第17話:巨人もいる世界に来た俺
シノがいなくなったことを確認した後、俺は激流の川から距離を置く。
俺はひとしきり慟哭した。
他人にここまで愛されたのは人生で初めてだと思う。
一緒に過ごしたのは一週間だったけど、俺にとっても最愛の人になったかもしれない女。
失ってから自分の気持ちに気付く。
彼女のことが好きになっていたことに。
俺好感ポイント?
そんなフザけたもんは全て吹っ飛んだ。
一瞬、川のほうに走り、濁流に身を投げることも頭をよぎった。そうしたら「また……会おな」と言われたことがすぐにでも実現できる。
でも、俺はなんとか踏みとどまった。
シノもあの鉄砲水が襲い掛かった短い間に、二人助かる道を探したと思う。
けど、見つからなかった。
シノとしては心中しても良かったかもしれないが、俺だけが助かる道を見つけ、そして俺の命を救ってくれた。
その思いを無駄にはできなかった。
俺は戦う力を望み、火龍波を選んだ。
その結果として、彼女はいなくなった。
空は黒い雲で覆われている。上流で雨を降らせた雲がこっちにも流れてきているのか?
考える。
方角的には川の流れる方向を歩くと街道に出るはずだ。そして、街道に出て「左」に行けば「東」。
シノとカラーデーモンを見に行った時の収穫がソレだ。
また、カラーデーモンはあまり山には入ってこない。入ってくることがあるのはブルーデーモンで経験済みだが、基本的には真っすぐ街道を東に進む習性がある。
今は夕方。
暗くなってきてもいる。山中で一晩過ごし、そして朝一で街道に出て東に進む。どれだけ距離があるかはわからないけど、街道沿いにきっと村はある。
食料も全くない状況で、どこまでやれるかはわからないけど、作戦は決めた。
山中で過ごせば猛獣に襲われるかもしれないが、街道に出ればカラーデーモンに遭うかもしれない。
確率の問題であり、この時点で正解がわかるわけはない。ならば腹をくくるしかない!
川の反対側に来てしまったため、俺はシノと過ごした廃村には行けない。増水してなければ渡れるのだろうが……今は絶対に無理。
そして廃村に戻ったとて一週間のうち二回も巨大熊に遭遇した場所だ。シノなしでは生きていけないだろう。
降ってくるであろう雨に備えて、洞穴を探すが、そう都合よくは見当たらない。歩いているうちに暗くなっていく……
俺の装備は冬物のジャンパーとカジュアルシャツ、ジーパン、スニーカー。
シノが抱えてくれたので俺は水につからずに済んでいる。
5月15日。
俺の時計はその月日を示していた。
ここの気候は日本とそう変わらない。寒さでやられることはないだろう。俺は大木の下で一晩過ごすことを決めた。
妥協だ。
朝になる。
途中何度も起きた。空腹もそうだが、主な原因はシノだ。何度も最後の顔が夢の中に出て来て、そして飛び起きる。
もちろんシノはいなかった。
昨晩、そして今朝も何も食べていないが、グズグズしてはいられない。
雨はちょっとだけ降ったが、木の陰で寝たおかげで幸いにしてそこまで濡れていない。
悪夢のような出来事を引き起こした川へ戻り、そして流れる方向をそのまま進む。
ほどなくして街道に出る。ここまでは不気味なくらい何も起きなかった。
あとは村を発見するのが先か、カラーデーモンに追いかけられるのが先か……運勝負だ。
空腹とも戦う。
睡眠も十分にとっていないので、体力は底をつきかけている。
が、シノに報いるため諦めるワケにはいかなかった。
俺はどっちかといえば諦めが悪いほうなんだ、諦めがな。
ひたすら歩く。
ちょっと休む。そして歩くを繰り返す。
するとかなり遠くに人工の壁が見えるような気がした。
あれか……
何となくだけど、フィアと一緒に村に向かったけどそこに似ている。
ヒルビリッジというところか?
だが、何かの気配を背後に感じて振り返る。
!!
ブルーデーモン!
見えかけた村に気を取られてブルーデーモンに気づかず、俺は接近を許していたのだ。
向こうは俺を捕捉してまっすぐ近づいてくる!
逃げるか、戦うか。
どっちも今の体力では難しい。
でも相手は一体。
条件反射で俺は火龍波の構えを取っていた。逃げるのが正常な判断だったかもしれないが、思わず戦うことを選んでしまった。
無意識下でシノの残してくれた形見を使いたかったのかもしれない。
近づいてくるブルーデーモンに狙いをつけ、俺は火龍波をぶっ放す。
…………!
外した!?
