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第三話、聴覚


「匂いは第二層の時点で戻ってる。ここにきて触覚も戻った。うん、ちゃんと触れてる感じが分かる」


 端末を握りしめた未来羽は、再びかいた汗を拭いながら穏やかな声色で言った。


「流石にちょっと焦ったかも」


《足、痛い?》

《顔色悪いぞ》


未来羽(みらいば)様。第二層攻略おめでとうございます。次は第三層の攻略となります。ご説明はお聞きになりますか?』


「はは、ちょっと休憩させてよね」


 はあ、と大きなため息を吐きだした未来羽は、銀の壁に寄りかかり天を仰ぐ。

 大きな扉と扉の間に挟まれたこの人工的なルームは、階層型ダンジョンに必ず生成される〝レストルーム〟というらしい。


「よし。十分くらい経ったし、行こうか第三層。イッパちゃん、説明お願い出来るかな?」


『はい、かしこまりました未来羽様』


「あ、待ってイッパちゃん。説明の前にさ、その未来羽様ってやめられる? せっかくだし、未来羽って呼んでよ」


『……かしこまりました、未来羽。では、第三層のご説明をさせていただきます』


 一瞬、画面が揺らいだような気がした。

 しかし、生配信は不自由なく進行していく。


『第三層では、未来羽の聴覚が奪われます。また、ここからは討伐ランクの高い魔物が出現いたします。全長は412メートル。生い茂った森林が生成されており、高度な地形探索能力と、戦闘力が要求されます。未来羽の生存率は、――37%です』


「ははは、一気に下がるねぇ」


《まじで大丈夫なのこれ》

《聴覚、ってやばいのでは》


 これまた淡々と説明をしていくイッパちゃんと、それに対して愉快そうにからから笑う未来羽。

 二人の間には緊張感こそないものの、コメント欄は正しく阿鼻叫喚である。


「よし、ぐだぐだしていても仕方がないからね。行くよ、イッパちゃん」


『はい。未来羽様』


「あ。様つけたな?」


『未来羽』


「うん、それでよし。何なら、敬語辞めても良いんだよ」


『……』


「黙っちゃった」


《嫌がられてて草》

《AIを口説く男、未来羽》

《お気楽だなお前ら》


 再び大笑いをした未来羽は、レストルームを横断していく。

 そうして重厚感のある扉に手をかけると、体重をかけて押し込んだ。


〇×


 ゆっくりと、厳かに、扉が開く。


《おい、未来羽?》

《まじで何も聞こえてないのか》


 未来羽はのんびりと言葉を紡ぐものの、違和感に首を傾げていた。

 第三層で奪われるのは、『聴覚』――。

 未来羽は耳を触り、塞いでは開いてを繰り返している。


『はい、どうされましたか。未来羽』


《イッパちゃん、未来羽には聞こえないんだよ》

《未来羽? コメントは見えるよな》


『未来羽、聴覚は遮断されています』


『第三層に出現する魔物のご説明はお聞きになりますか?』


《イッパちゃん……》

《未来羽! イッパちゃん話してるよ》


『はい、かしこまりました。第三層には音に反応する魔物が出現いたします。ですから、音を立てず、慎重に行動することをお勧めいたします』


 未来羽は前へと進んでいく。

 第一層、第二層までの岩壁に囲まれた洞窟とは違い、解放感ある森林の中は、動きにくいようだった。

 すると、イッパちゃんの声が響き渡る。


『未来羽、静止してください』


 しかし、イッパちゃんの声は届かない。

 コメントを横目で見やりながら、未来羽は緊張した面持ちで前に、前に、進んでいく。


『未来羽。魔物のバイタルを数メートル先に感知。今すぐに静止してください』


 未来羽の足は、草木を踏み分けていく。

 無数に散らばった小枝が折れ、巻き込まれた落ち葉が散らされていく。

 画面に映し出される木々が、揺れる、ゆれる。


《止まれ!!!!!》

《未来羽!!!? 動くなって》


 未来羽の視線は、もう、コメントを見ていなかった。

 

 ――……聞こえなくても、戦うことくらいは出来る。


 音は、何も聞こえなかった。

 自分の声も、先ほどまで聞こえていたイッパちゃんの声も、全部、聞こえない。

 ただ、無音の世界に、自分の鼓動が振動するだけで。


 草木が香る青々とした匂いに、自身の足が大地を踏みしめる感触。

 先ほどまで奪われていた感覚だけが、頼りだった。


『―――、――――――――』


「――――――ッ!!!!」


 ――何、が起きた?


