第6話「悪役令嬢は、すべてを肯定する」
――第二幕。
その言葉が、頭から離れなかった。
(第二幕……?)
違う。
おかしい。
そんなイベント、ない。
私の知っている物語には、そんな展開は存在しない。
なのに。
「では、続けましょうか」
レティシアは、穏やかに言った。
その声音には、余裕しかない。
まるで。
(……最初から、この流れを知ってるみたいに)
背筋が冷える。
「先ほどの証言」
彼女は、机の上の書類に視線を落とした。
「確かに、すべて事実です」
再度の肯定。
会場がざわめく。
「ですが」
その一言で、空気が締まる。
「それらはすべて、“観測された事実”に過ぎません」
「……か、観測?」
誰かが戸惑う声を上げる。
レティシアは、軽く頷いた。
「ええ。誰かが見て、記録したもの」
「それの、何が問題なんだ」
貴族の一人が言う。
「事実なら、それで十分だろう」
「もちろん」
レティシアは微笑む。
「“通常であれば”」
言葉が、ゆっくりと落ちる。
「ですが今回は、少々事情が異なりますの」
エリナの喉が、ひどく乾く。
(やめて……)
直感が、叫んでいる。
これ以上聞いたら、終わると。
でも。
足が動かない。
「まず一つ」
レティシアは、書類を一枚手に取った。
「この証言ですが」
指先で軽く叩く。
「昨日と内容が異なっておりますわね」
心臓が、跳ねた。
「……っ」
「より断定的に、より強く」
視線が、エリナに向く。
「まるで、“そうなるように調整されたかのように”」
「そ、それは……!」
言葉が詰まる。
何か言わなきゃ。
でも、何も出てこない。
「不思議ですわね」
レティシアは、首を傾げる。
「一夜にして、ここまで証言が“洗練される”なんて」
ざわめきが広がる。
疑念の視線が、じわじわと集まる。
(違う……違うのに……!)
「そして、もう一つ」
レティシアは、次の書類を広げた。
「証人の配置」
「……配置?」
「ええ」
ゆっくりと、会場を見渡す。
「この場にいる証人の方々」
名前が、一人ずつ呼ばれていく。
――全員。
エリナが接触した人物。
「見事ですわ」
レティシアは、素直に称賛するように言った。
「ここまで完璧に、“必要な証言者だけ”を集めるとは」
その言葉に。
空気が、変わる。
「……どういう意味だ」
低い声。
「簡単なことです」
レティシアは、あっさりと答えた。
「偏っている、ということですわ」
沈黙。
「人の証言というものは、本来もっと“揺らぐ”もの」
「……」
「それがここまで綺麗に揃うのは、むしろ不自然」
一歩、踏み出す。
ヒールの音が、やけに響いた。
「つまり」
その一言で、場が締まる。
「これは“自然に集まった証拠”ではない」
視線が、突き刺さる。
「“集められた証拠”ですわ」
「――っ!」
誰かが息を呑む。
エリナの頭が、真っ白になる。
(やめて……)
お願い、やめて。
それ以上言わないで。
「では、問いましょう」
レティシアは、静かに言った。
「誰が、これを集めたのか」
その問いに。
全員の視線が――
エリナへと向いた。
「ち、違います……!」
思わず叫ぶ。
「私は、ただ……!」
「ただ?」
レティシアが、柔らかく返す。
「ただ、何を?」
「……っ」
言葉が出ない。
詰まる。
呼吸が浅くなる。
「あなたは、“正しいことをした”つもりなのでしょう」
優しい声だった。
でも。
それが一番、残酷だった。
「証拠を集め、証言を整え、真実を明らかにする」
「……はい……!」
縋るように頷く。
そうだ。
それがヒロインの役目。
間違ってない。
「ええ」
レティシアも、頷いた。
「その通りですわ」
一瞬だけ、救われた気がした。
――次の言葉を聞くまでは。
「だからこそ」
静かに、告げる。
「“やりすぎ”なのです」
その一言で。
すべてが、崩れた。
「……え?」
「あなたは、“整えすぎた”」
視線が、逃げ場を塞ぐ。
「証言も、証拠も、流れも」
「……」
「まるで、“最初から結論が決まっているかのように”」
心臓が、うるさい。
(違う……違う……!)
違わない。
だって私は――
(結末を知ってる)
その事実が、喉元までせり上がる。
「そして」
レティシアは、最後の一枚を掲げた。
「決定的な証拠」
それは。
エリナの、行動記録だった。
「接触した人物、時間、場所」
一つ一つ、読み上げられる。
「そして――発言」
空気が、凍る。
「“明日になれば、すべてうまくいく”」
「“ここは分岐点だから”」
「“予定通りに進めれば大丈夫”」
言った。
確かに、言った。
何気なく。
でも。
(なんで……残ってるの……?)
「不思議ですわね」
レティシアは、微笑む。
「まるで、“未来を知っているかのような言い回し”」
完全な、沈黙。
誰もが、理解し始めていた。
「……さて」
レティシアは、ゆっくりと告げる。
「ここまで揃えば、十分でしょう」
視線が、王太子へ向く。
「殿下」
「ああ」
短い返答。
その声に、迷いはない。
「判断を」
静寂。
そして。
王太子が、一歩前へ出た。
その瞬間。
エリナは、完全に悟った。
(あ……終わる)
でもそれは。
自分が勝つ未来じゃない。
まったく違う、“終わり”。
王太子は、冷たい目でエリナを見た。
そこに、優しさはなかった。
「エリナ・フォルティス」
名前を呼ばれる。
それだけで、足が震えた。
「君の行動には、不自然な点が多すぎる」
「……っ」
「そして何より」
一拍置く。
「“結果を知っている前提”で動いている」
完全に、見抜かれていた。
「……違……」
否定しようとする。
でも、言葉にならない。
「弁明は、後で聞こう」
淡々と告げる。
「まずは――」
手が、軽く上がる。
「拘束だ」
その一言で。
すべてが、終わった。
「――いや……」
衛兵が動く。
音が近づく。
「いやあああああああああ!!」
叫びが、夜会に響き渡った。
――崩壊。
それは、あまりにも一瞬だった。
⸻
騒ぎの中。
ただ一人。
レティシアだけが、静かに立っていた。
その表情は、変わらない。
「……お見事でしたわ」
小さく、呟く。
誰に向けた言葉でもない。
けれど。
「“ヒロイン様”」
その声音には、わずかな愉悦があった。
「役割は、きちんと果たしていただきましたもの」
「――“正しく動いた”からこそ、逃げ場はありませんの」




