8.藍は、藍より青し
「め、メルローズ!? どこに行ったんだ、消えたぞ!?」
勇者召喚魔方陣から、虹色の光が溢れ出した。
舞い上がる光は、ゆっくりと中心に集まっていき、徐々に人型に収束していく。全員が呆然と見守る中、やがて光が収まっていき、中から全裸の少女が現れた。
『あ、切りますね』
全身が顕現したタイミングで、勇者召喚魔方陣から虹色宝箱をどかした。一気に、魔方陣から光が消える。
崩れ落ちる少女に、慌ててシーツを持って駆け寄るメイド数名。さすがです、私も裸で召喚されるとは思っていませんでしたが。
勇者召喚魔方陣は……そのままにする。たぶんまたすぐに、使うと思う。
「待て、いや待ってください。誰だよ、メルローズじゃないのかよ!?」
『ライアスさんのお目々は、節穴さんですか。ちゃんとメルローズさんですよ?』
シーツにくるまった状態で、ソファーに横たえられているのは、メルローズに間違いないのですが。少しだけ、本当に少しだけ容姿が変わっています。
髪の色は金髪から燃えるような真紅に。お耳の先がちょっと尖っていて、小妖精感がマシマシです。元々美人だった顔は、少し締まってさらに美しく。
「いや。だから、誰なんだよ!?」
「……もう、騒々しいですわね。その、無遠慮極まりない声は、いつものお義兄様ですね、皇帝になられたのに。いい加減に落ち着いたらいかがですの?」
『あ。メルローズさん、おはようございます。ご機嫌はいかが?』
「すっきりしましたわ。さすがフェルムですわ」
メイドに支えられてゆっくりと起き上がるメルローズ。その胡乱げな視線に、ライアスが後じさりしてそのまま尻餅をついた。さっと、ローザが横から支える。
瞳の色が、碧眼から紅眼になっていて、印象が大きく変わって見えますね。
「どうなっておるのだ? メルローズ、なのか?」
「あら。ローザも、何を仰ってらっしゃるのかしら? わたくしは、メルローズに決まっておりますわよ」
「メルローズ様、こちらを――」
宰相のカイトが、鏡を抱えてメルローズの前に。そこで気づいたのでしょう、鏡に映った自分の姿にしばらく沈黙。目を瞬かせたあと、バッと私の方に顔を向けて。
「す、素晴らしいですわ。わたくしの理想の、物語のヒロインではありませんの?」
『物語は知りませんが、綺麗なエルフさんですね』
「いいですわ、いいですわね。お義兄様見てくださいまし、灼竜物語のヒロインのプレッツェルン姫の見姿そのままですわよ」
勢い余って立ち上がり、すらりと落ちるシーツ。再び露わになる肢体に、慌てて顔を反らすライアス。
顔を真っ赤にしたローザも、なかなか可愛らしい反応ですね。ただカイト、じっと見つめるのはさすがに紳士としてどうかと思います。
何だかとっても、カオスですね。
慌てたメイド集団に抱えられるように、メルローズが一時退室していった。
「さて、何がどうなっているのか、説明してくれるか?」
『そこにあるのが、ちょっと改造した勇者召喚魔方陣ですね』
「ちょっとのレベルではないと思うのだが……」
ドレスに着替えたメルローズを加えて、4人と1機で円卓を囲んで座った。
使っている部屋は、引き続き私の部屋。違いますね、私はお客様だから、私に宛がわれた部屋、ですね。
円卓テーブルは、別の部屋から運び入れた。
何ででしょうか。異常に勇者召喚魔方陣を警戒されている気が……。
「でも、この改造勇者召喚魔方陣、いいものですわよ」
「ちなみにフェルム様、サイズは変えられるのでしょうか?」
「ちょっ、待てカイト。何を考えている」
「いやねライアス。少なくともだよ、メルローズは女神の呪縛から解放されたと、そう僕は睨んでいるんだよ」
「女神ってぇと……あれか、主神クノーネ申だな?」
何でしょう。女神様の名前が、何だかバグったように聞こえるのですが。
