④
「次の方、どうぞ」
彼女が先にブースに入り、AIカメラの前に立って顔を撮影した。
「前面の画面に20年後の、あなたの夢を入力してください」
青い制服を着た郵便局員に促されたが、彼女はしばらく指をかざしたまま動けなかった。
(…20年後の私って、生きてるの?)
胸の奥が熱くなる。
ずっと、“今日の次の日”さえ怖かった。
それでも、彼女は少し考えて指を動かした。
震える指でゆっくりと打ち始めた。
“大切な人と一緒に、いつも笑っていたい”
彼女は手を胸の前で固く握りしめた。
(お願い、生きていて……)
数秒の静寂の後、AIが生成した《未来の手紙》が画面下の受け取り口にコトンと落ちた。
震える手でそれをすくいあげ、読み始めた途端、彼女の膝はゆっくりと床に落ちた。
そこには、20年後の彼女がいた。
驚くほど穏やかな表情。
ほんの少し痩せて、大人びているけれど、とても柔らかい目をしていた。
周囲に広がるのは、異世界のような見たことのない海辺の街。
20年後の彼女は、生きていた。
生きて、どこかを旅していた。
胸の奥で何かが決壊して、彼女は息を呑んだ。
———
20年前の私へ。
あなたは今、自分の体のことを誰にも話せず、ひとりで不安に震えているよね。
あなたが夜中に泣いた日も、痛みをこらえて笑った日も、全部、私は覚えている。
あなたは今、「20年後の私なんて、いないかもしれない」と心の底で思っている。
でもね、私はここにいるよ。
「大切な人と一緒に、いつも笑っていたい」
その願いは叶ったよ。
だけど、その人が誰かはまだ言わないね。
それでも幸せになるから。
どうか、未来をあきらめないで。
20年後のあなたより。
———
文字を追ううちに、彼女の目から涙が一粒、こぼれた。
AIが選んだその言葉の一つひとつが、まるで“誰か”の心を借りて書かれたように優しかった。
「……なんでだろう。こんなに温かいのに、苦しい」
彼女は呟いた。
彼女は手紙を読み終えた瞬間、胸に押しつぶされるような嗚咽を漏らした。
“20年後の自分が生きている”。
ただそれだけで、世界が変わるほどの救いだった。
手紙を抱きしめながら、彼女は小さく、小さく呟いた。
(生きたい。ちゃんと、生きてたい)
その横顔を、Hは見つめていた。
だが、何かを言おうとして言葉を失い、ただ静かに彼女のそばに立ち続けることしか出来なかった。




