第19話:布団が畳まれていない
物静かな女巨人、パトリシア。
「じゃあ……コレ」
半分ちぎって渡す彼女は嬉しそうだ。口の端が綺麗に上がり、整った白い歯をのぞかせている。
彼女はいつも一人で食事をしてる。
俺の直感だが、たぶん合ってる。
誰かと一緒に本当は食べたい。
そう思ってるんだろうな。
なので、一緒に食べようと思った。
俺は御者席に乗り込み、隣同士で食事する。
「ねぇ……三か月前は何か仕事してたの?」
当たり障りのない話題は難しいが、とりあえず前職を聞いてみる。
「林業……です。北西のシップビリッジってとこで……シップビリッジは他とは比べ物にならないくらい良質な木が伐れるんです」
西のほうか……
たぶんブルーデーモンじゃなくて、より強力なグリーンデーモンが出るんだろうな。
シノとのカラーデーモン観察を思い出す。
そして、人がその危ない場所に住むのには、それなりの理由がある。
それが、特産品の木ってことか。
「大木になると高値がつくんです。斧が脆くて切り倒すのが大変だから……」
「キミたちは魔法ってやつで土から刃物を作ってるんだろう?」
「よく知ってますね」
「俺のいた国では……鉄製の斧ってあってな……それでぶった切るんだぜ?」
「へぇぇ!?」
驚くパトリシア。
鉄が貴重って話は、ミリアから聞いている。
代わりに土から刃物を作っているものの強度不足が否めない。
ホントは日本ではチェーンソーで切ってるんだけど、これは説明がややこしいので、いったん鉄斧だ。
「鉄の斧があったら便利ですよね……私は……蹴り倒してます」
「ふぇ~~それは凄いねぇ」
コレは俺の本心ではなかった……たぶん、それくらいはやるだろうな。
ていうか俺はこのコは、木を引っこ抜くかと思ったくらいだ。
「私……足が人より速いんですけど……蹴るのも実は恥ずかしながら得意で……」
モジモジしながら言う。
両手の人差し指同士をクルクル回してる。
「すごい脚してるもんね……」
ポンポンと脚を服越しに軽く触れてみる……そして、案の定、鋼鉄の脚だ……
「え…………あの……恥ずかしいです……太くて……」
「働き者ってことだよ。あんな大きいライジングサン号も普段から引いてるんだったら、そりゃ太くなるって。良いじゃないか」
「そんなこと言ってくれる人……アキラさんが初めてです……ちょっと自信つきました。村で大木を伐れるの……私だけだったんですよ」
声のトーンがパァーッと明るくなる。
その後は俺の番ってことで、俺は自分の前職システムエンジニアの話をするのだが……
さすがに電気もない世界で説明するのは難しかった。一応、俺が頭脳労働者ということだけは理解してもらえた。
しばらく喋った後、ライジングサン号に戻ると、レオが声をかけてくる。
「い……生きてたかぁ……なんか俺、悪いこと頼んじまったかなと思って……心配してたんだ」
レオは顔を引きつらせ、少し戸惑ったように言った。
彼の感覚だと猛獣に餌やりに行かせた……そして喰われたかもしれない……そう思ったんだろう。
俺の印象だと、パトリシアは温厚そのものなんだがな。
ていうか、これまで会った女巨人全員、粗暴さはなくて理性的寄りなんだが、絶対、体型で損している。
「いや……パトリシアと一緒に食べてただけなんで……」
「あら……アナタの分も一つあるのよ?」
ニーナが俺にハンバーガーもどきを差し出す。
「ありがとう……実は朝から何も食べてなくて腹ペコだから……一つ貰います」
そう言って、室内でも食べる。
食べていると旅団のメンバーの会話も聞こえてくる。
どうやら物資の補給のため、村に立ち寄る用事があり、ココに今いるとの事だが……
ちょっと予想はしていたものの、なんと村の名前はヒルビリッジだ。
ここに来て、俺には絶対やらなければならないことがあった。
