第20話:猛獣使い
俺は飛び降りる旨を伝え、そしてパトリシアはキャッチしてくれた。
「……いなかったんですね」
俺の表情を読み取って、結果を悟る。
「カラーデーモンに襲われたって言ったよな。実はさ……レッドデーモンに囲まれたんだ……」
「レッドデーモン!? それって魔王の近くにしか出ないっていう……」
「まぁこの話は俺とパトリシアの秘密にしておいてくれよ……」
全身の力が抜けていく。
シノに続き、フィアも失った……フィアはあそこで死ぬべきコじゃなかった……俺の意志の力が働いて不幸に巻き込まれた。
完全に恩を仇で返してしまった。
パトリシアの手前、情けないし……恥ずかしいけど涙が止まらない。彼女はひとしきり泣きじゃくる俺の横で、黙祷を捧げていた。
出会うことができなかった対マウスマウンの戦友に。
「これから……アキラさんはどうするんですか?」
帰り道。
しばらく沈黙していたパトリシアが口を開く。
「ああ……気を使わせてしまってゴメン。ゼイル旅団のみんなはさ……戦闘集団なんだろ? 俺は足手まといだからさ……ヒルビリッジに入って……何か仕事を見つけて……」
本当は今すぐにでも、ミリアとマドリーナに会いに行きたい。
そう思うが、それはちょっと戦闘訓練を積んでからだ。
ブルーデーモン一体相手に殺されかけるようでは話にならない。
ゼイル旅団はうってつけだと思うが、さっきのパトリシアの話を加味すると、恐らく彼らは西のグリーンデーモンを相手にしている。そんな集団に入っても迷惑をかけるだけだ。
「そうですか……」
しょぼんとするパトリシア。
それだけ言うと、帰路はそれ以上何も話さないまま、ヒルビリッジに到着した。
「あの……本当にお世話になりました」
ライジングサン号の中で、深々とゼイルさんに頭を下げる。
命を救ってもらい、食事もご馳走になり、そして心残りだったフィア捜しも手伝ってくれた。いくら感謝しても足りないくらいだ。
「アキラ君はこれから当てはあるのかい?」
ゼイルさんが聞いてくる。
「当てはないですが……ヒルビリッジで仕事を見つけて暮らそうかと……」
「そうか……では私からお願いがあるのだが……うちの旅団に入ってくれないか?」
突然の申し入れ。
「いやいや……ブルーデーモン一体なら勝てるかもしれませんが、その程度の実力じゃ俺は足手まといになるだけです」
そう告げる。
恩のある旅団に迷惑なんてかけられないと思ったからだ。
「うちは非戦闘員もいる。戦うことだけが全てじゃない。頼むよ……」
向こうから頭を下げられることになるとは……。
実はヒルビリッジでの仕事は点火屋くらいかなと思っていた。火龍波を利用して火をつける仕事。
だが、魔法使いもいて、ライバルは普通に多い。商売になるかは怪しかった。
戦わなくても良いというならばアリか……心が揺らぐが、ここで決定的なことを思いつく。
ミリアとマドリーナ……二人は「旅商人の類のお世話になる」ことを選択肢に入れていた。
ならば機を見て、二人をここの旅団に迎え入れることができれば、恩返しできるんじゃないか?
フィアには取り返しのつかないことをしてしまった。
せめてミリアとマドリーナには報いなきゃ……
「わかりました。微力ながら、お手伝いさせてください」
俺は承諾して、旅団入りが決定する。
正式に仲間入りした俺は、ライジングサン号の中を案内される。
進行方向をフロント、その逆方向をリアとする。フロントとリアで大きなレンガでできた荷台は真っ二つに分かれる。フロント側が女部屋、そしてリア側が男部屋。寝る時は男女分かれて寝ている。
フロント側に荷物置き場兼テーブル区画、リア側に炊事場があり、昼間は自由に行き来できることになっている。
今、俺がまさにゼイルさんから話を受けているのは、テーブル席でフロント側になる。
さて、正式に旅団入りしたわけだが、その様子を一部始終見ていたのが三人。いろんな人種が集まってる中、たまたまだろうが三人共金髪で青い目をしている。
「アキラ、よろしくね」
「よろしくー」
二人の女魔導士が声をかけてくる。
俺も頭を下げて挨拶。
一人は180cmくらいありそうなメアリー。
どうしても顔はフィアを連想させる組み合わせ……なんだが、ほっそりとしたモデル体型なので、そこまで重ね合わせはしない。あとは頬がげっそりとこけていて、ギョロついた目はフィアとは全く異なる。
「それにしても大役よね」
揚げたイモをムシャムシャと頬張りながら、そう話しかけてきたのは、もう一人の女魔導士マルガリータ。
こちらは俺より背が低く、恰幅が良いというか何と言うか……ストレートに言うと太っている。
顎の下に肉の層があり、脂肪が頬に乗り上げて目が細く、パッチリとした目のフィアとはこれまた違う。
「大役って……」
「パトリシアの世話するんでしょ? あんな気持ち悪いムッキムキの筋肉女相手にしなきゃならないなんて……気の毒ねぇ……」
「え? そうなんですか?」
パトリシアの世話?
