銀髪令嬢(中身:弟)と、全部盛り転生の始まり
とりあえず投下。
白い。やたらと白い。天井も、床も、壁も。境界が曖昧で、奥行きの感覚すら狂っている。吸い込む空気さえ漂白されているようで、肺に入っているのに現実感がない。
「……ここは?」
佐伯悠馬は呟いた。思考を切り替える。状況把握。前提整理。数秒前までの記憶を引き出す。三十二歳。ハミルトン・コングロマリット総帥。敵対的買収を幾度も成功させてきた冷徹な経営者。――その実態は、恋愛相談を母親に電話でするしかない、友人ゼロのコミュニケーション障害者。深夜のオフィスで、未処理の書類の山を前に心臓が「あ、これ無理」と音を立てた瞬間。そこまでだ。
「兄さん、死にました?」
隣にはノアがいた。五歳下の弟分。銀髪碧眼の整った顔立ち。ハミルトン伯爵家の後継者にして、悠馬を「兄さん」と呼びながら娯楽として扱う危険人物。
「まだ断定する材料が足りません」
「でも白いよ?」
「白いですね」
「これ、死後じゃない?」
「……可能性は高いでしょう。せめて母さんに一報入れたかった」
「じゃあ僕、悪役令嬢で」
「なぜですか」
即答だった。思考を挟む余地すらなかった。
「流行ってるじゃないですか。ざまぁして王子とハッピーエンド」
「君は男です。論理が破綻しています。それに私は独身ですが、母さんに『ノアくんが女性になって王子と結婚しました』とは報告できません」
ぱあん、と軽い音が響いた。
「ごめんねぇ~☆」
現れたのは、場違いなほど軽い声の女神だった。
「間違えちゃった♡」
「……はい?」
「本当は別の人を召喚するはずだったんだけど~、手元が狂って二人とも回収しちゃった☆」
「回収とは、我々の生命活動が停止したという理解で相違ありませんか」
「死んじゃったってことだね☆」
「そうですか。……損害賠償の請求先を教えてください」
「面白いこと言うね! その代わり異世界に転生させてあげる~☆彡」
悠馬は一度目を閉じた。情報整理。逃げ道の有無。リスク評価。
「……帰還手段は?」
「無理☆」
即答だった。
「ただし~」
女神がくるりと回る。
「徳を積めば帰れるようにしとくね☆」
その一言で、悠馬の思考が止まる。
「……本当ですか」
「ほんとほんと☆」
わずかに光が差した。
「特典で若返りもつけとくね☆ 三十代とか地味だし!」
視界に映る手は若い。関節の重みが消えている。身体機能が明らかに最適化されていた。
「最悪だ……」
「兄さん、異世界ですよ!」
ノアの目が輝く。
「全部盛りいきましょう! 悪役令嬢・ハーレム・無双・ざまぁ!」
「却下です。私は一般人で構いません」
「無理☆ 面白くないし☆」
女神が軽く笑う。
「悠馬くんは主人公ね☆」
「……帰るためなら、最低限の条件は受け入れます」
「じゃあ“徳ポイント”表示しとくね☆」
ぴこん、と音が鳴る。
【徳:0】【好感度:測定不能】【読者満足度:15%(地味すぎ)】
「あとこれ大事。満足度が下がると強制イベントね☆」
「メタを持ち込まないでください」
「じゃあ行ってらっしゃーーい☆彡」
落ちた。
風。土。草の匂い。感覚が一気に現実へと引き戻される。
「……」
悠馬は目を開けた。青い空。異常なほど澄んでいる。
「……一体、どうすれば……」
隣を見る。
いた。
銀髪碧眼の美少女。完璧な造形。非の打ち所がない。
「……ノア?」
「おおおー!!兄さん!俺、悪役令嬢だぜ!!」
声だけが完全にノアだった。
ドレスを豪快にまくり上げ、ガニ股で回る。
悠馬は空を見上げた。
「……お母さん」
【読者満足度:12%】
『チュートリアル開始~☆』
【強制選択:ヒロイン救出】
「却下します」
【タイムオーバー】
身体が動いた。意思とは無関係に。森の奥。少女が襲われている。助けるべき状況だと理解している。だからこそ最悪だった。
踏み込む。視界が加速する。魔法が自動展開される。剣が走る。盗賊は一瞬で制圧された。
「……私の対象に、触れるな」
言葉が勝手に出る。完成された台詞。最も合理性のない演出。
少女が頬を染める。
【極悪聖女・エルゼ:好感度200%】
「……やめてください」
空から声。
「いいね!」
ドゴォォォン!!
衝撃波。地面が揺れる。
【読者満足度:85%】
悠馬は立ち尽くした。腕に絡みつく聖女。はしゃぐ銀髪令嬢(中身:弟)。そして数値。
すべて現実だった。
「……採算が合いません」
【徳:+1】
【読者満足度:85%】
【警告:好感度が高すぎて、ヒロインが夜中に寝所に忍び込む確率が100%に設定されました】
【警告:夜間イベントの回避は不可能です】
それが結論だった。
青い空を見上げる。逃げ場はない。
「……やめてください」
佐伯悠馬、十八歳(中身三十二歳)。全属性魔法と制御不能な好感度、銀髪令嬢(中身:弟)と極悪聖女を抱え、彼は“読者満足度”という指標に追われながら、人生最大の赤字経営を開始した。
【読者満足度:86%(続きが気になる!)】
「……なぜこうなった」
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