第02話:可愛いミリアの岩投げ
そっと地に降ろされた俺は、命乞いをしようと思うが……
仏頂面のマドリーナが近づき、そしてしゃがんで背を向ける。
「ホラッ早く!」
ん? これはおぶってくれるってことか?
「マドリーナ……」
安堵した声色で呟くように言うミリア。
俺は広大なマドリーナの背中に抱きつく。
スクッと俺をおぶって立ち上がり、また早歩きし始める。日本の常識で言うと全然女性らしくない、ゴツゴツの背筋群がパジャマ越しでもわかる。そんでミリアと比べても硬い。鎧でも着てるんか!?
そしておぶられたことで一層視点が高くなり、彼女たちのデカ女ぶりを感じる。
しばらくすると一言。
「言い忘れていましたが……アナタ、今からワタクシのシモベですわ! 運び賃です」
「う……うん。わかった……」
承諾するしか俺に選択肢は無い。嫌だと言えば、ただ降ろされるだけなのだ。
右も左もわからない、この世界に。
承諾したってことはやっぱり俺、生きながらえたいのか?
なぜ?
人の優しさに触れたから?
物言いは高飛車お嬢様といった感じのマドリーナだが、俺はこの女がそんなに悪人には見えなかった。何かの事情があって急いでいて、その邪魔をしてる俺を見捨てないのだから……
それから沈黙が続く。
二人とも真顔というか、どっちかというと悲しみ寄りの表情をしていて、その空気を読むととてもじゃないが話しかけられない。
日が昇り、そして日が落ちる前の夕方といった時間か。時計を見ると12時間が経過している。
12時間?
ミリアは俺を抱えてものの1時間でスタミナ切れを起こした。対して、マドリーナは残り11時間、俺をおぶった状態にもかかわらず、ハイペースで歩き続けた。彼女から伝わる筋肉の動きも呼吸も完全に一定で、バテた様子は一切ない。
とんでもない持久力だ。
昼頃、遠くのほうに見えた山……そこに到着して、さらに突入。半日前までいた日本の……あの渓谷の橋の上の空気と、同じ冷たい風を感じる。
山に入ったところで俺は降ろされ、そして彼女たちは何かを捜索する。
数分後、洞穴と言うか浅い窪みと言うか、そんな地点を発見する。
「今日はここで眠れそうだね……」
「食料をなんとかしなければいけませんわ……」
何かから逃れ、そして山中に一泊と言ったところか。
「アタシに任せて」
ミリアは両手をグッと握って得意げに言うと、目をつぶる。
何かの「声」を聴いているのか、耳に手をあてている。
「こっち……」
スタスタとまっすぐ歩くと、何かのツルを発見する。そのツルを引っ張るとイモ科の何かが出てくる。
「アナタの能力、この状況なら役立ちますわね」
いきなり超人的な能力をみせつけられる。
ここで、俺はファンタジーな世界にいることを確信した。地球の反対側ブラジルの秘境とかそういう次元じゃない。
異世界だ。
みんなでっかい巨人の世界。
「生だとちょっと厳しいかな……」
ミリアはイモを見ながら呟いた。
よし!!
来た。
俺の出番だ。助けてもらいっぱなしは気が引けていたとこだ。
「枯れ木を集めよう」
「そんな事言っても、火はどうするんですの?」
「いいから俺を信じてくれ。燃えるモノを集めよう」
「シモベの分際で、ワタクシに命令してるつもり?」
ジロっと見るマドリーナ。
ヤヤつり目で大きめの瞳。
おっかないといえばおっかないけど、本当に怖い人だったら容赦なく殺人パンチが飛んできてるハズ。ここは巨人の世界……目の前のコも、この世界ではきっと普通の人なんだ。
そう言い聞かせる。
「焼かないとダメだと思うから、どのみち必要だよ。アタシ集めてくる」
「ふぅ……仕方ありませんわね」
ブツブツ言いながらも行動に移すマドリーナ。
結局、二人は枯れ木を集めてきた。
俺は俺で着火用のクズっぽいものを拾い集めて用意する。
「それでこの後、どうするつもりですの?」
「こうするのさ」
正直、日本では喫煙者のメリットなんてほとんどない。
だが、この異世界においては喫煙者……というか、ライターにはとんでもない価値がある。
シュボ!
