第16話:魂の叫び
「いやぁ……『捌き』は教えるの難しいわぁ……」
乱れた赤髪を手櫛で整えたのち、ポリポリと後頭部をかいている「未来の嫁」。
なんか……浮気がバレたりとかして本気で怒らせたら俺はミンチにされるんじゃないか?
結局、クマの解体をはさむことになり、午前中は終了した。
午後は続きということで『捌き』を習い続ける。
受け身の時は自分で天才だと思ったが、こっちはなかなかうまくいかない。膝をついたりして、身長を合わせようとはするものの、腕の長さも違うし。
日本にいたころテレビで見た、大相撲の余興でちびっ子が横綱相手に一生懸命押したりするアレ。
シノは俺の七倍くらい体積があるから、まさにあんな感じ。
結局、実戦には程遠いが、割とゆっくりとした動作で、シノがやって欲しい動きを繰り返す。
実際投げられなかったけど……
そんな万事うまくいかないよな。
だが、『捌き』が上達しないことで、俺は夜の火龍波で取り返そうと集中できた。
火龍波の特訓は転機を迎えていた。
「じゃあ……自力で火龍波出してみ」
それまではシノは俺に手を添えて、そしてシノが火龍波を出しているような状態だった。
「で……できるかな……」
「うち、実はちょっとずつ『氣』の放出を抑えててん……せやからできる」
それを聞いてやる気になる俺。
集中……集中だ。
暗い部屋の中で、俺の手の中がちょっとずつ光りはじめる。
ピンポン玉どころかパチンコ玉の大きさだが……火龍波が……自力で……
「ダメだ……消える」
ここでスッとシノがアシスト。
ピンポン玉の大きさになる。
「いや……自力で出せたやないか」
確かに。
ごくごくわずかな光の玉だったけど、俺にとっては特大の希望の玉。
「0と1は大違いや。ようやったなぁ……アキラはん」
祝福してくれるシノ。
大きな一歩を踏み出した。と、同時にこれが結婚秒読みって状態なのか……
火龍波を覚えたら……「実は俺は気になってる女が別にいて」って話をシノにするのか?
答えは出ないまま、時が過ぎる。
シノと出会ってから七日目。
五日目に『捌き』の練習スタート、そして六日目はその反復練習で終えた。
火龍波のほうは安定して自力でパチンコ玉級の大きさのものを出せるようになっている。
朝、寝起きの悪いシノを起こし、クマ肉を焼く。
シノはやけに多めに焼いている。
「今日はたくさん焼くな」
「えへへへ……ちょっとお昼のお弁当用に……」
「お弁当?」
「ピクニックや。たまにはええやん」
ニコニコと肉を焼きながら答える。
「一昨日とか……あとアキラはんに会って初めての日とか……川に行ったやろ? あそこにええとこあってやな……一緒に行きたいねん」
デートってやつか。シノの茶色の瞳はキラッキラに輝いている。
こんな顔で聞かれたら答えは「はい」か「YES」の二択だな……
日本で俺が一度も受けたことのないストレートな好意の塊だった。
時間は9:00。
俺とシノは出発した。
15分ほど歩くとクマの解体場となった川に到着。ここから上流のほうに向かうこと10数分……
この川はミリアたちのねぐらの近くの小川と違い、大河の部類だ。
川幅はかなりあり、水量は豊富。
「ほら……あの岩、でっかくて変わった形やろ?」
シノの言うとおり、岩が川の中央にある。
そして平たい。
川の中に存在しているが、ところどころ岩が露出していて、あの岩まで行けそうだ。
「よっ……よっ……ホラ、こっちや」
シノに先導されて、足場の岩をぴょんぴょん跳んで行く。
あっさりと岩に着き、複雑な形状になっていて、足や手をかけるところは豊富にあり、岩のてっぺんの平たいところに辿り着いた。
「ええ眺めやろ~」
んーっと腕を伸ばしながらシノが言う。
確かに絶景だ。
ちょっと高いところなので木々の見晴らしも良い。川の水が太陽に反射してキラキラしている。
「あー……こんなことになるなんてなぁ……センターシティから抜け出してホンマ良かった~!」
美しい景色を眺めながら、最後のほうは雄たけびに近い声量で言い放つ。
両手を空に、バンザーイのポーズで。
人扱いされずに育ち、決死の脱獄、その先で出会った人間は特に差別することはなく、しかもその相手からプロポーズされた……
シノ視点だとこういうことだ。
「なー……アキラはん。いよいよ火龍波を放つときが来たんやで」
切れ長の細い目……なのだが、その目をいっぱいに広げてシノが言う。
「どういうこと?」
「もう自力で出すことはできるし、それを上下左右に動かすこともできる……あとは放つだけや。家の中やと危ないからなぁ……」
「そ……そうなのか?」
そう言われて俺ははやる気持ちを抑えつつ、おにぎりを握るようなポーズで集中する。
ほどなくして小さい光を放つ玉が現れる。
「お……調子ええやん……。そっから前に……気合で押し出すだけや」
「最後は『気合』かよ……コツとかないの?」
「いっけ~~!!」
言われるがまま、火龍波を放つ……が、ヘロヘロとした軌道を描いてシューンと消える。
クッ……なっさけねぇなぁ……
「いける! これはいけるで!!」
それとは反対に興奮気味のシノ。
「放つ感覚を教えるのは難しいねん。けどアキラはんは一発でできた。ホントはゆっくり景色を見たかったけどな……これはチャンスや!」
最終的にはとにかく体で憶えろ……だ。シノに促されるまま、何発も火龍波を放つ。
5発、10発と打つうちに真っすぐ飛ぶようになる。
「うち目掛けて打ってみ。目標があったほうが打ちやすい」
手のひらをこちらに向ける。それを的に俺は火龍波を放つ。
距離は2mもない……けど、ついに火龍波……龍というよりミミズくらいの細い光線がシノの手に届く。
「きた……衝撃が!」
「ホントに?」
「デコピンくらいやけどな……でもコレは大成果や!」
三時間くらいだろうか……
夢中で打ち続けた。最後は一直線に飛び、シノの手をちょっとだけ動かす衝撃波が伝わる。
「できたやないか~おめでとう!」
声を弾ませて祝福してくれる。
ここでいったん休憩で昼食となる。
「ここまできたら……あとは……数をこなすだけや……免許皆伝ってヤツやな……」
もぐもぐ朝焼いた肉を頬張りながらシノが言ってくれる。
「ホントにシノのおかげだよ……俺に『氣』を分けてくれてたんだろ?」
「なんのことや?」
「寝るときも手を繋いで……『氣』に慣れるんやって言ってたじゃないか……」
それを聞くとプーーーッと吹き出し、悪戯っぽい笑いを浮かべる。
「夜に手ぇ繋いだんは全然関係ない……あれは……うちの方便や……アハハハ!」
く……俺を騙してたのか?
