第18話:ライジングサン号
いやはや、とんでもない誤解をしたもんだ……
「気分はどうだ?」
俺が混乱しているさなか、ゼイルと呼ばれた人が俺に話しかけてくる。
「な……なんとか生きてます、ありがとうございます。俺、女鹿名晶って言います」
「ふーむ……変わった名前だな。我々はゼイル旅団といって……旅をしながら交易、そして、いつかは魔王を倒すことを目的にしている旅団だ」
「魔王を……」
あの魔王ロキの姿を思い出す。俺を気まぐれで救った男。
「まぁ一気に倒すことが難しいことはわかっている。だが、カラーデーモンを狩り、少しでも周辺住民が襲われないように活動している。もう5年は経つな」
あれか……戦う商人集団ってやつか。
「君を癒したのは、そこのニーナ……我々には強力な魔導士がいてな……」
「はぁ……それで俺を助けてくれたんですね」
「まぁ君を見つけて運んできたのは魔導士ではないが……」
「誰です? その人にもお礼を言いたいです」
「パトリシアというんだが……ここにはいない。ここは家みたいだろう? だけど移動式の家なんだ」
箱状で……レンガっぽい壁。
10畳ほどの部屋で扉が両側にある。
「ライジングサン号といってな……この荷台を引いている者がいる。それがパトリシアだ。外の御者の席にいるよ」
「じゃ……じゃあお礼を……」
「いや、驚くから止めておいたほうが良い」
「驚くってどういうことですか?」
「大きさがさ……そこにいるカトランよりデカいんだ」
カトラン……指さした先には屈強な大男。
今は他の人と立ち話をしているが、確かにデカい。余裕の200cm超えだ……230cmくらいはあるか。
だけど……
「お……俺、ちょっと知り合いにそういう人が結構いて、大丈夫です。ゼイルさん、そこから外に出れますか?」
「……ま。良いだろう」
ゼイルさんは両側の扉のうち片方を開けてくれる。
日本で言ったら大型トレーラーってとこか。
扉が開くと外が見える。すっかり夕方になっていた。
外に出た俺はこのライジングサン号のでかさに圧倒される。
荷台と呼んで良いのかよくわからないけど……直方体のレンガ造りで高さ3m、幅は4m、長さは10m弱ってところか。
御者の席って言ってたな……周りを歩いて、この巨大馬車のようなものの先頭部分へと歩く。
すげえ…………大量の馬で引けるような仕掛けになっている。そしてゆっくりと御者の席へと視線を向ける。
「あの! スミマセン! 俺を助けてくれたのは……」
御者席にはカバーがかけられていて、そのカバーが俺の声に反応し、中からめくられ……
茶色のパーカーみたいなゆったりとした服、そして同じく茶色のズボンをはいた髪が短めの女が姿を現す。
デカい!
が最初の感想じゃない。
なんかもう俺の感覚は狂ってる。
ずいぶんと地味な服だ。地味……が最初の感想。
ライジングサン号の中の人たちは随分とデザインが凝った服で装飾やらもついていた。それと比べるとかなり地味でオシャレとは言い難い。
「あ……傷はもう大丈夫……なんですね」
「俺は女鹿名晶って言うんだ。キミはパトリシアって言うんだろう?」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて戸惑う様子のパトリシア。
黒髪のボブヘアー、白い肌。マドリーナを彷彿とさせる。
パトリシアのほうがちょっと目が細く、ややたれ目気味か……?
彼女の目はどこか優しく、その瞳には無垢な光が宿っている。
ちょっと失礼だけど、さっき見た同じような髪型のニーナより遥かに顔のパーツが整っていて美少女の類だ。
彼女は御者席から降りてくる。
これまで出会った中で最高に背が高かったのは、ミリアとフィア。シノはちょっとだけそれより低く、マドリーナはもうチョイ低い。
だけど、目の前の巨人女は確実に過去最高だ。
280cmくらいか。
肩幅はミリアとフィアのほうがある……けど、下半身の大きさはこれまた過去最高だった。
「は……はい。そうです。私……パトリシアって言います」
快活な感じはしない。大人しい印象を受けた。
俺はパトリシアのでっかい手を握って、礼を言う。
「ありがとう! おかげで生き延びることができたよ!」
「あ……あ……えっと……」
やや引き気味のパトリシア。
コミュニケーションが苦手な部類なのかな?