「えーーーーー!? ま……魔法!?」
火を一瞬で起こし、クズに引火し、やがて枯れ木に燃え移っていく。
「アナタ……何者ですの!?」
メチャクチャ良いリアクションの二人。
「俺、全然違う世界から来たんだ……」
このセリフ。
本来なら「何言ってんだこいつ」で終了のハズ。
なのだが、ライターの説得力がハンパじゃなかった。
モグモグ……
三人で芋を食べている。
12時間歩き通しだった二人は、さぞお腹が減っていたのだろう。いい食べっぷりだ。
食事は緊迫した逃走劇からの解放に、一役買っていた。
「で……キミは二ホンってところから来たのね?」
ミリアの声はかなり柔らかくなっている。本来の彼女の佇まいはこっちなんだろう。
「ああ……」
俺はここに来る直前の状態から、かいつまんで話をした。
家族全員を突然失い、生きる気力を失って投身自殺したこと。
気が付いたら、この世界にいたこと。
火を起こしたものはライターという道具で、日本では一般的なものだということ。
「…………ホントに信じられないけど……信じるしかないみたいね。じゃあアキラ君、キミにこっちの世界をちょっと教えてあげるね」
まずは今いるこの土地は、スタンデル島と言う名前だそうな。
この島を治めているのは、ロノスト王国。
そのロノスト王国の国王であるロノスト二世は、偉大な魔導士とのことで200年だか300年だか支配を続けているとか。
「キミたちは寿命がないの?」
「ううん。そんなこと無いよ。偉大なる国王だけ」
いやぁ……そうとは言え、俺には受け入れられない話……なんだが、ミリアがあえてホラ話を俺に聞かせる理由も無いので呑み込むこととする。
その偉大なる王を支えているのがフェルナンド家とラウル家だそうで、目の前にいるマドリーナはフェルナンド家のお嬢様。
うーん……源氏と平家が天皇を支えてる感じ?
俺は高校時代あたりで習った日本の歴史に当てはめて、情報を咀嚼する。
「ってことはマドリーナは騎士様……みたいな感じ?」
「騎士?」
「いや……鉄製の鎧と鉄の剣なんか持っちゃってさ。……んで、戦うっていう……」
ファンタジーを舞台にしたゲームや漫画は嗜んできたので、その辺の知識をぶつけてみる。
「て……鉄の剣ですって!?」
「きゃははは! アキラ君って、ホントに面白い事言い出すのねぇ……」
吹き出すミリア。なんか俺、面白いこと言ったか?
だが、その後の説明を聞くと、この世界にも鉄は存在するが、とてつもなく貴重なものなんだそうな。なので、俺がさっき言った「鉄製の鎧と鉄の剣」なんつーもんは日本で言ったら、ダイヤモンドで鎧と剣を作るような感覚……のようだ。
代わりに魔法が全盛であり、土からナイフやら服やらレンガやらを生み出しているんだとか。鉄のナイフなんて貴重過ぎて、代わりに土でできた物を刃物としている。
うーん……セラミック文化ってやつ?
ただ俺が知ってるセラミックナイフというレベルでは到底なく、硬度は鉄と比べるとかなり落ちる。
なので武器としては使い物にならない……と。
服も土からできてるなんて不思議だけど、こっちは石油からナイロンを作ってるんだから、おあいこか……
俺の知ってる日本での「有機化合物」が、ほぼ土を原料として魔法で錬成されている……そんなところだろうか。
「で、アタシとマドリーナは拳士っていうのをやってるの」
俺が知ってるファンタジー作品のいわゆる戦士職にあたるのが、素手戦闘を主とする拳士ってことみたいだ。
先の通り、武器ってものが無いのでそうなるか……
また、魔法を使える者は全人口のおおよそ60%程度。使えない者は残りの40%。
魔法を使える者のうち、戦闘向きの魔法を使える人間を「魔導士」と呼び、そうでない人間は「市民魔法使い」と呼称している。
魔法を使えないものについては、ミリアやマドリーナのように「拳士」になるか、ただの「市民」に区分けされる。
いやぁ……まだ魔法は見てないけど、いよいよ俺はファンタジーの世界に入ってしまったようだ。もっとここでいろんな体験をしてみたい。自然とそんな感情が湧き出てくる。
かなりの長話になってしまった。
食事が終わった段階でもう暗くなってしまっていたが、もう夜は更けている。
寒い……
昼の気温から察するに、日本で言ったら冬の終わりの3月、または晩秋の11月といった感覚だ。
日本では4月1日であり、俺の日本での最後の格好はジャンパー……しかも厚手のものだったので、ギリギリ眠ることはできそうだ。
浅い窪みに葉っぱを敷き詰めたベッドもどき。
「夜はワタクシが見てますわ」
「ありがとっ」
ん?
シレッと言ったけど、マドリーナが夜の見張り?
いやいや……俺をおぶって11時間は歩いたんだぞ?
そんなことが……
「あ……アキラ君、マドリーナの事なら心配しないでね。体力オバケだから……」
「ま、シモベの安全を守るのも、ワタクシの使命ですからね……野生動物に襲われると厄介ですわ……」
いわゆるショートスリーパーってやつか。少しだけ寝れば元気っていうタイプらしい。
ミリアは部下なんだけど、全然遠慮はせずに寝転がる。
えっと……?