「いや、特訓中にアキラはんの身体に『氣』を送ったのはホンマやで。うち疲れたって言うたやろ?」
「言った」
「そんな疲れることを寝てる時にできるわけないやん……アキラはんペテンに引っかかったらアカンでぇ。しっかりせな……」
夜、手を繋いで寝てたのだけは単に寂しかったからというわけか……はぁ、一本取られた。
食休み。
肉を食べ終わった後は、ゆっくりと景色を眺めていた。
「……なんだか眠くなってきたな……」
「そらそうや……火龍波は体力を使うし……」
そういうとゴロンと大の字に寝そべるシノ。
「うちは……奴隷やったから硬いトコ慣れとるねん……ほら……こっち……」
シノは強引に俺を乗っける。
「うちが敷布団になったるわ…………」
午前中がむしゃらに火龍波を打ち続け、そして昼食を食べてお腹が満たされる……俺は急激に眠気に襲われていた。
火龍波が……完成した安堵感もあり、俺の視界は真っ暗になっていった……
※※※
…………。
ゴーっと遠くの方で音がする。
ん……?
目が醒めたハズだが真っ暗……そして全身に感じるシノの体温。
シノも寝てたのか……彼女の太い腕をかき分けるとゴーっという音がモロに聞こえる。
え??
これは夢か? いや……現実……
轟音の正体は水だった。
「シノ! シノ!! 起きろ!!」
俺は寝起きの悪いシノを引っぱたく。
こんな手荒なことするのは初めてだ。
理由は……
「な!? ……なんやコレ……」
シノも驚く。
「鉄砲水だ……」
なんてことだ……
シノは幼い頃に奴隷になったと言っていた。
何も知らない。
ならば、俺が気付くべきだったんだ……。山の上流で豪雨でもあったんだろう。
後の祭りだけど俺が「火龍波を教えてくれ」なんて言わなければこんなことには……クソッ!
いわゆる高台のこの岩の周りは全て水で満たされている!
あれだけ澄んでいた水が……山肌を削り取った泥と岩の塊となって流れている。
来た道は完全に水没して、向こう岸までの距離はおよそ10m……反対側の岸も8mはある……
「テッポウミズ……?」
シノが俺に初めて見せる恐怖の顔。
顔は真っ青だ。
「ああ……川の上流でもの凄い雨が降って……一気に増水することがある……それが鉄砲水」
俺たちがのんきに寝ていた岩にも浸水し始める。
何か……何か方法はないか!?
「シノ……向こう岸まで跳べるか?」
「何を言うてんねん……そんなに跳べるわけないやろ!」
その場でジャンプして見せるシノ。
1mくらいは垂直跳び出来てるように見えるが……
この世界の巨人たちの運動能力なら助かる、そう考えたがフィアのあの跳躍力が異常なだけでシノにそこまで跳べる能力は無い。
「……なぁ……アキラはん……」
唇を噛みしめた後、穏やかに話し始めるシノ。
「うちと心中……してくれるか?」
「何言ってんだ!? 諦めんな!」
「コレは……あかんわ。なぁ……答えて」
こんな問答の間にも水かさは増える一方だ。
死が……死がこんな一瞬で訪れるなんてことがあって良いのか?
ヒグマの10倍くらいは余裕で強いシノをもってしても……自然災害には敵わないのか……都会育ちの欠点だな……自然を甘く見るのは……俺も覚悟を決める。
「ああ……わかったよ」
ポツリと答える。
それを聞いたシノは穏やかに笑い、そして涙が頬を伝う。
その笑顔は温かくて柔らかいものだった。
「おおきに…………それが聞けただけで充分や。うちの人生悪くなかったわ……うちは先に逝くけど後でまた……会おな……」
俺を抱え上げるシノ。
水はもうシノの膝下まで来ている。
「な……何する気だ!?」
「アキラはん……回転して衝撃を和らげるんやで……」
そう言うと俺を持ち変えて投げる体勢に入る。
最後に一瞬だけ見えたシノの顔は切なく……美しかった。
「大好きや! うちを忘れんといてな~~!!」
ブン!
俺は放物線を描き、来た道と反対の岸へと投げられる。
体に染みつきつつあった受け身を取り、俺は転がる。
「シノ……!? ……シノーーーーーーッ!!!」
シノと俺が居た場所はすでに濁流で見えなくなっていた。




