第7話「記録されたヒロイン」
――拘束。
その言葉が落ちた瞬間。
世界が、音を失った。
「いや……」
足が、動かない。
近づいてくる衛兵の足音だけが、やけに大きく響く。
「待って……違う……!」
声を上げる。
でも、誰も動かない。
さっきまで味方だったはずの視線が――
すべて、他人のものに変わっていた。
(なんで……?)
わからない。
わからない、わからない、わからない。
「私は……間違ってない……!」
叫ぶ。
その声は、ひどく空虚だった。
「全部、正しいことを……!」
「――その“正しさ”の話をしているのですよ」
静かな声。
レティシアだった。
ざわめきの中でも、はっきりと聞こえる。
「……っ」
息が詰まる。
「あなたが何をしたか」
一歩、近づく。
「なぜそれをしたか」
さらに一歩。
「そして、どうして“そこまで確信できたのか”」
完全に、逃げ場を塞がれる。
「それを、今から確認いたしますわ」
「やめて……」
小さく呟く。
もう、聞きたくない。
でも。
止まらない。
⸻
「まずは、こちら」
レティシアは、一枚の紙を掲げた。
「あなたの行動記録です」
会場に、ざわめきが広がる。
「日時、場所、接触人物」
一つ一つ、読み上げられていく。
「……っ」
知っている。
全部、自分の行動だ。
「そして、発言」
その一言で、空気が変わる。
「“このイベントが終われば、好感度が上がる”」
「“ここは分岐点だから、選択を間違えないように”」
「“予定通り進めば、あの人は私を選ぶ”」
――やめて。
「やめて……!」
叫ぶ。
でも、止まらない。
「見事ですわね」
レティシアは、感心したように言う。
「まるで、“未来を前提にした行動”」
「違う……!」
首を振る。
否定する。
でも。
(違わない)
心の奥で、何かが崩れる。
「では、こちらはどうでしょう」
次の紙。
「複数の証人による一致した証言」
「エリナ様は、“明日にはすべてうまくいく”と繰り返していた」
「“ここで失敗するはずがない”とも」
笑いが、漏れた。
自分でもわかる。
おかしい笑い方。
「……はは」
乾いた音。
「だって……そうなるはずだったもん……」
ぽろりと、こぼれる。
しまった、と思ったときには遅い。
視線が、一斉に突き刺さる。
「ほう」
誰かが、低く呟く。
「“はずだった”?」
「……っ!」
口を押さえる。
でも、もう止まらない。
「だって……!」
言葉が溢れる。
止められない。
「そういう物語だったんだから!!」
――沈黙。
完全な、沈黙。
(あ……)
終わった。
理解する。
自分で、自分の首を絞めた。
⸻
「……物語、ですか」
王太子が、静かに言った。
その声は、どこまでも冷たい。
「はい……!」
もう、引き返せない。
なら、言い切るしかない。
「ここはゲームの世界で……!」
ざわめきが走る。
「私はヒロインで……!」
笑いが混じる。
嘲笑か、恐怖か、わからない。
「レティシアは悪役令嬢で……!」
涙が出る。
「最後は断罪されるはずで……!」
息が荒い。
「だから、私は――」
言葉が、止まる。
王太子の目と、合った。
その瞬間。
すべてが、凍りついた。
「……なるほど」
彼は、ゆっくりと頷く。
「つまり君は」
一歩、近づく。
「“結末を知っている前提で動いていた”」
「……っ」
「そして、その結末を“現実にしようとした”」
完全な整理。
完全な理解。
逃げ道は、どこにもない。
「違……私は……」
「いいや」
王太子は、遮った。
「十分だ」
その一言で、終わる。
⸻
「エリナ・フォルティス」
名前を呼ばれる。
もう、足に力が入らない。
「君の行動は」
一拍。
「“誘導”“扇動”“虚偽の確信の流布”に該当する」
重い言葉が、落ちる。
「さらに」
視線が、冷たく刺さる。
「“未来を知る”という異常な認識をもとにした、意図的な状況操作」
完全な断罪。
「これをもって」
手が、わずかに動く。
「君の身柄を、正式に拘束する」
決定。
完全な、終わり。
⸻
「……あ」
声が出る。
意味のない音。
何も、考えられない。
ただ。
理解だけが、残る。
(負けた)
違う。
(最初から……)
違う。
(勝負にすら、なってなかった)
膝から、崩れ落ちる。
床が、やけに冷たい。
「……なんで……」
呟く。
誰にも届かない声。
「なんで、私が……」
ヒロインなのに。
正しいはずなのに。
なのに。
⸻
「簡単ですわ」
その答えは、すぐに返ってきた。
レティシアだった。
見下ろすでもなく。
ただ、まっすぐに。
「あなたは、“物語に従った”」
静かな声。
「そして、私は――」
ほんの少しだけ、微笑む。
「“物語を利用した”」
その差。
たったそれだけで。
すべてが決まった。
⸻
衛兵に腕を取られる。
抵抗する力は、もうなかった。
引きずられるようにして、会場の外へ。
扉が閉まる。
音が、遠ざかる。
光が、消える。
――終わり。
⸻
静まり返った会場で。
レティシアは、ゆっくりと息を吐いた。
「……これで、第一段階は終了ですわね」
誰にも聞こえない声で、呟く。
その目は、もうエリナを見ていない。
もっと先を見ている。
「殿下」
「ああ」
王太子が、短く応じる。
「見事だった」
「光栄ですわ」
優雅に一礼。
その仕草は、完璧だった。
「ですが」
顔を上げる。
「まだ終わりではありません」
「当然だ」
王太子は、わずかに口元を歪めた。
「“ここから”だ」
「――ヒロインは、“役を終えた瞬間に切り捨てられる”のですわ」