「俺、一つゼイルさんにお願いがあるんですけど……ここまで良くしてもらっていて、さらにお願いなんて図々しいかと思いますが……」
食べながら旅団の長、ゼイルさんに言う。
「なんだ?」
「明日の午前中……パトリシアをお借りしたいなと思ってまして……」
「ん? あいつを……か?」
ちょっとザワつく室内。
「ここ……ヒルビリッジっていうとこですよね? 実は俺……世話になった人がいて……でも、はぐれてしまったんです。ヒルビリッジの近くに住んでいるから、そこに行きたくて……」
「はぐれた?」
「カラーデーモンに襲われてしまって……」
ここはちょっとはぐらかした。
レッドデーモンにやられたと言った場合、俺が生きてるわけだから、実力以上に評価が上がってしまう。
「その人は、この近くの山中で暮らしてまして……」
「護衛にパトリシアを貸して欲しいってことか」
「そうなんです」
言い切る。
実は、フィアの家に入るには巨人級の背の高さが必要なんだが、それについては面倒なので割愛することにした。
「ここに二、三日滞在する予定でな。特に今、我々はパトリシアの力は必要ないから問題ない。気をつけて行ってくれ」
良かった。快諾だ。
翌日、俺はパトリシアに同行を求め、彼女も快諾してくれた。
朝食を二人で食べ、わりと軽装での出発となった。
なにせ道は覚えている。
それに加えて近いことも知っている。
と、ここで思いっきり油断していたのだが、ちょっと山中に入ったところでブルーデーモン一体に出くわす。
「アキラさん……下がっててください」
ズイッと前に出る。
「パトリシア……前衛……維持できるか?」
「え……良いです……けど」
ちょっと不思議そうな顔をするが、キッと表情を引き締め、前方に視線を送る。
俺たちを発見したブルーデーモンは即刻、近づいてくる。
パトリシアは攻撃はせず、脚を巧みに使って、引っ掻き攻撃をいなしている。
この状態で……俺は『氣』を溜める。
ピンポン玉くらいの大きさまで光の玉ができ……そして放つ!
パトリシアが純粋に目標になってくれてるおかげで、随分当てやすい状況だったが、俺の火龍波はブルーデーモンの頭に直撃し、そして一発でヤツは倒れる。
あっという間に魔導石と化した。
「え!?」
「え!?」
俺たち二人は同じことを言ってしまう。
まずは俺。
俺は前日、ブルーデーモンを直接ぶん殴ったが、貧相な腕力で威力が全然足りていなかった。
なのだが、「ぶん殴るのと同等」というフレコミの火龍波は、それを遥かに上回っていた。
謎が残った……しかし結果オーライか?
一方、パトリシアは魔法とも違う異質の天道に驚いていた。
シノの故郷ヒダシタンに伝わるものだから系統が異なり、魔法の呪文を唱えていない。
唱えていないのだが、不可思議な力を使った。
この事実に驚いていた。
「凄いですね。不思議な力……」
素直に感心するパトリシア。
「世話になった人から教わったんだ」
なるべくアッサリと答える。
詳しく答えると、シノをハッキリ思い出して泣いてしまいそうになるからだ。
「その……今から捜しに行く人ですか?」
ああ……ややこしい返答をしてしまった……我ながら反省する。
「えっと……その人とは違うんだけど……」
「今から捜しに行く人は、どんな人なんですか?」
まぁ気になるよね。
タダでつき合わせてしまってるのだから、それは説明する義務はあるか。
「今から会いに行くのは、フィアって人。背格好は、パトリシアに近い……かな」
「へぇ!」
急に興味津々だ。
ゼイル旅団の14人の男女を見ても、背格好が彼女に近い者はいない。
しいてあげればカトランくらいだが、それでも比べ物にならない。
背格好が近いだけでも、彼女にとっては「同族」として興味を引くんだろう。
