第7章 — 狩猟
神殿は血と破壊に飲み込まれた。巫女がどれほど抵抗しようとも、カイロスの圧倒的な力の前には無力だった。絶望の淵に立たされた巫女は、リーを導くために最後の力を振り絞る。リーが目の当たりにしたのは、変わり果てたレオンの姿と、取り返しのつかない悲劇だった。運命の歯車が軋み音を立てて回り出す。
満月が山々を照らしている。
風は岩肌の間で激しく渦を巻いていた。
巫女の神殿。破壊された階段を、今も血が流れている。
死体。
魔術師、神官、守護者たち。
全員が倒れ伏していた。
どんな魔法も通用しなかった。どんな祈りも、どんな封印も。
すべてが無意味だった。
破壊の只中に……
レオンが立っていた。
いや、それはカイロスだ。
黄色い瞳が、呪われた二つの月のように妖しく輝いている。
巫女は震えていた。
杖が手からこぼれ落ちる。
彼女はこれほどの恐怖を感じたことがなかった。戦争の最中でも、天界の存在を前にしても、未知の地の怪物に直面したときでさえも。
だが、これは違う。
これは異質だ。
カイロスは首を傾げ、彼女を観察している。
虫を観察する子供のように。
「よく逃げたな」
その声は奇妙に響いた。まるで複数の怪物が同時に喋っているかのように。
巫女は一歩後ずさった。
「私に近づかないで……」
カイロスは微笑んだ。
「言ったはずだ。猶予をやると。そして、そうした」
彼は辺りを見渡す。
「援軍を連れてきたな。気に入ったぞ」
巫女は足の力が抜けるのを感じた。彼女の視線が死体の山をなぞる。かき集めたはずの増援は、例外なく全員死んでいた。
カイロスは両腕を広げる。
「もう少し、遊ぼうか?」
彼女は踵を返し、走った。
風が山を切り裂く。細い小道を駆け抜け、足元で石が転がる。呼吸が肺を焼いた。
背後……
静寂。
足音一つ聞こえない。追跡の気配もない。
何も。
そして、それが何よりも恐ろしかった。
彼女は一瞬立ち止まり、振り返った。
誰もいない。ただの闇。
心臓が早鐘を打つ。
「どこにいるの……」
音がした。
コンッ。
彼女は凍りついた。
コンッ。
もっと近くで。
コンッ。
まただ。
だが、それは地面からでも、木々からでも、石からでもなかった。
まるで……
自分の頭の中から響いているようだった。
巫女は再び走り出した。
その頃、リーが目覚めた。
頭が激しく脈打つ。視界がぼやけている。
顔に手をやると、血が固まっていた。混乱の中、記憶が蘇る。
レオン。
あの黄色い瞳。
一撃。
カイロス。
リーは即座に立ち上がった。
「レオン!」
静寂。家の中は空っぽで、ドアは開け放たれ、封印は壊されていた。心臓が沈み込む。
「嘘だろ……」
リーは外へ駆け出した。
そこで見たのは、破壊の跡だった。通りは無人で、家々は壊され、死体が散乱している。血。おびただしい血。
リーは立ち尽くした。これは戦場ではない。もっと悪い。処刑場だ。
駆け出す。角を曲がるたびに新たな死体を見つけ、道を進むたびに破壊が目に入る。人々は抵抗する暇さえなかったのだ。
リーは拳を強く握りしめた。
「レオン……」
山中にて……
巫女は走り続けていた。何十年ぶりかに、涙を流しながら。絶望のあまり、洞窟を見つけて中に飛び込んだ。闇が彼女を包み込む。膝から崩れ落ち、荒い息を整えた。
「お願い……お願いだから……」
静寂。
目を閉じる。もしかしたら逃げ切れたのかもしれない。
……かもしれない。
声が返ってきた。背後から。
「誰に助けを求めている?」
女は凍りついた。血が凍るようだった。
ゆっくりと……首を回す。
カイロスが石の上に座り、彼女を眺めていた。何時間も前からそこにいたかのように。
彼女は叫び、両手からエネルギーを爆発させた。
洞窟全体が揺れ、岩が崩れ、白い光が全てを照らした。