「アキラ君、来なよ」
シレッと言うミリア。
手を伸ばして俺を捕まえると、ミリアはそのままぬいぐるみのごとく抱きしめる。
う……全然抵抗できん。
なんつー怪力だ。
「寒いでしょ? 人肌であっためないと……」
「う……」
確かに肌寒いから良いけど……ドギマギしてくる。
大きい、ちょっとタレ目の瞳。
顔が近い。
メチャクチャボリューミーなミリアの身体が密着してる。パジャマ越しにも伝わって来る体の凹凸。鎖骨から大きく隆起した胸へと続く筋肉のラインが、ハッキリ見える
こ……こんなんで寝られるか……顔が熱くなってくる。
「キミ、カッコイイ服着てるね…………オシャレだよ」
「え?」
さらにポソッと囁いてきたこの一言が、俺にとってかなりの破壊力を持っていた。
密着状態でドキドキしてる状態からの誉め言葉。
ミリアはただ単に俺の服の感想を述べただけだろう。俺の容姿は凡庸だし、お互い性格なんてまだ深くは知らない。
だから、顔やら性格やら褒められても社交辞令としか思えない。
なんだけど、服はこの異世界では異質のデザインのはずで、真実の誉め言葉。恥ずかしながら、俺は他人から褒められるってことに慣れていない。
なので、なんてことの無い言葉だったけど、一気に俺はテンションが上がってしまった。とことんコミュ弱だな。
う……ヤバい。
女の子にこんなこと言われたら……
思い切り動揺する。
だが、当のミリアは目を瞑ると、即刻、寝息を立て始める。
つ……疲れてるから、しょうがないよな……
いろんなことがありすぎた。
俺も心が落ち着いたところで、眠りについた。
翌朝。
温さに包まれて爆睡していた俺だが、気持ち良く目覚める。
視界がピンク色だ。
あれ?
昨日は、水色の景色に包まれて眠りに落ちたと思ったが……
「あ……おはよー!」
ミリアの快活な声がする。
……ってことは?
スースーと寝息を立てて寝ているのは褐色肌じゃなくて、白玉のような肌のマドリーナ。色は白玉だけど、肌はかったい。おぶってもらったときに経験済みだが。
「さっき交代したんだ」
さっき!?
ほぼ寝ずに夜の見張りをしてくれてたのか……
なんかつんけんしてて偉そう……というか実際偉いんだろうけど、かなりいい人なんじゃないかと思う。
そっと起こさないように、マドリーナのハグから脱出する。
「食料調達に行こっか!」
昨日の深刻な表情から比べると、かなり柔らかい表情を見せてくれる。
立ち上がり、あらためて立ち姿のミリアを見る。
俺の視線だと彼女のお腹付近だ。
昨日、異世界……魔法が存在するビッグサイズの世界に来た、と完全に理解した俺は思う。相手のデカさにいちいちビビらず、普通に接するのが最適なのではないか? と。
「よし、行こうぜミリア」
メチャクチャ気安く呼ぶ。
コレはちょっとした俺の賭けでもあった。昨日、服を褒められたことで気が大きくなったんだと思う。
元の世界……日本に戻る術はおそらくあるまい。
そうであれば、このスタンデルで友人を作って生き延びるほかない。友人……この二人はなってくれるのかな? ドキドキする。
「行こ、行こっ! しゅっぱーつ」
一世一代の賭けに勝つ。
良かった。変な反応じゃない。
出会って二日目の状態で馴れ馴れしく声をかけたけど、フレンドリーに返してくれた。
拳を握ってエイエイオーッ! と明るくポーズをしながら。
なんだか前向きになっている自分に驚きながら、ミリアとねぐらを離れる。
初めてのまともな友人候補が、まさか異世界の住人とはね……
「ねぇアキラ君……キミはアタシが怖くないの?」
山を散策しながら聞いてくる。
「いや……優しいし、可愛いし、全然怖くない」
お世辞じゃなく、素直な感想。見ず知らずの謎の男をここまで助けてくれるのは、なかなかいない。
あと、確かに日本だったら大女で敬遠されるかもしれないが、この世界の標準サイズだと考えれば、顔は童顔で可愛い。
「…………」
沈黙するミリア。
健康的な褐色肌だけど、それでも顔が赤くなっているのがわかる。
「嬉しいっ!」
初めて見る満面の笑顔。喜怒哀楽のうち、「喜」は初めて見るので、こちらもホッとする。
なんか……良いな。
そういえば俺……日本でここまで可愛いコから笑顔を向けられたこと……あったかな? 職場のプロジェクトチームは男ばっかで、こんな機会は皆無だった。
ご機嫌なミリアは、何やら石と言うか岩を手に取る。バスケットボールくらいの岩だ。相当な重量のハズだが、ボールを扱うかのごとく、右手のみで軽々と持っている。
「アキラ君、ここからはね……。しーー……だよ」
左手の人差し指を口元に寄せる。
さっきの笑顔で心を打ち抜かれた気がするけど、この仕草でまたクラクラくる。
彼女には人を惹き付ける魅力がある。身をかがめてソロソロと動き始めるミリア。我に返った俺もそれに倣う。
しばらくコソコソと歩いていくと……
やや遠目に川で水を飲む鹿の姿が。
ん? どういうことだ?
ゆっくりとした動作で岩を振りかぶり……
ブン!!
凄まじいスピードでブン投げる。放物線ではなく、レーザー光線のように一直線。
ゴッッッ!!
見事、鹿の胴体に命中。
そ……即死!?
打撲とかそんな生易しい傷ではなく、内臓バラまいてる……
猟銃でもそんなことにならないぞ? こえぇぇ……。




