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女神の借金カードを押し付けられた元商社マン、異世界村を黒字化する  作者: 月神世一


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7/10

EP 7

月光薬は奇跡か、国家級利権か

 日本の通販サイトから取り寄せた密閉保存容器タッパーと真空パック機を前に、義正はポポロ村の特産品をどうパッキングするか、真剣に工程表を練っていた。

 品質を安定させ、適正な価格で市場に流す。商売の基本だ。

 その作業が、けたたましい鐘の音によって遮られた。

「村長! キャルル村長、急患だ!」

 自警団の男が血相を変えて叫びながら、村の広場へ駆け込んでくる。

 数人の男たちに担ぎ込まれたのは、ボロボロの革鎧を着た若い旅人――冒険者だった。

 ひどい有様だった。右脇腹から大量に出血し、傷口はどす黒く変色している。猛毒だ。呼吸は浅く、すでに意識は混濁している。

「道端で倒れてた! 普通のポーションじゃ毒が抜けねぇ!」

「どいて!」

 人混みをかき分け、キャルルが飛び込んできた。

 彼女は一目で冒険者の状態を把握すると、迷わず懐から青々とした『陽薬草』を取り出した。そして、それを両手で包み込むように握りしめ、目を閉じる。

 義正は、その光景を静かに見つめていた。

 キャルルの長い兎耳がピンと立ち、彼女の身体から淡い銀色のオーラ――月兎族特有の『月光闘気』が立ち昇る。

 太陽の力を宿す陽薬草に、月の闘気が注ぎ込まれ、融合していく。

 ぽたり、と。キャルルの指先から、銀色に輝く一滴の液体が冒険者の傷口に滴り落ちた。

 ――『月光薬』。

 その瞬間、奇跡が起きた。

 どす黒かった毒の色が一瞬で浄化され、深くえぐれていた肉が、まるで時間を巻き戻すかのように塞がっていく。冒険者の顔に血色が戻り、浅かった呼吸が力強いものへと変わった。

 完全回復。どんな高位の治癒魔法でも、ここまで劇的な効果はあり得ない。

「……ふぅ」

 だが、キャルルはその場に片膝をつき、荒い息を吐いた。額にはべっとりと汗が浮かび、顔面から血の気が引いている。手をついた地面が、わずかに震えていた。

 周囲の村人たちは「さすが村長だ」「また助かった」と安堵の声を上げている。

 しかし、義正の目は全く違うものを見ていた。

 彼の脳内で、商社マンとしての冷徹なアラートが鳴り響いていた。

(どんな傷も病も、一瞬で治す完全な秘薬。原材料は村の草。だが、真の製造コストは――『製作者の生命力』か)

 義正は、膝をつくキャルルを見下ろした。

 月兎族の元姫君。彼女一人しか作り出せない、規格外のポーション。

(こんなものは奇跡じゃない。国家級の特大兵器であり、超絶利権だ)

 もしルナミス帝国やアバロン魔皇国がこの薬の「真の効力」と「量産性(キャルルを拉致すれば手に入るという事実)」を正確に知れば、外交などという生易しい手段は取らない。軍隊を動かしてでも彼女を「所有」しようとするだろう。