煙が消えたとき……
カイロスはそのまま座っていた。傷一つなく。
彼はあくびをした。
「弱いな」
リーは探し続けていた。その時、足跡を見つけた。新しいものだ。
彼は追い始めた。山を駆け上がり、絶望の中で加速する。
すると、声が聞こえた。
微かに。脳内に。遠いこだまのように。
「リー……」
彼は立ち止まる。
「何だ?」
「リー……」
巫女の声だ。リーは即座に悟った。
「どこにいるんだ!?」
返事はない。ただ方向と、感覚だけがあった。彼女が導いている。
リーは走った。
洞窟の中。
巫女は呼吸さえ困難だった。体は破壊され、傷だらけだ。
カイロスが彼女の周りをゆっくりと歩く。
「一番好きなものは何か知っているか?」
彼女は答えない。
「恐怖だ」
彼は笑った。
「恐怖は常に真実を語る」
怪物は彼女の前に膝をつく。黄色い瞳が、彼女の目に反射した。
「私を封じようとした時、貴様は恐れた。魔術師を呼んだ時も、誰にも私を止められないと気づいた時も、貴様は恐れた」
彼は顔を近づける。
「そして今……死を恐れている」
巫女の頬を涙が伝う。
カイロスは微笑んだ。
「ほらな? 言った通りだ」
外で轟音が響く。
カイロスは頭を上げ、笑みを浮かべた。
「ああ。ようやく来たか」
リーだ。
怪物は立ち上がる。
「お客様を通してやろう」
彼は洞窟の出口へと歩み、闇の中に消えた。
巫女は横に崩れ落ちる。疲れ果て、死が近いことを悟った。だが、待たなければならない。あと少し。もう少しだけ。
数分後。
リーが駆け込んできた。剣を手に。
レオンを探す視線の先に、彼女がいた。倒れ、血に濡れた姿で。
リーは巫女のもとへ駆け寄った。
「ダメだ!」
彼女は微かに笑う。
「生きていたのね……死んだかと思ったわ」
リーは彼女の手を握る。
「彼はどこだ?」
巫女は目を閉じた。
「言ったでしょう……彼があの強大な存在だと……」
リーの瞳に涙が浮かぶ。
「止める方法はないのか?」
彼女は苦しげに息を吐く。
「あるわ……貴方の妹……」
リーは凍りつく。
「どういうことだ?」
「ララ……」
女が血を吐く。
「予言者は正しかった……二人を引き離してはダメ……彼女の役割は重要よ……」
リーは思い出した。予言。イエスの言葉。古き預言者の言葉。すべてが同じ方向を指し示していた。ララ。
巫女は最後にもう一度微笑んだ。
「ようやく分かったわ……なぜ彼が貴方たちを選んだのかが……」
リーは彼女の手を強く握る。
「嫌だ。死ぬな」
彼女は彼を見つめ、安らぎの表情を浮かべた。
「幸運を……」
手が力なく落ちる。瞳から光が消えた。
静寂。
リーは動けなかった。信じられない。また一人が死んだ。また一つの命が失われた。レオンをここに連れてきたせいで。失敗したせいで。
洞窟の入り口から風が吹き抜ける。
リーはゆっくりと立ち上がった。瞳には絶望が満ちている。
外では満月が輝いていた。
そして、どこかあの惑星のどこかで……
カイロスは自由だった。
狩り、遊び、待ちわびている。
リーは拳を握りしめた。レオンに出会って以来初めて、何をすべきか分からなくなった。
洞窟の入り口で月を見上げるリー。遠くの山々に、怪物の高笑いが響き渡る。
「ハ……ハ……ハ……ハ……」
暗闇の中に、カイロスの黄色い瞳が浮かび上がる。
第7章 終わり。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
巫女という導き手を失い、リーはついに追い詰められました。強大な力を持つカイロス、そして予言の鍵を握る妹ララの存在。レオンの心は一体どうなってしまうのでしょうか。物語はさらに混迷を極め、核心へと向かいます。次回の更新も楽しみにお待ちください!




