EP 8
天魔窟の卵、ポポロ村に持ち込まれる
ピキリ、ピキリと。
金属と生体が混ざり合ったような不気味な卵に、無数の亀裂が走る。
漏れ出した酸の蒸気が診療所のベッドのシーツを焦がし、悪臭が鼻を突いた。
「義正さん、これ……!」
「退がれ、村長! 生まれるぞ!」
義正はキャルルを背後へ押しやると同時に、腰の白雪を抜き放った。
パキンッ!
甲高い音と共に卵が破裂した。飛び散ったのは、緑色の粘液と金属片。
そして、その中から這い出してきたのは、一匹の魔物ではなかった。
人間の拳ほどの大きさの、金属の甲殻と無数の脚を持つ『小型死蟲機』が、ワラワラと十数匹、蜘蛛の子を散らすように溢れ出したのだ。
「ひぃっ!? 気持ち悪いですぅ!」
リリスが悲鳴を上げて後ずさる。
小型死蟲機たちは、カシャカシャと不気味な機械音を立てながら、診療所の窓や扉の隙間から一斉に外へ逃げ出した。
「マズい! 村に散ったぞ!」
「自警団を呼んで!」
キャルルが診療所の外へ飛び出し、村の広場に設置された鐘に向かって走る。
カン、カン、カン!
けたたましい鐘の音がポポロ村に響き渡った。
「満月じゃない! 敵襲だ! 村人は全員、地下シェルターへ避難! 自警団は第一種防衛態勢!」
村長の号令に、ポポロ村の住民たちはパニックになることなく、訓練された兵士のように迅速に動き出した。
女子供や老人は手慣れた様子で地下への隠し扉へ向かい、畑仕事をしていた農家のおじさんたちは、鍬を放り投げて集会所へなだれ込む。
そして数分後、集会所から飛び出してきた男たちの姿を見て、義正は目を疑った。
「第二小隊、北側の畑を固めろ! 魔導ライフル、セーフティ解除!」
「対空魔砲、充填開始! 防弾チョッキのベルトを締めろ!」
さっきまでネギオに説教されていた農夫たちが、最新鋭の魔導ライフルを構え、タクティカルな魔導防弾チョッキとヘルメットをフル装備していた。
それだけではない。村の四隅から『魔導防衛フィールド』の淡い光の壁が立ち上がり、物理と魔法の侵入を遮断する。
「……おい。なんだあの重武装は。正規軍より装備が良いぞ」
義正が呆れたように呟くと、隣に並んだキャルルが、トンファーを構えながら舌を出した。
「ふふっ。ポポロ村は地下帝国ドンガンと仲良しだからね。特産品と引き換えに、最新兵器をちょっとだけ『融通』してもらってるの」
「ちょっとのレベルじゃねぇ。この村、完全に軍事要塞じゃないか」
のどかな農村の皮を被った、完全武装の独立拠点。
義正は商社マンとして、この村の『防衛インフラ』の投資額の異常さに舌を巻いた。これなら、三大国が簡単に手を出せないわけだ。
カシャカシャカシャ!
村のメインストリートに、成長速度の異常な死蟲機たちが姿を現した。卵から孵って数分しか経っていないというのに、すでに中型犬ほどのサイズに巨大化している。
鋭い金属の脚で石畳を削りながら、手当たり次第に建物を破壊しようと突進してくる。
「畑と商品には指一本触れさせないよ!」
キャルルが地を蹴った。
安全靴のソールが、マッハの初速で石畳を叩く。
彼女は一瞬で死蟲機の群れの懐に飛び込むと、腰を深く沈めた。
「月影流――『破衝撃』!」
闘気を込めたダブルトンファーが、死蟲機の強固な甲殻に叩き込まれる。
ドォン! と重い衝撃音が響き、甲殻の内側へ浸透した振動が、機械と生体の結合部を内部から粉砕した。
さらに、背後から襲いかかってきた別の一匹に対し、キャルルは空中で身を翻しながら踵を振り下ろす。
「『鐘打ち』!」
ゴォン! と鐘のような音を立てて、死蟲機の頭部が陥没し、沈黙した。
(速い。それに、ただの力任せじゃない。的確に急所を突いている)
義正はキャルルの戦闘力の高さに感心しつつ、自らも死蟲機の前に立ち塞がる。
義正の狙いは、金属の装甲ではなく、脚の関節や胴体の継ぎ目だ。
「天極流――」
