第01話:巨人の世界に来た俺
今、俺(女鹿名 晶)は渓谷の橋の上にいる。
どんより曇った空、断崖絶壁。足が竦む高さ、そして上流の川の特徴でもある激流を眼下に望める。
小学校から高校まで、ずっと内向的で口下手だった俺はイジメにあった。
友人は一人もいない「ぼっち」だ。
大人になって、高卒ながらもシステムエンジニアとして働き始めても変わらない。飲み会に八人で行こうものなら、「四人、三人の会話のグループと孤立する俺」ですぐ見えない壁ができる。自分でも嫌になるコミュニケーション弱者。
頼りになったのは家族。
とくに年の離れた姉は勉強を教えてくれたし、相談にも乗ってくれた。
家族のサポートは大人になってからも続く。仕事で失敗して落ち込んでいても家族が皆、電話越しで励ましてくれた。
ふぅ…………
これまでの24年の人生を振り返りながら俺は一服する。
タバコを吸う気はなかったので、家から持ってこなかったがコンビニで新品のライター、そしてケントの1mmを買った。煙がゆらゆらと揺れる。
家族旅行。
3月も末日付近で、両親、姉と共に旅行の計画があった。俺ももちろん参加したかったけど、システムエンジニアっていうのはシステムの更改が年度末、つまり3月末頃にあって繁忙期。
残念だったけど行くのを断念した。
しかし……家族の参加したバスツアーのバスが大事故に巻き込まれ……そして俺は全てを失った。
俺を残し、家族は他界した。
完全なる孤独に絶望した。
人とはあまり、うまくやっていけなかった。
恋人?
もちろんいない。
親戚?
うちの親は一人っ子同士の結婚であり、叔父も叔母も、従兄弟もいない。
最後の気力を振り絞り、葬儀を済ませ、遺骨が今、実家にある。
一通りの行事が終わった時、イジメにめげず、激務のシステムエンジニアの仕事にもめげなかった俺だが、ぽっきりと心が折れた。
この先、人と関わることなく孤独に死んでいくだけだろう。
……一人ぼっちの自分自身への失望。
カジュアルシャツにジャンパーを羽織ってジーパン、スニーカーの格好。
この世の最後の姿だ。
心ゆくまで最後のタバコを吸い終えると、俺は吸い込まれるように身を投げた。
これで家族に再会できるのかな……
落下しながら、そう思っていると……肩に手を置かれる感覚。
これが死神の手なのか?
脳内に声も聞こえてくる。
「凄まじい絶望だな。実に美味であった。少々褒美をくれてやる」
※※※
俺の視界は暗くなり、そして明るくなった。
落下の感覚はもうなく、大の字に寝転がっていた。
「ここはどこだ?」
立ち上がって独り言を言う。
天国というやつか?
草原にところどころ木々が生えている。
天国というわりには何のことはない日本の田舎の原っぱにも見えてしまうが……
何が起きたのかはわからない。
身体の痛みはない。
さっきの声は一体……?
思考がまとまらない中、遠目から五つの人影が見える。
三人だとするならば、両親と姉……人数が合わない。天国を想定していた俺だったが、近づく姿を見て仰天する。
日本の自然界では決してお目にかかれない、全身が真紫の人間。
ツノも生えている。
コレ……もしかして、自殺した罰で俺は地獄に落ちたってやつか!?
呆然としている間にも、早歩きのスピードで五人の異形の人間が来る。ヤツらの形相は恐ろしく、一番イメージが近いのは、社会の教科書に載っていた金剛力士像だ。
俺の身長は172cmなのだが、それよりちょっと低い。165cmくらいか?
さっそく囲まれる。
ケンカか?
殴り合いなんて、平和な日本ではそうそう起きない。
小学校低学年の時に一回やったくらいだ。
抵抗するも、よってたかって紫のヤツは俺の身体を掴む。あっという間に腕や足首をギューッと握られる感覚。
自分よりは小さいけど、1対5なんて不利すぎるじゃないか……
ドゴォ!
と、次の瞬間、そのうちの一人の頭が無くなった!
「え?」
風を感じた。俺の近くを通過した「なにか」……
それを見ると誰かの腕じゃないか!
さらに視線を辿ると、そこにいたのは、水色のパジャマっぽい服を着た黒髪・褐色の女。
あまりの体験に呆然とする。
まず真紫の謎の人間型生物。
こんなの日本にはいない。
そして、初めて出くわした殺人現場。
平和な日本じゃなかなかお目にかかれない。
そうこうするうちに、水色のパジャマ女の他にもう一人、ピンクのパジャマ女もいたことに気付く。こっちは黒髪で白い肌。
あっという間に紫のヤツは頭やら胴体やらを吹っ飛ばされ、凄惨な……
ん? 凄惨?
やられた紫は姿を消し、そして光る石に化けてるじゃないか!?
もう、驚きっぱなし。
とどめには、その二人の女の大きさ。
水色パジャマ女は、俺より1mくらいデカいぞ!?