そんな話は初耳だ。
「まぁ嫌だったら、メルビンに押し付けちゃえば良いわ」
結構、棘がある言い方……そう言って、クイッと顎を動かす。
その先には三人目のメルビン。
一通り俺はメンバーを見たが、彼が一番若く見える……というか幼い雰囲気を感じる。
市民魔法使いの男で、服作りのエキスパートとのことだ。
この人がゼイルさんの言っていた非戦闘員か。
「ま……僕は結構パトリシアさんのことそんな嫌じゃない……ですよ……」
「ね? 変わってるでしょ?」
なるほど……俺を除いて15人も男女がいれば、それぞれいろんな派閥というか交友関係ができあがるってものだ。
まずはパトリシアを気味悪がっているマルガリータ。
ほぼ同意の表情だったので、メアリーも同じ感じだろう。
ガリガリのメアリーに脂肪たっぷりのマルガリータ、そしてバキバキの筋肉女パトリシア。
この三人が交わることは一生ないんだろうな。
昨日の様子を見ると、食事を持っていくのを嫌がっていたレオも反パトリシアってとこか?
あとは正直、大男のカトランとパトリシアも相性は最悪だと予想できる。どう考えてもパワーファイター型のカトラン。三か月前までは多分旅団一の怪力だっただろう……でもパトリシアが入ったのであれば、その立場も一気に危うくなる。
良い気持ちではないはずだ。
一方、気が弱そうな男メルビン。
今のところ、唯一、パトリシアに好意的というところか?
うわぁ……敵が多いな、あのコ。
フィアの家に行く途中、ブルーデーモンに遭ったけど、彼女は軽くあしらっていた。
戦闘能力は恐らく、この旅団の中でも頭ひとつ抜けているだろう。戦力としては十分すぎる……ただし、人間関係はあまり良くない。
ポジション的にはサーカスにいるライオン的な扱いか? 飼いならされてるから大丈夫なはずなんだけど、一歩間違うと大惨事が起きるというか……。
パトリシアへの最初の挨拶、食事、そして一緒に探索。
それぞれ俺の行動は旅団内をザワつかせた。
ゼイルさんはパトリシアとうまくやれそうだから俺を「猛獣使い」としてスカウトしたのか……。
「あの……アキラ君……」
メルビンが話しかけてくる。
「キミの服、ボロボロだよね……今、手元にはシャインビリッジ産の土があるから……良かったら僕が服を新調するよ」
シャインビリッジ……か。
俺の聞き馴染みある単語といえば、フィアから聞いた「シャインビリッジの悲劇」だが……。
急にグリーンデーモンが襲ってきたという……。
そこからピンときたのは、俺とシノを襲った鉄砲水。もしかして……あの大河が洪水になった時、西から東に移動するカラーデーモンが行き場をなくすんじゃないか? 本来、東に移動して、ブルーデーモンに変化するはずのグリーンデーモンが移動できずに西側の村を襲ったら……。
「どう?」
「あ……ああ……お願いしようかな」
考え事をしてしまい、反応が遅れてしまった。
「よし……ちょっと待ってて……」
メルビンは荷物置き場にある袋を持ってくる。
敷物を敷いて、袋から土を取り出す。
俺にはその辺の土との違いが全くわからない。
「土ってそんなに違うの?」
「え?……まぁ素人にはわかんないかな……魔法のかかりが違うんだよねぇ……仕上がりが良いから高級品なんだ」
新入りの俺に高級品なんてありがたい話なんだけど、全くわからない。ごめん。
けど……俺に一つだけわかったのは、シャインビリッジというのは、シップビリッジと同じ感じの村ってことだ。
特産品がある村っていうのは、たとえ地理的に危険な西側であっても撤退することなく、その場で頑張って生活する……そういうことだ。
北の山に隣接する木材が特産品のシップビリッジ、そして、土が特産品の南に位置するシャインビリッジ。地方の人々の必死な生活によって、品質の良い木材と土を手に入れることができるってワケか。
「こういうので……どうかな?」
しばらくすると、メルビンが土から作った服を見せてくれる。
鮮やかな赤を基調としたゆったりとした服で、袖口や足首は絞られていて動きやすそうだ。
胸元には凝ったデザインの金色の模様が施されている。この模様は俺の知識で言うと、勾玉って表現するのが一番近いかな。
着てみると暖かさを確保しつつ、通気性も良い……不思議だ。日本で言うところの春モノなんだが、これは夏も冬も下手したらいけるぞ。
魔法の服……凄いな。
スタンデルの魔法テクノロジーを初体験して嬉しくなる。
「ありがとう。カッコ良くて気に入ったよ」
素直に感想を述べる。
だが余計なことまで考えてしまう。
目の前にいるメアリー、マルガリータ、メルビン……そして俺の服は全部イイ感じ。対して、パトリシアの服は地味な茶色一色。
昨日も感じたけど、明らかに浮いている。恐らく服を作る係は、目の前のメルビンなんだろう。
彼はパトリシアに好意的な態度だったのに。
これは学校でよくあるイジメの構造じゃないか?