低い姿勢から、滑るように間合いを詰める。
白雪が閃き、死蟲機の三本の脚が音もなく切断された。バランスを崩したところへ、鞘の尻で甲殻の隙間を強打し、脳髄に相当する魔石の核を正確に破壊する。
義正とキャルルは、自然と背中合わせの陣形になった。
「やるね、義正さん!」
「村長の足捌きこそ、農村に置いておくにはもったいないな」
だが、敵は虫の本能を持っている。
正面突破を諦めた数匹の死蟲機が、自警団の手薄なルートを抜け、村の奥――ポポロシガーの原料となる葉タバコや、太陽芋の畑へ向かってカサカサと走り出した。
「マズい! 畑に入られたら商品が駄目になる!」
キャルルが叫ぶ。
「あっちこっちに散るな! 一箇所に集めろ!」
義正が舌打ちした、その時だった。
「わ、私に任せてください! 女神の神聖魔法で、邪悪な虫を浄化しますぅ!」
リリスが、エンジェルすまーとふぉんを片手に畑の前に立ち塞がった。
「やめろリリス! お前は下手に動く……」
義正の制止をよそに、リリスが高らかに詠唱する。
ぽわんっ。
神聖な光が弾け……たのではなく。
虚空から、大量の『高級みたらし団子』『芋けんぴ』『かりんとう』が、パラパラパラッと畑の前の道に降り注いだ。
「だからなぜお菓子が出る!」
「ふぇぇぇ! またショートカットが暴発しましたぁ!」
リリスが涙目でしゃがみ込む。
終わった。畑が荒らされる。
そう思った瞬間、奇妙な現象が起きた。
畑へ向かっていた死蟲機たちが、一斉にピタリと足を止めたのだ。そして、触角をピクピクと動かした後、進行方向をキュッと変え、リリスがばら撒いた『甘いお菓子の山』へとワラワラと群がり始めたではないか。
「……虫だから、甘い匂いに釣られたのか?」
義正が目をパチクリとさせる。
「み、みたらしのタレが、死蟲機の心に響いたんですぅ!」
「いや、ただのバグだろ。だが――」
義正は、一箇所に密集してお菓子に夢中になっている死蟲機の群れを見て、ニヤリと笑った。
「――誘導餌としては完璧だな」
「えっ?」
「村長! 一網打尽にしろ!」
「了解!」
キャルルが安全靴の踵に封入された『雷竜石』を解放する。
バチバチと紫電が弾け、彼女の身体が雷光に包まれた。
「これで終わり! 『超電光流星脚』!!」
マッハの速度で跳躍したキャルルが、雷と闘気を纏った飛び蹴りを、お菓子の山に群がる死蟲機のど真ん中へ叩き込む。
ドゴォォォォォン!!
落雷のような轟音と共に、土煙と紫電が巻き起こり、死蟲機の群れは一瞬にして炭化し、機能を停止した。
戦闘終了。
ポポロ村の防衛インフラと、キャルルの圧倒的な火力、そしてリリスの奇跡的なポンコツ具合により、被害は最小限に抑えられた。
「はぁ……終わったぁ……」
リリスがへたり込む横で、義正は白雪の血糊を拭って納刀した。
周囲には、真っ二つになったり、ひしゃげたりした死蟲機の残骸が転がっている。
義正は、綺麗に両断された一匹の死蟲機の断面を見下ろした。
金属の甲殻の下には、白く透き通った、弾力のある身が詰まっている。
ふと、森の中でリリスが言っていた言葉が脳裏に蘇る。
『死蟲機ですぅ。エビみたいな味がして、美味しいって……』
駆除した害虫を、そのまま廃棄処分にすれば、ただの「防衛コスト」だ。
弾薬代、清掃の手間、リリスがばら撒いたお菓子代。すべてが赤字である。
義正は、セブンスターの箱を取り出し、トントンと軽く叩いた。
「……食えるなら、話は別だ」
「え? 義正さん、今なんて?」
キャルルが不思議そうに首を傾げる。
義正は、死蟲機の白い身をじっと見つめながら、商社マンとしての冷酷なまでの「収益化モデル」を組み立てていた。
「村長、厨房を貸してくれ。あと、油と小麦粉だ」
「えっ? うん、ルナキンにあるけど……何を作るの?」
義正は、コーヒーキャンディの包み紙を破った。
「コスト回収だ」