 村人たちが散り、息を吹き返した冒険者が診療所へ運ばれた後。

 義正は、ベンチで休んでいたキャルルの前に立った。

「……お前、自分がどれだけ危険な真似をしているか、分かってるのか」

 義正の声は、低く、冷たかった。

「え?」

「あれだけの効能を持つ薬だ。噂が広がれば、必ず国が動く。お前はただの村長じゃいられなくなる。金、権力、あるいは暴力で、お前自身が『資源』として刈り取られるぞ」

 義正は胸ポケットのセブンスターを取り出そうとして、やめた。

「それになにより、あの薬はお前の命を削って作られてる。採算が合ってない」

「……」

「助けたいのは勝手だが、その善意は高すぎる。安売りするな」

 合理と損得。商社マンとしての正論。

 だが、キャルルは黄金の瞳を真っ直ぐに義正へ向けた。

「安売りなんかしてないよ」

「何?」

「私は王国で、安全な『籠』の中にいた。その籠を出て、自分の足でこの村に来たの。自分の自由で、自分の責任で」

 キャルルは立ち上がり、義正の目をしっかりと見返した。

「目の前で死にそうな人がいて、私なら治せる。それを見捨てるくらいなら、私は籠の中でじっとしてるお姫様のままでよかった」

「……」

「私の命を削るのも、私の自由。助けられるなら、私は助けたい」

 善意と価格の衝突。

 義正は、彼女の強固な意志に言葉を失った。

 彼女は馬鹿ではない。自分が危うい橋を渡っていることなど、とっくに承知の上なのだ。その上で、「意味」を選んで命を削っている。

(……損得で動く奴は読みやすい。問題は、損得を超えて動く奴だ)

 義正が奥歯で小さく舌打ちをした、その時だった。

「あのー、お話中すみません」

 空気を完全に読み違えたリリスが、エンジェルすまーとふぉんを片手にひょっこりと顔を出した。

「その『月光薬』って、すごく高く売れそうですよね? 私のスマホで、天界の通販サイトに出品とかできませんかねぇ? そしたらカードの借金も一発で――」

「お前は黙ってろ!!」

 義正とキャルルの声が、見事にハモった。

「ふぇぇぇぇ! なんで二人して怒るんですかぁ!」

 涙目でしゃがみ込むリリスを見て、義正もキャルルも、毒気を抜かれたように小さく息を吐いた。

「……まあいい」

 義正は頭を掻いた。

「お前が善意を貫きたいなら、そうしろ。ただし、その善意が国に潰されないための防波堤ルールは、俺が作る。あの薬の価値をコントロールするぞ」

「義正さん……」

 キャルルが少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 その日の夕方。

 診療所で目を覚ました冒険者の事情聴取に、義正たちも立ち会っていた。

「助けてくれて、本当にありがとう……」

 ベッドの上の冒険者は、青ざめた顔で感謝を口にした。

「どこでやられた? その傷と毒は尋常じゃなかったぞ」

 義正が問うと、冒険者は震える声で答えた。

「『天魔窟』だ……。一攫千金を狙って、S級素材を探しに潜ったんだ。でも、途中でとんでもない魔物の群れに襲われて、パーティーは全滅。俺だけが、何とか命からがら逃げてきた……」

「天魔窟……死蟲王のダンジョンか」

 キャルルの表情が険しくなる。

「でも、タダじゃ帰らなかったぞ。仲間が命と引き換えに奪い取った、S級の『お宝』を、俺はしっかり持ち帰ってきたんだ……!」

 冒険者は、自分が抱え込んでいた革の鞄を指差した。

 義正は、その言葉に違和感を覚えた。

 仲間が全滅するほどの極限状態で、持ち帰れた「お宝」とはなんだ?

 義正が革鞄に手を伸ばし、留め具を外す。

 中に入っていたのは、金銀財宝でも、高価な魔石でもなかった。

 それは、バスケットボールほどの大きさの、金属的な光沢を放つ「卵」だった。

 表面には不気味な幾何学模様の亀裂が走り、微かな熱を帯びている。

 そして、ドクン、ドクンと。

 まるで機械の心臓のように、不気味な脈動を打っていた。

「……おい」

 義正の目が鋭く細められる。

「なんだ、この卵は」

 その直後。

 卵の表面の亀裂から、シューッと不快な酸の蒸気が噴き出した。

 ピキリ、と。金属が割れるような甲高い音が、静かな診療所に響き渡る。

 天魔窟から持ち込まれた、死蟲機の卵。

 ポポロ村の平穏を脅かす最悪の「負債」が、今まさに孵化しようとしていた。

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