反対を歩いてみた。
ピヨピヨと小鳥の囀りが朝の来訪を教えてくれる。「んーっ」と背伸びをして布団を跳ね除け、カーテンを開ける為にベッドから足を下ろす。
欠伸を右手で隠しながら食卓テーブルに左手を翳す。まずは平皿と茶碗とマグカップをテーブルの上に作り出す。次の瞬間、空の食器は目玉焼きや唐揚げ、ライスとミルクで満たされた。
イスを右手で引いて、そのまま全体重とバランスを信頼している誰かに託すように座り込む。左手を軽く振る、とテレビが起動して三原色で部屋を薄く照らし薄膜の震えで部屋の大気を不規則に揺らし始めた。
「はぁ、つまんないな〜」
そんな、幸せな戯れ言を本日の第一声と決めました。
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珍しく晴れだった。快い晴々とした快晴だった。
黒からの遊びのお誘いメッセージが届くこともなく、レイが飛び込んで来ることもなく、野球ボールが部屋に侵入することもなく、時間がループすることもなく、何の事件も怪現象も起きる気配もなかった、本当に何でもないある日の1人のこと。
らしくない事をしたら、らしくない事が起きる。この逆として、らしくない日には、らしくない事をしてもよいのだと思う。ホットパンツでなくスカートを履いてみたのだ。少し恥ずかしい気もするが偶には良いだろう。どうせなので萌え袖セーターも装備してみるとする。
いつもの事件源発生スポットである工事中の路地があるのと逆方向を歩み進む。
二階歩道への階段をのぼったところで、心地よい風が後ろからやさしく撫でる。
ピンクと白を基調とした屋根のクレープ屋が目に入った。十人ほどの列の後ろへ並び、待ち時間をソーシャルゲームで潰す。猫ちゃんを潰して時間を潰すのだ。にゃおー。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですよね?」
店員さんが笑顔で静かに注文を急かしてきた。右をチラと向いてみると十五人ほど並んで列を作っていた。
「それじゃあ、おまかせミックススペシャルで」
「ポテトはお付けいたしますか?」
「ここは何屋だよ、いやいらねぇよ」
「料金は千円となります」
食べ物は自分の能力で自前で作り出せる。だけれど、こういう所で買う事に価値があるのだ。焼きそばなんて家でいくらでも作れるのについついお祭りの屋台で買ってしまう、こういうのと同じなのだ。それに、お金なんてタンマリとある。これしきの出費は出費とは呼べない。
クレープをひと口つける。ホイップクリームとベリーのベリーベリーな甘みと酸味が相乗を為して脳を刺激する。ベリーな味だった。
「なぁーあの子かわいくないか?」
不意にそんな言葉が耳に入り、気になって声の持ち主の方へ顔を向ける。高等部くらいの男子二人組がビルの壁際によりかかっていた。そしてその片方が私を指差しながらもう片方を肘でついた。
「あっ、こっち向いたぞ」と指さしていた手をパーにして振ってきた。それに対し沈黙していた方の男は、「アレはやめておけ。うちの一年先輩の戸室綾だ。名前くらい聞いたことあるだろ」と鼻で笑った。
「うへぇ、それを早く言えよバカ!」
そう言い残して二人組は足早に立ち去った。
なんだか潔く露骨すぎて逆に怒る気もなくなるというものだ。
それにしても美味しいクレープであった。後日機会があればレイを連れてまた来ようかなと。
デパートの1つへ足を進める。他にもデパートはあるのだが、最初に目に付いたのがそのデパートの運の尽きよ、ふふふん。
白色を基調とした様々な彫刻のあるロビーがそこにあった。三つのエレベーターが規則的に並び、端に、奥へと通ずる通路が存在した。
まずは二階──二階歩道から入ったから──を探索するのだ。最初に目に入ったのは本屋さんだ。入口前で複数人の人間が長テーブルを置いて何らかの準備をしている。何かイベントでもあるのだろうか。
面白そうな文具がないか一通り眺めて、やはり一風変わった物が見つからないので本の新刊コーナーへと目を移す。特に興味の湧くものはなく、他の本を眺める。チラチラと眺めて、気になるタイトルが見つかれば手に取って少し中身をパラパラ読む。
商品を見るだけで、買ったりなどはしない。これが私のショッピングの基本姿勢であって、お店に利益を与えたりはしない。そんな私に目を付けられるとはこのデパートも運が無い。
本屋の次に目に入ったのは白っぽい綺麗な洋服店だ。
「いらっしゃいませ!貴女は見るからに特に目的もなくぶらついてここに入店した模様ですね」
スーツのお姉さん店員が駆け寄ってきた。正直のところゲーセンの店員が頭を過ぎったのは内緒。
「貴女には似合うものが山ほどあります!ささっ!試着室へどうぞ!」
店員さんに促されるまま試着室に入ると、文字通り山ほどの服を用意された。
山ほどの洋服セットを仕方なく順々に着替え、その度に店員さんが褒め上げてきた。
「やっぱりどれも似合いますねぇ!全て買うことをオススメいたしますよ!」
「うへぇ」
結局のところ、ほとんど買わされてしまった。五万円用意していたのにこの店で一気に使い切ってしまった。
まったくもって恐ろしい。
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マンションの屋上、に建てられた一軒家のチャイムをピンポーンと鳴らす。
上空に目をやると、綺麗な星空が煌めいていた。星空を見るといつも何かの大三角形とオリオン座を探してしまう。なぜオリオン座なのかというと、特徴的で覚えやすく探しやすいからだ。
ガチャりとドアが開き、私服のミカが姿を見せる。
「煮物のおすそ分けですか?あ、いえごめんなさい。私の配慮が足りませんでした。申し訳ない」
「あの、何言ってるのか分かんないんすけど」
ミカが何かしらボケをかましたのは分かるが、肝心の意味が分からない。まぁ、そんなものは放っておくとする。
「煮物ではないけど、洋服のおすそ分けならあるんだよねぇ。わけあって、沢山買っちゃいましてね?」
「ほうほう。では、ありがた悲しみながら受け取りましょうか」
「悲しむ要素は一体どこから」
ミカは洋服の入った白い紙袋を受け取り、中をチラッと確認した。
「そういえば、空を見ていましたね。今日は流星群でもあるんですか?」
「うーん?無いと思うけど。別に、空を見ることに理由はないよ。誰でも、気がつくといつの間にか空を見ていたってだけ。たぶん、お空の向こう側にある『嘗て自分がいた場所』を無意識に懐かしがって眺めてるだけなんだよ」
「嘗て自分がいた場所······ですか。私は······どこなんでしょうかね。もう、見失って無くなったような気もします」
「そっか。なら、また見つかるといいね」
「人間に諭されるとは、私も落ちぶれましたね。ところで、宙といえば。少し、縮んでますよね、宙」
「縮ん······で?どうゆうこと?」
「分からないのなら、いいんです。気にしないでください」
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「ただいまぁー」
玄関の戸を開けて、口も開けるが誰からの返事もない。
階段を降りて食卓テーブルに左手を翳す。テーブルの上にマグカップを作り出す。そして、マグカップの中をミルクが満たした。
右手でイスを引いて、左手でマグカップを持ち、イスを離してテーブルから離れ、ソファーに座った。
マグカップに口を付け、ミルクを飲む。ほんのり暖かい。
「はぁ、つまんないの〜」
私には、真の幸せというものが何なのか、やっぱり今日も分からず終いだった。




