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女神の借金カードを押し付けられた元商社マン、異世界村を黒字化する  作者: 月神世一


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EP 2

初期資金十万円、森の中で最初の仕入れを考える

 森の中を歩くのは、思いのほか体力を削る。

 特に、同行者が片方しかサンダルを履いていないポンコツ女神の場合はなおさらだ。

「いてて……石を踏みましたぁ……」

「だから脱げと言っただろ。片足だけ底が高いとバランスが崩れる」

「でも、健康サンダルは女神の正装で……」

「その正装のせいで歩く速度が三割落ちてる。裸足になるか、つま先立ちで歩け」

 義正は煙草をくわえながら、容赦なく言い放った。

 リリスは涙目で、残った片方のサンダルを渋々脱いでジャージのポケットにねじ込んだ。

「仕方ねぇな」

義正は道端の丈夫そうな草を引き抜き、余っていた布切れと合わせて、簡易の草履を編んだ。

天極流の野外稽古と、商社マン時代の現場出張で覚えた応急処置みたいなものだ。

「応急だ。文句を言うな」

「わぁぁ、ありがとうございます! 義正さん!器用ですぅ!えへへ♡似合いますか?」

「知らねぇよ。ただの草履だろ。さっさと行くぞ」


 二人はポポロ村へと向かっていた。

 義正は森の風景を警戒しながら、頭の中で状況の棚卸しを続ける。

 異世界。財布は池の底。手元にあるのは白雪、セブンスター、ブックマッチ、コーヒーキャンディ。

 同行者は見習い女神のリリス。

 そして、手元にあるのは使用済み九十万円、利用可能額残り十万円のクレジットカード。おまけに支払い義務があり、滞納すればマグローザ漁船という名のタコ部屋行きだ。

「魔王より先に支払日が来る世界か。景気が悪いな」

 義正が低く呟くと、リリスが慌てて励まそうとしてきた。

「で、でも大丈夫ですぅ! このカードと私の『エンジェルすまーとふぉん』があれば、日本の通販商品が出せますから!」

「問題は、出せることじゃない。払えるかどうかだ。商売は売って終わりじゃない。回収して初めて仕事だ。」

 義正の厳しい視線に、リリスは肩をすくめた。

「そ、それなら、この世界のことを説明します! カンペがありますから!」

 リリスは池で濡れたカンペを広げた。だが、インクがひどく滲んでいる。

「えっとえっと……アナステシア世界は、魔法と闘気と……し、しん……しんき? しんきくさい? あれ?」

「神気だろ」

「そうです! 義正さん、女神向いてます!」

「向いてたまるか。それで?」

「はいっ。えっと、人間、獣人、魔族、天使族なんかがいて……近くにポポロ村という緩衝地帯の村があります。ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三国が関係してて……あ、村にはルナキンやタローソンもあるみたいですぅ」

