⑥
Hと彼女がブースを出た後も、WEST郵便局の体験コーナーには来場者の列が途切れることはなかった。
郵便局員はHと彼女に、未来の手紙を入れる袋を手渡す際に怪訝な表情を浮かべた。
(あれ?……この手紙、こんなデザインだったっけ?)
今日も既に何人かを案内した。
手紙のデザインはいつも一緒。
変わるはずがない。
……にもかかわらず、2人の用紙のデザインだけ異なることに疑問を持った。
「……あんなの見た事ない」
二人が去った後、思わず声が漏れた。
隣にいた同僚が振り返る。
「どうしました?」
「いえ……」
職員は首を振った。
気のせいかもしれない。
そう思った。
だが、胸の奥の違和感は消えない。
システム仕様では、手紙のレイアウトは全員共通だ。
文章と背景画像だけが変わる。
フォントも余白も全て固定。
しかし、先ほどの二人の手紙だけは違った。
職員は彼女にこう言われた。
「この写真の風景、どこなんでしょうね?」
チラッと見せてもらっただけだが、それは明らかに見たことのないものだった。
いや、既存の仕様とは明らかに異なるものだった。
普通の来場者なら気付かない。
だが何百枚も見ている職員には分かる。
余白が違う。
文字配置が違う。
そして何より――。
未来写真の背景が違う。
職員は全ての体験者が帰った後、急いで管理画面を開いた。
過去の出力データを呼び出す。
最初の一枚。
次の一枚。
さらにその次。
どれも同じだ。
AIが作った未来予想図。
よくある画像生成AIの風景。
ところが、先ほどの二人だけが違う。
見たこともない海辺の街。
石造りの建物。
青い海。
異国とも違う。
日本でもない。
海外でもない。
どこにも存在しない景色だった。
「やっぱり、あんなのどこにも無い……」
嫌な汗が首筋を伝った。
二人の画像はまるで同じ世界を別の場所から撮影したように見えた。
海岸線。
建築様式。
空の色。
光の角度。
偶然とは思えないほど一致している。
職員は管理者権限画面を開いた。
そこで、さらに異常を見つけた。
「……え?」
手が止まる。
通常なら残るはずの画像生成履歴。
文章生成履歴。
それらが二人のデータだけ存在しなかった。
記録されていない。
空欄だった。
そんなことはあり得ない。
絶対にあり得ない。
職員は急いで運営本部へ連絡を入れた。
「すみません。体験システムで不具合が発生している可能性があります」
「どんな症状ですか?」
「分かりません。ただ……」
言葉を続けようとして。
職員は画面を見たまま固まった。
そこには先ほどまで無かった文字が表示されていた。
黒いモニターの中央。
白い文字。
誰かが打ち込んだような文章。
だが操作している者はいない。
キーボードにも触れていない。
それなのに文字が増えていく。
一文字ずつ、ゆっくりと。
まるで誰かが向こう側から入力しているように。
職員の呼吸が止まった。
画面にはこう表示されていた。
———
候補者確認。
ウィルヘルム・ロック
最大軍事国家カリメアの公爵家の嫡出子
ミライ・マティーニ
極東の貧しい国パンジャ王家の姫
選定開始。
———
「……なに、これ」
声が震えた。
直後、文字列が一瞬で消える。
画面は元の管理画面へ戻っている。
何もなかったかのように。
「もしもし?」
受話器の向こうから声が聞こえる。
「どうしました?」
職員は答えられなかった。
全身に鳥肌が立っていた。
夕陽に染まり始めた夢洲。
その地下深く。
造成時に埋め立てられた膨大な廃棄物のさらに下。
誰も知らない場所で。
このwest郵便局の真下で何かが目覚め始めていた。
その時。
会場のどこかで。
誰にも聞こえない鈴の音が鳴った。
まるで長い眠りから覚めた誰かが、静かに笑ったかのように。




