英国紳士は異世界でもTesco(テスコ)を求める~ショップスキルは全部盛りで~
まぁ。気軽に書いてるので気軽に読んで下されば^^
石造りの壁は湿気を含み、羊毛の毛布にはかすかな黴の匂いが残っている。
窓は歪み、隙間風が細く鳴くように吹き込んでいた。
そこは、異世界の辺境にある街の宿屋の一室。
お世辞にも清潔とは言えない空間だった。
「……お母さん。三十二年間、私はこの日のために生きてきたのでしょうか」
佐伯悠馬は、ベッドの中央で彫像のように硬直していた。
右側には、長い銀髪を枕に広げ、無防備な寝息を立てる絶世の美少女。
――中身は、先ほどまで「兄さん! ドレスの裾が足に絡まって歩きにくいです!」と野太い声で文句を垂れていた弟分のノアである。
左側には、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、悠馬の腕をがっしりとホールドして離さない美少女、エルゼ。
――好感度200%(執着確定)、中身が真っ黒な「極悪聖女」。
(なぜ、私はここで両手に花―いや、毒花か―のような状況に置かれているんだ……)
悠馬は、ハミルトン・コングロマリットを束ねる総帥だ。
ロンドンのシティで数千億の資金を動かし、冷徹に市場を支配してきた男である。
だというのに今、自らのパーソナルスペースは容赦なく侵食されている。
コミュニケーションを最小限に抑えて生きてきた彼にとって、それは物理的な拷問に等しかった。
「お兄様……寝顔も素敵……ずっと、見ていても飽きませんわ……☆」
耳元に落ちる吐息。
それは寝言というより、監視報告に近い。
限界が、近い。
―そのときだ。
『ピコーン! 限界だね悠馬くん☆ お助けキャラ、登場だよん!』
脳内に、不愉快なほど明るい女神の声が響いた。
同時に、視界の前に半透明のウィンドウが強制的にポップアップする。
【読者満足度:10%(立ち上がりが遅い! ヒロインとの絡みが足りない! との苦情殺到)】
「……女神。私は現在、物理的に動けません。助けるのであれば、この二人を別室に移動させてください」
『無理☆ 二人はもう悠馬くんの固定資産みたいなもんだから。それより見て! 昨日の“なんちゃって聖女救出イベント”のご褒美あげる!』
「ご褒美……?」
『最近のトレンド全部乗せ! 便利スキル“ショップオープン”だよ☆ ネットスーパー、コンビニ、デパート、ホームセンター、それからAmazon! どれがいい?』
悠馬は、ビジネスマンとしての本能で答えた。
「不要です。私は信頼関係のないサプライヤーからの調達は認めません。特にこの世界における品質管理の不透明さは――」
そのとき、隣で「……んー」と身じろぎしたノアが、カッと目を見開いた。
「兄さん! 何言ってるんですか! 兄さんはTescoに行っても、毎回何を買えばいいか分からなくて、牛乳とチキンとヨーグルトと卵しか買えないじゃないですか!」
「……っ、それは、それが最も効率的な栄養摂取サイクルだからであって……」
「在庫管理能力が私生活においてだけ著しく欠如してるんですよ! このスキルがないと、この世界で餓死します!」
弟のあまりにも正確な指摘(罵倒)に、悠馬の言葉が詰まる。
悠馬は英国住まいのエリートだ。
だが、仕事以外の買い物においては、馴染みのTescoの決まった棚の決まった商品しか手に取ることができない。
『あらぁ―じゃあ全部つけとくね☆ セレクトが面倒なら“ショップオープン!”って言えば、全部入りの“ハミルトン・モール”が出るようにしといたから☆』
「やめてください」
『はい、設定完了☆ ついでに初回特典でTescoの牛乳もつけといたよん♡ じゃあね☆彡』
女神の気配が消えると同時に、ウィンドウが切り替わる。
【新規スキル:ハミルトン・モール(Lv.MAX)】
「……はあ。……なぜ、こうなった」
悠馬は重く息を吐き、絡みつく聖女の腕を精密な力加減で外すと、静かにベッドから降りた。
空は白み始めている。
宿屋の一階は静まり返っていた。
誰もいない食堂の隅で、悠馬は覚悟を決め、小さく呟く。
「……ショップオープン」
瞬間、目の前の空間が歪んだ。
光。
そして現れたのは―
見慣れた自動ドア。
ハミルトンの社紋と、「24時間営業」の表示。
ドアが静かに開く。
冷房の効いた快適な空気。整然と並ぶ商品。Amazonの受取ロッカーから生鮮食品、資材に至るまで、完璧に管理された空間。
悠馬は吸い寄せられるように歩き出す。
数千の商品。
その中で、彼の足が止まったのは―やはり。
乳製品コーナー。
精肉コーナー。
「……これだ」
手に取る。
牛乳。鶏胸肉。ヨーグルト。卵。
変わらない。
どこへ行っても。
セルフレジに商品を置く。
『Unexpected item in the bagging area(袋詰めエリアに未登録の商品があります)』
「……っ、なぜだ! 正しく置いているはずだ!」
完璧であるはずの手順が崩れる。
異世界の中心で、エリート総帥がセルフレジに敗北しかけていた。
「……お困りですか、お兄様☆」
背後から、甘く、そして冷たい声。
振り返る。
そこに立つのはエルゼ。
その瞳には、異世界の文明への驚きなど一切なく、ただ「獲物(悠馬)」への執着だけが宿っていた。
「え、エルゼ……これは、その……」
「お兄様が、こそこそと寝所を抜け出して何をしているかと思えば……こんな奇妙な箱と戦っておられるなんて。……うふふ、可愛いお兄様♡」
背中に密着する体温。
逃げ場はない。
「あら、牛乳と卵だけ? お兄様、そんなのでは体力が持ちませんわ。今夜から、私が……お兄様の“中身”を全部管理して差し上げますからね☆」
エルゼの手が、躊躇なく商品を追加する。
『ピコーン! 読者満足度:95%! 独占欲の強いヒロインの介護シーン、最高だぜ!』
「……やめてください」
そこへ、さらに騒がしい足音が近づく。
銀髪を振り乱し、ドレスの裾を掴みながら駆けてくるノア。
「兄さん!! ずるいですよ一人で! お、Amazonがあるじゃないですか! 僕の“悪役令嬢用・光るドリル縦ロールウィッグ”の注文も通りますか!?」
「ノア、静かに……! それと、その声で“お姉様”と呼ぶのはやめろと言ったはずです!」
【読者満足度:100%(爆上がり中)】
【徳:0.1(レジの操作に苦戦する兄を助けたので加算)】
悠馬は、聖女に拘束され、弟(美少女)に相談されながら、点滅する表示を見つめた。
『店員を呼んでください』
「……なぜこうなった」
異世界。
それは、ハミルトン総帥の私生活のポンコツさすら、余すことなく消費される、無慈悲な舞台だった。
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