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今日子がわざわざ、郊外の高井の事務所を訪れたのは、秋成の誕生パーティの1か月前だった。
高井が招待されている事を何処からともなく聞いつけてきて、『連れて行ってほしい』と珍しく、いや、初めてといっていいプライベートなお願いをしに来た。
「高井さん。長沼秋成の誕生日パーティに行くんですって?」
「あぁ。誰に聞いた?」
「誰だっていいじゃないですか?でも、招待されるほど、仲がいいんですね」
「あぁ。彼とはカメラ仲間なんだよ」
「そうなんですか・・・・」
「なぜ?」
高井の問いかけに少し考え込んだ後、思いきったように今日子は口を開いた。
「私も行きたいんですけど」
「今日子ちゃんも?」
「えぇ。連れて行ってもらえませんか?」
「秋成を知ってるの?」
「いいえ」
今日子はニッコリと首を振る。
「じゃあなぜ? 秋成に興味があるの?」
「さぁ? どうかな?」
「どうかなって、それじゃなぜ?」
その問いかけに今日子は少し言い淀んだ後、高井の質問に答えるかわりに、質問を投げかけてきた。
「それより、彼が長沼コーポレーションを救ったってホント?」
「え?ああ、その業界では、そんな風に言われているのは確かだね。傾きかけていたのに、秋成の開発したソフトで盛り返したのは事実かな」
「彼って変人?」
今日子の突飛な問いかけに高井は一声大きな笑い声をあげた。
「いいや、ほんと普通の男だよ」
「そう?」
「あぁ。少し厳しい父親と甘やかし気味の優しく綺麗な母親に大事にされて、素直にまっすぐ育ったって感じかな」
「ふ~ん・・・・。甘やかされてね・・・。そうなんだ」
「でも、秋成は我儘なところも嫌なところも全くないぞ。あんな気持ちのいい奴に会ったことはないね」
「そう?なんだか、胡散臭い」
「どういう意味だ?」
「だって。ほめる言葉しか出ない人物なんてかえって信用できないわ」
高井は、いつになくひねくれた言葉にやんわりと言い返す。
「おいおい、辛辣だな。でも、欠点と言えば、人の気持ちを大事にしすぎて、自己主張が薄いところかな。
がむしゃらなところがないんだよな。まぁ、頭がよくて何でも理解が早くて、そこそこ顔がよくて、金も地位もあれば、欲しいものは大抵手に入るからな。しかたがないかもな」
「大抵ね・・・・」
「とにかく素直だし、真っ直ぐで、奢ることもなく、だれに対しても優しいし奴だよ」
今日子は少しきつい目で高井にかみつく。
「お金があって、親に優しくしてもらえれば誰だって優しくなれるわ」
「いや、そういうわけでもないだろうけどな」
「ハハオヤって綺麗な人」
「そうだな、後妻さんだって言ってたけど、親子仲はいいぞ。とにかく、母親は秋成が可愛いって感じだし、秋成もよくなついているしな。
秋成の一番の理解者であり、味方だな」
「ふ~ん」
「えらく、興味あるんだな」
高井は、人の噂話が嫌いな今日子には珍しいと思った。
「だって、セレブ中のセレブでしょ。それに傾きかけていた会社の救世主だって言われている人物なんて、そうそうお目にかかれないわ。そんな人、回りにいないから、お知り合いになりたい気持ちなら誰にだってあると思うけど」
「でも、君は今まで、セレブとかそんなものには全く興味なかったのに。セレブと称される男や独立心旺盛な青年社長からの誘いだって、きっぱりとはねのけていただろ?急にどうしたんだい?」
「彼は特別だから」
「特別?」
「えぇ」
高井は、今日子の言葉の意味が全く分からなかった。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
「だからその特別の意味だよ」
「だから・・・長沼秋成は私にとってどうしても知り合いたい人なの」
「その訳を言えよ」
「だから、彼が特別だからですよ。ねぇ、いいじゃないですか。お願いします。 連れて行って」
今日子が拝むように高井に手を合わせる。
高井は、今日子との堂々巡りの受け答えをこれ以上繰り返しても無駄だと思った。
今日子がこんな無理を言うのは初めてだ。
少し不思議な気もしたが、彼女だって若い女性だ。
華やいだパーティやイケメンと言われている御曹司に少しのコネを使って会ってみたいと思う気持ちがあっても可笑しくない。
ただ、それだけかもしれない。
高井は、拭う事の出来ない違和感は、ひとまず脇に置く事にした。
そして何よりも秋成が今日子の大ファンだった事を思い出し、良い誕生日プレゼントになるだろうしと、これぐらいの無理なら聞いてやろうと、頷いた。
「わかったよ。秋成に言ってみるよ」
「でも、私の名前は隠しておいてもらえますか?」
招待状を手に入れるには、長沼家の了解が必要だ。
長沼コーポレーションは、秋成が学生の身分ということにこだわり、公式にはお披露目していない。
大学卒業と同時に、公式に長沼コーポレーションの次期後継者として公に発表する予定だった。
その為、このパーティは、最後のプライベートな誕生日パーティで厳選された招待客しか、呼ばれていない。
名前を出さず今日子を同行することは無理だろう。
再び、先ほどの違和感が高井にのしかかる。
「いや、それは難しいだろう」
「そう・・・・・」
「それより、どうして名前を隠す必要があるんだ?
今日子が行くとなると秋成は喜ぶぞ」
「・・・・・それは・・・・」
「週刊誌が気になる?」
「そうじゃなくて・・・・」
「今日子?君の名前で招待状をもらえないかもって不安かな?それなら全く心配することないぞ」
「別にそれは・・・・」
「ならいいじゃないか。さっそく連絡してみよう」
高井は電話を取り出す。
「もういいです!」
「え?」
「だから、もういいです。ちょっと思いついただけだから」
「急にどうした?」」
「連れて行ってもらわなくてもいいです!」
今日子には珍しく喧嘩腰の物言いだった。
その剣幕に押され、高井は問い詰めるのをやめる。
「行かなくていいのか?」
「えぇ。興味なくなりました」
「え?」
「長沼秋成なんてやっぱりどうでもいいです」
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そんな会話を交わしたが、高井はそのパーティを結局、欠席する事になった。
海外ロケが急に入ったのだ。
あの時、今日子が諦めてくれてよかったと、ホッと胸をなで下ろしたというのに。
それがどうやって今日子がパーティに出席できたのかは、いまだに謎で、彼女に聞いても、【ヒミツ】と笑うだけだった。
高井はあの時抱いた違和感が拭えないまま、仲良く二人が寄り添う後ろ姿を、複雑な気持ちで見送った。