ミリアがクラスの人気者、フィアが身近な人に面倒見の良いヤンキーだとすれば、パトリシアはカーストの底辺で休み時間に端っこで本を読んでるタイプだ。
「それにしても、どうやって助けてくれたの?」
「あの……その……遠くのほうで……アキラさんでしたっけ……アキラさんがブルーデーモンに引っ掻かれてるのが見えて……」
口下手ながらも一生懸命説明してくれる。
「なので申し訳なかったですが、ライジングサン号を止めさせて頂いて……急いで助けに行ったんです」
あの時、俺は目の前のブルーデーモンと、見えかけた人里しか認識していなかった。
だが、さすがにこのライジングサン号の大きさからすると、これに気がつかないなんてことはない気がする。
「近くに、こんな大きな移動物はなかったと思ったんだけどなぁ……」
「あの……私……足が速いんです」
「ああ……それでか」
即座に理解した。
ミリアのヒートアップ、フィアの空中殺法、シノの吸い込み……などなど、この手のでっかいコは特殊能力持ちが多い。
たぶん、とんでもない距離からダッシュで……そして瞬間的に来てくれたんだろう。
「えっと……信じてくれるんですか?」
こっちの状況の飲み込みが圧倒的に早く、むしろパトリシアが困惑している。
これを踏まえて、あらためて彼女の両脚を見ると、ズボン越しでもわかる筋量で納得だ。
「俺の知り合い……個性的で凄い人が多くてさ……」
「あの……私が怖く……ないんですか?」
おずおずと聞いてくる。
ここが普通サイズの人間の世界だと知った今だと、この彼女の問いの意味もわかってくる。
「いや、全然。それと言い忘れてたけど、俺は全然スタンデルと違うトコから来てるからさ……ここの常識とかあんまりわからない……」
「へぇ……どこか別の国から来たんですね……道理で聞きなれない名前だと思いました」
「そうそう、だから変なこと言うかもしれないけど、気にしないでくれ。それと……怖くないどころか……パトリシアは良い人っぽいよ。俺にはそう見える」
何せこれまで会って来た女巨人は、四人中四人とも文句なしに良い人だった。
この体型の人への謎の信頼感がある。
俺の回答に驚きつつも嬉しそうな顔をする。
「それにしても……ライジングサン号……でかいよなぁ……馬は何頭くらいで引くの?」
「最大10頭までで……通常は8頭引きなんですけど……今、馬はいません」
「馬はいない……?」
「私が引いているんです」
「そうだと思った」
チラッと視線を下に下げ、ミリアやフィアをも凌ぐ、俺史上最大の脚を見ながら言う。
「!?」
またしてもびっくりしているのは向こうのほうだ。
シノはヒグマの巨体をあっさり素手で引きちぎっていた……うん、そんくらいのパワーはあるよね。
「あの……驚かないんですか?」
「あ、凄いとは思ってるよ。でもこの世界にはそういう事できる人……いるみたいだからさ」
この手の体格の人間がこの世界にどれだけいるのかわからない……だけど四人は存在したことを俺は知っている。
「私……実はこの旅団の新参者で……三か月前に何でもするから入らせてくださいってお願いしたんです。そしたらライジングサン号の移動に苦労されてたみたいで……馬がたくさん必要で、あと戦闘で馬が死んじゃうこともあるって言うから……」
「ほー……なるほど」
「私が引きますって言ったら最初は皆笑ってて……でも、私が引っ張ったら普通に動いて……凄く……凄く皆、驚いて……」
まぁ俺もパトリシアが初見の巨人だったらドン引きかもしれない。
馬8頭で引いてた荷台を一人の人間が引いたら、そりゃあ驚くよ。
ゼイルさんが「驚くから止めておいたほうが良い」っていうのも良識的な話だ。
「それで今は馬車馬のように働いてるのかぁ……」
本来「馬車馬のように働く」ってのは、たとえ話なんだけどな……
良いコじゃないか。
恋心とは別のベクトルだけど、確実にこのコは性格良さそうで俺には好印象だった。
俺を助けてくれたし、働き者だし。
「さて……そろそろ戻んなきゃ……パトリシアはライジングサン号の中には入らないの?」
「いえ……御者席が私の持ち場だし……あと私が中に入ると、皆、狭く感じてしまうので……」
なんだろう?