そりゃあ全く動かない的に当てるのとはわけが違うよな。
マズイと思い俺は逃げるが……
う……身体に力が入らない。
戦いの素人だ。
それを思い知る。
体力がない状態で火龍波なんて使ったら……
完全に近接して、ヤツは爪攻撃を仕掛けてくる。
俺はヤツの手首を掴み、そして円を描く。するとブルーデーモンはバランスを崩し、転がる。
こっちは初の実戦でうまくいったのか……『捌き』。
あるいはシノの霊が俺を守ってくれているのか?
体勢の崩れた相手に追撃のパンチを繰り出す!
ボカっと当たるが……威力が……残念なことになっている。
格闘技経験もケンカもほとんどしたことない俺のヘナチョコパンチごときでは、本気で殴ったけど全然ダメだ。
一発入れた後、俺は逃げる。
遅い。
自分でもわかる。足も、もつれている。
また追いつかれ、振り返った瞬間、執拗な爪攻撃!
ザシュッ!
冬物の厚手のジャンパーが切り裂かれ、そして俺の身体にまで傷がついたのがわかる。
そりゃ……そうだよな……最初の『捌き』はまぐれだよな……
傷の深さはわからないけど……現代日本人としては重傷だ。
怖くて傷を確かめることすらできないが、かなり出血してるのが自分でもわかった。
なんとか……逃げ……
切り裂かれて俺は尻もちをついていたが、必死に起き上がり逃げようとする。
ザシュッ!
背中への一撃。
さっきより全然深手だ……出血で意識が遠のいていく。
火龍波を覚えた時、俺は特別な人間なのかもしれないと思った。
その辺のモブキャラとは訳が違うぜ……と。
でも現実は残酷だな。
この巨人の世界で、それほど強いわけでもないブルーデーモンに……人知れず殺られるだけの……ただの小者だった。そう思いながら俺は気を失った。
※※※
俺は目を覚ました。
横になっていた。
今度こそ天国……にしては、俺の視界には天井がある。
どっかの部屋のようだ。
「気がつきましたか?」
その声を聞いて起き上がる。
傷が……すっかり癒えている。確か最後はブルーデーモンに切り裂かれて……それで死んだと思ったけど……
ここは……日本?
お前は何言ってんだ? と思われるかもしれないけど、そう思ったのには理由がある。
声の主だ。
黒いショートの髪の女性。黒い目で、そして俺よりも明らかに小さい。
とびきり美人ではなく、かと言って醜いかといえばそうではなく、浅い彫り、一重の目で特徴があまりない。
俺の知ってる普通の光景が目の前に広がっていたんだ。
「ああ……俺を助けてくれたんだね…………ありがとう」
まずはお礼だ。
「ゼイルさん、さっきの人、起きましたよ」
俺に声をかけてくれた人は向こう側目掛けて声をかける。
ゼイルと呼ばれた人は、俺のほうに寄って来る。
これも……俺よりちょっとだけ背が高いけど数センチの差だ。黒髪で黒い目……しっかりとした顎のラインで多少四角い顔なのが特徴だ。
ここで一気に混乱する。
日本っぽいけど日本じゃない……「ゼイルさん」って言ってるから、日本人の名前ではない。
思考回路が一気に駆け巡る。
俺はミリア、マドリーナに会った時点で「巨人『の』世界に来た」と思っていた。
そしてフィアに会った時点でそれが確信に変わり、俺が小人で周りがこの世界で普通の大きさだと思っていた。
シノに会った時には、もはや彼女の大きさやその戦闘力には何の感想も抱かなかった。
だけど、それが誤解だというのだ。
つまり、「巨人『も』いる世界に来た」ということ。
記憶を辿ると一気にいろんなものが符合する。全員が巨人の世界に来たとすれば、俺は小人。
俺が「巨人だー」というのと同じく、俺に対して「小人だー初めて見たー」という声が聞こえてくるハズなのだ。なのに出会った歴代の女たちは一言もそんなことを発していない。
彼女たちは自分がデカすぎることを自覚し、俺のサイズが普通だという認識だったのだ。
最近の記憶のほうが当然新しいので、パッと浮かんだのはシノ。彼女は幼い時に両親が死刑になり、そして奴隷になって闘技場で戦うことになった。普通に考えれば、戦う奴隷の欠員を、幼い女の子で補充するなんてことはないのだ。
あとは廃村。あそこには巨大グマがやたら出没した。全員がシノクラスの強さであれば、廃村なんてことにはならない。多分、住めなくなってしまったのは普通のサイズの人間ではどうにもならなかったからだ。
彼女がかぶっていた布団もよくよく思い出すと比較的正方形で、縦横比から普通の人間用のダブルベッドの布団だったのかもしれない。
四人連続で巨人に会うなんて、どんな確率だよ?