 義正は歩みを止めず、ため息をついた。

「異世界の農村にファミレスとコンビニがある時点で、説明を聞く気が失せるな」

 誰だ、この世界にそんなものを持ち込んだ奴は。

「そのスマホの機能を見せろ」

「はいっ」

 義正はリリスからスマホを覗き込む。

 地図アプリ、通販アプリ、ステータス表示、回復魔法補助、状態異常確認、クレカ明細。

 そして、ホーム画面のど真ん中に陣取る巨大なアイコン。

「なんで一番押しやすい位置に『お菓子購入ショートカット』のボタンがある」

「ルチアナ先輩が、神の導線設計だって言ってました!」

「堕落の導線だ」

 地図アプリを開く。ポポロ村まで徒歩で数時間といったところか。

 義正は歩きながら、カードの残高を思い返していた。

 限度額百万。利用済み九十万。残り十万。

 リリスが横で「十万円あれば、お菓子がいっぱい買えますねぇ」と呟きかけたので、無言で睨みつけた。リリスはヒッと息を呑んで口を塞いだ。

 十万円は少ない。だが、ゼロではない。

 問題は使い道だ。

 飯を買えば、その場の腹は満ちる。だが、それで終わりだ。

 だが、投資なら増やせる。

 調理器具、保存容器、調味料、衛生用品、工具、簡易浄水器、医療用品。

 道具を買えば、飯を作れる。商品を買えば、売れる。信用を作れば、次の取引につながる。

「おい、リリス。これは金じゃない。前借りした信用だ」

「かっこいいですぅ」

「お前たちが九十万使ってなければ、もっとかっこよく使えた」

「あ、そういえば、この森、たまに魔獣や死蟲機が出るって……」

「そういう重要事項は先に言え」

「カンペが滲んでて……」

「滲んでても命に関わる部分は読め」

 その時だった。

 ピロリロリン! と、スマホが場違いな警告音を鳴らした。

 森の空気が変わる。鳥の声がピタリと止んだ。

「危険反応ですぅ……小型魔獣か、死蟲機かも……」

「死蟲機?」

「虫と機械が合体した、すごく嫌なやつですぅ」

「ざっくりしすぎだ」

 ガシャ、ガシャ、と歯車が回るような異音が、茂みの奥から近づいてくる。

 現れたのは、金属の甲殻を持つ巨大な蟻だった。

 体長は大型犬ほど。鋭い顎を打ち鳴らし、腹部からはツンとする酸の匂いが漂ってくる。脚の節々が機械的に動いていた。

 これが死蟲機――小型死蟻型。

「ひぃっ、死蟲機ですぅ! 義正さん、逃げましょう!」

「逃げ切れるか?」

「たぶん無理ですぅ!」

「じゃあ黙って下がれ」

義正は吸いかけの煙草を地面に落とし、靴底で火を揉み消した。火種を残す趣味はない。

 義正は腰の白雪に手を置いた。

 死蟲機が、金属の脚で地面を蹴り、義正の喉笛を狙って一直線に飛びかかってくる。

 義正は動かない。

「義正さん!」


「天極流――居合、閃光!!」

 義正が低く呟いた。

 次の瞬間、義正が踏み込んだ。

 低く、速く、無駄がない。

 白雪が抜かれる。刃が白く光った。

 斬撃は一瞬だった。死蟲機と交差した義正は、すでに数歩先で歩みを止めていた。

白雪の刃は、森の光を浴びてもぎらつかなかった。

ただ、冷たく白かった。

雪が音もなく枝を折るように、刃は死蟲機の装甲を通り抜けた。

チンッ!!

