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組織的異世界転生〜終末の魔女を救う為、呪われ姫は夢洲に仕掛けをしました〜  作者: たりな
第三章 選定されし候補者たち

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 朝の光が、カーテン越しに柔らかく差し込んでいた。

 旅館の部屋は静かだった。

 聞こえるのは空調の音と、隣で寝ている彼女の小さな寝息だけ。

 長いまつげが頬に影を落とし、ほわっと緩んだ唇が愛おしかった。

 Hはしばらくその顔を眺めていた。

 触れるのがもったいないほど、無垢で柔らかい表情だった。

 ふと彼女が目を開けた。

 「……ん……?」

 少しだけ眠たげにHの顔を見て……固まった。

 そして、顔が一瞬でまっ赤になる。

 「え、え、Hさんっ……!!!」

 「おはよう」

 「お、おはようございます……!!!」

 彼女はシーツにくるまったまま、転がるように布団の端に避難した。

 「……えっと……その……昨日の……」

 昨夜のことを思い出したらしい。

 耳まで真っ赤だ。

 「昨日……すごく……すごく……幸せでした……!」

 彼女は、恥ずかしそうに視線を落とした。

 「……嬉しくて怖くて……ほんとにHさんが、わたしの上にいる……って思って……夢みたいで……心臓ばくばくして……」

 言いながら胸に手を当てる。

 「声も……耳の奥に、ずっと残って……思い出しただけで、なんか……変な感じになります……」

 変な感じ、と言いつつ彼女はふにゃっと笑って、枕に顔を埋めた。

 「匂いも……昨日より今日のほうが強く感じて……ああ、隣にHさんがいるんだって……朝から幸せです」

 すると彼女は、急にぽそっと言った。

 「……あ、そうだ……ひとつ、内緒にしてた事言っちゃいますね……」

 彼女は両手で顔を隠して、恥ずかしそうに震え声で続けた。

 「昨日の夜、Hさんが寝てる時に、ある事しちゃいました」

 Hが思案していると、彼女は謝りながら言った。

 「昨日、わたしのを……いっぱいしてくれたから……その……お返しが……したくて……」

「……経験ないから上手くないんですけど……スマホで調べて……Hさん気づかず起きなかったけど……寝てても……その……元気になるんですね……」

 「ごめんなさい……その……その……Hさんの味、ちゃんと覚えておきたかったんです……だって……お薬が強くなると味が、わかりにくくなるかもしれないから……嫌いになりました?」

