6.放射線勇者、姫の目光る
「とても面白い方ですわね。今代の勇者様が御召喚されたとお聞きしましたが。もしかしてあなたが?」
『そうですね、勇者代表をやらせて貰っています』
「あら、ふふふ。代表なのですね、うふふふ。ほんとに面白い方ですわ」
書架にある本を一冊とって、近くのテーブルについた。遅れて対面に座った姫が、立て肘に頬を乗せて、楽しそうに私を見ている。
「では。あらためまして、メルローズ・フェン・オールデンですわ」
『でしたら、私ももう一度自己紹介をしましょうか』
「あら、違うパターンもありますの? ぜひ、お聞かせ頂きたいですわ」
これは、楽しいですね。
生まれて初めての、邂逅。そんな感動です。
『では。仕切り直しですね。ブロンデ系機人として、生まれ落ちてすぐに召喚された、零歳機フェルムです』
「身体は大きいですが、零歳ですの?」
『機人ですからね。製造された瞬間に、この身体なんですよ。ただ召喚されたのが製造直後でしたからね、共有の記録データが少ないのが、頭に傷ですが』
「それを言うのでしたら、玉に瑕ですわね。いいですわね……ふふふ」
笑い方は奥ゆかしいけれど、目の力って言うのでしょうか。すごく観察されています。当然ですが、観察し返しますけどね。
天井にある曇りガラスが、月明かりを柔らかく届けている。
照明は壁の照明。電気を使っていない感じで、恐らく魔法的な明かり。それが足元を薄く照らし出している。
「明かりが気になりますの? ほらこの燭台。この魔石に、こう魔力を込めるのです――」
そうして、机の上にあった燭台。その上に乗っていた拳大の石に、メルローズがそっと触れる。その直後、白い光が溢れ出して部屋が明るくなった。
私とメルローズの影が伸びて、書架に人型の影が揺れる。月明かりが薄くなって、周りの闇がスッと深くなる。これが恐らく、明るすぎる光源の弊害。
でも。不思議。
『綺麗ですね。与えた力が、光に変わっている。その光が濃くなる代わりに、闇が深くなるのですね』
「いい、目をしていますわね。人が中に入っている……わけではないのですの?」
『中は流体金属だけですよ。私たち機人は、魂がありませんから、厳密に生命ではありません。ですが思考し、念う。その結果が心に見えるのであれば、おそらくそれもきっと心の形なのでしょう』
「とてもいい視点ですわ。常に観測するその姿勢は、とても好ましいものですわ。ところでここ、皇室書庫には何をなさりに?」
ふと、考える。
そうですよ。ここには確か本を読みに来たのでした。正確には、スキャンですが。
目的を忘れて、会話に没頭していた私がいます。これは非常に興味深いですね。機械である私が、間違えている。
「あら、笑ってらっしゃりますの?」
『笑えて……いますか? 私が?』
「ええ。顔の表情が動いていますわよ。間違いなく楽しそうに笑っていますわ。あなたを、フェルムを見ていると、なんだかわたくしまで楽しくなりますの」
少し離れた場所にいた、セバスティエンに顔を向ける。私を見て少し驚いた顔をして、それからすぐに大きく頷いてくれる。
そうですが、これが楽しい。
確認したくて、顔を一生懸命触っていたら、少し席を外したメルローズが、鏡を持ってきてくれた。そして、私の前に立ててくれる。
何てことかしら、本当に笑っている。
確かに内部は流体金属なので、一定の柔らかさは持っている。逆に表面は、形状維持のために完全に硬質化するのが、機人の基本設計だった。いえ、それは新型機である私とて、変更されていなかった。いなかった、はず。
でも、鏡に映った私の表情が。すごく嬉しそう。
作った笑いじゃなくて、本当に自然に出ている。これが、笑み。
「ふふふ、面白いですわね。義兄が嬉しそうだったのも、頷けますわ」
『兄がいるのですか?』
「フェルムが喚ばれた時にいた、王様が義兄ですの」
まさかの事実。
物語の中だけだと思っていたお姫様が、目の前にいる。知識の中にだけある、ちょっとだけ憧れる存在、でしょうか。機人に王制などありませんし、そもそも機人は意識同一個体ですから、憧れ自体は私の仕様かも知れません。
ですが、少しだけある記録に、どこか別の世界で話をした、姫様の姿がよぎる。
『ライアスさんは、そのお兄さんは何と?』
「……先程から、義が抜けている気がしますわよ。義兄ですわ、遠い血族ですが、直接血が繋がっておりませんの。でも皇位継承権は――」
メルローズの視線を追って、手元の本に視線を向ける。
ちょうど、無意識に開いていたページが、右側が余白になっている最後のページ。そこに書かれていたのが、1255代目皇帝、ライアスの名前。
そしてその次に、メルローズの名前が記されていた。
『次期、女皇……ですか』
「そしてその後は、その後にはもう後継者がいませんの。ですが、ここにわたくしがこう書き込むことができますのよ?」
そうして、私が本の向きを変えると、メルローズが側にあったペン立てからペン持って、おもむろに書き綴った。
「これで、セバスティエンに、皇位継承権が付きますの」
『えっ、ええっ!?』
名前が、次々に浮かび上がっていく。
メルローズが、自身の名前の次にセバスティエンとだけ書き綴った。その先に、次々に名前が浮かび上がっていき、右の中段までざっと30人ほど名前が浮かび上がって、止まった。
これが、魔法。
『この書物って……』
「正式な皇室における継承を綴った書籍。その本のタイトルですわ。わたくしも、ずっと探しておりましたのよ? 1155代皇帝の時代に失われて、それから手探りで皇位を継承してきていて、血統継承の限界に来ておりましたのよ。助かりましたわ」
「さすがです、勇者フェルム様。さぞ、ライアス王もお喜びになるかと……」
『どうしましょう。もしかして放射線の読み取りが……効かない?』
よほど、私が困った顔をしていたのだと思います。
しばらく無言の時間が続いたあと、メルローズとセバスティエンが笑い出した。それも、二人ともお腹を抱えて。
ほんと、失礼ですね。
「ふふふふ、おかしいですわ。すごい実績なのに、気にするのはそのホウシャセンですか。うふふふ、フェルムらしいですわ」
『でも、実際私はですね。技術的侵略のために、ここに書物を読みに来たのですよ?』
「技術的侵略です? それは実際に、何をなさるのです?」
メルローズの目が、不敵に光った気がしました。
実際に口元は、なんだか嬉しそう。
『連綿と続く歴史の盛衰を読み解き、その技術的な推移を解析。そこから、どうすれば技術水準を上げられるか、技術的侵略が可能かを分析、そしてどう構築可能か。それらを計略し遂行するのです』
「いいですわね。わたくしもそれに噛ませて貰ってもいいかしら?」
『もちろんですよ。一緒に技術的特異点を目指しましょう』
「ふふふ、楽しくなってきましたわ」
それにはまず、この書物が透過できるかが、問題ですが……。
「悩むなら、実際にやってから考えたらいいのではなくて?」
『……確かに、そうですね。私らしくない、悩み。不思議な感じです』
「いいと思いますわよ。悩めばこそ、心が育まれますのよ」
私が私でいい、そう言ってもらえた気がしました。
そして、正式な皇室における継承を綴った書籍。無事、放射線視で透過処理できました。
私のデータの中で、メルローズの名前が眩しく。煌めく。