 白雪が鞘に収まる、澄んだ音が森に響く。

 その音を合図にしたように、空中にあった死蟲機の体が、綺麗な直線を描いて真っ二つに分かれた。

 金属の甲殻と生体部分がずれて、ドサリと地面に落ちる。青緑色の体液が草を濡らした。

 リリスが目を丸くして固まった。

「……え?」

「硬いな。だが、斬れないほどじゃない」

 義正は淡々としていた。

 だが内心では、商社マンの目線で敵の強度を分析している。

 外殻は金属質。内部は生体。酸袋あり。真っ向から叩き割るより、関節か胴の継ぎ目を狙う方が効率が良い。白雪の刃は通る。

 一体なら斬れる。

だが、これが十、二十と来たら話は別だ。

刀は補給を必要としないが、人間の体力は在庫切れを起こす。

 リリスが、恐る恐る真っ二つになった死蟲機を覗き込んだ。

「あの……義正さん」

「何だ」

「それ、食べられるらしいです」

「……何が」

「死蟲機ですぅ。エビみたいな味がして、美味しいって冒険者さんが言ってました」

 義正は沈黙した。

 改めて死蟲機の断面を見る。確かに、甲殻類に近い白身がある。酸の匂いに混じって、悪くない匂いもする部分があった。

 義正の脳内で、算盤が弾かれた。

「食えるなら、廃棄物じゃない。素材だ」

「素材?」

「 食材、外殻、酸袋、魔石。全部、値段がつく可能性がある。」

「義正さん、虫さんを見ても商売の顔になるんですねぇ……」

「借金持ちが好き嫌い言えるか」

 義正は死蟲機の身の綺麗な部分と、金属の甲殻の一部を切り取り、リリスの濡れたカンペの余白に包もうとして、やめた。

「……袋が要るな」

 結局、リリスのジャージのポケットに入っていた菓子袋を没収して、それに包んだ。

「それ、さっきまで飴が入ってた袋ですよぉ!?」

「内側はまだ清潔だ。外よりはマシだ」

「基準が急に野戦ですぅ! 持っていくんですかぁ!?」

「包装材としては最低限使える。防水性もある。菓子より役に立ったな。売れるか確認する」

「食べるんじゃなくて?」

「食うかどうかは、毒抜きと相場を見てからだ」

 作業を終えた義正の手の甲に、小さな擦り傷ができているのにリリスが気づいた。

 死蟲機の外殻の破片で切ったらしい。

「回復します! 私、女神ですから!」

 リリスが自信満々に前に出た。義正は極めて不安げな目を向けた。

 リリスが両手をかざし、神聖魔法を詠唱する。

 ぽわん。

 義正の手の平に、いちご味の飴玉が一つ落ちてきた。

 義正の眉がピクリと動いた。

「おい」

「ち、違うんですぅ! ショートカットの誤作動で!」

 リリスは慌てて飴玉を回収し、もう一度手をかざした。

 今度は淡い光が義正の手を包み込み、擦り傷がすうっと塞がっていく。

「できました!」

「たまには成功するんだな」

「たまにじゃないですぅ! 今のは実力ですぅ!」

 義正は少しだけ評価を改めた。

 ポンコツだが、完全に無能ではない。スマホ、通販、地図、そして回復。扱い方次第では使える。

 前借りした信用(十万円)と、この女神の機能をどう運用するか。

 再び歩き出し、森を抜ける。

 視界が開けた。

 遠くに村の煙が見える。広大な畑。小さな建物。回る風車。

 そして、どう見ても周囲の景観から浮きまくっている『ルナキン』の赤い看板が見えた。

「……本当にファミレスがあるな」

「ルナキンですぅ! 朝定食が美味しいって書いてあります!」

「まず宿と仕事だ。飯はその後」

「飯が先じゃないんですか!?」

「働かざる女神、食うべからず」

「神に厳しいですぅ!」

 その時、ふと風が変わった。

 遠くの畑道を、何かが凄まじい速度で走り抜けていくのが見えた。

 白い髪。

 長い兎耳。

 ラフな服装。足元の黒い安全靴が地面を叩き、激しい土煙を上げている。

 一瞬だけ、少女が何かを追いかけているのが見えた。

「待ちなさーい! 今日の朝市に出す分なんだから!」

 少女の叫び声。

 その後ろで、二本足で走る人参が悲鳴を上げていた。

「ギャーッ! 食われるー!」

 義正は無言でその光景を見た。

 リリスが言う。

「あれがたぶん、ポポロ村の村長さんです」

「村長?」

「はい。月兎族のキャルルさん。すごく優しくて、すごく強くて、満月になるとちょっと大変らしいです」

「……この村、初日から濃いな」

 義正はポケットのコーヒーキャンディを舌の上で転がした。

 まだ噛まない。

 財布を失い、借金カードを持ち、ポンコツ女神を連れてたどり着いた最初の村。

「まずは、宿代を稼ぐか」

 遠くで、兎耳の少女が跳ねた。

 二十メートルはあろうかという跳躍だった。

 そのまま空中でくるりと回り、逃げる人参マンドラの前に着地する。

特注の安全靴が畑道を叩き、ゴォン、と鐘のような音を立てた。

 人参が悲鳴を上げた。

 リリスが、妙に誇らしげに言った。

「あの方が、ポポロ村の村長さんですぅ」

 義正は胸ポケットのセブンスターの箱を軽く叩き、低く呟いた。

「……農村の村長ってのは、空を飛ぶのか」

義正は村を見た。畑、煙、店、看板、走る人参、空を跳ぶ村長。

常識は壊れている。

だが、人が暮らし、物が流れ、飯がある。

なら、商売はできる。

 ポポロ村。

 限度額残り十万円の借金女神と、財布を失った元商社マン剣士が最初にたどり着いた村は、どうやら普通の村ではなかった。

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