③
8月9日(土)
夏休みに入り、三連休の初日。
万博会場は朝から親子連れで溢れ、笑い声と歓声が途切れることなく続いていた。
その人混みの中を、Sは不機嫌そうな友人Rと並んで歩いていた。
かって、HとSの同期だった友人……。
そして、HとSが秘密を共有する女性……。
ある事件がきっかけでRが会社を退職したのは数年前だ。
当時のRは春の陽ざしに負けないくらい笑顔が眩しく明るかった。
黒髪は肩でふわりとはね、背は小柄。
それなのに、大きめのリュックを背負い、胸元にはいくつも缶バッジが揺れている。
……だが、幼く見えるその小さな体の中に、Rは天才的頭脳を宿していた。
〈声帯認証・詐欺撲滅システム〉会社の主力商品の一つをRは誕生させ、それがHの運命に大きく影響を及ぼしていくのであった……。
久しぶりの休日。
三連休とはいえ、Sが休めたのは今日一日だけだ。
万博会場には郵便局が二つある。
広大な敷地の東と西、その端と端に。
Sたちが訪れていたのは、東ゲートを入ってすぐの《EAST郵便局》
この日限りで開催される「記念押印イベント」
会期中の通常押印とは異なる、Sの“推しキャラクター”の限定デザインだった。
郵便局の外まで続く長蛇の列を見てRが叫ぶ。
「ちょっと! 二時間待ちですって!」
強い日差しの下、汗を拭いながらも、切手帳を抱えるSの手はどこか嬉しそうだった。
職場ではバリキャラと評される彼女も、こうした時は、少しだけゆるい、幼い少女の表情に戻る。
列に並びながら、Sはふと空を見上げた。
……この空の下に、Hもいるのだろうか。
Sは知っていた。
同じ休日に、Hと彼女が一般客として会場を訪れていることを。
———
一方その頃。
会場の反対側、西ゲート近くにある《WEST郵便局》
Hと彼女は、並んで立っていた。
「一つ、聞いてもいいかな」
Hは、彼女から渡された電子チケットに目を落としながら言った。
「今日は一日券を買ったんですね」
「はい。私は通期パスを持っているんですけど、Hさんが持っていないって聞いたので」
「……でも、どうして二枚?」
彼女の手には、Hと同じデザインの一日券があった。
「気づかれちゃいました?」
少しだけ照れたように笑い、視線を逸らす。
「一日券を一枚ずつ買うより、少しだけ安いんです」
そう言った後に短い沈黙があった。
彼女は小さく息を吐き、淡い声で続けた。
「私……少しだけ“特別”なんです」
言葉を選ぶように、一つずつ紡いだ。
「国が指定している病気で……特定疾患。いわゆる、難病ってやつです。治らないって」
Hは、言葉を失った。
「……ちょっとだけ、病院と仲良しなだけですよ」
そう言って笑う彼女の表情は、いつもの無邪気な笑顔とは違っていた。
明るさの奥に、はっきりとした“影”があった。
「見てください、これ。気になりません?」
空気を切り替えるように、彼女は子どものように目を輝かせる。
Hは腕を組み、案内板を読んだ。
《Pℓay!未来からの手紙》
名前や年齢、将来の夢を入力し、顔写真を撮影すると……生成AIが「20年後の自分」からの手紙を作成します。
Hは小さく笑う。
「当たり障りのない手紙しか、作らないんじゃないかな」
「私は、ワクワクします」
彼女は迷いなく言った。
「だって、自分がどんなふうに生きてるか、ほんの少しだけ覗けるんですよ?」
その笑顔は、先ほどとは違い、まっすぐで眩しかった。




