第03話:温室育ち
「ちょっと、やりすぎちゃったかなぁ……食べるとこが減っちゃったぁ……」
テヘっと舌を出すミリア。
昨日、紫のヤツをぶん殴った時も、凄まじい攻撃力だった。スタンデルの住人は日本の常識じゃ計れない運動能力……というか怪力なんだな。
ま……まぁそんなこともあるか。
それが異世界ってヤツだ。
唖然とする俺を見て、無邪気に微笑むミリア。
「やっぱり野菜以外も食べたいよね?」
そう言いながら、仕留めた鹿を真っ二つに素手で引き裂いて、川の水でゆすぐ。ゆったりとしたパジャマ越しでも筋肉隆々なのはわかるけど、ちょっと強すぎないか……? 目の前に広がるグロ映像だが、彼女のパワーのほうにびっくりしすぎて気にならない。
一通り、血を洗い流すと右手は頭を鷲掴み、左手は後足を掴んで持ち運ぶ。
俺は枯れ木を集めて持ち帰る。
「お肉食べたら元気出るよねー?」
二人で歩きながら、ミリアが話しかけてくる。
「そ……そんなもんかな?」
快活な彼女。日本では関わってこなかった系統の人物だ。陽の気ってヤツに押されてしまう。
「ご飯さえ食べてれば……生きてれば……未来は変わる気がするの」
「なに言ってるの?」
「アキラ君……家族を失ったばかりなんでしょ? すぐ元気ってワケにはいかないと思うけどさ……美味しいもの食べたり、アタシの可愛い顔を見てればちょっとずつ効くわよ~」
「自分で可愛いって言うなよ……」
「さっきキミが言ってくれたジャン!」
俺は家族のことは極力サラッと伝えたつもりだったけど……ミリアは気にしてくれてたのか……。
他人が初めて俺に寄り添ってくれた……出会ったばかりだけど彼女の気持ちに嬉しくなってしまった。
ねぐらに到着すると、マドリーナは起きていた。
「おはよー。今日はお肉を調達したわ」
「なかなか気が利きますわね。シェフの料理っていうわけにはいかないけど、野生味たっぷりなのも悪くないですわ」
野生児のような生活に順応し始めるお嬢様。
昨日の要領で俺はライターで枯れ木に着火し、そして肉を焼き始める。ミリアはポケットからナイフを出し、焼けたところから削って取り分ける。ほうほう……これが噂の、土に対して魔法をかけて作ったナイフか……
「ちょっと脆いからさ……あんまり固いモノは切れないの」
「鉄製なら、そんなことないんだけどな」
「キミの住んでたところ……贅沢なんだね」
最初はたわいもない会話。
ある程度、食事が進んだところで、マドリーナが切り出してくる。
「アキラ…………アナタがつらい目にあったのを聞いて……ちょっとだけ心が癒やされましたわ」
伏し目がちに言う。
正直ちょっとだけ察しがついていた。名門貴族のお嬢様がパジャマ姿で、そして街を出て急いで離れる状況。しきりに後ろを振り返り、追っ手が来ていないかの確認もしていた。
「襲われたんだよな?」
「ええ……察しが良いこと。ラウルの連中に仕掛けられましたわ」
下を向くマドリーナ。真っ黒で艶やかな髪が目元を隠す。
昨日の未明。
フェルナンド家は襲撃に遭い、マドリーナとミリアは命からがら街を突破し、ひたすら逃亡の末、今、俺と山中にいる。
敵に囲まれ、もうダメかと思ったが、ミリアの身体が光を放ち、とんでもない戦闘力で血路を切り開いたとのことだ。
「アタシ、怒りでヒートアップするクチなの……」
一時的にパワーアップする狂戦士ってやつか?
「魔法ってやつ? ……でもミリアは魔法は使えないんだよね?」
「ええ。ヒートアップするのは魔法とはちょっと違うみたい」
「昨日、なんか声を聞いてたみたいだけど、それも違うの?」
「うん。アタシは植物の声も聞けるんだ。昨日は食べられるものの声を聞いてたの。魔法はなんだかよくわからない呪文を唱えて、力を発揮するから、それとは違うわ」
うわー。
いかにもファンタジーって感じ。魔法以外にも「別系統の何か」があるってことか。当たり前だけどそんな超能力、日本で持ってるやつはいない。
「しばらくはミリアに頼りっぱなしになりそうね。山中で食べ物を探すのは、ワタクシにはできませんもの」
「街には……行けないわよね……」
「ええ。ワタクシたちが生きていること、ラウルの連中も把握しています。完全にお尋ね者ですわ」
唇を噛んで、悔しさを滲ませる。
「マドリーナ……この先どうしよっか?」
「二択になりそうですわ。ひとつは山にひたすら籠ること。ひとつは旅商人の類のお世話になること」
「山に籠るのも限界があるわよね。今は春だから良いけど、冬を簡単に越せるとは思えないわ」
「旅商人の案はフェルナンド派であれば匿ってくれるでしょうけど、ラウル派だったら即捕まりますわ。中立の商人だったとしてもワタクシたちに懸けられた賞金目当てで寝返りかねない……」
今や彼女たちは、ロノスト王国から目をつけられている。
容易なことでは事態は打開しない。
「その……なんとかって街に行ってさ、ラウルの大将をやっつけるってのは……」
何言い出したんだろう……俺は。
家族が突然いなくなったという同じ状況を持つ人物が、俺の気を軽くしたのか? 今、気持ちは完全にミリアやマドリーナに味方したい思いでいっぱいだ。
「なーに言ってんの? アキラ君、昨日、魔法について教えたよね? アタシたち拳士は、魔法使われると弱いのよ。そりゃ1対1なら、魔法の発動前に仕留めることができるかもしれない。でも今回は大人数相手だから、一発二発はもらっちゃう」
「麻痺だの眠りだの……なかなか魔導士相手は厄介なのですわ」
昼間の鹿を仕留めた戦闘力を目の当たりにして、期待を込めて提案したが即却下。
そうだよな……漫画の世界じゃあるまいし、一騎当千なんて夢物語だ。
「じゃあ手詰まりだよなぁ……」
「今は機を伺うことしかできませんわ。でも……いずれお父様の無念は、必ず晴らします。それに……」
マドリーナは顔を上げて、俺をじっと見つめて少しだけ微笑む。
「わずか1日でフェルナンドの支持者が1人現れたんですもの。100日もすれば…………100人……」
そこまで言って、後半は声が掠れる。
完全に空元気なのは、俺にもわかった。
これまでは滑舌良く聞き取りやすい声だったのに、今はボロボロだ。
悔しさか? それとも何かを思い出したのか?