「俺が山に迷ってたところを助けてくれたんだ。山で一人暮らししてた。で、俺と買い物にヒルビリッジに行く時、カラーデーモンに襲われて……バラバラにはぐれちまった」
「はぁ……」
不思議そうな反応だ。
ここに出てくるカラーデーモンは、普通であればブルーデーモン。
そんなのに負けたの? と言わんばかり。
うーん……説明難しいな。
「私だったら守り切りましたよ」
グッと腕を曲げて見せるパトリシア。
緩めの服が一気にパツパツになる。たぶん服の下では、力こぶが隆起してるんだろうな。
「ちょっと事情があってさ、はぐれたんだ。そのコが弱いわけじゃない。何せ……何て言ったっけな……シャインビリッジで闇ギルドグッドリブに所属してて……相手のなんだっけ……マウスマウンの支部をぶっ潰したこともあるらしい」
記憶にハッキリとした自信はないけど合ってる……はず。
「マウスマウンと戦った……」
「一年前、最終的にはグッドリブは負けちゃったみたいだけど……」
「マウスマウン……」
彼女の意識が、はっきりフィアからマウスマウンへと向いているのがわかる。
「どうしたの?」
「凄く……凄く恥ずかしい話なんですけど……聞いてもらえますか? ゼイル旅団の方は全員ご存知ですので、秘密じゃないです」
歩きながら、パトリシアが語り始める。
彼女が林業をやっていたのは、昨日の話のとおり。
木の販売ルートというものがあり、北西のシップビリッジでパトリシアが木を採る。
それを通常は北東のヒルビリッジで売る。
ヒルビリッジの商人は南下して南東のセントラルニューパディという街で売る。
そしてセントラルニューパディより、南西のシャインビリッジに流れる。
こんなルートがあるんだそうだ。カタカナの「コ」の字に物が流通している。
なぜかというと北西のシップビリッジから直接南西のシャインビリッジに行くには道はあるものの、中央をゾロゾロとグリーンデーモンが行進しており、そのまま南下すると危険があるということだ。
そこで遠回りをせざるを得ないのだが、商人を通すたびにそれぞれの利益が乗っかり、最終的にはシャインビリッジでは高額になる。
で、ある時パトリシアの家族は「シャインビリッジ直通南下ルート」を試すことにした。
グリーンデーモンがいるから危険なのだが、直通でシャインビリッジで木を売れれば利益は極大。ハイリスクハイリターンなことをしたんだそうな。
この賭けに勝ち、パトリシアは一人でこのルートを通して金を得ることができた。
ここまでは良かったが、この先が恥ずかしい話となる。
大金を手にしたパトリシアは食堂で浮かれて酒を買った。フィアの話では、酒は御法度のモノ。
若さ故、興味本位で酒に手を出してしまったパトリシア。
彼女の体型を珍しがった者たちが腕相撲を挑み、そして全員を負かす。巨大な脚が目立つ彼女だが、さっき俺に見せた腕の感じだと、腕力も尋常じゃないんだろうな。
酔っぱらった彼女は指一本でも勝つと挑発してしまい、それでも勝ったのだが、勝った相手がマウスマウンの幹部だったそうだ。
メンツを潰されたと感じたマウスマウンの幹部は魔導士を連れて、パトリシアを拉致。
ここでもミリアの言っていた「拳士は魔法使われると弱い」を証明する結果に。
囚われた彼女は危ない目に遭うところだったが、マウスマウンのメンバーの一人がパトリシアを逃がそうとした。
「シュウさん……ほんの一瞬しか一緒にいなかったけど、その名は今でも覚えてます。『ただの木こりの娘だ。逃がしてやれよ』って……」
パトリシアは寂しそうに言う。
「カタギに手を出さない」を看板にする闇ギルドが、マウスマウンだそうだ。
ところが幹部のほうは、それに激高。
逃がそうとしてくれたシュウという男を殺害してしまった。
「それを目の前で見て……私は怒りで、我を忘れてしまいました……後ろ手をロープで縛られてたんですけど、シュウさんが半分切ってくれたから引きちぎって……」
