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組織的異世界転生〜終末の魔女を救う為、呪われ姫は夢洲に仕掛けをしました〜  作者: たりな
第三章 選定されし候補者たち

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 9月21日(日)国際平和デー(ピースデー)


 何度も挑戦して、ようやく勝ち取った西ゲート9時枠。

 その日がついにやってきた。

 東京から車を大阪へ持ち込んでいるのも、すべては彼女と過ごす時間を大切にしたいがためだった。

 その甲斐あって、日本館の抽選が当たり、深夜2時にはオランダ館の先着予約を拾えた。

 日付が変わった直後の争奪戦で、障害者用駐車場も8時枠で無事に確保できた。

 舞洲万博P&R駐車場Aからシャトルバスで夢洲へ向かい、西ゲート前に到着すると、既に来ているタクシー組の熱気と気合いが渦巻いていた。

「こいつら……何時に来ているんだ?……」

 だが長い列を抜け、9時10分すぎにゲートを通過した時には、積み重ねた小さな奇跡の数々に、思わず笑みさえこぼれた。

「Hさん、どこから行きますかっ」

 彼女が嬉しそうに腕を軽く引く。

 西ゲート近辺にあるオランダ館の予約にはまだ時間がある。

 比較的近くで入場できる所を探していると、シンガポール館のスタッフに、「この時間帯は予約なし、待ち時間ゼロですよ」と案内された。

 赤い球体が浮かぶように輝くシンガポール館は、夢のような空間だった。

 天井を覆うドームスクリーンに広がる光。

 指で描かれた来場者の無数の夢が、小さな球体に変わり、空へ向かってゆっくりと昇っていく。

「Hさん……これ、すごい……!」

 彼女は丸いパネルの前で、子どものように真剣な顔つきになった。

 夢を書けるスペースは小さい。

 それでも一生懸命、小さな文字で夢を書き込む。

「できた……!これ、どうするんですか?」

「こうやって、すくうんだよ」

 Hが軽く手のひらを差し出すと、彼女もそっと真似して両手で光る球体をすくった。

 二人の手から離れた夢は、すぅっと中央に流れて上昇し、天井のスクリーンへ運ばれていく。

 上階に行きスクリーンを見上げていると、みんなの書いた夢が花火のように打ち上げられていた。

 ふいに彼女が「あっ」と小さく声を上げた。

 彼女が書いた(いつも一緒♡)という可愛らしい夢が、柔らかい光を放ちながら浮かんでいた。

 そのすぐ横に、Hが書いた(いつも笑って楽しく)が並んで輝いた。

 次々とみんなの夢が打ち上げられて、スクリーンに浮かんでは消えていく。

 彼女は胸の前で手をそっと組み、小さく呟いた。

「……誰かの夢と並ぶだけで、心があったかくなりますね……」

 シンガポール館を出ると、彼女はHの袖をそっとつまんだまま歩き出した。

 向かう先はオーストラリア館。

 西ゲート入場後、当日登録で予約を取ることができた。

 館内へ一歩踏み込むと、ユーカリの香りと涼やかな空気が広がった。

「Hさん……あ、コアラ……!」

 入ってすぐ左の大きな木のスクリーンに、コアラの映像が映っている。

 枝にしがみつき、のんびり瞬きをする様子に、彼女は目を輝かせた。

「かわいい……!もふもふしてて……胸のあたりがぽよんってしてます……!」

「ぽよん、って、何?」

「ぽよんは、ぽよんですっ!」

 そんな他愛ないやり取りをして、コアラの映像を見つめながら、彼女はふいに声を落とした。

「本物……一回でいいから……見たいなぁ……」

 その願いは、風に触れるくらい繊細で小さかった。

 彼女は語学が堪能だが、病気のことがあって海外には一度も行ってないと、残念そうに言っていた事をHは思い出した。

 さらに歩くと、天井と前後左右の巨大スクリーンが鮮やかに光り、青い海が広がっていた。

 魚たちがゆるやかに泳ぐその世界に、彼女は圧倒されたように息をのんだ。

「……きれい……まるで海の中にいるみたい……」

「オーストラリアの自然は、すごいからね」

「え……?行ったこと、あるんですか?」

「学生の頃に、バイクで1人旅をしていたんだ」

「自然の大きさに圧倒されっぱなしだったよ。あの広大な大地の中にいると、自分の悩みなんて全部ちっぽけに思えて……」

 彼女は目をまん丸にして、吸いこまれるように聞いていた。

「……Hさん……行動力すごすぎです」

「いつか行ってみたいな……オーストラリア……」

「行けるよ。行こう、いつか必ず」

 彼女は小さく「約束ですよ」と笑った。

 (……この身体で……本当に行けるのかな……でも、いつか……いつか……)

 オーストラリア館を出ると、海の青さと光の余韻が胸に残っていたが、彼女は少しの不安を抱えていた。

 (……薬の影響なの?身体が重い……)