ツーっと頬を伝う涙。それ以上の言葉は無い。
まともに彼女の素直な感情をぶつけられ、俺も心を揺さぶられる。
俺はバスの事故で家族を亡くしたが、運転手も亡くなっていて、特段誰かを恨んだりはしていない。
一方のマドリーナは、明確に敵によって家族を殺られている。
恨む相手がいるか否か……どっちが気が楽かなんてことはなく、両方苦しい。
もし仮に俺の職場の同僚がうちの家族全員を殺した……なんてことになれば、そいつを絶対許さない。
そして、ぶち殺してやりたい。
なんだけど、それが実現できない状態。誰も俺の気持ちなんてわからないと一日前は思ってたけど、今は目の前の女に寄り添おうとしている。
後半で重苦しい空気になった朝食は終わり、いったん、これからの山中の生活を整える活動に入る。木を集めたり、余った鹿の肉を干してみたり、木を組んで寝床を工夫してみたり……
元はといえば貴族様とその従者で、不自由のない生活をしていた彼女たち。サバイバル経験なんて無いハズなのだが、地頭が良いというか、機転が利くというか、山に順応して活動している。
身体を動かしていると、多少は気がまぎれる。
俺も家族を失った直後、呆然自失だったが、葬儀の準備をしてる時は忙しさで気がまぎれたことを思い出す。マドリーナは今、同じ状態なのかもしれない。
※※※
「今後に備えてさ、魔導石も集めない?」
三日目の朝を迎え、イモやら葉っぱやらを食べながらミリアが言う。
「良いですが、アキラはどうするの? ここに留守番というのも危険ですわ」
「マドウセキ?」
まーた聞きなれない単語が飛び出し、覚えなきゃいけない。
「アキラ君と初めて出会った時にさ、パープルデーモンに捕まってたでしょ? ああいうのを倒すと魔導石になるのよ」
あれか。光る石。
生まれて初めて見た殺人の現場。えーっと……「ぱーぷるでーもん」なる単語が出てきたから、殺「人」じゃあないのか?
「あー……魔王のことも教えてなかったっけ……スタンデルには魔王ってのがいて……そんでその魔王の手下がカラーデーモンってやつなの」
「ワタクシも本当かは知りませんが、魔王の居住地周辺には強力なレッドデーモンやらオレンジデーモンがいて、そして魔王の居住地から遠く離れたセンターシティにはパープルデーモンが出ますわ」
日本じゃ地震や台風が災害として襲ってくるけど、この世界ではカラーデーモンの襲撃ってのが該当するのかな?
「センターシティってのはさ、出会った時、指さしたほうの街……ロノスト王国の首都よ。スタンデル島の最東端」
「つまりそのカラーデーモンとかいうのと戦って、倒すと魔導石になるから、それを集めるってこと? なんでまた……」
「魔導石が売れるからよ。今はお金を使わない生活だけど、いつ何があるかわからないじゃない? 少しでも可能性を広げていこうって話よ」
それってつまり……戦闘ってやつか? 下手したら俺死ぬんじゃないか?
「なーに? 怖いの? うふふ……だいじょーぶだって。アタシは戦闘のプロなんだから」
顔が青くなったのを見て、ミリアが笑う。左の握り拳で胸を叩く仕草を見せながら。
「俺、ケンカなんて近年やったことないよ……」
「ケンカじゃなくて殺し合いだってば」
余計やったことないよ。
「アナタ余程平和なところにいたのね。温室育ちですわ」
お嬢様から言われたら世話ない。
確かに平和な国だったよな、日本。
「俺……留守番じゃダメ?」
「ここにカラーデーモンが来ないとでも思ってるわけ? アタシたちがいない時に遭遇したら……死ぬわよ? 頭の中身、お花畑ジャン……」
呆れて言うミリア。
わかった。
これは選択の余地はない。
俺…………この島で生き延びられるのかな?