大勢派がイジメを行うが、イジメをしたくない少数派もいる。少数派側は積極的にイジメに加担しないが、流されてしまい、被害を受けている人に寄り添えない。
そう俺は思った。
俺がゼイル旅団に助けられてから、三日目。
ヒルビリッジで物資の補給を終えた彼らは出発する。俺は、ライジングサン号の部屋の中にいる。
外でパトリシアが一人、人力でこの巨大な馬車を動かしている。
日本のテレビ番組の中で、バスを怪力男が引く……みたいなのを見たことがあるが、そのときの動き方とは全く違う。初動からスムーズに動いており、パトリシアのフルパワーの半分くらいの力で動いているといった印象だ。
あの大きさだから当然とはいえ……なんて足腰の強さだ……。
移動中あらためて、大男のカトランから話を聞く。
グリーンデーモンを討伐し、魔導石を稼いで、そのお金で装備や特産品を購入。村や街を移動して、物品の売買も行う。
こうして生活を成り立たせているようだ。
ここにいるのは皆、大事な人をカラーデーモンで失った人ばかり。
ゼイルさんは七年前から魔王を討伐するための同志を地味に集め続け、入れ替わりを挟みつつ、今の体制になってから五年。いつかカラーデーモンの親玉である魔王を倒して、無念を晴らすとのことだ。
うーん……ここでも引っかかるのは、パトリシア。
彼女は唯一、「闇ギルドマウスマウンに恨みのある人」だ。
この志の違いも影響してるんだな。
パトリシアの事情とは全然違うが、俺は小学校時代を思い出す。
入学式初日でクラスのヤツに意地悪をされ、俺は泣いて帰った。家族は優しく俺に接してくれて、家の温かさに浸りきった。
以降、友人なんていなくても、俺には家族がいる……そう思って、クラスメートには心を開かなかった。心を開かなかったことで、俺はイジメられ、ますます心を閉ざしていった。
いったんこじれた関係はずっと続く…………中学、高校まで…………。
パトリシアも最初の一歩をうまく踏み出せなかったのかな。
「で、今はどこを目指してるの?」
「スタンデル島の中央は、カラーデーモンがゾロゾロ行進している。大河を超えて西に行けば、グリーンデーモン。俺たちはそいつらを叩きに行く」
「東側で待ちかまえれば、ブルーデーモンになるんじゃないの?」
「そうだ。だけど俺たちの当面の目標は、イエローデーモンだ。雑魚相手じゃ強くなれねぇ……」
「なるほど……」
「そうだ、カトラン……アキラ君は戦闘が始まっても、ここで待機だ」
「わかったよ、ゼイルさん……ってことで、もういつ戦闘が始まってもおかしくねぇ。まぁ見といてくれや」
俺とカトランの話にゼイルさんが入ってきて、ここで会話が途切れた。
周りのメンバーも気を引き締めている。女性陣も含めて、歴戦の猛者という雰囲気だ。
この日は戦闘が発生せず、一日が経過した。
俺は朝昼晩とそれぞれパトリシアと一緒に食事をとり、彼女をねぎらう。
彼女はご飯を食べながら、楽しそうに笑う。会って初日はコミュニケーション弱者な印象を受けたが、そんなものはもう微塵も無い。旅団内に敵が多すぎて、萎縮してたってことか。
それどころか、心を許したのか甘えてくる。
「たくさん歩いて疲れちゃいました……マッサージしてくれたら……明日も私……頑張れると思うんです」
頭を可愛く傾けながら、俺の胴体の三倍くらいある脚を差し出してくる。
「わかったけど……力は抜いてくれよ……」
「ええ……アキラさんも頑張ってくださいね……」
どこまで効果があるのやら。
俺の貧弱な力だと思いっきり跳ね返されてるぞ……いやはや……名実ともにお世話係だな、こりゃ。




