7.光る魔術と、召喚魔方陣
「本当に一瞬ですのね、すごいですわ」
『イメージとしては、光が本や棚を透過して、文字だけが浮かび上がるのですが』
「分かりますわ、こんな感じに見えるのですね――」
メルローズが空中に指を走らせると、光の文字がそこに残って、しばらく輝いたあと粒になって消えていった。
『今のは、何かの魔法ですか?』
「完成一歩手前の――気になるなら、もう一度書くわね。今度は、最後まで綴るわ」
滑らかに動くメルローズの指が、光の文字を刻む。
Magic of light, stay there and shine for one minute.
2回目。
先程取り込んだ、書架の書籍。そのデータと照らし合わせて、書かれた文字の意味が、しっかりと理解できた。
最後にメルローズが、そっと文字を押し出すと、中心に向かって一気に収束した文字が拳大の光の玉に変わって、眩い光を放ちながら辺りを照らし出した。
『これが、魔法なのですね』
「正確には、わたくしが開発中の文字魔術ですわ。魔法だけでしたら、とてもシンプルですのよ? ――光よ」
腰元から取り出した杖を、空中に向けて一唱。先程浮かべた光の玉の隣に、新しい光の玉が浮かぶ。そして気がついた、メルローズがずっと杖をかざしている。
「気づきましたのね。これが、魔法の欠点ですのよ。維持するために、こうして使い続けないといけませんの」
『あ、最初のが消えましたね』
「本当に、観察がお好きですのね」
笑いながら、杖を仕舞う。光の玉が消えて、机上の明かりだけに戻った。今となれば、この明かりが何だか安心するような、柔らかい光に感じる。
見上げれば月が、少しだけ場所を移動させていて、書架の棚を斜めに照らしていた。
ちょうどタイトルが、本の綴り。背表紙部分に書かれている文字が光っていて、斜め読みで読み取ることができた。
『クノーネ申……?』
「あら、それは女神の名前ですわね。人間の国にあって唯一帝国に属さなかった国。魔王の統治する国からも一番遠く、未だに独立しているのが、クノーネ申神教国ですわ」
何かの、言葉遊びなのでしょうか。
ネと申を合わせると神に見えるのですが……?
「唯一神にして、この世界の主神ですのよ。そして恐らくですが、わたくしが文字魔法を今以上に改造できない、枷でもあると思っていますの」
『枷ですか? それはどういう?』
「先程の魔法、変更できるのは時間だけですのよ。見ていてくださいね」
再び、メルローズの指が光の文字を描く。
Magic of light, stay there and shine for one hour.
そっと押し出すと、収束して光の玉が出現した。
同時に、机に崩れるようにもたれ掛かったメルローズが、眉間に皺を寄せながら苦笑いを浮かべる。
「失敗。ちょっと、魔力を使いすぎましたわ」
『大丈夫ですか?』
「少し休めば、魔力が戻ってきますわ。そしてこれ、時間は問題なく延ばすことができますの。ところが――」
まだ身体が思うように動かせないにもかかわらず、ゆっくりと身体を起こす。魔力切れって、辛いのですね。隣にまわって、そっと身体を支える。
「ありがとう。描くのはこれ。照明の魔法、太陽のように輝き、その場に留まり、1分光りなさい。ですわ」
『太陽なんて、可能なんですか?』
「ふふふ。見ていてくださいませ」
そして、同じように指を走らせる。
The magic of light, shine like the sun, s――
太陽のあと、文字が急に掠れて、走らせた指だけが流れていく。
『途中で消えましたね』
「これ、途中からわたくしの意思とは関係なく、魔術がキャンセルされましたのよ。この意味がおわかりになりまして?」
『メルローズさんの権限の一部が、何者か――話の流れから見ますと、クノーネ申に制御されている……?』
