第14話:一念発起
ギュウッと怪力のシノに抱かれている俺は身動きできず、身を任せるしかない。
俺たちは木と岩の陰に隠れていたんだが……案の定というか……ブルーデーモンのほうへタタタっと駆ける。
「あーもう……むちゃくちゃだよ……絶対……絶対捕まるなよ?」
「アキラはんが大人しくしてたら大丈夫や!」
そう言って、一気にブルーデーモンに後ろから近づく。
「こっちや……こっちこっち!」
大声で言うシノ。
だが、やつらに聴覚は無いのかフラフラとまっすぐ進んでいく。それに気づいたシノは……
「なるほどなー……じゃあ……」
グルッと回り込んで、正面へ。
3体のブルーデーモンはいっせいにギロッとこっちを見る。相変わらずおっかない顔だ。
「よっしゃ! ここまでおーいで!」
ダッシュで逃げる。
コレ、何かに似てると思ったら日本の昭和のクソガキがやってたという、ピンポンダッシュしてるみたいじゃないか?
向こうは早歩きのスピード。
一方、シノはダッシュ。
しかも一歩がデカいので一気に距離は引き離している。右へ左へと木の陰を通るようにジグザグに逃げる。
二分ほど走るとシノは止まり、そして木の陰に隠れる。
もちろん俺ごとだ。
隠れてから1分もすると3体のブルーデーモンが現れる。
だが俺たちを見失ったのか、キョロキョロし、右往左往する。
木の陰の間からヤツらをジッと観察する。
元の街道への帰り道もわからないのか、ヤツらは延々と同じ道を往復している。
この様子を見て、俺は一つの結論を導き出した。
フィアとの別れの日の一日前、ブルーデーモンが現れ、フィアにペチャンコにされた。
あのブルーデーモンは、ミリアたちのねぐらに現れて俺を追っかけ回したヤツと同一なんだろうな。
「そのまま帰ってくれたらええのに……」
ブルーデーモンはいつまで経っても街道方面に行ってくれない。
自称「殺生は嫌い」なシノとしては戦うつもりはなかったようだ。
しかし……
「なぁアキラはん……あれ、邪魔やけどさ……ホンマにやっつけてもええんよな?」
「ああ……魔王の手下で、そして知能も無いただの操り人形だな」
「ちょっと見てるとカワイソウやけど……アキラはんが襲われたら大変や。しゃーない……うちの奥の手、見せたるかー」
ゆっくりと抱っこ状態だった俺を降ろす。
シノは両手の指を軽く曲げ、手を向かい合わせる。
そしてその中心に光が集まる。力を込めているのか、彼女の全身の筋肉が息を吸い込んだかのように膨れる。血管が浮き上がってパンプアップしている状態だ。
「それ昨日見せてくれた火龍波?」
だけど今は光がかなりデカい。
昨日はピンポン玉くらいの大きさだったのに、今日はバスケットボールくらい。
「昨日と違ってうちの最大パワーや。この大きさやと威力は、うちが直接ぶん殴るのと同じくらいやねん」
ゆっくりと移動し、狙いを定めるシノ。
「気の毒やけどな……成仏してや……」
そして一直線上に3体のブルーデーモンが並んだ瞬間。
「ハッ!!!」
シノの手から放たれた光線が3体を串刺しにする。
上半身に大穴が開いたというか……消し飛んだというか……ヤツらが居た場所には三つの光る石が残された。
カ……カッコイイ…………。
「黙っていれば美人」のシノ。火龍波を放ったその姿は神話に出てくる戦いの女神のようだった。
「ま、ざっとこんなモンや」
ヒラヒラと手のひらを動かしながら、シノは言う。
「凄くカッコいいというか……綺麗って言うか……」
「あはーーー! ホンマ? 嬉しいわぁ……」
デレッデレになるシノは立膝をついて俺の腕にしがみつく。大型犬が尻尾をブンブン振ってジャレてくるのに似ている。
「俺も……使えるようになるのかな……ていうか……この技使ってみたい……」
ポツリと呟く。
こんなの男のロマンだよ。ホントに。
一方、シノは俺の独り言は全く聞こえてない様子で、何やらキャッキャと悶えている。
カラーデーモンの調査を終えた俺たちは用事が済んだので、家に戻って昼食にする。