ピンクのほうもちょっと低いけど、やっぱりバカデカい。単純な背の高さだけでなく、肩幅も俺の四倍くらいある。
「た……助けてくれてありがとう」
まずはお礼だ。
日本人のDNAに刻まれているのか、思考停止した状態でも反射的に口をついて出る。
水色パジャマ女はちょっと驚いた様子だが、すぐ固い表情に戻る。
「ここは危ないから! すぐ街に戻って!」
そう言って、指をさす。
その方向を見るが、街らしきものは全然見えない。きっと遠いのだろう。
「ミリア、急ぎますわよ!」
もう一人のピンクパジャマが叫ぶ。
凛とした声で強い意志を感じる。
「待ってくれ! 俺はここがどこだか、わからないんだ!」
そう俺は叫び、慌てて大女たちの後をついていく。
なんだ?
夢でも見てるのか?
なんなんだ?
確かに数分前までは、俺は日本にいたハズなんだ。
それが、謎の紫の鬼みたいなヤツとバカデカ女がいる世界にワープしたのか?
助けてくれたのは大きい人間で、会話はできた。巨人の世界に来て、ここでは俺は小人ってことか?
追いかける。追いかけながらも俺は不思議に思う。
ついさっき、俺は自殺しなかったか?
そう。
もうすべてを諦めていた。
それがどうだ?
今、なぜか死なないために追いかけている。死ぬならその場に留まって、寝っ転がっていれば良いのだ。
なんで、生きようとしているんだ?
そんな自問自答を繰り返す。
刺激……
明らかに日本じゃ味わえない衝撃を受けた。衝撃の直後、先を見てみたい……そんな欲求か?
でも、それだけで生きる希望が見出せるのなら……自殺は早計だったよな。
そう思う。
転職でも良い、引っ越しでも良い、あるいは、もっとお手軽に海外旅行か?
何か、日本でも環境を変えれば、俺は気が変わったのか?
自殺する直前の人間に対して「早まるな!」と人は言うが、案外それは正しいのかもしれない。未知の世界に来た俺の感想がソレだ。
さて、10分もすると喫煙者の悲しさで、俺はへばる。
バカデカ女は早歩きなのだが一歩が大きい。俺からすると1500m走くらいのペース。
「待ってくれ! 置いていかないでくれ~~!」
我ながら情けないが、叫ぶ。
彼女たちは時折、後ろを振り返っていた。俺とは目が合わない。何かを確認し、そして急いでいる。
そこから言えることは何かに追われているのではないか? ということだ。
彼女たちはさぞ迷惑だろう。正体不明の、彼女たちからしたら小さい男を助けたら、勝手について来て、しかも勝手にお願いまでしてるのだから……
歩みの遅くなった俺を見ると、ミリアと呼ばれた水色パジャマは俺のほうに近寄ってくる。邪魔者は始末……とばかりにぶん殴られたら終わりなのだが、呼吸が限界だった俺はそんな恐怖心も無い。
ぜえぜえ言って、膝に手をついている俺に対し……
「しょうがないなぁ……」
ヒョイっとお姫様抱っこする。
俺の背中と脚に彼女の腕から伝わる体温……温もりを感じる。物理的な温もり以外も感じる。日本ではあまり経験のない温もり。
「余計な荷物抱えないで。ワタクシたちにそんな余裕はなくてよ!」
「だってマドリーナ……放っておけないジャン……」
マドリーナと呼ばれた女は、怒りにも似た表情をしている。よくよく見ると、目はちょっと涙目になっていて腫れぼったい。
「急ぎますわよ!」
それ以上は何も言わず、クルッと踵を返して、再び早歩きを開始する。
「ねぇ……キミ、名前は?」
チラッとこちらを見て、ミリアが聞いてくる。背中越しに伝わる尋常ではない腕の太さ……それにまったくマッチしない童顔。真っ黒で綺麗で大きな瞳と、丸みをおびた輪郭だ。
「女鹿名……女鹿名晶……」
「メガナ・アキラ? 変わった名前だね……アタシは……」
「ミリアっていうんだろう? あっちはマドリーナ……」
「気安く呼ばないでくださる!」
マドリーナがきっつい口調で言ってくる。
「……」
その後は沈黙が流れる。
切迫した事情が彼女たちには、きっとある。
名前を聞いてきたミリアも、決して朗らかな口調ではなかった。
長い沈黙。
彼女たちは早歩きで移動し続ける。
俺は日本で身を投げた時に腕時計をしていた。
チラッと時計を見ると一時間が経過している。
マドリーナはスタスタ変わらぬペースで歩いているが、ミリアは息が上がっている。息遣いの粗さがモロに俺にも伝わる。
「ミリア! 遅いですわよ!」
「ご……ごめん……ハァ……ハァ……」
そりゃそうだ……
俺の体重は最近そんなに計ってはいないけど、60キロ前後はある。何も枷のないマドリーナと比べて、ミリアは余計なものを持って移動してるのだ。
「その荷物……降ろしなさい」
命令口調のマドリーナ。見た目はかなり若いのに、声に威厳がある。
出会ってからのやりとりを見ていると、ご主人様とその従者……そんな関係に見える。
「ハァ……ハァ……だって……」
息が乱れながらも、ちょっと抵抗するミリア。
どうするか迷ってくれている……
「イイから降ろしなさい!」
逡巡しているミリアを一喝するマドリーナ。
いや……こんなところで放置されたら、あっという間にお陀仏だ……マジで勘弁してくれ。