「さすがですわね。急に核心に至るとは、それでこそわたくしの侵略パートナーですわ。ちなみにですが――」
メルローズが空中に指を走らせるも、何も起きない。
さらに、テーブルにある明かりが灯っていない燭台の、石に触れる。さっきとは違って、明かりが灯らなかった。
「こんな感じに、魔力放出自体が遮断されてしまいますの。魔力自体は、体内にはありますのよ?」
『つまり、安全対策みたいな感じですか』
「そうだと思いますわ。ちなみになのですが、さっきの文字魔術。全て書き切って起動していましたら、この辺り一帯が焼滅していたところでしたのよ」
そういって朗らかに笑う。
たぶんその前に、私の今日のエネルギー源になっていただけだとは思いますが。
『でしたら、その制御。外します?』
「ふふふ、可能ならやってみて貰いたいですわね」
『じゃあ、やってみましょうか。だいぶ仕組みが分かりましたから』
「あら、本気ですの? 嘘でも楽しそうですけれど」
『キジン、ウソツカナイ』
「うふふふ、面白いですわ。ふふふふ――」
立ち上がり、ふらつくメルローズを支えながら、皇室書庫を後にする。
ライアスとローザは、まだ会談中でしょうか。
「おま、なんでメルローズといるんだよ!?」
「お義兄さま、ごきげんよう。そちらの方は……ローザ? もしかして、ローザですの!?」
「久しいな、メルローズ。女神の呪縛から解放されてな、久しぶりの現世を満喫している」
「侵略されて行方が不明だと聞いておりましたが、そうですか。ローザは魔王になられていたのですのね」
「やばいぞやばいぞ、何でフェルムとメルローズが、マジかよ……」
『……何だかとてもカオス、ですね』
宰相のカイトなんて、声を押し殺して笑っている。
まだ勇者用の部屋で、会談を続けていたみたいです。私たちが入室すると、紅茶のいい香りが鼻をくすぐります。まあ私の場合、鼻の穴は飾りで奥のセンサーがメインなのですが。
それでも、香りは機人生を豊かにしてくれます。
ちょうど部屋の真ん中が空いたままになっていたので、虹色宝箱から勇者召喚魔方陣を取り出して敷いた。なんで収納できるのか、全く分かっていない。
「ちょ、フェルム。待て、いったい何をするつもりだ」
『メルローズさんを、召喚しようと思いまして……』
魔方陣の縁にある魔源枠の上に虹色宝箱を乗せて、勇者召喚魔方陣を活性化させる。この状態だと、書き換えが可能なのです。
一歩。勇者召喚魔方陣に足を踏み入れる。
踏み込んだ足元に、激しいスパークとともにノイズが走った。さらに足を進めると、魔法陣が千切れ、光の粒になって空中に舞い上がった。
先に進むと後ろで、舞い上がっていた光の粒が、急速に元の位置に戻っていく。
『ここです、ここの名前部分をまず、メルローズさんに書き換えます』
「なんで、おま。どうやって、はああぁぁっ!?」
「お義兄様、さすがに騒がしいですわ。ちょっと落ち着いてくださいませ」
「我は……こんな、無茶苦茶な輩に召喚されたのか……」
これで基本的な対象名義は変更できました。
三者三様の声をバックミュージックに、勇者召喚魔方陣を見回す。どこかに縛りを示す命令文があるはずですが……見つけた。
クノーネ申に隷属する。
なるほど、文字を理解できた今なら分かります。この部分を、『自分の名前に隷属する』に、書き換える。自分で自分を召喚すれば、誰にも縛られなくて済みますからね。
そうしてまた、魔方陣を破砕粉砕しながら、魔方陣の外に戻った。
『では、ここ。メルローズさんの名前を書き込みます』
「嘘だろ、マジかよ。もう俺駄目だ……」
「我、無事でよかったまであるな」
「それではよろしくお願いいたし――」
おもむろに、勇者召喚魔方陣を起動する。
横にいた、メルローズが消えた。




