③
パンジャ王国王都。
カリメア帝国に支配されてから数ヶ月が経っていた。
ウィルヘルムが宣言した通り、定期的に若い男女が奴隷として連れていかれ、カリメア帝国兵が王都にも駐留していた。
一時の暴動も恐怖による治世により収まっていた。
食糧は約束通り支給され、悲しみの中にも生き残った者は平和を享受していた。
……いずれ訪れる、奴隷として連れていかれる日が来るまでは……。
———
王城地下
アマギ・パンジャは、国王以外立ち入りを許されない地下の礼拝堂にいた。
蝋燭の灯りが揺れ、静寂だけが支配する空間。
その中央には以前と変わらず、一つの白い棺が置かれていた。
誰にも立ち入ることを許されない静かな一室で、彼は何度目になるか分からないミライ・マティーニ一の手紙を静かに開いた。
自らの命を捧げ、多くの民を救った少女。
そこには、理解できない言葉が記されていた。
———
私が死んだ後も、どうか私を埋葬しないでください。
火葬もしないでください。
その時が来るまで、待ってください。
きっと私は、もう一度目を覚まします。
———
季節は巡った。
普通なら腐敗し、土へ還るはずだった。
だが、何一つ変わらない。
肌は白く、髪は艶を失わず。
眠っているだけのようだった。
「……お前は、何をしようとしているのだ」
アマギは掠れた声で呟く。
その時だった。
霊廟全体を包む空気が震えた。
カタ……
燭台の炎が揺れる。
空間そのものが呼吸を始めたようだった。
「……!」
眩い光が棺から溢れ出した。
それは不吉な魔法とは違う、優しく暖かい、善意に満ちた光だった。
やがて少女の身体が棺からゆっくりと浮かび上がる。
そして、ゆっくりと。
ゆっくりと、閉ざされていた瞳が開く。
「…………」
アマギは息を呑んだ。
「ミライ……!」
思わず駆け寄る。
涙が溢れる。
「戻ってきたのか……!」
少女は静かに彼を見つめた。
透き通るような青い瞳。
だが、その瞳には、見覚えのない戸惑いだけがあった。
「……あなたは?」
アマギの笑顔が止まる。
「ここは……どこですか?」
「私は……」
少女は自分の両手を見る。
指を動かし身体を触る。
「……生きてる?」
仕草もどこか違う。
外見は間違いなくミライだった。
しかし、中身は別人だった。
アマギの胸がざわめく。
「ミライ……だよな?」
少女は首を横へ振った。
「ごめんなさい……」
「自分の事も……分からないんです」
静寂が部屋を満たした。
アマギは一歩後ろへ下がる。
奇跡は起きた。
だが、戻ってきたのは本当に妹だったのか。
その時だった。
「ようやく起きたね」
少女だけに聞こえる声がした。
「……!」
振り返るが誰もいない。
いや、一人だけいた。
柔らかな光に包まれた少女。
白いワンピース。
優しい笑顔。
自分と全く同じ顔。
「え……」
少女は目を丸くする。
「わ……私?」
光の少女は少し照れたように笑う。
「うん。」
「私はミライ・マティーニ」
「あなたの前の、この身体の持ち主」
世界が止まった。
「え……?」
「驚くよね。でも時間がないの」
光の粒子がゆっくり舞う。
「あなたは死んだんじゃない」
「私が死んだの」
「そして、あなたがここへ来た」
「どういう……こと?」
混乱する少女へミライは優しく微笑む。
「世界があなたを選んだ」
「選ばれた?」
「うん」
「この身体には、まだ終わってはいけない役目があるの」
少女は呆然と立ち尽くす。
その横で、アマギは誰もいない空間へ話しかける少女を見つめ言葉を失っていた。
「……誰と話している?」
少女は振り返る。
「え?」
「そこに……女の子が……」
「誰もいないぞ」
少女は再び振り向く。
ミライは小さく頷いた。
「私のことは、今はあなたしか見えないの」
「これから先、あなたには会わせたい人がいる」
一つの名前が少女の頭の中に浮かび上がった。
「……ハルキ?」
「……誰?」
自分でも知らない名前だった。
それなのに。
その名を口にした瞬間、理由の分からない涙が頬を伝い落ちた。
ミライは静かに目を閉じる。
「あなたが、あの人を救ってあげて」
遠く東の空で、一筋の光が静かに瞬いた。
それは世界と世界を結ぶ運命の糸が、再び動き始めた証だった。




