5.連合成立、勇者は孤独
「つまり我は、女神の呪縛から逃れられたと……」
「だろうな。歴代勇者の記録を読んだことがあるが、どれも魔王とは対話はおろか、会話すら成立していなかったようだ」
「帝国にはそんな記録が、あるのだな」
はい。こちらフェルムです。
往年の恋人が、何だか楽しそうに会話しているのを、生暖かい目で見ています。
「おい、フェルム。今度は、何を企んでるんだよ?」
『失敬ですね。企みは常に、企むに決まっていますよ』
「おま、ほんと。怖いんだけど」
「ふふ……うふふふふ――」
口元を押さえた魔王ローザが、いい顔をしている。
ただ、座り姿がネグリジェにガウンだけ羽織りましたは、どうかと思う。もう少しこう、ドレスとか、なかったんですかね。
もっとも寝室にいたのを、強制召喚したとすれば。私ですか、犯人。
対して、王であり皇帝でもあるライアスも、Tシャツにすらっとした紺のズボンだから、まあ似たようなものかも知れない。
「魔国は、どんな感じなんだ?」
「変わらんよ。笑顔があり、人々の生活があるのは全く変わらん」
そうして魔王は、ローザは目を瞑って長く息を吐いた。
そんなローザをライアスが、心配そうに見つめている。そんなライアスの側にあるお菓子を、私が狙っている。
視線に気づいたのか、ため息とともにお皿が送られた。やった。
「国を奪われて、はや五年……か、長くもあり、そして短かったが。ライアスのことは覚えている」
「ああ。国同士が決めた、繋がりのためだけの婚約だったがな」
「旧い国だったな。だが、奪われ、攫われた我は魔国の玉座に据えられた。その直後からだったか。我の意識は薄れて、ずっと朦朧としていた――」
ちなみにまだ、同じお部屋。
私の虹色宝箱から取り出したテーブルと椅子を並べて、なんとも言えない空気になったのはお約束。機人は魔法なんて使えませんからね、この虹色宝箱のおかげです。
『いい味ですね。甘みは控えめ、でも素材の味はしっかりと引き出されていますね。真ん中のラズベリーが、いいアクセントです』
「……のう、ライアス。こやつは、フェルムは勇者代表なのであろう? 何なのだこの、雰囲気ブレイカーは」
「考えるな、ローザ。感じるんだ。無駄な会話じゃないと信じたい、俺がいる」
『失礼ですね。味の感じ方は、人それぞれなんですよ? 私のはただの味覚センサーですが、解析し、分析する。その念いが、未来なんです。みんなそれぞれ違っていて、でもそれがいいんですよ?』
二人の目が、大きく見開かれる。
「そうか、違っていていいのか……」
「で、あるな。なるほど、そこも女神の呪縛」
『何ですか、何ですか? 私のクッキーは、あげませんよ?』
「呪縛だよ――」
さっと、メイドさんが空になったを下げていく。入れ替わりに置かれた皿には、新しくクッキーが山盛りになっていた。
さっそく1枚。なるほど、アプリコットですか。
「女神の呪縛だ。思考すら誘導されていたのだろう、人間と魔族に、明確な種族的嫌悪があった」
「我もそうだ、そして今もある。だが、違和感には気づけた」
「気づけば、変えることができるのか……」
『気づきましたか、今度はアプリコットのクッキーですよ』
ライアスが目配せをすると、少し離れた場所に待機していた執事が、部屋を出て行った。そしてすぐ入れ替わるように、宰相のカイトが入室してきた。
そして書類を、ライアスの前に置いた。
「連合を提案する。恐らくこれが、新しい一歩になると思う」
「だがな、我は女神による魔王の呪縛から解かれたのだぞ? 既に魔王としての、力を失っておるのではないか?」
「いやそこは大丈夫だ。過去にも今回みたいなイレギュラーな勇者がいたらしくてな、そいつは事象を書き換えた。その時は、10年。平和が続いたようだ」
だが、と。
悲痛な、そして諦めが混じったような表情で、ライアスは続ける。
「結局人間が、魔王を討った。ごく一部の暴挙が、人間の総意になったんだよ」
『私の、別世界の記録でも。常に人間は争っていましたね。いえ、知性ある生命体は、と言うべきでしょうか。もっとも、動物だって縄張り争いをするくらいですからね、ある意味自然なことかも知れませんが』
「ふふっ、我らを動物扱いする、勇者か。なるほど勇ましい」
『あ、ローザさん、それは酷すぎますよ?』
重くなりかけた空気が、和らぐ。
何時の、どこの世界でも、為政者は大変だって事なのかも知れません。
「そしてその時の魔王は、同じ魔王がその場で復活した。魔王の交代条件はな、勇者による魔王討伐だ。魔王であるローザがまだ生きている。だから大丈夫だ」
「それは……誠か……?」
「俺で既に、皇帝が1255代だ。平均在位が10年だとしても、万年の歴史がある。ちゃんと過去の文献にな、記されていた」
『あ、その書庫の閲覧を希望します。勇者権限で』
さすがにというか、ライアスとローザが同時に噴き出した。
さらに側に控えていた宰相のカイトも、驚愕に目を見開いている。そんなに私、変なことを言いましたかね?
「わかった。セバス、案内を」
「はい。お任せください」
『あ、執事さん。セバスさんなのですね、他の世界でも執事の名前は、セバス多いみたいですよ?』
「さようですか。セバスティエンと申します。ご案内します、こちらに――」
立ち上がる私の目の前で、人の王ライアスと、魔の王ローザによる、最初の連合和平の書類にサインが記述されていた。
そして宰相カイトの横には、山となった書類が二人を待ち構えている。この文明の特徴なのでしょうか。遥かに時代遅れにも思いますが、人間と魔族にとって、未だに書類が重要なファクターのようですね。
電子署名、デジタル保管。
まだまだ文明侵略の余地がありそうですね。
そんな、益体もないことを思いながら、私は部屋をあとにした。
「こちらが、皇室書庫となります。閲覧に制限はありませんが、持ち出しは魔法で制限されています。ご理解の程、よろしくお願いいたします」
『ありがとうございます。ちなみにですが、放射線による透過処理は可能ですか?』
「ホウシャセンが何かは存じ上げませんが、魔法による保存処理はされています。破砕でなければ、ある程度は大丈夫かと」
『ではまず一冊、お借りします』
少し先の書架まで足を運んだところで。
「あら、ここに人が来るのは珍――待ってください、人間ではないですね。裸の金属ゴーレム……にしては、動きが滑らかですね」
『初めましてですね。私は機人ですよ。ブロンデ系機人種の新系譜。第四機フェルムです』
「し、喋りましたわ。しゃしゃ、喋りましたわよ!?」
『大切なことなので、二度言ったのですね。分かります。私も、大切な場面では、復唱する様にしますね。ちょっと楽しく聞いた、私がいます』
「いや、そう言うのではないのですが……」
金髪碧眼の、絵に描いたようなお姫様が、書架の角から姿を見せた。
ええ、お姫様ですね。
ここで会ったら百年目って、言いますよね。
この出会い、晴らさでおくべきか。
「……使い方、違いますよ?」
違ったみたいです。