『このテーブル程度でしたら、可能ですが。書き換えますか? と言っても、この虹色宝箱頼みなのですが』
「いえ、ありがとうございます。また、お願いしますね」
「では次は、お義兄様の番ですわね。フェルム、準備をお願いしますわ」
「……は? おま、メルローズ。何を言っている……」
『分かりました、準備しますね』
「いやフェルムも、分かりましたじゃねぇし!」
そんなライアスに微笑みだけ返して、席を立った私は勇者召喚魔方陣の魔源枠に、虹色宝箱を設置した。色が落ちていた魔方陣が、再び虹色に輝き始めた。
では、いきますね。
再び魔方陣をバチバチと破砕しながら、中心近くまで足を運ぶ。そして、召喚対象の名前をメルローズからライアス・フェン・オールデンに書き換えた。
「いや、待て。ほんっと待って、待ってくださいフェルムさん」
「義兄様、往生際が悪いですわよ。クノーネ申の呪縛から抜け出すのも、皇帝として義兄様の大切な使命ですわよ」
「諦めが肝心だよ、ライアス。もし失敗しても、皇帝がセバスティエンに譲位されるだけだよ。問題はないと思うよ」
「つ、次はカイト、お前だからな!」
「それは、もちろん。ここまで来たら、最後までお供するよ」
振り返ると、魔王ローザと目が合った。ローザが自身を指さしたので、しっかりと頷く。目を見開いたローザは、上を見上げて頭を抱えだした。
そうですね、確かに。ローザさんはクノーネ申から切断しましたが、隷属先は空白のまま。危険が危ないので、あとで再召喚ですね。
『では、起動しますね』
「ちくしょう、どうとでもな――」
スッと消えたライアスは、次の瞬間。虹色の光に包まれながら、召喚魔方陣の中央に浮かび上がった。もちろん全裸で。
頭部には立派な龍の角。身体の半分ほどが綺麗な青い鱗に覆われて、臀部から鱗に覆われた太い尻尾が生えている。漆黒の髪が、若干印象を変えていますが、彫りが深い顔立ちは大きく変わっていません。
なるほど、格好いいですね。ライアスは、龍人ですか。
『あ、停止しますね』
魔源枠から虹色宝箱を取り外すと、魔方陣が光を失う。同時に、周りで待ち構えていたメイド集団が、ライアスを抱えて退室していった。
慣れたものです。
「いいですわね、義兄様はドラゴニュートですか?」
『厳密にはちょっと違いますね。竜人ドラゴニュートよりも、龍人ドラコニアンでしょうか』
「いいですわ、いいですわね。いわゆる皇帝龍ですのね、素晴らしいですわ。ところでフェルム、この勇者召喚魔方陣はわたくしにも使えますの?」
「それは僕も、気になりますね。特に召喚対象の名称を書き換えられれば、いいのですが」
「我は、何を見ているのだろうか……」
呆然と呟くきふらつくローザの肩を、メルローズがそっと両手で支える。
「ローザ。考えていては駄目ですわ、感じるのです。思い悩むのは、感じて受け止めてからでも遅くありませんわ」
「意味が……分からないのだが……」
確かに、不便ですね。
でも私には、文字の書き換えはできても、その配置の変更まではできそうにないです。そもそも、破壊しているようなものですからね、魔方陣がこの先どこまで耐えられるのか。
『ああ、それでサイズ変更を聞かれたのですか』
「そうです。可能ですよね?」
『可能と言えば可能なのですが、小さくすると召喚された方も小さくなっちゃうと思いますよ』
「それは……駄目ですね」
悩む私の肩に、手が置かれる。
振り向くとそこには、いい顔をしたメルローズが立っていた。
「フェルムは、この古代文字が読めるのですの?」
『はい。何が書かれているか、分かりますよ?』
「なら、簡単ですわ――」
メルローズ目が光る。
「新しく魔方陣、作ればいいのですわ」
ああ。なるほど。
私は、メルローズとがっしりと手を結んだ。