 風のひとつも吹かぬ中、木々が不自然に揺れていることを認識したその瞬間。

 視界が横にぶれる、ぶれる。

 身体は地面に叩きつけられ、痛みが全身に広がった。

 赤。

 赤、赤。

 赤、赤、赤。

 視界に赤色が映り込み、錆びた鉄の匂いが鼻腔を通り抜けていく。


 手から転げ落ちた端末には、コメントが流れ続けている。


《未来羽、立ってくれ》

《何か言ってくれ未来羽》

《イッパちゃん、どうにかしてよ》


 ――痛い、いたい、イタイ。

 ――聞こえない、きこえない、キコエナイ。


 でも、それでも。

 攻略すると決めたからには、諦めない。

 それが未来羽という男だった。


「―――、―――、――――――――」

 ――大丈夫、大丈夫、ちゃんと勝つから。


 懐にしまっておいたナイフを握って、未来羽は立ち上がった。

 配信用のカメラがこちらを映すから、楽しそうに笑う。

 ダンジョン攻略は、生死をかけたゲームのようなものだ。


 目の前に対峙する魔物は、二体。

 まるで狼のような風貌ではあるが、それにしては妙に痩せている。

 低木の付近をうろうろと動きながら、赤色に光る瞳はこちらを見続けていた。


 ――攻撃性は、ないのか……?


 二匹は、じっと様子見をするだけで攻撃を仕掛けてくる様子はない。


「――――――。――――――――――――」

 ――イッパちゃん。こいつの特徴を教えてくれ。


 そう聞いたとて、返答は聞こえない。

 でも、聞かないくらいなら聞いてみる価値はあるだろう。


『――、―――――――。――――――――、〝――――――〟。――――――――――。―――、――――――――――』


 端末のスピーカーに指を這わせると、イッパちゃんの発する声の振動だけが伝わってくる。しかし、その内容までは分からない――……。


「―、――?」

 ――……なんだ?


 二匹は、垂れ下げていた耳を突然ピンと立てる。

 それは、未来羽が足を大きく動かした瞬間だった。

 

 ――まさか、こいつら音に反応するのか?


 ものは試しと。足元に落ちていた小枝を拾い、遠くに投げる。

 すると、二匹はそちらに眼光を向けた。


 ――声には、反応しないのか。


「――――――――!!!!」


 大きな声を上げても、二匹の魔物は反応しない。

 ただ、遠くで転がり続ける枝の音を追いかけている。

 

 ――どうすっかなあ。


 音が聞こえない今、頼れるのは自分の感覚だけだった。

 自身が音を立てている自覚もなければ、魔物の呼吸のひとつも聞き取れない。

 未来羽は慣れた手付きで、ナイフをくるりくるくる回すと、魔物を睨みつけた。


 その瞬間だった。

 端末が震えると同時に、画面へ文字が表示されていく。


『未来羽。見えていますか』


「―、――――――?」


『第三層に生息する魔物は〝ローンウルフ〟です。音に反応する魔物で、わずかな足音すらも聞き取ります。ですが、人の声には疎いようで、反応を示すことは殆どありません』


「――――――、――――――――――――」

 ――イッパちゃん、そんなことも出来るんだな。


 撮影用カメラに端末の画面を見せれば、盛り上がるコメント達。

 音を出さないよう慎重に、未来羽はイッパちゃんの紡ぐ言の葉を待つ。


『未来羽。この階層に存在する〝ローンウルフ〟のバイタル数は、三。あなたの目の前にいる二匹の他に、二メートル離れた後方にもう一匹います。戦いますか』


 ――戦おうか。どうしたらいい?


『〝ローンウルフ〟は音に反応します。一匹ずつ倒すことが理想とされますが、不可能でしょう。お手伝いしましょうか』


 ――具体的には?


『未来羽の〝聴覚〟を補助します』


 聴覚を補助、とは。

 未来羽は首を傾げると、イッパちゃんを見やった。

 先ほどまで文字情報だけが表示されていた端末には、様々なデータが浮かんでいる。


 ――ダンジョンマップに、魔物の情報。

 ――俺の細かいバイタルに、……これは。


 ――周囲の音の波形。


『未来羽、振動パターンを覚えてください』


 ブー、と長く一回。波形の振幅が大きい。

 ブー、ブー、と至極短く二回。波形の振幅が小さい。


 ――なるほど。難しいが、かなり助かるな。

 

 何度か繰り返された後、未来羽は小さく息を吐き出した。


「――――――――、――――――」

 ――もう十分覚えたよ、ありがとう。


 未来羽はポケットに端末をしまうと、振動の有無を確認して、また深呼吸をひとつ。

 手汗で滑るナイフの柄を確りと握り込んだ。


「―――、―――――――!」


次回更新▷▶▷2/25 19:00 

『第四話、味覚』

『第五話、視覚』

『第六話、イッパちゃんと未来羽』(完結)

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