3.食事は、改善の余地がある
『ところで、勇者が王と食事を取るのは、規定事項なのですか?』
「いや……そんなことは、決まっておらぬが。問題か?」
無駄に長いテーブルの一番奥に、王が座っている。その斜め前、王族でないのにもかかわらず、すぐ側に私が座っている。
もちろん全裸で、って言うべきですかね。機人なので、基本的に着衣の意味がないので着ていないのですが。
『いえ、不思議だなと。状況が不服ですとか、余計な意味特にはありませんが。敢えて言うならば、好奇心でしょうか』
「クフフッ、王を前にしてそれを言うか。まあ、何ともフェルムらしいな。答えはな、我が一緒に食べたかった。そして同じだよ、ただの好奇心だな。ところでフェルムは、機人は食べられるのか?」
『経口摂取後は、内部でエネルギー転換しますから、問題ありませんね。ただ……』
「……ただ?」
『美味しい。でもこれは著しく、未完成ですね』
すぐ横で王が噴いた。
相変わらず、王はそのあと笑い出す。ワンセットなのでしょうか。
慌てたメイド達が動き回る中、やっぱり王は楽しそうだった。
その自分の反応ですらも楽しんでいるような。そんな感じ。
「それだ。それがいい。ならば、そうだな。後であの、黒い石版にでも書き出しておいてくれ。さすれば我が、紙に書いて厨房に指令を出しておく」
『口頭では、問題あるのですか?』
綺麗に整え直されたテーブルには、食後の葡萄酒が置かれていた。私の前にもありますが、アルコールですか。初めてですね。
食事の途中だったはずだけれど、再配膳は王が断っていた。材料が勿体ないと、確かにそう思いました。ただ、給仕が息を呑んでいたのが印象的でした。
「問題ばかりだ。この国ではな、王の指令は改善勧告程度だ。ただな、勇者の言葉は絶対だ。完全命令であるその言葉は、強制だ。まかり間違えれば現場を疲弊させる」
『権限が、強すぎではありませんか?』
「そうか? 異世界から来て貰って、我々の代わりに前線に赴いて貰う。その対価ではないが、お持て成しは必須であろう。同時に……」
『なるほど。品位も見定めている、ですか』
「ふふふ、鋭いな。正解だ」
こんな、楽しげな王が珍しいのか、周りの給仕にメイド。それに、恐らくタイミングで部屋に入ってきたきた執事かな、みんな驚きに目を見開いている。
そして私が喋ると、一瞬驚きはするものの、すぐに姿勢を正す。
それだけ王が、王の表情が穏やかだって事なのでしょう。
「それで、我が……ああ、めんどうくさい。止めだ。もう飾るのは止めた」
『いいのですか? 威厳は、大切だと思うのですが』
「もう今さらだよ。俺だってな、すまんが一人の人間だって事だ。ただ立場がな、それを赦さないってだけの話だ」
『世知辛いですね』
「フハッ、いいねフェルム。だからいい、だから俺が俺だって――」
そこで王の言葉が止まる。
天井を見上げて目を瞑り、熟考。数十秒ほどそうした後に、再び私に視線を戻してきた。いい、顔ですね。
「ライアスだ。名乗っていなかったな。ライアス・フェン・オールデン。オールデン帝国の代1255代皇帝だ」
『そうですか、では私は――』
「待て、それは止めてくれ。フェルムらしいが、知っている。知りすぎている」
周囲が驚きを通り越して、驚愕にざわめいていますが。
『ところで――』
「ああ、待て。先に答えるぞ。かつては帝国だった。魔王に対応するために、数百の王国が手を取り合い、帝国として発足。それが歴史だ。だが、もう俺の国しか残っていない。そして俺が、最後の王であり、最後の皇帝なんだ」
『先程の国土の大半は、とうの昔になくなっているのですか?』
「そうだ。残っているのはここだけだ。そして、オールデン帝国オールデン王国領、その半分が奪われた――」
そこまで言って、ライアスの声が詰まる。そのまま机に肘を突き顔を覆った。しばらくじっと、何かに耐えているように静かに。
そんな様子をじっと見つめる。
ライアスなら、この王なら。この、最後の皇帝なら――
『それは……さすがに、バランスが悪すぎますね』
「ああ……そうだ。女神は何故、ここまで――」
『あ、そうです。言い忘れていましたが。言いましたっけ? どっちでもいいですが』
ゆっくりと、顔を上げたライアスの瞳が、少し赤いのは。見えません。知りません。
『召喚魔方陣ですが、私を縛り付けようとしていましたからね。吸収しつつ引きちぎりまして、この世界の概念から召喚魔方陣が断絶しました』
「意味が……分からないんだが。説明を頼む」
『二度と、召喚魔方陣は起動しません。作成もされません』
「そうか、やっとか……全人類の悲願が、こうもあっさりと……」
『あ。でも私は使いますけどね』
「やめてくれ」
真顔になったライアスが、なんだか嬉しそうで。こっちまでホッコリ。
召喚魔方陣を好きに使えるのって、やっぱりいいですよね。
ちょっと、あとで使ってみましょう。
「やめろって、言ってるだろうが」
食事を終えて、ライアス王と別れた私は、勇者用に特別に宛がわれた部屋に来ていた。
『好きにしていいって、言われましたが……』
豪華なこの部屋は、召喚した歴代勇者が使っていたのでしょう。
部屋の中央にあった邪魔なテーブルを、虹色宝箱に収納。ついでにチェアー二つ、天蓋付きベッド。化粧台も、それにタンスもちょっと大きいので仕舞う。
毛が高いカーペットもどう考えても邪魔だったので、剥がして収納したら、ちょうどいい大理石の床だった。
その様子をずっと、オロオロしながら見ていたメイドさんに、オレンジジュースを取り出して手渡した。
ちょっと情緒不安定な時は、やっぱりオレンジジュース。よく効きますよ。
『そして取り出しましたのが、これ。じゃじゃーん、召喚魔方陣。改良版ですから、好きなものを呼び出せます』
「あ、あの……」
『メイドさん。落ち着きましたか? ちょっと、面白い方を喚んでみますから、ライアスさんを呼んできて貰えますか?』
「はは、はいいぃぃ――」
部屋を駆け出していくメイドさんを、軽く手を振って見送った。
では、いきましょう。
床に描かれた魔方陣は、白く光り輝いていた。
その端に、虹色宝箱を設置する。虹色が伝播していく、やがて魔方陣全体が虹色に輝き始めた。
『そこに取り出しましたのは、これ。部屋の隅に落ちていた誰かの髪の毛』
いや、何となくですよ。
これはだめだと思いまして。召喚の触媒にします。
召喚魔方陣に一歩。足を踏み入れる。
足元にノイズが走る。千切れ、光の粒になった魔方陣の一部は、私が足を進めると、離れた端からブレて、最初はゆっくりと、急速に加速して戻っていく。
破壊と再生。
そんな、恐ろしいほどの負荷を召喚魔方陣にかけながら、中央まで来た。
『では、よろしくお願いします』
腕を伸ばし、そっと、床に髪の毛を放つ。
ゆっくりと、落ちていった髪の毛は。
『成功です。出でよ、魔王』
黒い光を放ちながら、爆ぜた――




