第12話:残念な美人さん
俺の判断は一瞬だった。
絶対力では敵わないと思い、即座にポケットからライターを出し、そして相手の右前腕を炙る。
「アッツ!! …………な……なんや!?」
俺は解放される。
ここからも俺は速かった。正面切って戦ったら、もちろん撲殺確定。
この時、脳裏をよぎったのはマドリーナの顔。
俺は残り17本となっていたタバコを素早く出し、火をつける。
失礼だとはわかってるけど、緊急事態だ。
フゥーーーー
煙を相手目掛けて吐き出す。
「け……けむい……なんやこの……ゲホッ……ゲホゲホッ!!」
後ずさりする女。
あの時のマドリーナと同じ反応だ。
これならなんとかなる。
「フゥー……これは副流煙と言ってな……おまえの寿命を削り取る!」
カッコ良く言ってみるが、内容は最低だ。
「そ……そんな」
「俺は訓練されているから平気だけどな!」
もちろん嘘だ。
「降参……降参や……堪忍してや~~!」
相手も手のひらをこっちに向け、三流悪役ムーブで降参してくる。
いったん当面の危機は去る。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙する。
俺は一服中だ。
火を消した途端、やられる可能性があったからだ。
さすがに煙は相手にかからないように吐き出すが……
「う……うちを捕まえに来たんか?」
距離を取って、しばらくした後、向こうから切り出してきた。
「いや……そんなことない」
「う……ウソや……うちのコレ見て、それはない。捕まえに来たんやろ!」
言いながら、バキバキに発達した左肩を見せる。
「スゴ……でっかい肩だよねぇ……」
「そうそう、うちメッチャ鍛えてんねん……ってちゃうわー! これ……これや!」
肩に入っている刺青を指さす。
星の形が刻まれている。
「なんか……オシャレ? ていうか……」
「そうそう、うちスーパースターやからな、それで星の刺青やねん……ってちゃうわー!」
二連発のノリツッコミ。
距離は離れているが、右手の甲をこっちに向けてツッコミ動作をしている。
ビキニで半裸の女がやってるのも、とてもシュールだし、何やってんだか……
「ホンマに……ホンマに捕まえに来たわけちゃうねんな?」
屈んで、こっちの高さに合わせて聞いてくる。
もう、胸の谷間見えてて気が散るよ……爆乳と言っていい。
「うちは……うちは奴隷なんやで!」
悲痛な声で叫ぶ。
「え……そ……そうなの?」
向こうは意を決した言いようだったけど、日本生まれ日本育ちの俺には、奴隷と言われても全然ピンとこない。
「だから! なんか言うことあるんちゃう!?」
「えっと……『天は人の上に人をつくらず』っていうか、人は平等だと思うっていうか……」
社会の教科書に載ってた気がする言葉を口にする。理系の俺には、福沢諭吉の学問ノススメの中身に何が書いてあるかは知らない。
反射的に出たそれっぽい言葉だ。
しかし目の前の女には刺さったようだ……顔がクシャクシャになり、いきなり抱きついてくる。
「うわーん! そんな事言ってくれる人……うち、初めてやぁ!!」
女巨人に抱きつかれて、身動きが全く取れない。
もはや身体の中に埋め込まれたと言ってもいいかもしれない。とにかく落ち着かせなきゃ。
「なんだ……その……キミの名前は?」
号泣に戸惑いながら聞く。
「えーん……う……ヒック……シノ……うちの名前はシノや……」
「えっと……俺の名前は女鹿名晶。とりあえず落ち着こう」
「アキラ…………ええ名前やな……」
ポツリと呟くシノ。
この時点で、すでにミリアやフィアとは違う雰囲気を感じる。あのコたちは俺の名を「変わった名前」と評していた。対してシノは違和感なく受け入れている。それに喋り方も思いっきり訛りがあるし。
「ふぅ……うち、取り乱してしもた……えっと……うちの家に訪問して来た食料……捌くわ」
泣き止んで落ち着いたシノは、仕留めたヒグマをヒョイっと抱え、スッと指をさす。
「あっちに川が流れてんねん」
川? ……もしかしてミリアたちのねぐらが近いのか!?