「ヒダシタンっていうところでは皆、火龍波を使えるの?」
思わず聞く。心の底から使ってみたいと思ったから。
「いーや、天道の中でも火龍波はうちの家系に伝わる必殺技や。天道を伝承している家系もあれば、全然使えへん人たちもいる。使えへん人たちのほうが多いで」
「へぇ……じゃあキミのご両親から受け継いだんだね」
「そや。うちの兄ちゃん二人も受け継いだ……けど、よー考えたら火龍波使えるの、今ではうちだけやな」
「え? どういうこと?」
「ヒダシタンにも王様っておってなぁ……けどうちの両親はその王様が気に入らんくて、他の人を王にしようとした。担ぎ上げたんや」
歴史は詳しくないけど、幕末の時代に徳川家から政権を奪って、天皇を立てようとしたもんかなぁ……
「結果は失敗や。国家を転覆させようとしたわけやから……一族郎党死刑や」
「ご……ごめん。そんなキツイ話になるとは思わなかった」
シノが奴隷って時点で何か普通じゃない事情があることは察していたが、まさか家族全員を失っていたとは……
「ええで。だいぶ昔の話やから。うちもホンマはそこで終わりやった。けどその時は幼くて特に政治に関与してなかったのと、あとは闘技場で戦う奴隷に欠員が出てなぁ……ヒダシタンの奴隷は一生奴隷やから人としては死んだも同然。うちだけ欠員補充ってことで奴隷として生き残ったんや」
「そっから戦いの日々だったんだ……」
「そや。もう強くなるしかない。ヒダシタンの奴隷同士の戦いはな、投げたら勝ち、関節とってギブアップ奪ったら勝ち。そういうルールやった」
日本で言う柔道っぽい感じかな?
確かに最初に会った時、ヒグマをブン投げていた。彼女は投げ技が得意なんだ。
「ほんでな、しばらーくしてヒョンなことから、スタンデル島のロノスト王国に売られた」
「なんで?」
「奴隷の試合って賭けになってるねん。ほんで自分で言うのも変な感じやけど、うちはかなり強くなって……賭けが成立しなくなってしもたんや。んで、話題作りか知らんけど遠くの国に売られた。左肩に刺青入れられたんもそのタイミングやな」
「で、こっちに来たんだ」
「そーそー。花の都センターシティや。最初はルールの差があってなー。こっちは魔法で傷が癒せるもんやからさ、壮絶に殴り合いや。大怪我してもすぐ治されて翌週の試合も出ないとアカン」
急にグラップラーからストライカーへの対応か。
ずっと鍛錬、そして試合。死ぬまで無限に続くループ。
俺なら精神が到底もたない。
「あとはこの格好が最初は恥ずかしかったわぁ……なんで半裸で戦わなアカンねんって……」
初めは恥ずかしかったのか……意外だったのと人の慣れって恐ろしいな。
「ほんで続きがあってな、監視員っちゅうの? うちを見張ってた人。これがよう勉強しててん。会計学やった……役人になりたいと言っとってなー」
遠い目で語るシノ。
「うちは一生ここから出られへん……そう思った時、生きた証が欲しいって思い始めてん。その人の勉強を手伝ったんや。試験に合格したら監視員から役人に転職……もし成功したら、うちが生きていたことを外にも示せる……そんな気がしてな」
立派だ。
シノにそんなつもりはないのかもしれないけど、自身がそんな状況なのに他人の役に立とうなんて……俺には到底思いもつかない。
「で、合格したの?」
「そや。随分と時間かかったけどな。おかげでうちも会計詳しくなったで。うちのほうが詳しいんちゃうか? アハハハ……」
「良かったじゃないか。ずいぶん感謝されただろう?」
それを言った途端、シノの形のいい眉がハの字になる。
「いや。全然」
曰く、奴隷は人としては扱われないとのこと。
例えば、俺が日本で勉強用のスマホアプリを使ってたとする。そのかいあって、何か資格を取ったとする。じゃあスマホに対して、「ありがとう」と言うかといえば、言わない。
そういうことだ。
