①
パンジャ王国王都。
王城を見下ろす丘の上に築かれた処刑台にハルキは磔にされていた。
何度も王国を救った英雄。
その姿は、今や痛々しいほど静かだった。
両腕は鉄の杭で固定され、幾重にも重ねられた封印の鎖が全身を縛っている。
ハルキには、抵抗する意思など全くなかった。
その瞳は、ただ一点だけを見つめていた。
ミライ・マティーニが眠る方角。
彼女は、もういない。
最後まで王国の為に祈りを捧げて、その命を落とした。
最期の瞬間まで民の事を想いながら。
(……ごめん)
心の中で何度も謝った。
自分は守れなかった。
処刑台の下には、数え切れないほどの民衆が集められていた。
カリメア帝国の兵士たちによって強制的に集められた者も少なくない。
皆が息を潜め、ハルキを見上げている。
これは単なる処刑ではない。
帝国が新たな支配者となったことを、この国の民へ知らしめるための儀式だった。
ウィルヘルム・ロックが姿を現す。
静かな足取りで処刑台の前へ歩み出る。
「パンジャ王国の民よ!」
低く響く声が丘全体を包む。
「戦は終わった」
誰も答えない。
「だが、お前たちの心にはまだ一人の英雄が生きている」
ウィルヘルムは静かにハルキを見上げた。
「英雄とは、死してなお民を立ち上がらせる存在だ。」
「ゆえに私は、英雄そのものを終わらせる」
その言葉に、群衆がざわめいた。
泣き崩れる者。
目を覆う者。
祈る者。
その輪をかき分け、一人の女性が飛び出した。
「お願いです!」
兵士に押さえつけられながら叫ぶ。
「もうやめてください!」
続いて、また一人。
「どうか命だけは!」
さらに、一人。
「お願い……お願いだから……!」
彼女たちは皆、かつてハルキに抱かれた者たちだった。
女たちは涙を流し、処刑台へ手を伸ばす。
兵士たちが押し返す。
それでも叫びは止まらない。
「ハルキ様!」
「お願い!」
「殺さないで!」
ウィルヘルムは、その光景を静かに見つめていた。
やがて、小さく目を閉じる。
「……まるで英雄だな」
英雄とは、こういうことなのだ。
一人が生きているだけで、人々は未来を信じる。
だからこそ、この希望だけは、残してはならない。
「約束だ」
その声に応え、一人の魔女がゆっくりと前へ進み出る。
漆黒のローブ。
紫水晶のような瞳。
ハルカ・セレスティア。
彼女は処刑台を見上げ、小さく息を吐いた。
「やっと殺せるわ」
その声は、どこか嬉しそうだった。
ゆっくりと右手を掲げる。
空気が震え始めた。
膨大な魔力が周囲を包み込み、空さえ色を失っていく。
民衆は息を呑んだ。
誰もが最期の瞬間を悟る。
ハルキは静かに目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、笑顔で手を振るミライの姿。
照れながら笑う彼女。
泣きながら、それでも前を向こうとしていた彼女。
(……ごめん。)
小さく唇が動く。
(約束……守れなかった。)
そして、最後に。
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……みんな、生きてくれ」
次の瞬間ハルキの身体は内部から残酷に破裂した。
そして、処刑台は白い光に包まれた。
眩しさに誰も目を開けていられない。
風が吹き荒れ、大地が震える。
処刑台を中心に巨大な光の柱が天へと立ち昇った。
あまりの輝きに、人々はその場へ膝をつき、悲鳴とも祈りともつかない声を漏らした。
「……何?」
ハルカは目を見開く。
「違う……。」
「この光……私じゃない……!」
空へ伸びた光の柱は、やがて一本の流星のように形を変えた。
はるか東の空へ、一直線に飛び去っていく。
誰もが呆然と見送ることしかできなかった。
やがて光が消え、静寂が戻る。
ハルカは震える足で処刑台へ駆け寄った。
「そんな……」
鎖は残っている。
杭も残っている。
処刑台も、そのままだ。
「遺体が……ない……。」
誰かが息を呑んだ。
その言葉は、静まり返った丘の上に重く落ちた。
ウィルヘルムも初めて表情を変える。
「消えた……?」
その場にいた誰一人、この現象を理解できなかった。
ハルキは確かに、この世界から消えた。
だが、それは終焉ではなかった。
遥か東の果て。
世界と世界の境界で、一つの光が静かに降り立つ。
それは長き時を超え、新たな運命を紡ぐための、小さな始まりだった。
命は終わったのではない。
今、もう一度新しい命が産まれようとしていた。




