればあったで役に立つかもな」
そう言いながら、袋に魔導石を入れる。
「ほんで……入団試験の結果はどーよ?」
シレッとした様子で聞いてくるフィア。
その答えは……
「不合格よ」
「合格ですわ」
同時に声をあげるミリアとマドリーナ。
主従関係を持つ二人の答えは、真逆だった。




