②
その光を、誰よりも近くで浴びていた者がいた。
ハルカ・セレスティア。
世界最強と謳われる絶対的魔女。
あらゆる魔法を知り、数万の命を一瞬で消し去ることさえできる女。
その彼女が、生まれて初めて理解できない現象を目の当たりにしていた。
「……ありえない」
震える声が漏れる。
自分の魔法は、完全だった。
肉体は内側から崩壊し、魂ごと消滅する。
過去、一人として例外はいなかった。
ハルキの肉体は確かに砕け散ったはずだ。
だが――。
「どこへ行った……?」
ハルカは処刑台へ駆け上がる。
砕けた鎖と血痕だけが残っている。
だが、遺体が存在しない。
その時、不意に耳元で誰かが囁いた。
「報いを受けてもらう」
ぞくり、と背筋が凍る。
「誰!」
振り返るが、誰もいない。
兵士も民衆も、ウィルヘルムにすら、その声は聞こえていない。
だが確かにハルカには聞こえた。
「なに……これ……」
心臓の奥に、黒い棘が一本だけ突き刺さったような感覚があった。
ハルカはゆっくりと、自分の手の甲を見る。
白い肌に黒い一本の線が浮かび上がっていた。
それは、血管のような刻印だった。
「……呪い?」
その言葉を口にした瞬間。
頭の中へ大量の映像が流れ込んだ。
泣いている少女。
笑う少女。
祈る少女。
ミライ・マティーニの顔だった。
そして、彼女が絶命した瞬間の映像。
「やめろ!」
ハルカは頭を押さえて叫んだ。
映像は終わらない。
愛する者を失った絶望。
守れなかった後悔。
世界への怒り。
神への憎しみ。
それはハルキの感情の欠片だった。
それらすべてが、一つに溶け合い、最後の瞬間にハルカの魂へ焼き付いた。
死によって消えるはずだった感情。
それだけが、世界の理を越えて残った。
『お前だけは』
男とも女ともつかない憎しみだけで形を成した声だった。
『許さない』
その瞬間、黒い刻印がハルカの腕を這い、肩へ、首へと伸びていく。
「嫌……!」
初めてだった。
絶対的魔女が恐怖で悲鳴を上げたのは。
どれだけ魔力で対抗しようとしてもそれは止まらない。
刻印は、生き物のようにゆっくりと広がっていく。
まるで死神が獲物へ印を付けるように。
「ウィルヘルム!」
ハルカは叫ぶ。
「助けて……!」
ウィルヘルムは静かに近づき、その刻印を見る。
そして、眉をひそめた。
「呪われたのか!」
ハルカは震えていた。
———
ウィルヘルムとハルカは王城へ戻り状況を整理することにした。
従者がテーブルに豪華な食事を並べていた。
そして、その瞬間、ハルカは理解した。
呪いの正体を。
恐怖による喉の渇きを癒そうと、スプーンを手に取りスープを口に運んだ時だった。
ゴトリ……
皿の中のスープは、スプーンを入れた瞬間固い石となった。
「え?なにコレ……」
そして、サラダにフォークを突き刺しても…。
ガチッ!
瞬間サラダは石の塊となった。
ハルカは他の料理も試した。
しかし、全てがハルカが口に運ぶ前に石化した。
喉の渇きが治らない。
グラスの水を飲もうとしてもグラスごと石化した。
飲食が一切できなかった。
ハルカは従者にスプーンで自分の口に運ぶように指示する。
それでも、ハルカの口元に近づいた瞬間石化した。
食器で飲食することが出来ない。
手袋をしても一緒だった。
激しい喉の渇きに襲われて、半ば錯乱状態でハルカは城を出て森の方へ走り出した。
しばらくすると川が見えた。
誰もいない中、ハルカは脱水状態から川の前でうつ伏せに倒れた。
「み、水を……」
本能がハルカの身体を突き動かした。
そして、川面に顔を付けてそのまま水を飲んだ。
「の、飲める」
ハルカは顔を上げて手で水をすくう。
すると、その瞬間手の中で水は石化した。
「なんでよ!」
泣きたくなった。
涙を流していると、一匹の犬が近づいて来た。
口にリンゴを咥えている。
ハルカは空腹が抑えきれなかった。
魔法を犬にかけた。
犬の周りに炎が起こる。
犬は驚いて咥えたリンゴを地面に落として走り去る。
そして、ハルカは犬のように地面に落ちたリンゴを手を使わず這いつくばって口に咥えて食べた。
惨めさが身にしみて大粒の涙を流した。
「私は……もう、犬のようにしか食べられないのね……」
彼女は理解してしまった。
この刻印は、自分の命が尽きる、その瞬間まで消えない。
そして、その終わりはハルキに関係していると。
「……そんな……」
膝から力が抜ける。
処刑したはずだった。
完全に殺したはずだった。
なのに、最後に敗北したのは、自分だった。
遥か東の空では、一筋の光が静かに世界の境界を越えていく。
肉体は滅びても魂は新たな命へ受け継がれていく。
そして憎しみだけが、世界に刻まれた。
その日から、絶対的魔女ハルカ・セレスティアは、誰にも知られることのない”終末”を、その身に宿すこととなった