「たぶん、そうなるかと思っとった……せやけど、ちょっとはお礼の言葉を期待してもうてな……変にがっかりして、その時のうちはどうかしてた。生きた証が何もない、じゃあせめて最後に自分の足で自由に歩きたい。そう思って脱獄を決めた」
「で、うまくいったんだね?」
「一緒に勉強した監視員が役人になるつって人の入れ替えがあったんやけど、その入れ替え日を狙ってな。ほんのわずか……一晩だけ空白の一日があったんや」
「凄いね。警備は厳重だっただろう?」
「そう。捕まったら死ぬ覚悟やった。けどなぁ……運が良かったんかなぁ、何やら街が騒然としてたんや。警備は他に行ってたし、街の中で戦いが起きてた感じやった」
「ん? それっていつ頃の話?」
「1か月とさらにもうチョイ前くらいかなぁ……」
センターシティ、一か月とチョイ前、そして街の混乱。
俺はピンときた。
事実はわからない。でも、フェルナンド家が襲われた日なんだと俺は直感した。
ミリアとマドリーナが逃げた日。
俺が日本で投身自殺を試み、魔王ロキが俺の身体をココに持って来た日。
あれは早朝だった。
ミリアとマドリーナは夜襲を受けて、相手としばらく戦っていたと言っていたから、その夜の間にシノはドサクサ紛れに逃げおおせたのだろう。
シノが街を離れただいぶ後のタイミングで、俺とミリアたちは会ったんだろうな。
その後のシノの逃走劇は初日にシノから聞いた通り。
夕方、俺とシノは食事の用意に使う燃料となる枯れ木を集めていた。
俺はシノと自分を重ね合わせる。
突然失った家族。
突然変わった環境。
それでもシノは死を選ぶことなく、必死に戦い続ける事を選んだ。
俺よりもっと絶望的な状況下なのに……だ。
心底尊敬した。
※※※
俺は……日本に戻れるのか?
最初はひょっとしたら何かの拍子に戻れるかとも思っていた。
けど、魔王ロキとやらの気まぐれでこの世界に来たことを知った。
もう一回ロキに会って、土下座でもしたら戻してくれるのか?
いや、「退屈しのぎ」という役割を課してきた以上、そんなことは絶対なさそうだ。
ひょっとしたら二度と会う事すらできないかもしれない。
結論は、この巨人の世界で生き続けるしかないってことだ。
システムエンジニアだった俺。日本だったら今の状態でも何かの食い扶持はあっただろう。
でも、パソコンは無い。それどころか電気も無い。
何か……何かがなければ、この先は生き残れない。
戦う術と、そして火龍波があれば……もしかして……
正直、巨大なミリアたちやフィア、シノと戦闘力で互角になれるとは思えない。
だけど、自分の身を守る術は必要で、さらに火をつける手段が貴重なこの世界で火龍波を習得できればちょっとはいけるんじゃないか?
「シノ……」
「なんや?」
枯れ木を集めつつ、振り返るシノ。
「お……俺にさ、戦い方を教えてくれないか?」
「えー……そんなん覚えんでも、うちが守ったるでぇ……」
右手をパタパタと横に動かして「いやいやいや」とやってるが……
ダメだ。
この言葉に甘えては……
そもそもミリアたちとはぐれてしまったのは判断誤りもあったけど、結局のところ俺が自分で身を守れなかったからだ。ブルーデーモン一体に遭う……たったそれだけで、歯車が狂った。
そして、フィアも俺を守ってくれると言ったが、結果として理不尽に突然現れたレッドデーモンに俺は連れて行かれた。弱いままじゃダメなんだ。
「頼むよ……。それと火龍波……火龍波も教えてくれないか?」
シノがブルーデーモンに火龍波を放ったカッコよすぎるシーンが脳裏に焼き付いている。
あれを同じように使えれば、何かの間違いでレッドデーモンをもぶっ飛ばせるかもしれない。
「……」
「……」
長い沈黙が訪れる。
ちょっと下を向いていたシノは沈黙の後、顔を上げる。
夕日に照らされて、赤みがかった顔。
ちょっと困ったような、嬉しそうな顔でついに声を出す。
「わかった……、うち、アキラはんに戦い方と火龍波教えるわ……」
そしてまたうつむいて下を見る。