彼女は温厚で理性的だと思うが、そうなっちゃったら手がつけられない。
「思い切り蹴ってしまいました……」
ミリアはカラーデーモン相手にパンチで粉砕してたけど、普通の人間相手にその剛脚で蹴っちゃったら……
「即死……だよな?」
「ええ……私も自分でビックリしちゃいました……」
さすがにマウスマウンの幹部をあの世行きにしたのはマズイと思ったのか、パトリシアは危険覚悟で北のシップビリッジへ逃走。
その逃走途中でグリーンデーモン狩りに勤しんでいたゼイル旅団に発見され、旅団メンバーになったんだそうだ。
家に帰ると家族にも被害が及ぶ……そう考えて。
「だから皆がちょっと絡みにくいのか……」
「ええ……全て私が悪いんです……」
マウスマウンという組織に狙われている。それだけで既にかなり厄介者だ。そしてブチ切れて闇ギルドの幹部を殺してしまった気性も恐れられる要因だろう。
本気になった彼女は、殺戮兵器。
レオの心配もここに来てうなずける。
「でも酷いんです……マウスマウンも……」
その後、ゼイル旅団は何回か彼女の故郷シップビリッジに立ち寄る機会があった。
二回目の立ち寄り時に、自分の家族が殺されたことを彼女は知る。
「え……どういうこと? だってパトリシアは実家に行ってないから、繋がりはマウスマウンにバレないはずじゃないか……」
「村で大木を伐れるの……私だけだったんですが……それが原因で……実は村の人たちからは結構、妬まれていたんです。マウスマウンの捜し人が私ってことは、身体の特徴ですぐバレました。それで村の人からマウスマウンに密告されて……幹部の仇討ちと称して、両親も兄も殺されました」
うわぁ……重い話だ。悔いが残る。
大金を狙って南下しなければ、まだ彼女は実家で木を採っていた。
酒さえ飲まなければ、マウスマウンの連中に絡まれることはなかった。
どちらも運要素ではなく、意志の力で導いてしまった結果だ。これは精神的ダメージが大きいな。
パトリシアの「快活な感じはしない」っていう第一印象は、この出来事が尾を引いているのかもしれない。
「だから、マウスマウンは許せないんです。そのフィアって人がマウスマウンの敵なのであれば、きっと仲良くできるなって……」
敵の敵は味方理論か……
そんな話をしていると、懐かしいツリーハウスの前に到着した。
心臓がバクバクする。
「こんな家に住んでるんですね……どうやって中に入るんですか?」
入り口は高さ4m程。
フィアはひとっ跳びで入口に入っていったが、シノ同様パトリシアにもこの能力は備わっていない。
「ご……ゴメン。今言うのはズルいけど……俺を持ち上げて欲しいんだ……」
「だから私を連れて来たんですね……私に興味があったからじゃなくて……」
ちょっとガッカリした口調だ。
「あ……も……もちろんキミのことも気になったってのもあるよ……」
弁解じみたフォローをする。さっきの話を聞いてしまうと、彼女の機嫌を損ねるのは危険だと感じる。
「……別に良いんです。とりあえず、用事を済ませましょう」
切り替えて、パトリシアは俺の足を力強く掴み、俺を持ち上げる。ツリーハウスの入り口に俺の手が届き、そして入る。
懐かしい部屋。一か月過ごした日々を思い出す。
しかし、ここで俺の息が荒くなる。
布団が……畳まれていない。
あの時のフィアの「あー! 布団畳み忘れた~!」が鮮明にフラッシュバックする。
もし生きていたら、几帳面なフィアは必ず布団を畳んでいるハズ。
フィアと別れてから一週間ちょっとなのでホコリまみれというワケではないが、残酷にも何もかもが「あの日のまま」だった。
しばしの沈黙があり、パトリシアは気を使ってくれたのか、俺が降りるというまでは何も声をかけてこなかった。