別の期待を胸に、軽々と500kgくらいありそうなクマを運ぶ女の後をついていく。
ついてくんだが、ホントに目のやり場に困る。身長差もあって、でーんとしたお尻がほぼ見えてる。
いや……こんなのと尻相撲とかしたら一発で30mくらい飛ばされて殺されるな……そう思うくらい鍛え込まれていた。
「俺、ナイフ持ってるよ……」
川に着くと、そうシノに告げる。
密かに期待した川はやたらでかく、俺が願っていたミリアたちのねぐらの近くの川とは水量がまるで違っていた。
ハズレ……か。
ここは一体どこなんだ。
「あー……それは助かるわぁ……でもその小型ナイフやったら、ちょっと大まかには解体せんとなぁ……ちょっと待っとって」
俺に向かって微笑む。
赤い長い髪、切れ長の茶色の瞳。
顎のラインもすっきりしていて、鼻筋も通ってる。
やや厚みがある唇は色気が漂う。
これ……本人に言いにくいけど……あれだ……「残念な美人」ってやつ。
別名「黙ってれば美人」だ。
どっかのバーとかにいて、黙ってワインかなんか飲んで、こっち見てフフフって笑ったら、ほぼ100%の男が落ちるやつ。
童顔なミリアやフィアとは対照的に、妖艶な雰囲気。
その顔の破壊力と全く釣り合ってないのが、これまた身体の破壊力。
よっこらせっとか言いながら、全身のあらゆる筋肉を隆起させ、ヒグマの手足を引っこ抜いている。
呑気な掛け声とやってることの差が激し過ぎる。
ブチブチ引きちぎるたびに鮮血が出るが、それを川の水で綺麗に洗い流している。
いやあ……さっきシノから首絞められそうになった時、俺はよく死なずに済んだな……あぶねぇ……
さて、何とか精肉しないといけない。フィアはイノシシをメチャクチャ器用に切り分けていた。
俺はそれを見ていただけだから、記憶を頼りに肉を切り出すのだが……当たり前だけどイノシシとは勝手が違う。
苦戦する俺とシノ。
「うちなぁ……闘技場で奴隷やっててん……」
ナイフで四苦八苦しながら、喋りはじめるシノ。
「ヒョンなことから意を決して脱走したんやけど……」
ははぁ……そのビキニ姿はそのせいか。
恐らくロクな服が与えられないんだろう。
「右も左もわからへん。せやから通りがかった旅商人っての? その人たちに助けを求めたんや……」
旅商人に助けを求める……ミリアやマドリーナも、その手段が選択肢に入っていた。
「せやけど、うちの左肩見て一発で奴隷ってバレてなぁ……魔法っちゅうの? それを食らって、うちはよう動けんようになった……」
ミリアの言葉……「アタシたち拳士は、魔法使われると弱いのよ」を思い出す。
ヒグマを素手で八つ裂きにできる怪力女をもってしても負けてしまうくらい、魔法というのは強力なんだ……
「太いロープでグルグル巻きにされてもーて……うち、賞金首なんやて……ほんで積み荷の中にポイや」
いきなりの大ピンチじゃないか。
「でもなぁ……よーわからんけど、移送されてる途中で体中が青い、けったいな生き物が現れてやな……」
ブルーデーモンか。
街道に出没する、魔王の手下。
「外で戦いが起きとるなーって思っとったら……商人はんたち……全滅や」
全滅!?
シノを捕らえるほどの者たちが!?
にわかには信じられないけど、シノがわざわざ嘘をつくとも思えない。
「で……うちにも襲い掛かって来てん。でもなぁ爪でガシガシ引っ掻かれてるうちに……うちを巻き付けてたロープが切れてな」
身体の自由が利けば、恐らくミリアやフィア級の戦闘力と思われるシノ。
「なんとか青いのはやっつけたんやけど……不思議なこっちゃ……ヤツらは石になってもーて……」
この話ぶりからすると、シノは元々スタンデル島の人間ではないんだろうな。
「この格好じゃ寒いやろ? せやから旅商人の積み荷から布団とか食料を失敬して、うちは村を目指した」
ほうほうの体ってやつか。
「村の前に着いた時は助かったと思った……せやけど、あっちゅう間に奴隷だってバレて、追い掛け回された」
「マジか……それはひどいな……」
「うちもそう思うけど、それが当たり前らしいねん。うちは山に逃れて……食料とかも尽きかけて……もうアカンと思ったけど、この廃村に着いたんや」
「ま……まぁそれは良かったよね。雨露は凌げるし……」
「せや。ここに人は全くおらへん。布団と住む場所があったから、なんとか今日まで生き延びてる……」
シノのこれまでの話を聞きながら作業をしていたが、ここでようやっと肉の形になる。
「我ながらへったくそやなぁ……せやけど、食べたら一緒や……なぁアキラはん、一緒に食べるやろ? うちの家に来てぇな……」
右手をパタパタと動かしながら誘ってくれる。
これは正直助かる。ミリアやフィアを探すにしても、今日の食料、今日の寝場所がなければ成り立たない話だ。
俺たちはシノの家……というか元誰かの家に着く。
扉とかは半壊してるけど、壊れ具合はほかよりマシといったところ。
中に入ると一応、枯れ木の類は集めてあった。部屋の中央には囲炉裏っぽいのがあり、火が扱える。
ということは……俺のライターの出番か。
毎回、ここスタンデルの人間に対しては、これが楽しみなところがある。
「ねぇシノ……火を起こすの、大変でしょ?」
もちろんフリだ。
シノが「せやねん」というのを期待して。
そのつもりだったが……
「なんや? それは大丈夫や。まぁよう見といてや」
シノは左手の全ての指を軽く曲げ、なにやら力を込めた様子で、手のひらの中心部が光を放ち始める。
「ハッ!」
積み上げて組んだ枯れ木に、シノの左手から放たれる光線。
そして木が燃え始める。
「えーーー!? シノ! 何したーー!?」
俺が言わせたかったセリフなのに~~!