 少しあっけに取られながらHは言った。

 「謝らなくていいよ。少し驚いたけど……嫌いになんかならないよ」

 そして、布団の中に潜りながら小声で言った。

 「……えへ……でも……やっぱり……すこし、苦かったです」

 Hが何も言えずにいると、彼女は布団に頭ごと隠れた。

 「……わたし、これからお薬の副作用で味覚障害になっても……あの苦さだけは……きっと忘れません。だって……Hさんの味だから……」

 そして、彼女はふと表情を曇らせた。

 シーツの端をつまみながら、小さな声でつぶやく。

 「……その……やっぱり……わたしの身体……傷、多いですよね……?」

 Hはゆっくり首を横に振った。

 「身体……全部、すごく綺麗だよ」

 「……でも、手術あと……」

 「見たよ」

 彼女の肩がびくっと震える。

 Hは続けた。

 「それは……生きるために戦った証だろ?」

 彼女の目が大きく見開かれる。

 「そう。ずっと生きて、ずっと頑張って、ここまで歩いてきたっていう証拠。そんな身体を……見せてもいいって思ってくれたこと、嬉しいよ」

 彼女は唇を震わせながら、ぽろっと涙をこぼした。

 「Hさん……優しいんですよ……ほんとに……恋愛なんて絶対しない、できないって思ってたのに……ずるいです……」

 彼女は泣きながら笑って、そっとHの胸に額を当てた。

 「Hさんに見られて……よかった……こんな身体でも……愛してもらえるんだって……初めて思いました……」

 「こんな身体、じゃない」

 Hは彼女の背中を抱き寄せる。

 「……きれいだよ」

 彼女は泣きながら、ゆっくり抱き返してきた。

 「……朝からこんな幸せで……どうしたらいいんですか……?」

 「幸せになってくれればいいよ」

 「なってます……もう、これ以上ないくらい……」


———


 彼女と関係を結んだ翌日から、Hの世界は静かに変わり始めた。

 万博会場に戻り数日経ったが、ブースは終盤に向けて日を追うごとに混雑さが増してきていた。

 夏の風がパビリオンの旗を揺らし、人々のざわめきが波のように押し寄せてくる。

 いつものHなら、同僚とは最低限の挨拶だけ交わして、他人と必要以上に関わらない……そのはず、だった。

「H、おはよう!昨日のフォロー、本当に助かったよ!」

 同僚で、アメリカ出身のウィルが手を振りながら近づいてくる。

 気づけば、Hは自然にウィルの隣に立ち、資料を見せながら話していた。

「Hさ、最近めっちゃ話しやすくなったな」

 彼女と結ばれたあの日から、胸の奥にこびりついていた暗い影が、少しずつ溶けていった。

 彼女の存在が、Hの世界の壊せない壁を、少しだけ変えていた。

「Hさん!」

 ふわりと風をまとって、彼女がブースのほうから駆けてくる。

 その笑顔を見た瞬間、周囲の空気まで柔らかくなった気がした。

「今日もよろしくお願いします!」

 彼女は弾む声で言い、Sのほうへ向き直った。

「Sさん、今日の英語アナウンス、わたしも手伝いますね!」

「ありがとう。助かるわ」

 彼女のブースとはあの日から、自然に協力体制が生まれていた。

 トラブルの日……常務が帰る際に言った言葉。

「お互いの会社の壁は取っ払え。万博は人と人を繋ぐ場所だ」

 いつの間にか、互いのスタッフが手を貸し合い、彼女のブースだけで無く、このパビリオンの中の全てのブース同士が、ひとつのチームのように動くようになっていた。

 あらためて、常務の力の凄さとカリスマ性をHは感じていた。

 そんな時、人混みの奥から、甲高い泣き声がパビリオンに響いた。

 小さな男の子の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「迷子ね……」

 Sが駆け寄り、英語で声をかけた。

「Are you okay? What’s your name?」

 しかし少年はさらに強く泣き出すばかり。

「No… inglese… mamma…!」

「……イタリア語?」

 Sが困ったようにHを見るが、Hもイタリア語はわからない。

 インフォメーションに連れていくか……そう判断しかけた時、すっ、と、彼女が前に出て、イタリア語で少年に話しかけた。

 少年の前にしゃがみ込み、優しい声で語りかけると、泣き声は、ぴたりと止まった。

「そうそう。ママはきっと近くにいるよ。どこではぐれたの?」

「Lì… tante persone… mamma è sparita…」

「そっか。じゃあ一緒に探そっか。大丈夫、大丈夫」

 彼女が手をそっと握ると、少年は少し安心した表情を浮かべた。

 彼女のイタリア語はあまりにも自然で、HもSも目を丸くした。

 パビリオンの中を数分探すと、焦った様子の女性が声を上げ駆け寄って来た。

 母と子が抱き合い、女性は彼女に何度も頭を下げた。

「Prego! 迷子にならなくてよかったです!」

 彼女が笑う横で、Sがつぶやく。

「……イタリア語、すごいね……」

「へへっ、たまには役に立ちました!語学だけは得意なんです」

 彼女の笑顔は、太陽みたいだった。


———


 昼のピークを越え、三人はスタッフ控室で弁当を広げた。

 他のスタッフは交代で休憩に出ており、控室は静かだった。

「これちょっと苦いけど食べられる?」

 Sがゴーヤのおかずを指差し彼女に問いかける。

「私、沖縄出身だから大丈夫です!それに、Hさんの、あの苦いのに比べれば全然──」

 Sの目が、まん丸になった。

「それは……」

 Sは一瞬で理解して、苦笑いで頬をひきつらせながら言う。

「……こら。女の子がそういうこと、人前で言っちゃダメ!」

 彼女の顔がみるみる赤くなる。

「ち、違うんです違うんです!あの……その……!」

 顔を真っ赤にして俯く彼女。

 その横で、Sは弁当の蓋を静かに閉じた。

「……ごめん、ちょっと席外すね」

 その声は、いつもの明るさとは違っていた。

 扉が閉まった瞬間、Hはほんの一瞬だけ、Sの目が濡れているのを見た。

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