直感的だが、ゼイル旅団の他の面々と距離を感じる。
ともかく、あんまり長話しているとゼイルさんが心配するので、俺は戻ることにする。
「おいおい……心配させんなよな」
中に戻るとさっきの大男カトランが話しかけてくる。
袖をまくっているカトラン。プロレスラーのような逞しい体型だ。
日本にいた頃にプロレス中継とかで映っていた、見慣れた体型だ。
さっき会ったパトリシアは肌の露出がほぼなくてわからないけど、半裸だったシノとの比較はできる。
シノは三角筋、上腕の三頭筋、二頭筋と発達しきった各パーツがくっきりわかる腕だった。体脂肪率が異常に低い。
対して、このカトランはモコモコしているというか……ごく普通に脂肪に覆われた……普通の太い腕だ。
カトランが普通のマッチョ男だと仮定すると……やはりこれまで会った筋肉女の異質さがよくわかる。
「礼を言うだけだから、すぐ戻って来ると思ったのによ。てっきり、あいつに襲われたのかと思ったぜ」
襲われる?
パトリシアに?
二重人格とかそういう類の人物なのか?
「いえ……普通に喋りましたけど……」
「おいおい……すげぇ度胸だな。気に入ったぜ。ほら、今みんなで飯を準備してんだ。お前も食っていくだろ? 待ってろ」
周りを見ると煮炊きをしている。
あらためて人数を数えると……ライジングサン号の中には14人の男女がいる。
そしてパトリシアが外にいて、俺がいるので今は合計16人か。
パッと目を引いたのは、目立つ赤い髪の男二人。
これは……ここスタンデル島ではなく、シノの故郷ヒダシタン出身ということか。
グサッと心を刺される感覚。ただちに俺は彼らから視線を外した。
シノのことが頭をよぎったら、また号泣してしまう。
頑張って違うことを考えようと、他の人たちを見る。
魔導士が火を起こして、その間に肉とか練って、野菜も切って、そこから肉を焼いて……流れ作業でパンらしきもので次々に挟んでいく。
人間というのは連携する生き物なんだなと思い知らされる。
やたら美味そうなハンバーガーもどきの料理が、効率的に量産されていく。あまりの手際の良さに惚れ惚れする。
さっき5年ほど経つとか言ってたから、それ相応の年季の入った連携ってやつだ。
「レオ、パトリシアにも持って行ってくれ」
ゼイルさんがレオと呼ばれた金髪の魔導士に、ハンバーガーもどきを三つ渡す。
「お……俺が? ……そうだ、アンタ、普通に喋ってたって言ったよな? これ、俺の代わりに持って行ってくれよ」
金髪の薄い唇と寄り気味の目の男が薄ら笑いを浮かべながら、俺に言う。
日本のシステムエンジニア時代に面倒ごとを押し付けてきた上司を思い出す。
「ああ……良いけど……」
やっぱり、パトリシアは避けられてる気がする。
俺は出来立ての料理を御者席に運ぶ。
「パトリシア……夕飯だよ」
「アキラさん!? どうして…………?」
俺が運んできたのが意外だったようだ。
普段はレオの仕事だったのかな?
「いや……ちょっと頼まれたからさ」
「あ……ありがとうございます」
俺の再登場に戸惑いながらも、彼女は受け取って、パクパクと食べ始める。
すると思い立ったように言い出す。
「こ……これ、食べます?」
パトリシア用に三個渡されていたが……
ということはこのコは三個食べる。
恐らく俺はライジングサン号に戻ると、一個用意されている……それは容易に想像できる。
でも、このコは一つ差し出してきた……
「じゃあ、半分だけ貰おうかな」
俺はそう返した。
何の感情かわからないけど、彼女を放っておけなかった。