「次は……オランダ館、ですよね!」

 彼女はHの前では、体調の異変を隠して精一杯の笑顔と明るさを心掛けた。

「うん。もうすぐ予約時間だし、行こうか」

 オランダ館は、フリー入場もできたが、あえて予約時間どおりに入場した。

 展示を見終え、出口付近のショップに入った途端、彼女は足を止めた。

 前は買えなかったぬいぐるみが、そこにいた。

「え…Hさん……!見てください……!今日はこの子います……!」

「ほんとだ。今日は運がいいな」

 胸の奥が温かくなる。

「連れて帰ってあげないとね」

「はい!」

 館を出て、オランダ名物のハーリングを以前と同じように大屋根リングの下、海側の端の方のベンチで食べる事にした。

 彼女はハーリングの味に魅了されていた。

「また半分こしようよ」

「ありがとうございます……!」

 彼女は一口、ぱくっと食べた。

 (……味が、しない)

 舌の上を滑っていくのに、何も残らない。

 匂いはある。

 でも、肝心の味の輪郭がぼけている。

(……薬の副作用、かな……)

 強めの薬に変えたばかりだった。

 味覚障害が出る可能性があると説明を受けていたけれど、まさか今日とは思わなかった。

「どう?」

「おいしいですっ!ねっとりしてて……濃厚で……!」

 言葉が空を切っていくのが、自分でも分かる。

 でも言わなきゃ、心配させてしまう。

 Hは「そっか」と一言笑っただけで、特に疑うこともなかった。

 (……よかった)

 (……よくない)

 (本当は全然よくないのに……)

 胸の奥で小さく何かが沈んでいくのを感じながら、彼女は必死に笑顔を作った。


———


 アメリカ館は、相変わらず長蛇の列だった。

 けれど、英語レーンはそれほど人がいない。

 二人並んで英語レーンに入り、入口のスタッフから簡単な英語テストを受けたが、二人とも難なく通過した。

「すごいな、発音きれいだよ」

「Hさんも、ネイティブ並みですね!」

 アメリカ館に入ってから、彼女はふと気づいた。

 Hが、笑わない。

 映像が素晴らしいから、彼女は素直に声を上げてしまう。

 でもHは、ぼうっとしたようにスクリーンを見つめているだけで、口数も、少ない。

(……どうしたの、Hさん……?)

 胸がきゅっと痛んだ。

 一緒に見ているのに、同じ景色を見ていないような気がした。

 館を出たあと、そのままシャインハットホールへ向かった。

 有名歌手のライブがあると聞き、家族連れや若い人たちで既にいっぱいだった。

「あら……Hも来てたのね」

 私服のSは、いつもよりずっと柔らかい雰囲気で、そこにいた。

「今日はお休みなんですか?」と、彼女は尋ねた。

「うん。ピースデーだから、どうしても来たくてね」

 ホールはほとんど満席で、三人とも別々の席に座ることになったが、ライブが始まる直前に、Sが彼女に声を掛けた。

「こっち空いてるよ。よかったら来る?」

 Sの横の席が一つだけ空いていた。

「え……じゃ、じゃあ……お邪魔します……!」

 彼女はそっと席を移動した。

 Hの方を見ると、少し離れた場所で、まっすぐステージを見つめていた。

 その横顔は硬く、なにかを考えているようにも見えた。

 音楽が流れはじめた頃、彼女は小さな声でSに尋ねた。

「……Sさん。今日のHさん……なんか変で……」

 簡単に経緯を話すと、Sは目を伏せ、小さく息を吐いた。

「アメリカ館へ行ったのね……」

「……はい」

 Sは、しばらく黙っていた。

 音楽がゆるやかにホールを満たす。

 そして、静かに言った。

「H……アメリカに行く話が昔あったの」

「アメリカ……?」

「うん。Hは行きたかったのよ。心の底から……」

「自分の技術を、アメリカで磨くのがHの夢だったの。でもね……ある事件があって、行けなくなったの」

「……事件……?」

 彼女の声が震えた。

 Sはステージを見つめたまま、続けた。

「私とHには、もう1人同期で仲の良い子がいたの。Rって言うんだけど……その子が誹謗中傷の被害にあっていたの」

「その犯人、Rが家族ぐるみの付き合いをしていた上司だったのよ」

 息が詰まった。

「Hは……その上司を、許せなかった。正義感が強いからね。……追い詰めたの。徹底的に。結果、その上司は辞職。家族も離れていったわ。Rはその事に心を痛めて……会社を辞めた。H、やりすぎたって……ずっと悩んでた」

「…………」

「そして……アメリカ行きの話を断ったの。Rが辞めたのに自分だけ夢を追えないって……」

 彼女は、震える声で尋ねた。

「Hさん……今でも……そのこと、悩んでるんですか?」

 Sは小さく頷いた。

「ええ。きっと、今日も。アメリカ館で、思い出したのよ……全部」

 Hの横顔が脳裏に浮かぶ。

 映像に心を奪われるどころか、どこか遠くを見ていたあの顔。

(……気づいてあげられなかった……)

 涙が込み上げる。

 ……Sは言わなかった。

 今またアメリカ行きの話がHに来ていることを。

 それは、H自身の口から彼女に伝えるべきことだから。

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